シャーレの五条先生   作:未来跳躍

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今回はアビドスの楽しい青春の一日です。
次回から怒涛のシリアスが待っているので……


秘密

今日は対策委員会のみんなで水族館に行く日であった。

アビドス自治区の街の広場に集合するように、モモトークで事前に連絡をして対策委員会の五人はすでに集まっていたのだが、まだ五条が来ていなかった。五条の遅刻はいつものことだが、こんな日でも遅刻することに苛立つセリカが腕を組み、足をトントンと小刻みに鳴らしていた。

そして、そこに五条が五人の元へと悠然と歩いてやってくる。

 

「おはよう、みんなー!いやー、今日は絶好の水族館日和だねー!」

 

そう挨拶すると、セリカが怒りの表情で声を荒げる。

 

「遅いわよ、先生!!10分遅刻!!」

 

「いやー、店が混んでてねー」

 

いつものように、あっけらかんとした態度の五条の右手首にはビニール袋がぶら下がっていた。

 

「先生、それは何?」

 

シロコが袋に指さして尋ねる。五条は袋を持ち上げて笑って答えた。

 

「これ?イチゴカステラ、後で僕が食べるおやつに買ってきたんだー」

 

「集合前に余計な買い物してんじゃないわよ!」

 

怒るセリカをノノミとアヤネが宥めて、彼女たちは水族館に出発するのだった。

 

「早く早く!」

 

「待ってよー、セリカちゃーん」

 

駅への階段を元気に駆け上がるセリカと、それに遅れて少し息が上がったアヤネを、先輩組と五条はゆっくりと歩いて上がって見ていた。

 

「あらあら、ずいぶん張り切ってますね」

 

「なんだかんだ言って、セリカが一番楽しみにしてんじゃん」

 

「う、うるさいわね!楽しみにしてないし!」

 

腕を組んでそう言い放つセリカだが、彼女の言葉とは裏腹に耳が元気にピョコピョコ跳ねていた。それを見て、ノノミはあらあらと上品に、五条はニヤニヤと軽薄に笑うのだった。

そんな二人を見てまた噛みつこうと声を荒げるセリカと、それを止めようとするアヤネ。

いつもの対策委員会の日常を感じたホシノは隣にいるシロコに声をかける。

 

「ほんじゃ、行こっか」

 

「うん」

 

こうして、対策委員会のみんなは駅で切符を買い、水族館があるD,U.シラトリ区へと電車で向かう。電車の中で、彼女たちは初めて行く水族館に胸を高鳴らせて会話を弾ませる。

 

「ねえアヤネちゃん、着いたらまず何を見よっか?」

 

「そうだな……まずはウミガメが見たいかも」

 

「えー、普通は魚から見て回らない?そうでしょ、シロコ先輩、ホシノ先輩」

 

「確かに、一理あるね。じゃあ、タツノオトシゴから」

 

「また絶妙な……」

 

「シロコちゃんらしいね」

 

「そうですね」

 

彼女たちの会話を、五条は楽しそうに見守っていた。

 

 

 

D.U.シラトリ区にあるセントラル水族館。キヴォトス一の大きさを誇る巨大水族館で、その大きさに見合うほどの様々な海の生き物たちが展示させられており、その他にもふれあいコーナーや巨大なイルカショーのステージ、ペンギンたちの行進広場など様々なアトラクションもある巨大な複合施設である。

入ってすぐのアクアトンネルにセリカは興奮していた。

 

「うわー、すごいすごーい!海の中にいるみたーい!

 アヤネちゃん、あそこにサメもいるよ!」

 

「あっ、セリカちゃん待って」

 

セリカはアヤネの手を取ってアクアトンネル内を走っていく。

そんなセリカに五条は右手を口元に寄せて軽く注意する。

 

「おーい、あんま走らないでねー」

 

ノノミはパンフレットのマップを見て感嘆する。

 

「うわー、このアクアリウム、すっごく大きいですねー☆」

 

「確かに、一日じゃ回り切れないかも」

 

シロコも横からマップを見て頷いた。

それを聞いたセリカが止まって、ノノミたちの方に振り返る。

 

「えっ、そんなに!?

