シャーレの五条先生   作:未来跳躍

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仕事は忙しいけど、僕は元気です


それぞれの物語

ゲヘナ風紀委員会との戦いがあった翌日の朝、ホシノは自室のベッドの上で昨日の出来事を思い返していた。

昨日のノノミと五条と別れたあの後、ホシノはアビドスのとあるビルの一室に呼び出されていた。

 

「これはこれは……お待ちしておりましたよ、暁のホル……いや、小鳥遊ホシノさんでしたね」

 

部屋に入った先で待ち構えるのは、漆黒のスーツを身に纏った男。

文字通り、頭から足先まで真っ黒な異形の存在に、ホシノは『黒服』と勝手に呼んでいた。

 

「今度は何の用なのさ」

 

ホシノは冷たい口調で問いかける。それに黒服は不敵な笑みを浮かべて答えるのだった。

 

「状況が変わりましてねぇ。この度は再度、アビドス最高の神秘をお持ちのホシノさんに、ご提案をしようと思いまして」

 

「ふざけるな!!」

 

拳を強く握りしめてホシノは強く叫ぶ。怒りの形相で黒服を睨みつけるが、彼は軽く宥めるような態度で返すのだった。

 

「まあまあ、落ち着いてください。あなたに、決して拒めないであろう提案を一つ」

 

黒服はそう言って、机に書類を差し出す。ホシノはそれを手に取って読んでいく。読んでいく内に、ホシノは唇を強く嚙み締め、書類を持つ手に力が入っていく。それを見て、黒服は嗤っていた。

 

「どうです?興味深い提案だと思いますよ」

 

ホシノは黙って部屋を出ていくが、黒服の不快な笑い声が最後まで彼女の頭に響いていく。

結局、その日の夜は全く眠れなかった。ずっとなり続けていた目覚ましのアラームを止めて、ふと壁に貼ってあるポスターに目を遣る。ビリビリに破れたのをテープで引っ付けたボロボロのポスターを見て、ホシノは小さなため息を漏らすのであった。

 

 

 

シロコはいつもの通学路をロードバイクで走っていた。

昨日のゲヘナ風紀委員会との大きな戦いがあったにもかかわらず、街はいつもの様子を取り戻していた。

もちろん、戻っていないところもある。大破した柴関ラーメンの店の残骸は、ブルーシートで覆われ、ロープで入れないようになっていた。

そんな様子を見たシロコはそこの前で止まってしまう。さすがに思うところがあったのか、その表情が少し曇っていた。

顔を下げた時、シロコはあるものを見つける。それは何かが詰まった

どこかで見たことのあるボストンバッグだった。

 

 

 

ゲヘナ風紀委員会の執務室にて、アコは終わらない反省文に辟易していた。

 

「うぅ……まさかこんなことになるとは……」

 

「何か言った?」

 

ふとペンを止めた瞬間、窓辺から外を見ているはずのヒナの察知したことに、アコはビクッと背筋を伸ばし、再びペンを動かして反省文の続きを進める。

 

「い、委員長……これはいつまで書けばいいのでしょうか?」

 

「今、たった200枚程度でしょ。自分で1000枚書くって言ってなかった?」

 

「それはその、それくらい反省していますという比喩でして……」

 

「口より手を動かしなさい」

 

少し振り返るヒナの目を見て、弱々しく「頑張ります……」と答えたアコは再びペンを動かす。

沈黙が続く中、アコは恐る恐ると先日の中で気になったことを問うことにした。

 

「……そういえば、あのアビドスのホシノという方はお知合いですか?」

 

その言葉に、ヒナが少し反応する。

 

「いや、情報部にいた頃に調査はしてたけど、実際に会ったのは初めて」

 

「そうでしたか、どことなくよく知ってるように話されていたので」

 

アコがそう返すと、ヒナはアコの方に向いて窓辺に背中を預ける姿勢で、自分の知っていることを話す。

 

「小鳥遊ホシノ、天才と呼ばれた本物のエリート。

 2年前、情報部の分析では、ゲヘナにとって潜在的脅威の一つとしてリストアップされていた」

 

