とある街の路地にひっそりと存在する喫茶店。珈琲と茶葉の香りが広がるその店は、よくある隠れ家系の喫茶店…のように見える。実際そのような需要があるのは事実だが、その店の常連を名乗る男性はそこが本質ではないと語る。曰く、見たこともない不思議な料理が楽しめる、のだとか。
a.m. 9:00 - Open
表のプレートをひっくり返して、店を開く。麗らかな日差しのなんと心地の良い日であろうか。今日は一体どのようなお客様がいらっしゃるのか、店主でありこの店唯一のスタッフである男性は、まだ見ぬ出会いに想いを馳せながら、丁寧にグラスを磨いていた。
──カランカラン
古めかしいドアチャイムの音が店内に響く。
本日最初のお客様だ。
「おや?いらっしゃいませ、東雲さん。今日はおひとりですか」
「うん、マスター。今日は友達の都合が合わなかったからひとりで来たんだ。いつもの珈琲を頼める?」
「かしこまりました」
どうやら女性は常連のようである。
店主はアルミの包装からいくつか豆を取り出し、コーヒーミルにセットする。ミルを回し始めるとゴリゴリと心地良い音が響き、香りも次第に強くなる。うん、今日もいい香りだ。
「今日もいい香りだね。それはそうと、いい加減スタッフのひとりくらい雇ってみたらどう?いつまでもワンオペじゃあ負担が大きいでしょう」
「お気遣いはありがたいのですが、当店にいらっしゃるお客様は限られていますし、私ひとりで十分に仕事は回せるのであまり必要性は感じていないんですよ」
「はぁ…マスターのそういう頑固なところは相変わらずだねぇ。それで無茶してここの珈琲が飲めなくなった、なんてことになったら流石に僕も怒るよ?」
「あはは…そこまで柔じゃありませんとも」
「まぁそこは信頼しているけどさぁ…ここの珈琲以外はもう飲めない体になっているんだから、責任は取ってよね?」
「いつもご愛顧いただきありがとうございます」
店主は軽く会釈し、ドリップに入る。まずは粉を蒸らし、そこからゆっくりと湯を注いで抽出していく。やかんから注ぐ湯の太さは一定で、綺麗な所作だ。店主の技量の高さが窺える。
「いつ見ても綺麗な所作だね」
「ありがとうございます」
良い香りだ、今日も良い珈琲を淹れられたな。そう思い、ソーサーに丁寧に注いでいく。
「ミルクはもちろん…」
「お願いね」
「かしこまりました」
店主はそこで腰のツールポーチから枝のようなものを取り出す。そしておもむろにそれを横に振ると、なにやら枝の軌道上の空間がキラキラと輝き始めた。
「何度見ても本当に綺麗…そして意味がわからない。何でそれが成立しているの?」
「秘密です。それが当店のウリですから」
キラキラ輝く空間をそっとソーサーの中に落とし込む。すると、なんとも摩訶不思議なカフェラテが出来上がった。あのキラキラはミルクであったようだ。
「お待たせしました。天の川のカフェラテです」
天の川のカフェラテ - 400円(税込)
常連、東雲さんのいつものカフェラテ。キラキラしているミルクは、天の川の神話からミルクという概念を魔法によって抽出したもの。とても軽い口当たりで、星のように淡く溶けていく。豆はエチオピア、ミルクとの相性は抜群である。
あなたに星のきらめきがあらんことを。
「いつも通り美味しい。ミルキーウェイの名の通りだね」
「まぁそういう"概念"ですからね」
「マスターの魔法は規格外にもほどがあるよ」
「あはは…しかしこれくらいにしか使えませんよ?」
「でも使おうと思えば"他でも"使えるよね?」
「まぁ否定はしませんが使いませんよ。今の仕事はお気に入りなんです」
「ふ〜ん、どうだか」
彼女は訝しみながらも、カフェラテに口をつける。あ、顔が綻んだ。そう、この顔が見たくてこの仕事を続けていると言っていい。まったくもってやりがいのある仕事である。前職とは比較にならない。
「ご馳走様でした。さて、今日はもうお暇するよ」
「おや、今日は早いですね」
「政府から呼び出されてるんだよ。ま〜た面倒な案件を投げられるんだろうけれど…はぁ、ねぇ?この仕事を辞めたらここで雇ってくれない?」
「あはは…検討しておきます」
「えー、ケチ!」
──カランカラン
木製のドアが開き、爽やかな風が入り込む。
「じゃ、また明日にでも来るよ」
うん、良い笑顔になった。
ではこちらも良い笑顔で送り返そう。
「ありがとうございました、またのお越しを心よりお待ちしております」
カランカラン
tips─魔法
この世界においては、ごくごく一般的な技能。
性質は個々人によって異なるため、一種の個性として捉えられている。
とは言え似通ったものも多く、あまりにも特殊なものは希少であり、中でも強力なものは政府による囲い込みを受ける。
どうやら店主の魔法は特殊も特殊なようで……