 どうしよう……急いで回った方が良いのかな?」

 

不安そうな課をするセリカに、遅れて五条とホシノがやってくる。

 

「まあまあ、焦らなくても大丈夫だよー」

 

「そうそう、別に水族館がなくなるわけじゃないんだから、また来た時の楽しみすればいいんじゃない?」

 

「にゃは~、みんな楽しそうで何よりだねー」

 

ホシノがそう言うと、みんなは笑顔で頷くのだった。

水槽で魚を観ているセリカとアヤネは、水槽の中を泳ぐ小さな魚を見て話していた。

 

「見て!口をパクパクさせてるー!」

 

「本当だ、呼吸してるのかな?」

 

「でも、よく考えると、水中で呼吸って……どうやってるんだろう?」

 

魚を見て疑問に思うセリカ、すると、横からホシノが説明をするのだった。

 

「魚は水の中から酸素だけを取り込む器官があってねー。エラ呼吸って、聞いたことあるでしょ。口から水を吸って、エラで酸素取り込んでいるの。酸素を吸って、二酸化酸素を吐き出しているという点では、魚も呼吸しているんだよねー。

 こんなに見た目が違ってても、中身は一緒なわけだ。まあ、クジラみたいに、本当に息を止めて水中に潜っているのもいるけどね。とは言え、そもそもクジラは魚じゃなくて、哺乳類だけど……って、どしたの?みんな、黙っちゃって……?」

 

突然のホシノの解説に、呆然としていたシロコたち。

 

「あの、何と言いますか……」

 

「ホシノ先輩が頭良さそうなこと言ってる……」

 

「意外……」

 

アヤネとセリカ、シロコたちは、今までのアビドス高校でのホシノの様子からは見れない新たな一面に驚愕するのだった。

後輩たちの素直な感想に、ホシノが「なにをー!」と、プンスカと頬を膨らませて怒るのだった。

 

「へー、ホシノって意外と魚好きなんだ」

 

「はい、ホシノ先輩はお魚に詳しいんですもんねー!」

 

「いやいや、そこまでではないけどねー」

 

ホシノは嬉しそうに、えへへと笑う。

ホシノの新たな一面を発見した一同は次のエリアに移動するのだった。

クラゲエリアにやってきたみんなは、水槽の中でふよふよと漂っているクラゲを観ていた

 

「にゃー!やっぱり、クラゲはいいねー」

 

「はい、うっすらと輝いていて可愛いです☆

 これって、ライトに照らされているわけではないんですよね?」

 

ノノミの疑問にホシノが頷いて答える。

 

「うん、自分で光ってるんだよ!」

 

淡い光を放ちながら漂うクラゲを観て、シロコが思わず呟いた。

 

「……不思議」

 

「海の中で光ってると、周りにバレて食べられちゃわない?」

 

次はセリカがホシノに疑問を投げかける。

 

「ま、難しい理屈は置いておくと、逆に光を利用して身を守ったりもできるんだよ。それ以外にも、敵を追い払ったりね」

 

「「へー」」

 

シロコとセリカが同時に息を漏らすのだった。

 

「ねー、次は熱帯魚を観に行こうよー!たくさん種類がいるみたいだよー!」

 

「いいねー、行ってみよー!」

 

みんなで次の場所を決めたと、五条が手を上げる。

 

「あっ、ごめん!ちょっと、先に行ってて」

 

「先生、どうかしたのですか?」

 

横にいたアヤネが尋ねると、五条は神妙な面持ちで答える。

 

「実は……ずっと、ウンコを我慢しててね!」

 

いつもの軽薄さとデリカシーのない答えを聞いてアヤネとノノミは少し顔を赤くして俯く。

セリカが怒って、声を上げて怒鳴りつける。

 

「バッカじゃないの!!もう、早く行って!!」

 

「はいは~い、それじゃ、後でねー」

 

手をひらひらと振って、五条はその場を後にする。

気を取り直して、対策委員会のみんなは熱帯魚エリアへと向かうのだった。

対策委員会から離れて一人になった五条は、シッテムの箱を取り出す。

そして、スリープ状態になっているシッテムの箱を起動させる。すると、景色は変わって、アロナのいる教室へと移るのだった。

アロナは窓辺の方に近寄って、空を眺めていた。五条の足音に気づいたアロナは笑顔で駆け寄ってくる。

 

「こんにちは、先生!」

 

「ヤッホー、アロナ。先日、頼んでた調査は終わったかい?」

 

「はい!先生のおっしゃった通り、アビドス砂漠の真ん中に、カイザーグループの施設らしきものを確認できました。

 この施設の所有者は『カイザーPMC』というカイザーグループの子会社の一つですね」

 

「PMC……民間軍事会社がなぜ砂漠に……施設の中はわかるかい?」

 

そう尋ねると、アロナは残念そうに首を横に振る。

 

「すいません、その施設のサーバーは独立しているもので、連邦生徒会の権限でも……」

 

「そうか、わかった!ありがとうね、アロナ。さすがは、僕の頼りになる秘書だ。

 褒美にいっぱい撫でてあげよう!よーしよしよし!」

 