「全くそういった感じには見えませんでしたが……」

 

「アコ、外見で判断するものじゃない」

 

そう注意されてアコが少しシュンとなる。

 

「でも、確かに2年前とは別人のようだった。

 元は攻撃的戦術を得意としたかなり好戦的なタイプで……もっと荒っぽくてナイフみたいな鋭い印象だったのだけれど……ま、それはさておき、あのまま交戦していたら、風紀委員の大半が戦闘不能になっていたはず。

 アコ、あなたの早とちりでね」

 

「……せ、戦力の分析はしっかりと行っていたはずなのですが、そういった情報は……」

 

「まあ、ある日突然に活動報告が途切れたから、情報部も途中から脅威とは見做さなかったのかもしれない。

 詳しいことを知りたければ、昔の資料でも漁ってみることね」

 

「……」

 

ヒナは、ホシノがいまだにアビドスを離れずに残っていることに憐憫を感じていた。

それは、彼女があの事件にまだ囚われているということなのだから。

そして、ヒナにはもう一つ気になることがある。

 

「それよりも、私が気になるのは、あのシャーレの先生……」

 

ヒナのその言葉に、アコの手の動きが止まる。

その時、アコの脳裏に浮かんだのは、あの軽薄な目隠し男。

ニヤニヤと人の神経を逆撫でするあの笑い、大人としてあるまじきふざけた態度、そして、何よりもあの時に言われたあの言葉。

 

『そんな恥ずかしい服着てる女に、負ける方が恥ずかしいっしょ!』

 

脳裏に木霊するあの男の不快な声とニヤケ面を、奇怪な叫びを上げながら両腕を振ってかき消すアコに、ヒナは首をかしげる。

 

「アコ、大丈夫?」

 

「はっ!す、すいません……少し嫌な顔が頭に過ったもので……」

 

「そう、ならいいわ」

 

ヒナは今でも思い返す。もし、小鳥遊ホシノがあの場で交戦するなら、風紀委員の大半が負傷するにせよ、負けるとは言い難いが、あの男が参戦していたならば、自分がいや、風紀委員会全戦力をもってしても、勝てたのだろうか。

しかし、あの時の五条先生には、そんな恐怖などはこれっぽちも感じなかった。

むしろ、逆に安心感を感じる自分がいた。だからこそ、あの時に、彼に口添えをしたのではないのだろうか。

まあ、考えてもわからない。ただ、叶うことなら――。

 

「また、会えるかしら……」

 

そう一人小さく呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、ヒナは窓の外を眺めるのだった。

 

 

 

「はあ……」

 

便利屋68のオフィスでアルは椅子にもたれかかったまま深くため息をついた。

そんなアルに段ボールを手に声をかける。

 

「アルちゃ~ん、さっきからため息ばっかりだよ、テキパキと箱詰めやってよね?」

 

「はぁぁ……」

 

全く動く気力がなくなってるアルの横で、ハルカが壁に掛かった額縁を手にムツキに尋ねる。

 

「え、えっと、これはどこに運べばいいのでしょうか?」

 

『一日一悪』という文字が書かれた額縁を見たムツキが適当に返す。

 

「ん?これ……ああ、アルちゃんが天賦の才を発揮した書道の残骸じゃん、あっちの燃えるゴミでいいよ」

 

「何捨てようとしてるのよ!持って行くに決まってるでしょ!!」

 

椅子から立ち上がって声を荒げるアルに、ムツキは面倒そうに尋ねる。

 

「これって、書道の授業に書いたやつでしょ~?ほんとに要る?」

 

「何言ってるの!?これだって、10年後には10億ぐらいの価値が……」

 

と、話している内に、力が抜けてまた椅子にもたれてしまうのだった。

 

「はあ……」

 

「ありゃ?打っても響かないし、元気ないねぇアルちゃん……」

 

いつもなら、ムツキの冗談に喰いついてくれるのに、今日は力なくため息ばかりなのである。

その理由は知っている。

 

