シャーレの五条先生   作:未来跳躍

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皆さん、大変長らくお待たせいたしました。
対策委員会編最終回、無事に完成いたしました。
書いていると、色々と筆が進みすぎて、いつもの倍近くの大ボリュームになりましたので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。


掴んだものと手放さないもの

「見つけました!先生の情報とも一致します。あそこがホシノ先輩のいるPMC基地です」

 

アヤネがドローンから得た映像を見て、指さしで方向を示す。砂漠を歩いて数時間、ようやく目的地に到着した。

映像に移るカイザーPMC基地を見て、五条が考えて口を開く。

 

「さて、さながら囚われのピーチ姫が待つクッパ城ってとこかな。

 どうやら入り口は正面のゲートしかないみたいだね。さあ、シロコならどうする?」

 

「そんなの一つしかない。正面突破」

 

顔色一つ変えずに答えるシロコを見て、五条は嬉しそうに笑う。そんな二人を見て、セリカは呆れたようにため息をついて、ノノミは少し笑って前を見据える。

 

「言うと思った。でも、それしかなさそうね」

 

「そうですね!ホシノ先輩を一刻も早く助け出さないと」

 

対策委員会のみんなと五条の五人であの基地に入るには、まずは入り口前の警備部隊を素早く倒さなくてはいけない。

今までで一番大きな戦いになるだろう。シロコたち全員が戦いの前の緊張感を感じてはいたが、それは恐怖や不安によるものではなかった。ホシノを助ける。それを邪魔する者たちは、蹴散らして突き進む。それをやり遂げる覚悟によるものだった。

 

「みんな、準備はいい?」

 

セリカが尋ねると、皆一緒に頷いて返す。戦いに入る前に、シロコは思い返す。

あの寒い雪の日、ホシノが自分を助けてくれた。彼女が自分の首に巻いてくれたマフラーは、何よりも暖かくて安心できた。今でも、思うことがある。もし、あの日、ホシノに出会わなければ、自分はどうなってたのだろうかと。それを思うと、胸の中がとても苦しくなる。だからこそ、ホシノは助けなければならない。あの日にさし伸ばしてくれた手を、今度は自分が手を掴みに行く番だ。シロコは首のマフラーを握って、決意を固める。

 

「……待ってて、ホシノ先輩!」

 

シロコたちは、入り口前の警備部隊に向かって走り出した。

 

 

 

PMC兵たちは突然の襲撃に困惑していた。先日の理事がアビドスで敗走したことから、入り口前の警備を3倍に増やしたはずなのに、襲ってきたアビドス高校の生徒たちを止めることはできなかった。たった三人の殴り込みに、自分たちは成す術もなく、一方的にやられて状況はどんどん劣勢に近づいている。

 

「くそっ!一体何が起きてるんだ!?

 貴様ら、ここがどこか分かっているのか!?」

 

兵士が唾を吐いて、走ってくるシロコ目掛けて撃ち続ける。しかし、彼女の動きを捉えきれず、あっという間に間合いを詰められる。振り上げた彼女の足に、手にした銃を上に弾かれる。悔しそうに睨みつける兵の眼前に銃口を向けられる。

 

「そんなの、当然!」

 

その言葉と共に、兵士の意識は途絶えた。戦場を縦横無尽に駆け回るシロコに、PMC兵たちは弄ばれる。平面の動きだけでなく、立体的に動き回るシロコの動きに、兵士たちはついていけなかった。

しかも、シロコの動きを援護するように、セリカの狙撃が兵士の動きをさらに制限する。

 

「逃がすか!これでもくらえ!!」

 

ゲート前の後方部隊が、ロケットランチャーで範囲攻撃を仕掛ける。味方にも多少のダメージが入るが、これであの二人を止められるなら問題ない。そう思い放たれたロケット弾が横からの弾幕で空中で爆散した。

 

「ナイス、ノノミ先輩!」

 

「いえいえ」

 

たった三人の学生にやられている様子を、ゲート上の管制室はしっかりと見ていた。オペレーターが、室長に状況の報告をする。

 

「警備部隊の約半数を消失!現場から増援要請です」

 

「……止むを得ん。援軍を出せ!何が何でも、奴らを止めるんだ!」

 

「了解!」

 

室長の命令通り、警備部隊の増援がゲートを開いてやってくる。それを見て、五条は不敵な笑みを浮かべる。

 