「せ、先生!乱暴に私の頭を撫でないでください!」

 

アロナは五条に撫でられて乱れた髪を手で必死に直していく。

 

「それじゃあ、引き続き調査をお願いね。何かわかったら、連絡ちょうだい」

 

「わかりました!」

 

五条は背を向けて歩こうとした時、「あっ!」と声をあげて立ち止まる。

またアロナの方に戻って、アロナにあるものを手渡した。

 

「はい、これ。約束のイチゴカステラね」

 

袋に入ったイチゴカステラをアロナに渡す。アロナは大好きなイチゴカステラを貰って子供のような無邪気な笑顔で喜ぶのだった。

 

「うわーい!先生、ありがとうございます!あとで一緒に食べましょう!」

 

「わかったよ、それじゃあ、またね」

 

「はい、またあとで!」

 

五条はシッテムの箱のスイッチを切ってスリープ状態にすると、懐にしまって対策委員会のみんなが待つ熱帯魚エリアへと足を進めるのだった。

一方、先に熱帯魚エリアにやってきた対策委員会のみんなは、壁一面の巨大な水槽に泳ぐたくさんの熱帯魚たちに目を輝かせていた。

 

「おー、すごいねー」

 

ホシノが圧巻の光景に感心していると、セリカは水槽の中の熱帯魚に顔を近づける。

 

「見て見て、この子たちすっごく――」

 

「可愛い!」

「美味しそう!」

 

「「……え?」」

 

ホシノが自分の感想に被せて衝撃のことを言ったことに、セリカは驚いた。

 

「嘘でしょ!ホシノ先輩、正気なの!?」

 

「えー、結構肉厚だよー。見てお得、食べてさらにお得じゃん」

 

「絶対、おかしいって!ねえ、アヤネちゃん!?」

 

セリカに聞かれて、アヤネは少し考えながら答える。

 

「わ、私も食べたいとは思わないかも……可愛いし」

 

「ちょっと待って、アヤネ。これが美味しく食べられれば……食費が浮く!」

 

シロコの提案に、アヤネは衝撃を受ける。アヤネは思わず、「確かに……」と呟いてしまった。

 

「あーもー!シロコ先輩ったら、野蛮!」

 

「ノノミちゃんはどうかな?」

 

ホシノに聞かれたノノミは手を合わせて笑顔で返す。

 

「私ですか?もちろん、可愛いと思います」

 

「ノノミ先輩……」

 

自分に賛同してくれると思ったセリカの顔が晴れたその後、ノノミは続ける。

 

「ですが……美味しそうでもありますね☆」

 

「……」

 

委員会の感性にセリカはガックシと項垂れるしかなかった。

そこに先ほど別れた五条が合流してくるのだった。

 

「おまたせー!なになに、何楽しそうに話してんの?」

 

そう五条が聞くと、ホシノとセリカが顔を合わせる。

 

「セリカちゃん、こうなったら先生にどっちか決めてもらうってのはどう?」

 

「そうね、ホシノ先輩」

 

そう言うと二人は、五条の目の前まで近寄って先ほどの論争を聞くのだった。

 

「あのさ、先生……ここにいる熱帯魚って――」

 

「可愛いよね!」

「美味しそうだよね!」

 

「は?」

 

突然の質問に思わずポカンとする五条に、二人は詰め寄ってくる。

 

「「どっちなの、先生!?」」

 

二人に詰め寄られて、五条は顎に手を当てて考える。

 

「そうだなー、僕としては……雑魚っぽくて弱そう、かな」

 

「「……」」

 

二人は呆れて声が出なくなった。それと同時に、この男に聞いたのが間違いだと気づいたのだった。

 

「ダメだ、この人……」

 

「そういうところだよ、先生……」

 

「アハハ、すごい言われようだねー」

 

それからも、対策委員会のみんなは色々と水族館を楽しんだ。

少し変わった形の魚を観て笑ったり、ふれあいコーナーでカニやヒトデ、ナマコなんかを触ろうとして騒いだり、バッチリと楽しんでいた。

途中でペンギンコーナーでセリカとアヤネとノノミは、ホシノがなんの動物みたいかという他愛ない会話を弾ませていた。

そして、この水族館のメインイベントであるイルカショーを観覧しにやってきた。イルカショーのイルカたちの可愛らしい泳ぎに、様々なジャンプにみんなを含めた観客は歓声を起こしていた。

 

「今のすごかったね!」

 

「うん!私たちの頭の上よりも高く跳んでた!」

 

セリカとアヤネが笑って感動を分かち合っている横で、売店で買ったキャラメルポップコーンをむしゃむしゃと食べている五条が、口いっぱいにポップコーンが入ったまま話す。

 