「本当に引っ越し嫌なんだね」

 

カヨコは抜け殻状態のアルを見て呟いた。それを聞いたムツキが段ボール箱に荷物を詰めながら、理由を説明する。

 

「でも、風紀委員会には場所を知られたし、任務も失敗でクライアントに狙われるだろうし、しょうがないでしょー?」

 

「結局アビドスの子たちとの戦いも、中途半端に終わったね」

 

そうカヨコが言うと、アルは反論する。

 

「し、仕方ないでしょ!一緒に背中を合わせて戦った人たちを今になって狙うなんて……できるわけないじゃない!」

 

「しかも、あのバッグに入ったお金も全部あのラーメン屋に置いてきたしね」

 

「う、うるさいうるさい!だって……だって……!ハードボイルドなアウトローに……私は……」

 

段々と小さくなっていくアルを見て、カヨコとムツキはまるで小動物のような可愛さに思わず笑みがこぼれる。

 

「本当に、手間のかかる社長だ」

 

「でも、こういうところがアルちゃんだよねー。一緒にいると楽しいし♪」

 

「大丈夫です!アル様は世界で一番カッコイイです!」

 

三人の褒め言葉に、アルはみるみるうちに顔が赤くなっていく。

 

「ああ、もう!うるさーい!!」

 

「キャー、アルちゃんが怒ったー☆」

 

照れ隠しに怒って三人を追い回す。けれども、なんだかんだ言ってこの三人がいてくれてよかったと思うアルなのであった。

 

「よいしょ、これで荷物は積み終わりました」

 

ハルカが最後の荷物をトラックに積み終える。

 

「じゃあ、どこ行く?」

 

「どうしようかなー、ゲヘナに戻る?」

 

「……」

 

カヨコとムツキが今後の予定について話している横で、はまだ未練がましい目でオフィスを睨んでいるアルだった。

 

「なになに?君たち、引っ越すの?もったいないねー!ここ、結構穴場なのに……」

 

「ええ、そうなのよ……。私も気に入ってたんだけど……うん?」

 

普通に話しかけられて自然と会話していたが、違和感を思ったアルはゆっくりと顔を後ろに向ける。

そこには――。

 

「や!」

 

シャーレの先生である五条悟が後ろに立って、笑顔で手を振って挨拶してきたのだった。

 

「!!」

 

「な、ななななな……!?」

 

「シャーレの……」

 

「あっ、先生だー!来てくれたんだね!」

 

いつの間にか後ろにいた五条に驚くハルカ、アル、カヨコと笑顔で近づくムツキ。

アルがパニックになりながらも五条に尋ねるのだった。

 

「なんで来たのよ!アビドスのことを手伝っている身でしょう!?」

 

「えー、別に良くない?」

 

「良くない……って、私たちは敵同士なのよ!」

 

「うん、それが?」

 

あっけらかんとした五条のマイペースっぷりに、アルは徐々に飲まれていく

 

「いや、だから……その……私たちは、あのラーメン屋を爆破したし……」

 

「でも、大将に詫びとして、あのお金渡したでしょ」

 

柴関ラーメンに謝罪の意思を込めてお金を置いていったことが、五条にバレていることにアルは「うっ」と後ろに身じろいだ。

完全に五条のペースに飲まれているアルを見て、ムツキが盛大に笑う。

 

「もう、アルちゃんやめなって。いーじゃん、先生と仲良くなってもさ」

 

笑ってるムツキに言われてうぐぐと悔しがるアルを横に、ハルカとカヨコもムツキの意見に同意していた。

 

「そうですね、風紀委員会と戦う時も、お世話になりましたし……」

 

「敵意もなさそうだし……それに、私たちはもうここを離れるんだから、わざわざ敵対しなくていいでしょ」

 

三人に言われてアルも納得する。もとから、五条のことが嫌いではなかったが、ハードボイルドなアウトローとして、あえて、悪としてのイメージを持たせたかっただけだったので、ここまで来たら、今更取り繕ってもしょうがないと諦めるのだった。