「ゲートが開いた。シロコ!」

 

「うん、わかった」

 

シロコがゲート目掛けて、真っ直ぐに突っ走る。兵士たちがそれを止めようとするのを、セリカとノノミが防ぐ。

シロコがこちらに走ってくるのを見た管制室の室長は、彼女たちの目的に気が付いた。

 

「しまった!!急いでゲートを閉じろ!!」

 

オペレーターがすぐにゲートを閉じるように操作する。しかし――。

 

「させない」

 

シロコがドローンを飛ばしてミサイルを発射する。放たれたミサイルは、全て管制室の方へと飛んでいく。

 

「な、なにぃいいいい!!」

 

全弾全て管制室に命中し、管制室の中にいる者たちは、爆発によって全て倒れるのだった。それによって、ゲートの操作は止まり、警備部隊も管制室からの応答が無くなったことに気付き、すぐに対策委員会の侵入を阻止すべく動こうとする。しかし、対応が後手に回る警備部隊が、管制室のことに気を取られたその隙に、アヤネのドローンが爆薬コンテナを、警備部隊の真ん中に落とす。落ちたコンテナが爆発を起こして、陣形の真ん中で爆発に巻き込まれた警備部隊は吹き飛ばされて壊滅状態となった。その間に、対策委員会と五条は、基地の中に侵入していったのだった。

 

「クソ……。応答せよ、緊急事態だ!基地内に侵入された!繰り返す、緊急事態だ!基地内に侵入された!」

 

まだ意識が残っていた兵士が、力を振り絞って通信機で、基地の指令室に繋いで、基地に侵入された緊急事態を報告する。突然の緊急事態に、基地の指令室でも混乱状態になっていた。そこに理事が指令室に入ってくる。入ってきた理事は、すぐ近くにいた兵士に状況を尋ねる。

 

「状況はどうなっている!?」

 

「は、はいっ!侵入者たちが正面ゲートを突破!現在、基地内部を進行中です」

 

「ちぃっ!アビドス高校の連中めっ、今や残党の分際で……!」

 

「如何しましょう?」

 

忌々しそうに舌打ちをする理事に、横にいた兵士がおずおずと尋ねる。理事は、すぐ近くにいたオペレーターに現在のPMC基地内の残存戦力を確認する。

 

「すぐに出撃できる戦力はどれくらいだ?」

 

「はい!第三部隊から第五部隊であれば――」

 

「他はどうした!?」

 

「以前の戦闘で、負傷中のため……」

 

「ぐぅ……使えない奴らめぇ!」

 

理事は怒りで拳を握り締める。そんな理事を見て、オペレーターは再び出撃できる戦力の確認を行う。

 

「念のため、再度確認を取ります!」

 

「急げ!」

 

理事がオペレーターに苛立ちながら命令を下している中、隅の方にいたオペレーターたちが理事を見て、小さく舌打ちをした。

 

「何言ってんだよ。あの試作機を勝手に出動してやられたくせに……」

 

「全く、よく人のことを言えるよな」

 

「おいバカ。聞かれるぞ」

 

幸か不幸か彼らの陰口は、現状の対策に追われる今の理事には耳に届かない。

 

「くそ!だが、北方の部隊を引き下がらせるわけにも……!」

 

「本部に相談しますか?」

 

そう提案する兵士に、理事は怒声を浴びせる。

 

「馬鹿が!そんなことできるわけないだろう!私がどうにかする!!」

 

「す、すいません!」

 

兵士が頭を下げたところで、確認を終えたオペレーターが理事に報告する。

 

「確認取れました!状況は変わらずですが、例の量産機は動かせるとのことです」

 

「えぇい!とっとと出撃させろ!!第三から第五もだ!!」

 

「しかし、それではこの施設の防御が手薄になりますが、よろしいですか?」

 

全戦力を中に集中させれば、当然外からの防御は薄くなる。それを案じるオペレーターの不安を、理事は一蹴する。

 

「かまわん!とにかく奴らを止めるのだ!!」

 

一方、PMC基地内に侵入した五条達は、基地内部を走っていた。ホシノが囚われている実験施設は、この基地の地下にあるということは五条の情報で分かっているのだが、それがどこにあるかは五条にも知らない。つまり、なんとか地下への入り口を探さなければならない。そんな時、奥から小さなガトリングが付いた自走する機械が、シロコたち目掛けて向かってきた。その奥でいる物陰に隠れている兵士が、本部に報告する。