「次はもっと高く跳ぶんじゃない?」

 

「先生、楽しそう」

 

「はい!子供みたいですね」

 

そんな子供っぽい五条を見て、シロコとノノミは互いに顔を見合わせて笑う。

 

「ねえねえ、そろそろ来るよ!」

 

ホシノがワクワクした顔で言うと、三匹のイルカたちが一斉にジャンプして高い位置に吊ってあるボールにタッチするのだった。今までで一番の大ジャンプに観客は大いに湧き上がる。最後は飼育員さと一緒に挨拶をするイルカたちを見て、ホシノは無邪気な笑顔で感動を口にする。

 

「いやー、本当にすごかったねー」

 

イルカたちに手を振るホシノにシロコはそっと声をかける。

 

「ねえ、ホシノ先輩……」

 

「ん?」

 

「少しいい?」

 

シロコに言われて、二人は席を立つ。それを見ていた五条は、空になったポップコーンの容器を潰して口を開いた。

 

「セリカー、アヤネー、ノノミー、あっちに美味しそうなクレープあるんだけど、行くかい?」

 

「え!先生、まだ食べんの!?」

 

さっきキャラメルポップコーンを食べたばかりなのに、すぐに次のスイーツを食べに行こうとする五条に、セリカは驚きと呆れの声を上げた。

 

「えー……せっかく奢ってあげようと――」

 

「なにしてるの、先生!早く行くわよ!」

 

「せ、セリカちゃん……」

 

「うふふ、みんなで行きましょうか……あら、ホシノ先輩とシロコちゃんは?」

 

さっきまでの態度から180度の手のひら返しするセリカに、アヤネは苦笑する。そして、ノノミがシロコとホシノがいないことに気づいた。いなくなった二人に心配そうにキョロキョロするノノミに、五条がさりげなくフォローを入れる。

 

「あの二人なら、先に行ってだってさ」

 

「……そうですか、わかりました。それじゃ行きましょう、先生」

 

こうして、五条はノノミたちを連れて移動する。そして、シロコとホシノは五条達とは別れて、別の展示エリアへと向かった。

そこはジンベエザメやマンタなどが悠然と泳ぐ巨大な水槽があるエリアで、水槽の前で二人は話を始める。

 

「どうしたの、シロコちゃん。おじさんと二人っきりで話したいだなんて……はっ!さては、愛の告白だな!?」

 

「いや、全然違う」

 

わざとらしく驚くホシノに、シロコは冷静にそれを否定する。

 

「なーんだ、残念……」

 

がっかりするホシノは「あ!」と声を出して話を切り出す。

 

「そういえば、さっきのショーを見て思ったんだけどさー。シロコちゃんって、イルカみたいだよね」

 

「……どういうこと?」

 

突然の話にシロコは首をかしげる。そんなシロコに、ホシノは先ほどの話を思い出した。

 

「いやー、さっきノノミちゃんたちが、私がなにに似てるかって話をしてたみたいでさー。

 シロコちゃんは可愛いし、運動神経抜群だしでイルカかなーって!」

 

「そうかな?」

 

「そうだよー!

 シロコちゃん的にはさ、おじさんはなにに似ていると思う?」

 

ホシノに聞かれて、シロコは少し考える。じっとホシノを見つめたまま、シロコは自分の考えを口に出した。

 

「……クジラ」

 

「え?いやいや、おじさんこのちっちゃい体躯だよー。それはちょっと無理すぎじゃない?」

 

アハハと笑うホシノに、シロコは真剣な眼差しで「そんなことない」と否定する。

 

「似てると思う。眠りながら泳いでいるところ、近くにいても全体が見えないところ、それから……ずっと息を止めているところ」

 

「!?」

 

「あの時、ホシノ先輩は昼寝をしていたと言ってたけど、あれ、嘘でしょう……」

 

「シロコちゃん……」

 

「私に何かできることない?」

 

「……え?」

 

「先輩、ずっと何か一人で抱えているような気がして……」

 

「……」

 

「私はホシノ先輩の力になりたい。昔、先輩が手を差し伸べてくれたように」

 

そう言って、シロコは首元のマフラーに手を添える。それを聞いてホシノ少し顔を下げて、フッと軽く微笑む。

 

「いい子だね、シロコちゃんは……」

 

「先輩……」

 

「でも、そういうシロコちゃんのこと……おじさんはだーい好きだよー!」

 

ホシノは「うにゃー」と猫の鳴き声のような声を出しながら、シロコに抱き着いて、彼女の胸で顔をぐりぐりと擦るのだった。

 