そんなアルたちを見て、五条はアルに尋ねる。

 

「それで、引っ越すようだけど、どこ行くの?」

 

五条にそう聞かれて、アルは胸を張って答える。

 

「ま、また別の依頼を求めてちょっと移動するだけよ!」

 

さすがにお金も無くなって色々と身の危険を感じたので、ちょっと逃げますとは口が裂けても言えなかった。

五条は「ふーん」とジロジロと見た後、パッと笑ってアルに近づく。

 

「そっか、それじゃこれ」

 

そう言って、五条はアルたちのモモトークに自分のアドレスを教える。

 

「なんか困ったことがあったら、いつでも連絡していいよ」

 

「そうね、わかったわ」

 

子供のような笑顔で大人の余裕を見せる五条に、アルの緊張はすっかり解けていた。

今になって、なぜアビドス対策委員会との戦いに負けたのか、少しわかった気がした。

 

「ふふん、先生とは事業のパートナーとして協業するのも悪くなさそうね。

 ただ今はうちが忙しくてバタバタしてるから、また今度ね」

 

アルはいつものように優雅に大人っぽく見えるように、華麗なターンで五条に背を向けてトラックへと向かう。

 

「まあアビドスもまた仕事で来るかもね、ここ良いところだったし」

 

「まあ……それはそうだね」

 

「はい、本当に」

 

アルに続くように飛び出すムツキに、その後ろでカヨコとハルカが五条に向けて微笑んだ。

 

「も、もちろんまた来るわ、ラーメンを食べに!!

 ……本当に美味しかった、から」

 

助手席で少し照れ臭そうに頬をかいたアルに、五条はニヤニヤと笑う。それに怒ったアルと、ゲラゲラと笑う五条を見てムツキたちは朗らかに笑う。アルも最後には面白くなって笑うのだった。

やがて、別れの時間になって、アルたちはトラックに乗り込んで路地の向こうへと去って行くのだった。

 

 

 

アビドス中央病院の病室の前にノノミとセリカとアヤネの三人はやってきた。

コンコンと扉をノックしてから開けて中に入る。

そして、中にいる柴大将に挨拶をするのだった。

 

「こんにちは」

 

「大将、お見舞いに来たよ」

 

「お体の具合はどうですか?」

 

アヤネたちがお見舞いに来てくれたことに、柴大将は笑顔で答える。

 

「なあに、ちょっと擦りむいただけだ。

 あんなスゲー爆発だったのに、俺以外の怪我人が出なくて本当に良かったよ」

 

アハハと笑う柴大将にノノミとアヤネが気まずそうに目を合わせる。

 

「ええ、ですが……」

 

「柴関ラーメンが……」

 

そういうと、柴大将は申し訳なさそうにセリカの方へと向き直る。

 

「ああ、バイトできなくなっちゃって、ゴメンなセリカちゃん」

 

「大将、そういう問題じゃ……」

 

「良いんだ……そもそも、もうすぐ店も畳むつもりだったからな。予定が少し早まっただけだ」

 

その言葉にアヤネたちは驚愕した。三人の様子を見て、柴大将はゆっくりとその理由を説明する。

 

「少し前に退去通知が来てね」

 

「退去通知!?何の話ですか?アビドス自治区の建物の保有権は、アビドス高校で……」

 

アヤネが大将の説明に驚くのを見て、大将はその理由をすぐに察した。

 

「そうか……君たちは知らなかったんだな。何年か前、アビドス生徒会から建物と土地の保有権が移ったんだ」

 

それを聞いて、ノノミが首をかしげる。

 

「アビドスの自治区なのにですか?」

 

「セリカちゃん、知ってた?」

 

アヤネに尋ねられたセリカが首を横に振る。

 

「うんうん、今初めて聞いた。私たちが返済してる以外に借金があったってこと?」

 

「私も知りませんでした……」

 

「じゃあ今は誰のものなの!?」

 

