とある街の喫茶店   作:自己嫌悪

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本当に、本当にお待たせしました……


雨と月、フーカデン

 

──p.m.18:27

 

 日も傾き、陰で建物の輪郭がぼやける頃。

 昼の終わりに降り始めた雨は、その雨足が刻々と強まってきている。

 

「マットと傘立てを出そう。タオルも…何枚か用意したほうがいいな」

 

 せかせかと動き出す。

 客がいないのに忙しいというのも変な話ではあるが、この男、何かしていないと落ち着かない性格であった。

 

「ちょうどいいし、集めておこうかな」

 

 ふと店主が空き瓶を取り出す。

 そしておもむろに杖を抜くと、空をすっかり覆った雲に向かって、なぞる様に線を描く。

 

「よし、いい感じ」

 

 杖の先を空き瓶の中に入れると、なにやらふわふわとしたものが浮かび始めた。

 

「最近雨雲少なかったからね、助かるよ」

 

 正真正銘、"雲"である。

 しかし、あくまでも概念化した雲であり、本物の水蒸気たる雲ではない。

 

「有から有を創出する。さすがにないものからは創れないからねぇ」

 

 無からの創造、それはさすがに神の領域だ。人の領分ではない以上、やる気もない。

 できる範囲ででき得る最大限を提供する。それで十分だ。

 とはいえ、

 

「閑古鳥問題はどうにかしないとなあ」

 

 急務である。

 誰か来てくれと念じてもお客様はいらっしゃらないのが現実だ。何か手を打たなければ。

 

 

『…?こんなところに喫茶店が…雨宿りができればいいか…』

 

 

 おや?

 

 

 

 

 

──カランカラン

 

「どうも、やってます?」

「いらっしゃいませ、開いていますので大丈夫ですよ。今、タオルの方をお持ちしますね」

「あぁ、すみません、ありがとうございます…」

「お好きな席でお待ちください」

 

 だいぶ濡れてしまった。まさか急に降られるとは思わなかった。朝の天気予報を確認しておかなかった自分を恨めしく思う。でもまぁ、魔法省の天候予測魔法って結構ガバガバだし…見てても外れてた可能性が…まぁ不要な仮定かぁ…

 

 にしても、だ。

 

「こんなところに喫茶店があるだなんて、随分と長く住んでいるはずなのに知りませんでしたよ」

「あ、あはは…もう少し大々的に宣伝すべきなんでしょうねぇ。おかげさまでいつも閑古鳥が鳴いていまして……あ、タオルどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 この人も苦労してるんだなぁ…

 なんというか典型的な地元密着型の喫茶店だから、あまり新規客層の獲得は目指していない感じなんだと思う。固定客がいるタイプなんだろうか?

 

「あ、タオルありがとうございました」

「あ、いえいえ。メニュー表がまだでしたね。こちらになります。個人的なおすすめはナポリタンですが、どれも自信作です」

 

 重たい、しっかりとしたメニュー表をめくる。

 へぇ…意外と品数あるんだな。結構迷う……

 そういえば、今日に入ってから何も食べてないな。あのクソ上司…朝一から呼び出しておいてワンオペさせるの頭沸いてるだろいつか成り上がったら真っ先にクビにして「あの…

 

「あ」

「えっと、眉間に皺が寄っていたので…結構悩まれてます?」

「あ、いや…えっと」

 

 まずい、余計な心配をかけさせてしまった。何にすべきか…早く決めないと気まずい、何かないか手頃にお腹を満たせてかつ安価な…

 

 あ、

 

「えっと、フーカデン?をひとつ」

「フーカデンですね、かしこまりました。苦手でないようでしたら、コーヒーもお付けしましょうか?」

「お、お願いします」

 

 知らない料理だった。フーカデン。説明書きによれば、挽き肉と卵を一緒にして焼いたものらしいけど…これって要は「ミートローフみたいなものですね。ご想像の通りです」「うわ!」

 

 顔を上げると、前に店主が立っていた。

 あれ?今キッチンの方に行ったよね?なんで?

 

「ふふふ、驚かせてしまいましたね。メニュー表をお預かりし忘れまして」

「は、はぁ…それにしても、どうして分かったんですか?」

「いえ、おそらく見慣れない料理名でしたでしょうから、お節介ながら少し説明をしようかな、と」

「お、お気遣いありがとうございます…」

 

 店主によると、フリカンドーという料理をとある国の軍隊がアレンジしたものであるらしい。

 軍隊料理と聞くと少し躊躇してしまうが、美味しい…のか?

 

「今回はコンビー……塩漬けの挽肉を使います」

「え゛、あれ……だいぶしょっぱくないです?わたし苦手だったんですが…」

「あれ?お客さんもしかして徴兵上がりですか?"アレ"の味はなかなかですよねぇ」

 

 アレというのは、軍部乙型レーション…まぁつまるところ行動食の中の肉料理のことだ。なんで苦手なのかと言うと、"とにかく塩辛い"のだ。まぁ保存性に重点を置いて、味は二の次だから仕方ないといえば仕方ないのだけど……

 

「大丈夫です。美味しくなる魔法をかけますので」

「魔法?」

 

 肉をこねたあと、店主はおもむろに杖を取りだ……え、杖!?