「おじさんは嬉しいよー!ほーんと、いい後輩を持ったなー」

 

「あらあら、お二人ともずいぶんと仲良しさんですねー」

 

そこに、五条と一緒にクレープを買ってきたノノミたちが合流するのだった。

ノノミたちに、ホシノは抱き着いたまま嬉しそうに自慢する。

 

「えへへー、シロコちゃんったら、おじさんのことがだーい好きなんだってー!」

 

「あらあら、私もホシノ先輩のこと、だーい好きですよー」

 

「うへへ~、おじさんモテモテだー!」

 

シロコの話は、セリカとアヤネが持ってきた五条に奢らせたクレープを渡されたために、結局話が流されてしまうのだった。

手渡されたクレープを美味しそうに食べるホシノを横に、シロコは心の中にある不安を押し込めるためにクレープを口にするのだった。

クレープを食べたみんなは、物販コーナーで色々な商品を物色していた。セリカはピンクと水色のイルカのぬいぐるみを前に、どうしようか迷っていた。

 

「セリカちゃん、買わないんですか?」

 

「うぇっ!いや、その……子供っぽい、かなって……」

 

「そんなことないですよー」

 

少し照れ臭そうに頬をかくセリカに、ノノミは笑って否定する。すると、横からホシノの声が聞こえるので、そちらに振り向くと、ホシノの身長の倍近くありそうな巨大なクジラのぬいぐるみを抱きかかえていた。

 

「部室に持って帰れるかなー?」

 

「買ったところで、どこに置くんですか!?」

 

「えー、ダメー!?」

 

「あらあら、ホシノ先輩もクジラさんも可愛いですね☆」

 

ホシノたち四人がぬいぐるみについて話している横で、シロコは何かないか探していた。

すると、小物インテリアコーナーであるものが目に入る。

それは、銀でできたイルカのテーブルモビールだった。シロコがそれを見ていると、ノノミが後ろから声をかけてきた。

 

「シロコちゃんは、何か気になるものはありました?」

 

「えっと……これ、可愛いなって思って」

 

シロコは先ほどのテーブルモビールを指さす。

 

「シロコ先輩のチョイスにしては、ずいぶんまともね」

 

「ですが……それなりに、値段が張りますね」

 

アヤネの言う通り、シロコの気になっているテーブルモビールは1個10000円近くするもので、学生であるシロコたちが買うには少し躊躇われる金額なのだった。

そんな時、ホシノが自信ありげに胸を張る。

 

「ふっふっふ、まあ、そこは心配しなくてもいいでしょう……ね、先生?」

 

「えっ?」

 

「いいでしょう~先生~」

 

「「「「先生~」」」」」

 

正直、五条的には全く興味のない物であったのだが、教え子たちの可愛らしい目で訴えられれば仕方がない。

 

「しょうがないな……ま、先生に任せなさい!」

 

ニコッと笑って親指を立てる五条に、ホシノたちは嬉しそうに喜んだ。

 

「ありがとう、先生」

 

「ははは、気にしなくていいよ」

 

ホシノは店員を呼んで、テーブルモビールを6個注文した。それに、五条が反応する。

 

「あれ、6個?」

 

首をかしげる五条に、ホシノが答える。

 

「何言ってんのさ、先生の分に決まってんじゃん」

 

「そうですよ、せっかくならみんなでお揃いにした方が良いじゃないですか」

 

「はい、先生も含めてみんなで来たのですから!」

 

「それとも、何?私たちとのお揃いはイヤなの?」

 

「ん、先生も一緒に」

 

対策委員会のみんなにそう言われて、五条はフッと微笑んだ。

 

「……ま、いっかな」

 

五条に買ってもらったお土産を手に、対策委員会のみんなは水族館を出ていく。水族館を出たところで、セリカがある提案をする。

 

「せっかくだし、ここで記念撮影しない?」

 

「いいですね」

 

「賛成」

 

セリカの案にみんなが賛成する。そこで五条が口を開いた。

 

「じゃあ、僕が撮ってあげるよ!はいは~い、みんなそこに並んでー!」

 

そう言うと、みんながポカンとした顔で首をかしげる。

 

「先生は入らないんですか?」

 

と、アヤネが尋ねる。

 

「いやいや、僕は――」

 

「それはダメ」

 

五条の言葉を遮るようにシロコが否定する。そして、みんなが笑顔で五条へと顔を向ける。

 

「何をいまさら言ってんのよ」

 

「先生も一緒にですよ」

 

「ほらほら、先生もこっちにおいでー」

 