セリカの問いの答えがすぐにノノミの脳裏に浮かんだ。アビドス生徒会から土地を奪えるほどの存在など、一つしか考えられない。

 

「――カイザーコーポレーション……」

 

「うーん、そんな名前だったような気がするが……悪いね、ハッキリと思い出せねえや」

 

「一度調査したほうがよさそうですね……」

 

柴大将が思い出せない以上、自分たちで調べるしかない。アヤネがそう言うと、セリカとノノミも頷く。

 

「アヤネちゃん、私にも手伝わせて!」

 

「私もです!何でも言ってください」

 

柴大将のお見舞いから明かされた衝撃の事実に、柴大将自身も驚くのだった。

 

「なんだか悪いね、変なことに巻き込んじまって……」

 

申し訳なさそうに頭を下げる柴大将に、セリカは首を横に振って明るく答える。

 

「大丈夫!私たちみんなの問題だから!

 それより、大将!まだ引退とか考えないでよ、分かった?」

 

「お、おう……ああ、そういやちょっくらベッドの下にあるものを引っ張り出しちゃあくれねえか」

 

そう言われてベッドの下にあったあるものを引っ張り出す。引っ張り出したそれを椅子に置いてみた瞬間、三人は止まる。

 

「なんか知ってるかい?」

 

そう聞かれてアヤネたちは全員目を背ける。

 

「いえ、その……」

 

「知ってるっていうか……」

 

「これって……」

 

言い淀んでいる三人に、柴大将が事情を説明してくれた。

 

「今朝、シロコちゃんが持ってきてくれたんだ。焼けた店の前に置いてあったって……。それでよ、なんだと思って開けてみたら、驚いたことに大金が詰まれてたんだよ」

 

三人がどう説明しようか目が泳いでいると、柴大将は心配げな顔で尋ねてくる。

 

「やっぱりこういうのは曰く付きっぽいから手放した方が良いのかねえ?」

 

それに三人はすごい勢いで反対する。

 

「そんなことないわよ!」

 

「きっと善意の第三者からですね!」

 

「そうですよ!これは柴関ラーメンを再開するために使っていいと思います!」

 

「うん!これをくれた人は、きっと柴関ラーメンの味に感動したんだと思う!」

 

三人の言葉に柴大将は思わず涙ぐんでしまう。ズビッと鼻をすすって零れる涙を手で拭う。

 

「なんてこったい……。だとしたら、ラーメン屋冥利に尽きるってもんだ。

 俺はただ、腹を空かしたお客さんにたらふく食って貰いたい!そう思って頑張ってきたからよ……」

 

感動する柴大将に、三人は励ましの言葉を贈る。

 

「みんな、大将のラーメンを待っていますから」

 

「早く元気になって、お店を立て直しましょう」

 

「そしたら、またアルバイトとして雇ってよ、大将!」

 

その言葉を貰った柴大将は元気に意気込んで胸を張る。

 

「応よ、任せとけ!再開したら、真っ先にたらふく食わしてやらあ!」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

セリカたちは満面の笑みで返す。

その後は柴大将と面会時間ぎりぎりまで楽しく雑談をするのだった。

 

 

 

アビドスの屋上でホシノは一人ぼんやりとしていた。今日は他の対策委員会のみんなは柴大将のお見舞いに行っていない。五条は相変わらず、どこで何をしているかはわからない。

たった一人になったホシノは、少し昔を思い出していた。

こうして自分一人になったのは、“あの日”以来からだろうか。それから、ノノミちゃんが来て、シロコちゃんが来て、セリカちゃんとアヤネちゃんが来たんだったな。

そう思い返していると、ガチャっとドアノブが回る音が聞こえる。

 

「ヤッホー!今日はいい天気だね、ホシノ」

 

いつものように軽いノリで挨拶する五条に、見えないように制服の袖で目元を拭ってから気持ちを切り替えてホシノも挨拶を返す。

 

「うへへ~、そうだね。先生はどうしたのー?」

 

「僕は休憩さ、GTGはいつも忙しいから、こうやって一息入れないといけなくてね」

 