 

「免許返納してないんですか!?」

「えぇ…ちょっと訳ありでして…魔法省が許してくれなかったんですよね」

「一体なにしたんですか……」

 

 いやぁちょっとね…と、遠い目をする店主

 魔法省が常に杖の携帯を半ば義務付けるだなんて、この人……いや、まさかね

 

「あいにくの雨ですがね、今日は満月なんですよ」

 

 まぁ見ていてくださいと言い放って店主は、沸騰した小鍋の湯に向かって、杖を振って……

え…………は!?

 

「な、なんで卵が!?まさか創造魔法ですか!?」

 

 卵が現れたのだ、何もないところから。

 ありえない。明らかに現代魔法理論の法則を無視しすぎている。無から有を創造するなんてそんなの神の領域じゃないか。

 

「いや、そんな大層なものじゃないよ。言ったでしょう、今日は満月です。"月見"って言うでしょう?これはそういった概念の抽出です」

 

 私はそれしかできないんですよ、とケラケラ笑う店主を前に、わたしはただただ引き攣った笑みしか浮かべられなかった。だってそうだろう?この人の魔法ってつまるところ、"概念的な結びつき"さえあればどんなものでも法則を無視して創造できるということではないか。

 

 ありえない。あってはならないはず…だが噂で聞いたことがある。伝説としていまだに語り草となっている軍人がいると。

 かの軍人を人はこう呼ぶ。

 ──『英雄』、と。

 

 そんなはずはない、が。否定できる材料もない。

 

「…………なんで、軍部を辞めたんですか?」

 

 一瞬。刹那の一瞬だった。

 空気が重くなった。

 比喩ではない。物理的に、だ。

 

「っ…!」

「失礼しました。そうですね、疲れたんですよ。色々とですが」

 

 あと、今の生活は気に入ってるんですよ。

 空気が弛緩する。一瞬であったが、死を覚悟した。それほどの魔力発揮だった。

 

「色々と驚かせてしまって申し訳ありませんね。コーヒーはサービスにしておきます」

 

 芳しい香り。

 あれ?このミルクまた魔法の産物じゃないか?

 

「は、はは……なんでもありですね、その魔法」

「いやぁ、そうでもないんですよ」

 

 思ったより使い勝手が悪いんですなんて言っているけど、どうだか…

 あ、コーヒー美味しい。

 

 ふと、香ばしいいい香りが鼻孔をくすぐる。

 

「もうじきお出しできますよ、お待たせいたしました」

 

 おぉ……

 

「月見のフーカデン・ビーフです」

 

 

月見のフーカデン・ビーフ- 875円

もともとはフリカンドーというゆで卵を挽肉で包んだフランス料理。日本では肉食文化の伝来とともにハンブルグと混同されつつ広まる。戦時中の駆逐艦では、保存食であるコンビーフを活用してつくれる便利な料理として、船員の良き伴となった。

店主はコンビーフの代わりに塩漬け挽肉のレーションを使用し、満月のゆで卵を包むというアレンジをしている。

ほどよい塩気とゆで卵の優しいまろやかさがクセになる一品。

あなたの行く道にそっと寄り添う光がありますように。

 

 

 

「いただきます」

 

 一切れ口に運ぶ。

 !?

 

「美味しい!え、本当にアレ使ったんですか!?」

 

 生臭い肉の風味と、塩辛いだけの品のない塩味。そんな嫌な要素が一切なかった。それどころか、肉の旨みさえ感じられる。

 魔法の卵も肉の塩気の緩和に一役買っているのか。

 

「はい。卵があるだけでもだいぶまろやかになるでしょう?」

 

 驚きだった。あんなにまずい肉がここまで美味しく食べれるようになるなんて…一体どこでこの料理を学んだのだろうか。

 

「私の中での塩漬け肉の概念が変わりましたよ。調理次第でこんなに美味しくなるんですねぇ」

「喜んでいただけたようでうれしいです」

 

 まるで魔法だった。美味しい料理をつくる、という技術は一種の魔法と言っても良いのかもしれない。

 

………こんな魔法の使い道があったんだなあ。

 

「なんというか、少し肩の力が抜けたような気がします。こういった魔法の使い方もあったんだなぁ、と」

「平和な使い方というのも良いものでしょう?」

「えぇ、とても」

 

 上司に色々言われて嫌な仕事も散々やってきたが…思い切って辞めてみてもいいのかも。

 

「そう思い切ってしまえば、なんかスッキリしました。明日、辞表持っていきます!」

「ははは……あまり無理しないでくださいね?」

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

「お粗末さまです」

 

──カランカラン

 

 おや?

 

「雨、止んだみたいですね」

 

 雲間から星々が輝き、月の光が冷ややかにしかし暖かく照らしている。

 

 夜を晴れやかだと思ったのは初めてかもしれない。今日ははじめてだらけだな。

 

「なんというか、ありがとうございました。結局遅くまでお邪魔してしまって…」

「いえいえ、いつもガラ空きなのでこちらこそ助かりました。またのお越しを心よりお待ちしております」

 

 …冗談ではないんだろうな。どうしてここまで客足が少ないんだろう。すごく魅力的な店なのに…

 

ん?

 

 

 

 

 

 

「認識阻害の魔法?」

 

 

 

 

──カランカラン




tips─国防軍
通称軍部。
優れた魔法能力を持つ者を中心に、国防のために国から徴兵されて構成される。基本的には兵役は5年間。長期にわたるため中途での休暇申請も認められているが、能力や貢献度次第では拘束時間も比例して増加する。
兵役時は常に杖の携帯、使用が合法的に認められる特例免許が発行されるが、退役時に返納義務が存在する。
中には返納義務が存在しない者もいるらしいが……
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