ホシノが小さく手招きするの見て、五条は「仕方ないなー」と言って、みんなと一緒に撮影に入ろうとしたその時――。

 

「写真、手伝いましょうか?」

 

五条は聞いたことがある声に反応して振り返る。

そこにいたのは――。

 

「ユウカ!久しぶりだねー」

 

五条がキヴォトスの初日に出会ったミレニアムサイエンススクールの早瀬ユウカだった。

 

「奇遇ですね、先生。その節では大変お世話になりました」

 

「元気にやってたかい?えっと、君は……?」

 

五条はユウカの隣にいた白髪の少女に気づく。五条が気付いたことに、少女は礼儀正しく頭を下げる。

 

「はじめまして、先生。私はミレニアムサイエンススクール『セミナー』の書記を担当しております、生塩ノアと申します」

 

「ノアか、よろしくね!僕は……」

 

「シャーレの五条先生ですよね。ユウカちゃんからお話は伺っております」

 

互いに挨拶を済ませると、ユウカが五条に話しかけるのだった。

 

「せっかくの機会なので、先生にお話ししたいこともあるのですが……またの機会にした方がよさそうですね」

 

ユウカは対策委員会の方へと顔を向ける。いきなりの状況についていけてない対策委員会のみんなが呆然としているのを見て、ユウカは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「あの、よろしければ、私たちがお写真を撮りますよ」

 

「いいの!いやー、悪いねー!」

 

そう言って、五条はスマホをユウカに手渡して、対策員会のみんなと一緒に並ぶ。

 

「みなさーん、準備はいいですかー?」

 

「「「「「「はーい!」」」」」」

 

「行きますよー!はい、チー――」

 

ユウカがスマホのシャッターボタンを押そうとするタイミングを見計らって、ホシノが少し意地悪な笑顔で隣のセリカを狙い定める。

 

「――ズ!」

 

みんなでピースをしたタイミングで、ホシノがセリカに抱き着いたのだった。

撮れた写真には、満面の笑みでセリカに抱き着くホシノとそれに驚くセリカとアヤネ、それを微笑ましそうに見守るノノミに、全く気にせず小さく笑うシロコ、そして、顔の横に両手でピースを作って全力で笑顔になっている五条が映っていたのだった。

 

 

 

帰りの電車に揺られて彼女たち五人は疲れたのか、仲良く肩を寄せてスヤスヤと眠っていた。

五条はその隣で見守るように笑って立っていた。

 

「こういう青春を大事に過ごしていってくれると、ありがたいんだけどね」

 

誰にも聞こえないように小さく呟いた五条は、真ん中で安らかな寝顔をしているホシノを見て、胸の中に小さな不安を覚えるが、それを気のせいと振り払うのだった。

 

 

 

その夜、対策委員会のみんなは五条に買ってもらったテーブルモビールをを見つめて、楽しかった今日一日を振り返っていた。

一方ホシノは、ベッドの上で膝を抱えて机の上に置いたテーブルモビールから、ベッドの隣の小さな棚に立てている写真へ目を向ける。

 

(今の私は、あの時の先輩みたいに上手くやれてますかね?

 ……ユメ先輩)

 

ホシノの心の独白に答える者はいない。

そして、楽しかった一日は終わっていくのだった。

 

 

 

翌日の朝、シロコはいつものようロードバイクでの通学をしていた。アビドス市街地に入って、交差点で信号が赤になって止まったシロコの前を黒い車が横切った。その瞬間、シロコの目は大きく見開いた。横切ったその車に、ホシノが乗っていたように見えたのだ。その車はそのまま路地の向こうへと去って行った。

シロコの中に不安が募っていく。見間違いだと思って、頭の中の雑念を振り払い、シロコはアビドス高校へと向かうのだった。

 

 

 

対策委員会の部室では、ノノミとセリカとアヤネが昨日の水族館で、それぞれが撮った写真を見せ合っていた。

 

「これがホシノ先輩!?この横顔、めちゃくちゃ美人じゃん!」

 

「元々、美人ですよ……そうだ!せっかくですし、モモトークのグループチャットに送りましょうか!」

 

「いいですね、どうせなら、それぞれが撮った写真もそこに……」

 

三人が仲良く話してるところに、シロコが部屋に入ってきた。アヤネに挨拶されたシロコは挨拶を返すと、部室内を見渡した。

 

「ん?ホシノ先輩ならまだ来てないわよ。どうせ、またどこかで寝てるんじゃない?」

 

「そっか……」

 

シロコはカバンと銃を机の上に置く。

 

「シロコ先輩も昨日の写真、送ってくれませんか?」

 

「うん、そういえば……集合写真以外、まだ共有してなかった」

 

