アルティメットガール ~元スーパーヒーローの新たな異世界冒険者生活~ 作:金のゆでたまご
薄暗い執務室の机に小太りの男が座っている。その額には薄っすらと汗をかき、イライラしながら爪を噛んでいた。
彼の目の前に立っているのは、世間で寒烈の勇者のふたつ名で通っているグレイツ=アンドラマイン。先日、城塞都市ブレッドである冒険者と戦い、敗北と共に手痛い傷を負ってしまった。その相手は新進気鋭の冒険者エリオ=ゼル=ヴェルガン。
グレイツはエリオとの戦いで受けた傷の手当てを済ませたところでこの部屋に呼ばれた。
「グレイツ!」
「はい」
語気を強めて名を呼ばれたグレイツだったが、その返事は落ち着いたものだった。
「ヴェルガンに敗れて取り逃がしたというのは本当か?」
「はい、冒険者百選に選ばれたばかりですが、確かな地力と才能、それと彼らの戦略によって敗北を喫
しました」
勇者であるグレイツが格下の冒険者に敗北するというのは不名誉なことであり、少なからず勇者の名に傷が付く。しかし、彼はそのことを気にした様子はない。むしろその表情からはわずかな笑みが見て取れた。
だが、作戦の失敗に苛立つ大臣のイラドンはそのことに気づいていない。ただブツブツと愚痴をこぼしながら今後のことを考えている。
「監視はつけているのだな?」
「そこは抜かりなく」
「よし。では傷が治り次第奴らを追うのだ。最高の白魔術士も呼んである。もちろん聖剣の仕様も許可する」
「ありがとうございます。ですが、ひとつだけ問題があります」
「なんだ?」
「報告したとおり、その魔道具はヴェルガンが魔族から奪った物ですが、奪われたその魔族が魔道具を奪い返しに現れたようです」
「なんだと! その魔道具は魔族の手に落ちたのか?!」
そんなことになってしまえば命の石を手に入れるチャンスを失ってしまうと、イラドンはこれ以上ないほど目を見開いて聞き返した。
「いえ、監視の兵によればその魔族はひどい傷を負っていたとか。ヴェルガンたちの行動から推察するに、奪われてはいないと思われます」
「そうか……」
イラドンは心底ほっとした表情を見せた。
「もし次に現れたのならば、そいつも斬ってしまえ。寒烈の勇者のお前なら魔族も恐れるに足りんだろ?」
その軽い口ぶりにグレイツがもらした吐息には、『そんなに簡単なことではないのだぞ』と言った意味が込められている。グレイツの大臣に対するわずかな反抗心だ。
「そしてもうひとつ……」
「もうひとつ?」
一瞬口ごもったグレイツにギョロっと視線を向けたイラドンに、彼は半信半疑の声色で告げた。
「魔族が傷を負っていたということは、魔族を打ち負かして魔道具が奪われるのを防いだ者がいるということです」
「誰だそいつは? まさか、ヴェルガンのパーティーの者か!」
「いえ、彼らではありません。とりあえず派手な民族衣装を着た女性らしいということしかわかっておりません」
「なんだ女か」
女と聞いただけで取ったこの態度は、彼が女性を見下しているためだ。
「女冒険者に負ける魔族など脅威にならんな。邪魔するならまとめて斬ってしまえ。お前の能力ならば容易かろう」
謎の女性が魔族を追い払ったとなると強力な退魔の呪印を持っているのだろうと予想できる。しかし、地力で魔族を追い払えるほどの使い手という可能性も捨てきれない。アルティメットガールの存在は不確定要素を嫌う彼をモヤモヤさせていた。
「命の石の存在はいつまでも伏せておけん。今は危険な上級魔道具の回収ということで私が全権を持っているからいいが、命の石ともなればそうはいかん」
「わかっています。国家を揺るがす事態ですから」
「幸いにも命の石について知っているのはビギーナの町の町長やギルドの一部の者のみ。騒ぎを嫌う奴らだから口外はしないだろうが、念のため口留めはした。だからアレを手に入れたあとに口封じしてしまえば、もう漏れることはない」
自らの野望を口にするイラドンにグレイツは冷ややかな視線を送っていた。
「賢者ホロホルグがもたらした情報。私だけが知っているというこの好機を逃すものか」
その独白に返事するでもなく、グレイツは背を向ける。
「傷が痛みますのでそろそろ失礼させていただきます」
「そうか。では白魔術士はお前の部屋に向かわせるとしよう」
「ご厚意感謝します」
「だが、次で決めるのだぞ。寒烈の勇者の名が失われないことを私は願っている」
グレイツが寒気に襲われたのは、この言葉が単なる脅しではないと理解しているからだ。
寒烈の勇者に寒気を与えるのはライスーン王国の小太りの男、大臣イラドン。グレイツは彼の命令によって動く勇者だ。