世界大会で優勝した、妹が病んだ 作:サツマイモおいしい
新世代英雄化計画、またの名をプロジェクトβ。
全国の
全国に名を連ねる選手の中から抜擢され、外界から鎖されたこの広大なスタジアムに集ったのは───実に千人の英雄候補者たち。
「(あの人、この前テレビに出てた人だ。あ、あの人もこっちの人も……すごい、有名人ばっかりだ)」
どこもかしこも同年代なら知らない存在こそ少ないであろう強者ばかりで、そんな人たちを見て改めて僕は自身の異常性を自覚する。
「(なんで僕が選ばれたんだろう?)」
きっと皆子供の頃からクラウンハーツに打ち込んできたのだろう。
立ち居振る舞いから自信に満ち溢れていることが分かるし、次の英雄は自分だとこの場の誰もが確固たる自我を持ってる。
そんな皆から見れば競技歴半年の僕なんてルーキーもいいところだ、当然ながら自信なんてものはない。
「(軽い気持ちで来ちゃったけど、今から帰れたりしないかな……)
上手い人たちのプレーを間近で見れれば自分の上達に近づくと思って来たけど、まさかこんなに人が───しかも有名人ばかりが───いるなんて思いもしなかった。
皆がハイレベルな動きをしてる中で、僕だけミスばかりしたらって考えるとそれだけで顔から火が出そうだ。
帰れるなら帰りたいけど、こんな皆がやる気十分の中で言えるわけないし……どうしよう。
「結、あなたも来てたのね!」
その声はざわめきの中にあってもハッキリと僕の耳に届いた。
なんだろうと思って声の方向に視線を向けてみると、流れるような黒髪をハーフアップに纏めた女の子が、遠くを見るように天井を見上げていた白髪の女の子に詰め寄っていた。
「? ちょっと結、聞いてるの!」
結、と呼ばれた白髪の子はその言葉でようやく彼女の存在に気づいたようで、天井を見上げていた碧眼がゆっくりと下ろされその姿を視界に捉えた。
「明日奈か。何か用?」
喜色に溢れていた彼女のそれとは対極の、酷く億劫そうな声で結という子は応じた。
「何か用って……あれだけの接戦を演じた相手に随分と冷めてるじゃない」
明日奈と呼ばれた子の言う通り、その言葉には一切の覇気が感じられない冷たいものだった。
その態度に不服そうに目を細めた明日奈さんは、まぁいいわと気持ちを切り替えると結さんにビシッと指を突き付け宣言した。
「選抜の借り、ここで返してあげるわ。次の英雄はこの私よ」
おおっとどこかで声が上がった。
その声が切っ掛けとなり、おいあれってと彼女たちを噂する声が方々から上がってくる。
「
「本当だ、生で見るの初めて」
「てことは相手はもしかして」
「(U18選抜準優勝!? プロチームのスカウトとかめちゃくちゃ来てたっていうあの? そんな大物まで参加してるんだこのプロジェクト……というか、それじゃあの子は)」
今年の選抜は豊作でプロ注目の選手が何人もいるって聞いていたけど、中でも久遠 明日奈ともう一人は別格だってチームメイトが言ってた。
もしかして、いや結っていう名前からして間違いない、彼女こそ───
「英雄、ね」
ぽつりと溢された言葉。
瞬間、総毛立つほどの悪寒が僕たちを襲った。
「私に負けた雑魚がしゃしゃるなよ」
昏い光を宿した碧眼を一身に受けた明日奈さんの表情が固まる。
「英雄英雄って、
明日奈さんを、そして僕を含んだこのスタジアムにいる全員を見回した彼女は、まるでゴミを見るような冷たい眼差しをして言葉を続ける。
「一生ぬるま湯に浸かってろ。私は
その大胆不敵な宣言に皆が言葉を失い閉口する。
スタジアムに渦巻いていた熱が、たった一人の熱に飲み込まれる。
ふざけるな、自分が世界一になる、と誰もその言葉に異を唱えられなかった。
覚悟が、その言葉に込められた重みが、この場にいる誰よりも勝っていたから。
「───素晴らしいよ、神嵜 結」
時間が止まったスタジアムに乾いた拍手が響き渡る。
気づけばスタジアムの壇上に、男性が一人で立っていた。
ピシっとしたスーツ姿からは考えられない草臥れた風貌、目元を隠すほど無造作に伸ばされた黒髪、そしてその下に銀縁の眼鏡をかけていることが窺えるその人は、神嵜 唯の実妹───神嵜 結さんの宣言を聞き歪な笑みを浮かべていた。
「世界王者の座から陥落して三十年、一人の英雄の手でやっとこの国は息を吹き返した」
スタジアムの照明が消え、中央上部のモニターに誰もが知る
その隣に表示された国内ランキングは堂々のNo.1、しかし彼の率いるチームには誰の名前も載っていなかった。
「
その言葉にスタジアムの選手たちが目を見開く。
ただ一人、神嵜 結だけを除いて。
「神嵜 唯は世界一になった。その実力は紛れもなく世界トップクラスだ、世界一の立役者と呼ばれるのも無理はない。そして日本のみならず海外で多くのファンを抱え込み、彼らに王者と呼ばれたこの国の名声を想起させた彼は正しく日本の英雄だろう。
……だが世界一はあくまで神嵜 唯と彼を擁するチーム、そしてその組織の称号であって日本は依然としてクラウンハーツ後進国」
だから卑しい狸たちは考えた、と男性は続ける。
「次のワールドカップ、日本代表の主将として神嵜 唯を据えれば世界を獲れるかもしれない! と。そしてそのためのメンバーを選抜し英雄の一助とする、それがこのプロジェクトの真相だ」