そう言いながら、五条は懐からお饅頭を取り出した。

 

「え~、先生はいつも休んでるじゃーん。いつも私たちが戦う後ろで、ゴロゴロしたりしてない?」

 

怪訝な目をするホシノに、五条はアハハと笑う。

 

「僕くらい忙しくなると、戦い中に休んだりしないと、こうやって新作スイーツを堪能できないからね」

 

「じゃあ、先生はその貴重な休みをくれる可愛い生徒に、何かご褒美をくれたりしないのー?」

 

ホシノが五条の持つ饅頭に視線を向ける。

 

「しょうがないなー、他のみんなには内緒だよ」

 

そう言って、饅頭を半分に割ってホシノと分ける。二人で饅頭を食べている時に、ホシノが口を開いた。

 

「先生がここに来て、だいぶ経ったねー」

 

「んー、そう言われればそうだね」

 

「初めは変な大人が来たなーって思ったけど」

 

「何言ってんの、僕ほどナイスガイに対して――」

 

ドヤ顔する五条に、ホシノは笑って「まっさかー」と返す。

 

「いつも遅刻するし、よくわかんないことを突拍子もなく始めるし、自然と相手を煽ったりするしで大変だよー」

 

「えー、なんのことー」

 

とぼける五条だったが、ホシノは「でもね」と言って続ける。

 

「対策委員会のみんな、前より生き生きとしている」

 

「……それはみんなが頑張っているからだよ」

 

「にひひー、確かにそうかもしれないねー。

 セリカちゃんはみんなを頼ってくれるようになったし、アヤネちゃんは顔上げてくれる時間が増えたかな。ノノミちゃんは誰のためでもなく純粋に笑ってくれることが増えた。シロコちゃんは……うん、呼吸が深くなったと思う」

 

「僕は、ホシノも頑張ってると思うよ。いつも夜遅くまでパトロールとかしてるもんね」

 

五条に対策委員会のみんなにも言ってないパトロールのことを言われて、ホシノは思わず顔が赤くなる。

 

「えっ、先生知ってたの?うへ~、恥ずかしいよー」

 

「アハハ!僕を誰だと思ってるの!……でも、今日は眠れてないんじゃない、ホシノ?」

 

「え?そ、そんなことないと思うけどなー」

 

確かに全く眠れていなかったが、自分でも上手く隠せていたと自負するのに、五条に気づかれたことにドキッとする。慌てて白を切ろうとするホシノに、五条が顔を近づけてきた。

 

「いつもより、隈できてるよ。年頃の女の子がそんなんじゃいけないわよ!」

 

「先生、そんなのわかるのー!?」

 

相変わらずふざけた感じでホシノのことを見ぬいてしまう五条に、ホシノは驚きを隠せなかった。

 

「僕、眼が良いからね」

 

「いや、先生、目隠してるじゃーん!」

 

目隠ししてるのに、眼がいいと言う五条に思わずツッコミを入れてしまう。

本当に変わった大人だなと思っていると、五条は何か閃いたのか、左手にポンと右こぶしを乗せる。

 

「よし!それじゃあ、今日は僕とホシノでお昼寝することが今日の授業にしよう」

 

「え?」

 

「そうと決まれば、行くよ、ホシノ!」

 

困惑するホシノの手を掴んで、五条は楽しそうに校舎の中へと戻っていくのだった。

五条に連れられて、向かった先は保健室だった。

流されるままベッドに横たわされたホシノは、隣のベッドに腰掛ける五条に問いかける。

 

「あの、先生……これは……」

 

「みんなが学校来るまで、まだ時間あるし……それまでのーんびりとお昼寝でもしようじゃん!」

 

「でも……」

 

自分は休んでなんかいられない、昨日の黒服の提案のことと言い、後輩たちがアビドス高校にいられるために、こんなところで休んではいけない。自分が何とかしなければならない。そう思うと、眠ってなんかいられない。

その時――。

 

「いいんだよ」

 

「……え?」

 

「ホシノが頑張ってることは知ってる。だからこそ、休んでもいいんだよ」

 

