とある街の喫茶店   作:自己嫌悪

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なぜか続きました


昼下がり、ナポリタン

 

p.m. 01:20

 

 東雲さんが退店してから数刻が経ち、お天道様も高く昇った頃。間違いなく飲食店であれば人入りがピークとなる時間帯だが、相も変わらず閑古鳥が鳴いている寂しい喫茶店である。

 

「流石に広告でも出した方がいいんですかねぇ」

 

 店主が短いため息を吐く。これでは幸せが逃げてしまいそうだ。せっかく今日はお日柄も天気も良いのだから、もったいないものである。何かとそういった概念にはあやかりたいものではあるが…

 

──カランカラン

 

「こ……こ、こんにちはぁ。失礼します…」

 

 消え入りそうな声と共に、小柄な少女が来店した。

 本日2人目のお客様である。

 どうやら一見さんであるようだ。

 

「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか」

「は、はい!おひとりです!」

 

 …目が合わない

 緊張しているのだろうか

 

「かしこまりました。お席はカウンターかテーブルがありますが、どちらがよろしいですか?」

「で、ではカウンターで…」

「カウンターで。お席の方ご案内しますね」

「ありがとうございます!」

 

 とても良い返事だ。少しだけ緊張も解け…あぁ、これはまだだな。せっかくカウンター席を選んでくれたのだ、お節介やもしれないがアイスブレイクといこう。そう思いながら、店主はグラスに水を入れる。今日の気温からして氷は要らないだろう。

 

「お冷です、どうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 礼儀正しい子だ。今どきこの程度のことで感謝されることは少なくなったために、少し感慨深いものだ。

 

「こちらメニューになります」

「ありがとうございます!………あの、すみません。この"天の川の"とか"木漏れ日の"って…普通の料理とは違うんですか?」

「あはは、よく言われます。そうですね、単なる修飾語ではなく、確かに"一般的な"料理とは違います。それこそが当店のウリですから」

「は、はぁ……それでどういった違いが…」

 

 あぁ、少しズレてしてしまった。悪い癖だな。

 

「失礼いたしました。それではそうですね…少しサービスといきましょうか」

「えっ?」

「少しお冷の方を失礼いたしますね」

 

 そう言って店主はツールポーチから杖を取り出す。

 

「え、杖ですか!?」

「はい、実は元魔導士でして」

「なるほどぉ…トネリコの若枝ですよね。よくそんな杖を使えますね、気難しいのに」

「そうでしょうか?良い子ですよ、この子は」

 

 店主は杖でグラスを軽く叩く。1回、2回、3回。すると不思議なことに、お冷に眩ゆい星空が沈んでいく。キラキラ、キラキラと。

 

「えっすごい!魔法ですよね!何をしたんですか!?」

「星空の概念をシロップとして抽出しました。どうぞ、星空のジュースです」

 

 

星空のジュース - 店主のサービス

水鏡という概念に星空を組み合わせてシロップとして抽出したもの。どれだけ混ぜ込むかは文字通り、匙…杖加減である。口当たりは軽く爽やかでほんのりと甘い。血糖値は緩やかに上昇するので、体に優しい。

俯きがちなあなたに少しの驚きと祝福を

 

 

「甘くて美味しい…っていや、そうじゃないです!概念の抽出ってどういうことですか!?そんなの聞いたことありませんよ!」

「それはまぁ、そういうこともありますよ。人の持つ魔法は時に個性的なものがありますから」

「個性的って…そういう次元のものではないと思うんですけれども……」

「でも美味しいでしょう?」

「……はい、美味しいです」

「ふふふ、ありがとうございます」

 

 やや不満げにそう口にした少女は、改めてジュースに口をつける。悔しいが美味しい、そう思った少女であった。どうやら彼女は魔法が好きであるらしい。

 

「それでは、ご注文はいかがなさいますか」

「あぁ、えっと…ナポリタンをお願いします」

「かしこまりました。メニューの方は一旦お下げしますね。追加でご注文があれば、またおっしゃってください」

 

 店主はメニューを下げると、フライパンと小鍋を取り出す。さて、今回はナポリタン。取り出したるはスパゲットーニ。少し太めの2.1mm。マイナーな方ではあるが、スパゲッティよりやや太めでトマトソースによく絡む。茹で時間はだいたい10〜11分くらいを目安とする。

 塩を入れて、はいいってらっしゃい。タイマーをセット、うるさいくらいがちょうどいい。

 次に具材の準備だが……

 