 

「こちら第三部隊!現在ドローンを展開!あれはまだ出せないのか!?」

 

『現在、最終調整中だ』

 

「急げ!こちらは長くは持たないぞ!」

 

大量の走行式ドローンたちも、シロコたちの前では足止めにしかならない。次々と破壊されていくドローンを見て、兵士は本部に急いで増援を要請する。

 

「まだ調整は終わらないのか!?」

 

『こちら指令室、出撃を許可する』

 

すると、地面のハッチが次々と開き、地下から先日のアビドス襲撃の際に、理事が乗り込んだゴリアテの量産機タイプが大量に出現するのだった。

 

「あれって、この前の!?」

 

「嘘でしょ、1体であんな大変だったのに!?」

 

見えるだけでも少なくとも20機以上もある兵力に、シロコたちの顔が曇る。あの時は、便利屋68と力を合わせてなんとか倒せた巨大兵器がたくさん現れた。それを見たシロコたちの心に焦燥が表れていた。

その様子を見て、兵士が余裕を取りどして声を上げる。

 

「たったそれっぽっちの人数で何時まで持つかな!?」

 

1台の量産機がシロコたち目掛けて走り出し、その強大な腕を振り上げる。とにかく応戦するために、慌てて銃を構えるシロコたちの後ろで、五条がニヤッと不敵に笑うのだった。

その瞬間、上空から謎の砲弾が飛んできて、走っていた兵器に直撃する。砲弾の爆発で量産機はバランスを崩し、よろけて倒れるのだった。突然の砲撃にPMC兵はもちろん、対策委員会もポカンと口を開けていた。

 

「今のは……?」

 

ポツリと呟くノノミの声に、答えるかのように建物の上から弱々しい声が聞こえてくる。

 

「はうぅ……。わ、私ですぅ」

 

みんなが、声のする方に見上げると、そこに立っていたのは紙袋を被った見知った顔であった。

 

「あっ!ヒフ――」

 

「違います!!

 私はヒフミではなく、ファウストです!!」

 

そう叫ぶヒフミこと、ファウストに対策委員会のみんなは呆然として、後ろの五条は笑いだそうとするのを、必死に堪えていた。

 

「と、とにかく違うんです!私はヒフミではありませんし!ここにはたまたま通りかかっただけですし!これはトリニティ総合学園の榴弾砲なんかではないですし!今撃った方々がだれなのかも知りませんし!こちらの皆さんも完全に無関係の方々なんですー!」

 

「全部言っちゃてるわね……」

 

自分で全て暴露するファウストに、セリカは静かに突っ込むのだった。

 

「ありがとうございまーす、ファウストさん☆」

 

「あっ、はい!

 それでは、みなさん。お願いします!」

 

ファウストの号令と共に、トリニティ総合学園の榴弾砲からの一斉砲撃が、PMC陣営に降り注ぐ。爆発に怯む兵士たちであったが、すぐに立て直そうとする。

 

「……よくもっ!とにかく前方の奴らを早く――!」

 

「詰めたら勝てるとでも」

 

砲撃は無視して、前方にいるアビドスを叩くために、量産機が走り出したその瞬間、横から飛び出したイオリの蹴りが走り出した量産機を吹き飛ばすのだった。

 

「ゲヘナ風紀委員会!?なぜここに!!」

 

「やれやれ、数だけの見かけ倒しだな」

 

「お待たせしました。対策委員会のみなさん、先生」

 

「何とか間に合ったみたいね」

 

PMC兵を鼻で笑うイオリの横から、チナツがペコリと小さくお辞儀する。ヒナが五条の方に顔を向けて、ピンチに間に合ったことを安堵する。

 

「風紀委員会みなさん……」

 

「来て下さったんですね!」

 

ゲヘナ風紀委員会も来てくれたことに、ノノミとアヤネは感激する。

 

「委員長が頼まれたから、仕方なくです。決して、そこのバカ目隠しのためではありません」

 

「えー、そんなことないくせにー」

 

「うるさいですよ!」

 

「アコ、黙って」

 

アコがテンプレみたいなツンデレムーブをしているのを、ニヤニヤと絡む五条。そんな五条に噛みつこうとするアコを、ヒナが止める。

そんな中、兵士が指令室に通信を入れる。

 