そう語りかける五条の言葉は、いつものような軽い感じではなく、慈しみがあるようなものだった。

 

「ホシノが倒れたら、シロコたちが悲しむよ。……もちろん、僕もね」

 

ベッドから立ち上がり。ホシノの枕元まで寄って、彼女の頭を優しく撫でる。

頭に感じる五条の手は大きくて、強そうで、でも、優しくて、暖かいものだった。

ホシノの心は安心感で満たされていく。それまであった不安は消えていき、それと同時に眠気が一気に押し寄せてきた。

 

「うへ~、わかったよ。それじゃあ、おじさんはちょっと眠る……よ……」

 

そう言って小さな寝息を立てて、ホシノは眠るのだった。

ホシノが眠ったのを確認した五条は、静かに保健室を出ていくのだった。

 

「そうだね、しっかり休まなきゃ」

 

そう呟く五条の脳裏に浮かんだのは、ある会話。

 

『■、ちょっと痩せた?』

 

『ただの夏バテさ、大丈夫』

 

もう、二度と同じ過ちは起こさせない。五条は静かに決意を胸に抱いて歩いて行く。

 

 

 

シッテムの箱の中でアロナはすやすやと眠っていた。そこに五条がやってくる。

 

「アロナー」

 

「……むにゃ」

 

アロナに声をかけるが、目を覚まさない。

 

「おーい、アロナー」

 

「……えへへー」

 

再び声をかけても、アロナは楽しそうに眠る。

 

「……あ、イチゴカステラ」

 

「え!どこどこ!?どこですか!?……あ、先生!!」

 

ガバッと起き上がり、辺りを忙しくキョロキョロ見渡すアロナに、五条は笑顔で答える。

 

「アロナ、後でマジデコピン」

 

「ええっ!?」

 

涙目でおでこを抑えるアロナに、五条は近くの机に腰掛けて、本題を口にする。

 

「アロナ、調べてほしいことあるんだけど」

 

「なんでしょうか?」

 

「カイザーコーポレーションについて調べといてね」

 

「カイザーコーポレーション?」

 

首をかしげるアロナに、五条は気になっていることを伝える。

 

「アビドス砂漠でなんか企んでいるみたいだからさ、お願いできるかい?」

 

「承知しました!お任せください!

 アロナは『シッテムの箱』の優秀な管理者であり、メインOS、そして、先生を助ける秘書なんですから!」

 

「そうだね、それじゃ任せたよ」

 

「了解しました」

 

敬礼ポーズをするアロナに、思わず笑みをこぼして五条は立ち上がる。

 

「今度、僕オススメのスイーツをちょっと分けてあげる」

 

それを聞いて、アロナの顔がパアッと笑顔になった。

 

「うわーい!ありがとうございます!」

 

五条は軽く手を振って、アロナと別れる。

シッテムの箱の箱を懐にしまって、五条は対策委員会のみんなが待っている教室に向かうのだった。

 

 

 

夕方に近づく対策委員会の部室の扉が開いて、五条が元気に入ってくる。

 

「おっまた~!みんな~!大将の様子はどうだったー?」

 

「はい、お元気そうでした」

 

「柴関ラーメンもそのうち再開するって」

 

「へえ、それはよかった」

 

ノノミとセリカの報告を聞いて、嬉しそうに席に着く。

しかし、ノノミたちの様子がおかしいことに気づいた。

 

「あれ、どうしたの?」

 

「実は、別の問題が出てきまして……」

 

「別の問題?」

 

首をかしげると、セリカとアヤネがそれを答えてくれるのだった。

 

「実はそのことを話そうと思っていたところなの」

 

「単刀直入に言いますと、ここら一体の土地の保有権がアビドス高校に無いようなんです」

 

「……どういうこと?」

 

五条の顔から笑みが消える。各学校の自治区は、その学校が保有するものである。だからこそ、学校はその学校だけでなく、自治区の安全を考慮するために、日々動いているものだと、最初にキヴォトスに来た時に貰った資料には書いてあったはずだ。