分かるか? と唖然とする僕たちを男性は嘲笑う。
「お前たちは英雄を彩る装飾品───ただの引き立て役に過ぎないってことだ」
その言葉に対してギリッと結さんの歯軋りが響くのと、彼女が一歩踏み出して気炎を上げたのは同時だった。
「ふざけないでくださいッ!」
久遠 明日奈さん。先ほど次の英雄は自分だと宣言した彼女の形相は、驚愕でも諦観でもない確かな怒りに燃えていた。
「神嵜選手のことは確かに心から尊敬しています、あの人を目指して走り続けてきたのも事実です! だけど……ッ!」
キッと隣に立つ結さんを一度視界に収め、再び彼女は前を向く。
「私はいつだって、誰が相手でも勝ちを諦めたことなんてない!」
壇上の男性へ、そしてモニターに映る英雄へ彼女は宣戦を布告する。
「この場所で勝ち抜いて、憧れの英雄を超えて、私が世界一を勝ち取る! 引き立て役になるのはあなたたちよッ!」
その宣告は確かな熱を持って彼女を中心に広がり、男性の言葉に呆然とすることしか出来なかった僕たちの心に火を着けた。
「英雄超えたぁ、面白くなってきたじゃん」
「主将から引き摺り下ろしてやる」
「えー、本気? メンバーに選ばれるだけで勝ち組じゃん」
「何にしても世界は獲る、それは変わらないだろう」
スタジアムに活気が溢れる。
先ほどまでの鬱屈とした雰囲気ではない、誰も彼もがやってやろうという好戦的な表情を浮かべていた。
そんな皆を見ながら、そっと自分の胸に手を当てる。
「(僕はどうしたいんだろう)」
皆のような明確な目標があってここに来た訳じゃない。
上手い人たちのプレーを間近で見てみたい、なんて物見遊山な気持ちでここに来た僕は、とてもではないが彼らの輪に相応しい人間だとは思えなかった。
だけど、
「(何だろう、この気持ちは)」
負けたくない、そんな気持ちが溢れている。
それは果たして誰に、何に向けられたものなのかも分からない。
もしかしたら明日奈さんの熱に充てられた一時的な気持ちかもしれない。
それでも今この瞬間は、この気持ちを見て見ぬ振りは出来なかった。
「望むところです」
静かに、けれど確かな気持ちで僕も宣言する。
「───いいだろう」
そんな僕らの言葉を受けて、男性は心からの笑みを溢した。
同時に、モニターの映像が切り替わる。
「ならば、生き残って喰らいついてみせろ。強者だけがその資格を与えられる」
表示されたのは1-16の番号。
1番には結さんが、2番には明日奈さんの名前が記されていた。
僕の名前は、どこにもない。
「一年後、ここに残った奴らで神嵜 唯をぶっ倒す」
それが、
▽▽▽
世界王者だった頃の覇気は削がれ、今や競技後進国としてトップ層からの嘲笑を受け続け、それでもなお自分の立場を変えようとせず強者に媚び諂う文字通りの弱小国。
それが、俺が背負って飛び立とうとしたこの国の現実だった。
もっと意味のある練習をしないとダメだ。
チームに訴えた言葉は嘲笑と共に流された。
もっと自分の強みを押し付けないとダメだ。
差し伸ばした手は煩わしいと払い除けられた。
もっと足並みを揃えて戦わないとダメだ。
勝利を願うその歩みに、続く足跡は一つとなかった。
もっと、もっともっともっと───気づけば、誰もいなくなっていた。
何がいけなかったのだろう。
絶望に沈みながらそれだけを考えていた。
またこの国で世界を目指したかった、それだけなのに。
父が語っていたこの国の黄金期、その景色を俺も見てみたかっただけなのに。
皆もそうだと、信じていたのに。
何処までも、この国には負け犬根性が染み付いていた。
───世界一になる
暗闇に光が差したのは突然だった。
つけっぱなしのテレビの向こう側、そこに夢を語る子供がいた。
久しく聞いていなかった世界一の言葉。
誰も語らなかったその夢を平然と語るその子供に、俺は光を見た。
しかし、世間はそんな子供を、子供の夢すらも否定した。
許せなかった。
誰かの足を引っ張ることしか考えない能無し共が。
怖くて見れなかった。
俺のように心を折られ、闇に呑まれてしまうかもしれない小さな光が。
しかし、
───うるせぇ
それは杞憂だった。
小さな光は、俺が思っていたよりも何倍も、それこそ太陽のように強く輝いていて、
───他人がしゃしゃるな
呑み込む闇を晴らすほどの光をその身に秘めていた。
彼の言葉を嗤う者は実績で黙らせ。
彼の伸ばした手は決して掴んだものを離さず。
彼の歩みは夢の果てまで止まることはなかった。
───ああ、そうか
そんな彼を見て俺は実感した。
俺はただ諦めていただけなんだと。
勝手に折れて、
勝手に絶望し、
勝手に手放した。
俺自身が唾棄すべき負け犬に成り下がっていた。
小さな英雄がそれを俺に教えてくれた。
ならばやるべきことは一つ。
───世界一をもう一度
かつての夢の続きを始めよう。
俺が見たいのはこの国が世界王者になった時のその景色。
その中心に立つのは俺じゃなくたっていい。
───そのためなら喜んで踏み台になろう
それが俺から彼への恩返し。
だから、
「この程度の試練、乗り越えてくれよ───
スタジアム全体を揺らすこの熱気が、どうか彼の成長の一助になりますように。