「指令室、援軍を要求する!繰り返す!援軍を要求する!」

 

通信が入った指令室では、アビドスの予想外な増援にオペレーターたちは困惑していた。オペレーターの一人が、怒りで震える理事に、恐る恐るどうするか尋ねる。

 

「理事……どうしますか?」

 

「こうなったら……ありとあらゆる兵器を総動員しろ!全ての戦力を以て、奴らを叩き潰し、我々には向かった後悔させてやるのだ!」

 

「了解!全兵器、全兵士出動せよ!繰り返す!全兵器、全兵士出動せよ!」

 

大量の兵士、ドローン、機械兵器が一斉に集結する。

 

「イオリ!2時の方向から、ドローン部隊です」

 

「オッケー!任せて、アコちゃん!」

 

「敵はきっと、ここで総力戦に持ち込むつもりです」

 

「ふん!やってやろうじゃない!」

 

今ここに、対策委員会とゲヘナ風紀委員会のミラクルチームが集った。続々と湧いて出てくるカイザーPMCの兵器や兵士との総力戦が始まる。

 

「さてと、それじゃあみんな!やっちゃおうか!」

 

「「「「うん(ええ)!!」」」」

 

五条の声と同時に、シロコたちが駆け出す。

 

「邪魔です!」

 

ノノミのガトリングの掃射が敵の前衛たちを次々と倒していく。それを阻止しようと、ロケットランチャーを構えるが、横からチナツの射撃がロケット弾に命中。そのまま爆発する。

 

「少し大人しくしてください」

 

チナツはそのまま、ノノミと一緒に続々と出てくる兵たちに撃ち倒していく。

上空では、アヤネのドローンを墜とすべく、ドローン部隊が背後から銃撃する。

 

「私だって、負けられません!」

 

何とか当たらないように操作しているアヤネの横に、アコが声をかける。

 

「援護します。そのまま上空へ!」

 

「はい!」

 

アコの指示通りに、アヤネはドローンをまっすぐ上に急上昇させる。突然の上昇に追いつこうと、銃撃したままドローンの向きを変えるが、アヤネのドローンが太陽の位置とぴったり重なることで、いきなり逆光が目に入り、敵のドローンの動きが乱れる。その乱れた銃撃は互いに撃ち合う状態になってしますことで、アヤネのドローンを追う部隊は大打撃を受けるのだった。

 

「お見事です」

 

「ありがとうございます」

 

ニコッと笑うアコに、アヤネはお礼を言う。二人のオペレーターの連携は見事なものだった。

一方、セリカとイオリも互いに背を合わせて、上空のドローンを次々と撃墜していく。

 

「背中は任せた!」

 

「ああ!」

 

息の合ったコンビネーションで、互いが互いをカバーして、敵を倒していく。ドローンを援護しようとする兵士たちが、二人の隙を突こうと動き出した瞬間に、撃たれて倒れていく。

 

「やああああぁぁあ!!」

 

シロコも量産機たち相手に、俊敏な動きで翻弄して攻撃を与えていく。戦って分かる、この量産機は前回のゴリアテに似てはいるが、性能はだいぶ劣ることをすぐに気づいた。

シロコの銃撃でも、ダメージは通る。撃ち続ければ、倒れていく。ならば、やる事は一つ。ひたすらに攻撃あるのみ。シロコは、走り回って相手を攪乱させて、攻撃を当てていく。その時、1機の量産機がシロコの背後を取った。

 

「――っ!!」

 

後ろに気づき、振り返ろうとしたその時、豪快な銃撃音と共に、量産機が吹き飛んでいった。シロコが見上げると、そこにはヒナが立っていた。

量産機はヒナを墜とすべく、一斉に攻撃を仕掛ける。しかし、彼女はその攻撃を顔色一つ変えることなく、機敏に躱していく。

 

「邪魔」

 

その言葉とともに、ヒナの愛銃「デストロイヤー」から放たれた弾幕が、あの巨大な量産機を紙の如く次々と蹴散らしていった。

それを見た兵士が悔しそうに叫ぶ。

 

「クソー!もっと数で――」

 

「私たちもいるんですよ!」

 

ファウストの言葉と共に、再び砲弾の雨が降り注ぐ。榴弾砲によって、動けなくなっていくPMCの部隊を見たヒナが、シロコに向かって声をかける。

 