アヤネに言われて、シロコは昨日の水族館での写真を開いて、みんなに見せる。

そこには、シロコが無表情で魚を抱きかかえている姿が映っていた。

 

「えっと……これはどこで撮ったんですか?」

 

「標本コーナー。持ってみてもいいと言われて……」

 

「この魚、私が捕まえましたみたいになってるわね」

 

写真の立ち姿があまりにも玄人感が出ているのを見て、セリカが思わず唸る。

 

「でも、シロコちゃん、こういうの上手そうですよね」

 

「確かに、機会があったら行ってみたいかも」

 

「次は本当の海に行ってみるのもいいかもしれませんね」

 

「あの水中トンネルすごかったし、いつかはダイビングとかしてみたいなー!」

 

「そうですね、その時はまたみんなで!」

 

そうして、ノノミとセリカが次の機会でのお出かけについて話していると、ホシノがいつものようににこやかな笑顔で部室にやってきた。

 

「やあやあみんな、ごきげんよう!」

 

「ホシノ先輩、遅いじゃん!」

 

「いやいや、ごめんよー。あまりにも心地よい疲労感で布団から出られなくってさ。

 ところで、みんなは何してたの?」

 

ホシノが尋ねると、ノノミが笑顔で答える。

 

「昨日のアクアリウムでの写真を見せ合いっこしてたんです」

 

「おー、いいね!おじさんにも見せてよー」

 

「ホシノ先輩は写真撮らなかったんですか?」

 

「おじさん、そういうハイテクなのはちょっとね……」

 

「ハイテクですかね……?」

 

両手を上げるホシノに、アヤネは少し困り顔になる。

 

「ご安心ください。ホシノ先輩の写真も、みんなの写真も、私がバッチリ撮っておきましたから☆」

 

「さすが、ノノミ先輩!……と言いたいところだけど、人のことばっかり撮ってるノノミ先輩のことは、私がちゃんと撮っておいたから!」

 

「私も先輩のこと、撮りました」

 

「セリカちゃん、アヤネちゃん……」

 

ノノミは嬉しくてセリカとアヤネの二人をギュッと抱き寄せる。

 

「ありがとうございます!二人の気持ち、とっても嬉しいです!」

 

少し照れ臭そうにしながらも、嬉しさを隠しきれないセリカとアヤネ。そんな三人をどこか遠くの方を見るような眼差しで見つめるホシノを、シロコは黙って見ていた。

 

「シロコちゃんは混ざらないの?」

 

「いや、私は……」

 

「ふふふ、もちろん二人のことも大好きですよ!」

 

ノノミはシロコとホシノほうに駆け寄って、二人を抱きしめるのだった。

 

 

 

「それじゃあ、今日の定例会議はここまでで」

 

対策委員会の定例会議が終わって解散となった。セリカとアヤネは大将のお見舞いに行くために先に帰っていく。

ノノミは五条に挨拶をするために、五条がいる応接室へと向かった。

 

「ふわ~、おじさんも帰ってゆっくり寝よ~」

 

「ホシノ先輩」

 

あくびをして帰宅しようとしたホシノを、シロコが呼び止める。

 

「うん?どうしたの?」

 

「……」

 

シロコは言葉が出なかった。何も話さないシロコに、ホシノは何だと言うかのように、首をかしげる。

意を決して、拳を握り締めてシロコは今朝のことについて尋ねる。

 

「今朝はどこにいたの?」

 

「朝に言ったとおりだよ。どこもなにも、寝坊して遅れちゃっただけー」

 

「……本当に?」

 

神妙な面持ちのシロコに、ホシノは「どうしたの?」と心配そうにする。

 

「うん、今朝……街で先輩を見かけた気がして……」

 

「……人違いじゃないかなー?おじさんみたいな子、その辺にたくさんいるしさー。見間違いをするなんて、シロコちゃんも疲れが残っているんだよー。

 今日は早く帰って、休んだ方が――」

 

暢気に笑って帰ろうとするホシノの手を掴んで、シロコは止める。

 

「ホシノ先輩、私に何か隠して……!」

 

掴んだ手を引っ張った拍子に、ホシノの体勢が崩れてカバンが床に落ちる。床に落ちた時の衝撃で、中身が外へ零れ出た。その中のものを見つけたシロコの目が大きく見開かれるのだった。

 

「えっ、僕の写真?」

 

「はい!あとでみんなの分とまとめてお送りしますね!」

 

応接室でノノミは五条と、昨日の思い出として写真をモモトークのグループに共有することを伝えていた。

その時、近くで大きな物音が聞こえて、二人は外へと飛び出していった。

 