 

「大将が言うには、柴関ラーメンが入っていた建物も、もうアビドス高校のものじゃないんだって」

 

「……いったい何時から?」

 

そう尋ねるシロコは無意識のうちに手を強く握りしめていた。

 

「はっきりとは……ただ、大将は何年か前に、と」

 

「じゃあ、今は誰が――?」

 

五条はすでにその答えは分かっていた。

 

「カイザーコーポレーション……」

 

問題は最近の話ではなかった。便利屋68や、カタカタヘルメット団が襲ってくる前から、対策委員会のみんなはカイザーコーポレーションの掌の上で踊らされていたのだった。

 

「あー!マジムカついてきたー!」

 

「まだ、結果が出見ないことにはわかりません。そうじゃないという線も――」

 

むしゃくしゃして机を叩くセリカを宥めようとノノミが話していると、ホシノが立ち上がって大きく伸びをする。

 

「あ、見て見て!あの雲、クジラっぽくない?」

 

窓の外を指さすホシノに、アヤネが困惑する。

 

「あの、ホシノ先輩?」

 

「アヤネちゃんの位置からだと見えないでしょ。こっちおいでよー、痛くしないからさー」

 

アヤネの袖を掴んで窓の方に引っ張るホシノを見て、ノノミとシロコも互いに目を合わせて頷く。

 

「ちょっと、今は真剣な話をしている最中で、そんな……」

 

「ほらほら、セリカちゃんも見て見ませんか」

 

「ん、セリカもこっちに」

 

「の、ノノミ先輩、シロコ先輩!」

 

ノノミに背中を押されて、シロコに手を握られて、セリカも窓辺に近づけられるのだった。

五人で窓から空を見上げて、ホシノが言った雲を探す。

 

「ホシノ先輩が言ってた曇ってあれですか?クジラというより、イルカに見えませんか?」

 

「えー、そうかなー」

 

「ホシノ先輩が言ってるのって、その上にあるやつですよね☆」

 

「確かに、そう考えると下のはイルカっぽいかも」

 

「それじゃあ、その下にあるのはクラゲかなー?」

 

「いや、あんな形のクラゲはいないでしょ」

 

五人がワイワイ語っているのを後ろから見ていた五条は、嬉しそうに微笑む。

そこでホシノがある提案をする。

 

「それじゃあさ、みんなで水族館に行かない?」

 

その提案にセリカが「でも」と渋っていると、ホシノは続けて語り掛ける。

 

「今は何も分かんない状況なんでしょ。暗い顔をして待ってても、結果は変わらないでしょー。

 だったらさ……私は、笑顔で待っていたいかな」

 

ホシノの笑顔にみんなも思わず笑みがこぼれる。

 

「それにさ、セリカちゃーん、水族館に行ったらクラゲもたっくさんいるよー。こう、うにょうにょしてて綺麗だよー。おじさんと行こうよー、ちょっとだけだからさー」

 

「わかったわよ!行けばいいんでしょー!」

 

セリカの腰にしがみついてスリスリするホシノに、セリカは諦めて賛同するのだった。

 

「そうですね、いいかもしれませんね」

 

「はい、息抜きも大切ですから☆」

 

「先生も行くでしょ?」

 

シロコに聞かれて、五条は「え?」と返す。

そんな彼に、みんなが視線を向ける。

 

「え?じゃないわよ!」

 

「先生の引率は必要だと思います」

 

セリカとノノミに言われて、五条はいつもの笑みで椅子から立ち上がる。

 

「何言ってんのさ。そんな面白そうなこと、僕抜きでするなんて許さないんだからね!

 それじゃあ、『ドキドキ!アビドス対策委員会の水族館ツアー!!』行こうか!」

 

「よろしくお願いします」

 

「うへへ~、楽しみだなー」

 

こうして、五条は対策委員会と水族館に行くことになったのであった。

 

 

 

「あ、セリカのポロリもあるよ!」

 

「そんなのないわよ!バカー!!」

 




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