「アレルギーや苦手なものはありますか?あるようでしたら、あらかじめ抜きますが…」

「大丈夫です、大体食べられます!」

「承知しました」

 

 ではピーマン、オニオン、シャンピニオン…あとはハムのスライス。サイズは揃えると食べやすくて良い。なるべく一口サイズにし、オリーブオイルで軽く炒める。ほんのりと香りが立ってきたら、トマトケチャップを投入。少し炒めることで、酸味の角がとれて丸くなる。

 おっと、タイマーが鳴った。手早く湯から揚げて、パスタをフライパンに投入。鍋振りをしながら、マンテカーレ。少し味を見て…うん、このくらいのチープさがベスト。火を止めて…

 杖を取り出し、ゆっくりと円を描く。抽出するは木漏れ日の暖かさ。食した人がリラックスできるような、そんな温もりを与える。

 瞬間、穏やかな風が吹く。うん、良い感じだ。

 

 盛り付けは高めに。皿ではなくフライパンの方を動かす。よし、綺麗。

 あとは飾り付け程度にパセリを添えて

 

「わぁ…」

「お待たせしました、木漏れ日のナポリタンです」

 

 

木漏れ日のナポリタン - 550円

喫茶店といえばやはりこの料理。ナポリとつくが日本発祥。

木漏れ日の概念を纏わせた、爽やかで暖かなナポリタン。少しチープな味がどこか懐かしく、不思議と気持ちが安らぐ一皿。店主のお気に入りである。

あなたに温もりと安らぎがありますよう。

 

 

「美味しいです。ふふ、何だか笑顔になっちゃいます」

「そう言っていただけますと、料理人冥利に尽きます」

「料理人なんですね?魔導士ではなく」

「はい、元魔導士です。今はここの店主をやっている料理人ですよ」

「気に入っているんですね、今の仕事」

「ええ、とても」

 

 ふと、店主が笑みをこぼす。とても優しい笑顔で…あぁ、なるほど。

 少女はそれを見て笑みを浮かべた。

 

「何か?」

「いえ、少しだけ店主さんの気持ちが分かったというだけです」

「?」

 

………

 

「ご馳走様でした」

「いえ、お粗末さまです」

 

 綺麗に食べてくれた。美味しい料理を作れるだけの腕があって本当に良かった、と店主は思う。

 

「本当に美味しかったです。ところで、お店の名前は何というんですか?喫茶店というのは分かったのですが、看板が分かりづらくて…」

 

 あぁ、流石にあの看板の位置は見づらいか。

 この喫茶店は、知り合いから借りた古い物件の流用であるため、見た目はなかなかに分かりにくかった。

 加えて、店主にとってこの名前は、大切なものであった。

 あとで直しておこう、そう心に決める店主である。

 

「それは失礼いたしました。この店の名前は、"Creare(クレアーレ)"と言います」

「クレアーレ?」

「はい。古い言葉で、創造するという意味です」

「創造…」

「新しい価値観や、お客様にとって大切な想いや体験を創造できる店でありたい。お恥ずかしながら、そういった想いを込めて名付けました」

「いえ、素敵な名前だと思います。ありがとうございます、聞けてよかったです。友達にお店の紹介をしても良いですか?」

「こちらこそぜひお願いいたします。何分、閑古鳥が鳴いているので」

 

 本当に良い子だ。この名前を褒めてくれるというのは素直に嬉しい。

 

──カランカラン

 

 空は少し日が翳っているが、ところどころ雲の合間から階段が伸びている。とはいえ、風が出てきた。もう少しすれば雨雲に覆われるだろう。少し湿気が出そうだ。

 

「おや?少し雲が出てきましたね。傘はお持ちですか?」

「はい大丈夫です、お気遣いありがとうございます」

 

 であれば、少女の行先は安泰であろう。

 

「では、また」

 

 ふと視線が合う。笑みをこぼす。

 そして深く腰を折り曲げた。

 

 

「はい。ありがとうございました、またのお越しを心よりお待ちしております」

 

 

カランカラン

 




tips─杖
魔法を扱うための道具の一種。
形状も材質も様々だが、杖は我をもち、持ち主を選定する。
中にはかなり選り好みが激しいものもあり、一般的には若いほど生命力にあふれ強力であり、しかし扱いづらいとされる。中でも店主のトネリコ、それも若枝となればかなりのクセモノである。
余談だが、公的な場での杖の使用には国家資格が必要であり、資格を有するものを魔導士と呼ぶ。なお、資格の更新期限は存在しない。
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