「いたた……痛いじゃん、シロコちゃん……」

 

「先輩、これって!?」

 

シロコはホシノの右手を掴んだまま、落ちた紙を見せつける。

それを見せられたホシノは気まずそうに苦笑いでごまかそうとする。

 

「うへへ……ただの書類だよ。今は何の意味もないから、安心して――」

 

「安心できるわけがない!今はまだ、ってどういうこと!?」

 

普段感情を表に出さないシロコが、鬼気迫る顔でホシノを睨みつけて声を荒げる。その様子に、ホシノは目を背けて言葉を濁す。

そこへ、騒ぎを聞きつけたノノミと五条が駆けつける。

 

「ホシノ先輩、シロコちゃん!?」

 

「ちょっと、ちょっとーどうしたのさー。珍しいねー、二人が喧嘩なんて」

 

二人に気が付いたシロコは両手を後ろにして、持っていた紙を隠した。

 

「これは、その……」

 

「いったい何があったんですか?」

 

ノノミが心配そうに尋ねても、シロコは首を横に振る。

 

「悪いけど、二人きりにして!」

 

「うーん、それはダメです!

 対策委員会に二人だけの秘密みたいなことは許されません!何と言っても私たちは、運命共同体ですから☆」

 

ノノミが仲介しようとするが、シロコはそれに反対しようと目に出たその時、ホシノが笑って部屋を出ていく。

 

「ごめんごめん、大丈夫。シロコちゃんは心配性だなー。

 ま、その気持ちは本当に嬉しいんだけどね」

 

「ちょ、ホシノ先輩!まだ話は……」

 

「シロコちゃん!」

 

部屋から出ていったホシノを言賭けようとするシロコを、ノノミが止める。

 

「何があったかわかりませんが、今はそっとしといて差し上げませんか?」

 

「でも……ホシノ先輩は!」

 

「誰にだって、言いたくないことの一つや二つ、あると思うんです」

 

その言葉を聞いて、五条は思った以上に事態が面倒になっていることに、自分の中にあった嫌な不安が現実になりそうになっているのを憂いていた。

部屋を出ていったホシノは歩みを止めて、先ほどのシロコが必死になってくれたことに少し嬉しく思っていた。

 

「ありがとうね、シロコちゃん。……それでも、私は……」

 

ポツリと漏らした言葉は薄暗い廊下の闇に溶けて消えていった。

そして、ホシノは再び歩き始めた。

 

 

 

夕方の屋上でシロコは黙って外の景色を見下ろしていた。吹き抜ける風が彼女の髪を撫でていく。いつもなら気持ちいと感じる風も、なぜか今はただただ不快にしか思えなかった。その時――。

 

「お疲れサマンサー!」

 

後ろから声をかけられて振り返ると、そこに五条がいた。五条はゆっくりと歩いていき、彼女の横で立ち止まる。

 

「もう大丈夫かい?」

 

「うん……ちょっと、落ち着いた」

 

シロコはポケットに入れてた紙をそっと五条に手渡した。

 

「先生、これ」

 

「ん?何これ?……っ!」

 

手渡された紙を開いた五条の手が止まる。

それは、“退学届け”だった。名前には小鳥遊ホシノ、そして、そこには「一身上の都合で退学させてください」

と書かれていた。

 

「ホシノ先輩は何かを隠してる。でも、私は……」

 

シロコは自分の無力さに、悔しそうに拳を握り締めて顔を俯く。

そんなシロコを見て、五条は優しく語り掛ける。

 

「ホシノは、別にシロコのこと信じてないわけじゃないと思うよ。

 このことは僕に任せて」

 

「でも……」

 

「信じてるからこそ、近しいからこそ、言えないことだってあるんだよ……」

 

そう言う五条の言葉は、シロコだけでなく、五条自身にも言い聞かせているように思えた。

 

「先生……」

 

心配そうに見つめるシロコを見て、五条はニコッと笑うのだった。

 

「大丈夫!僕、最強だから!」

 

グッと親指を立てて笑う五条を見て、安心感を覚えたシロコは思わず笑みがこぼれた。

 

「ありがとう、先生」

 

 

 

暗い部屋で黒服は嗤う。

 

「いよいよですね……動き始めたら、最後。もう止まることはないのですよ。クックック」

 

闇の中で渦巻く陰謀は、すでに大きな波となって飲み込んでいく。少女たちの希望を粉々に打ち砕くために――。




新イベント楽しみです。プレイボールって聞くと、五条の「プレイボールッ!」がずっと耳に残って離れない。
みなさんは正月フウカ引けましたか?
自分は天井まで引きました(´;ω;`)
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