「後ろは守るわ。小鳥遊ホシノを、助けに行くんでしょう?」

 

その言葉に、シロコは力強く頷いた。

 

「うん!」

 

指令室では、画面に映し出された兵士、兵器のマークがどんどんと消えて、画面は撃墜の赤が覆いかぶさっていく。

 

「残存戦力50%を切りました!」

 

この様子を見て、一人のオペレーターが小さく呟いた。

 

「どうすんだよ、これ……」

 

「もう無理だよ……」

 

その言葉に伝播するかのように、他のオペレーターたちも諦めの表情を隠さないようになっていく。パニックと断念が満ちていく状況に、理事は拳を強く握りしめる。

横にいた兵士が壁に掛かっていた電話が鳴ったので、取って応答する。少し話したところで、理事に声をかけた。

 

「理事、本部から連絡です」

 

その言葉に、理事は慌てて返す。

 

「そんなもん、繋がんでいい!!」

 

「で、では、何と伝えますか?」

 

そう問われる理事に、近くのオペレーターが急いで報告する。

 

「理事、現場から再び増援要請です」

 

「なにっ!?」

 

それに続くかのように、他のオペレーターたちも一斉に報告を入れる。

 

「第三、第五部隊が全滅!」

 

「残りの戦力30%を切りました!」

 

「どうしますか理事!?」

 

「次の指示を!」

 

「理事!」

 

「早く決断を!」

 

どんどん減らされる戦力、自分の指示を待つ無能な部下、こんな状況で説明を要求する本部、そして、今もなおこのまま進み続けるアビドス高校の対策委員会の連中、それらのフラストレーションがついに限界を迎える。

 

「あのー、お返事は……ヒィッ!!」

 

本部からの連絡を貰った兵士が恐る恐る理事に聞こうとしたその瞬間、理事の拳が壁の電話を砕いた。

電話が壊れる音に、先ほどまで騒がしかった指令室が静まり返った。全員が息を吞む中、理事がゆっくりと静かに口を開いた。

 

「いいだろう……アビドス高校のガキども、貴様たちだけはこの手で倒す。

 アレを出す」

 

その言葉に、全員が驚愕する。兵士の一人が、理事にしがみつくように止め始めた。

 

「だ、ダメです!あれはデカグラマトン用に作ったものの、危険すぎて使用不可になった代物です!

 前回の試作機とは、訳が違います!本部にバレたら、弁明の余地もなく懲戒処分で……」

 

「黙れ!!」

 

理事は叫びながら、止めようとする兵士の顔を殴り飛ばして、その腕を振り払う。そのまま指令室を出ていった。理事がいなくなったことで、指示する者がいなくなり、オペレーターたちはただただその場で立ちすくむだけだった。

 

「今に見ておれ……アビドス対策委員会。貴様らに、本当の地獄というものを教えてやる!」

 

廊下を進む理事のその瞳には、激しい怒りと憎悪によって黒く燃え盛っていた。もう後のことなど、どうでもいい。どうせ、本部は既に、今回の件については把握しているのであろう。ここまで大きくなっては、連邦生徒会の捜査が入るのも、時間の問題。そうなれば、カイザーコーポレーションの上層部は、今回の責任をすべて自分に押し付けて、切り捨ててお払い箱にするのだろう。もう自分の未来に光はない。ならば、自分がとる行動は一つ。地獄に落ちるのなら、せめて忌々しいあの娘たちを一緒に道連れにする。

それが理事として残された最後の抵抗。理事は厳重にロックされた部屋のパスコードを打ち、扉を開ける。中に入り、この厳重な部屋に眠るものを見て嗤うだった。

シロコたちは、ヒナたちが敵を抑えてくれたことで、先へと進んでいた。基地の奥地に行くと、新しい建物が無くなり廃墟が並んでいた。おそらく、この辺りは特に手を付けていないのであろう。そんな中、先頭を走るシロコが、あるものに気づいて足を止めた。その後ろを走っていたセリカが、シロコの横に付いて声をかける。

 

「どうした、シロコ先輩?」

 

「これって……」

 

指さすシロコの先にあったもの、それを見て一同が何なのかすぐに気づいた。

 

「これって……黒板ですよね?」

 

「う、うん。それ以外にも、色々と見慣れたものがいっぱいあるわね」

 

黒板だけではなく、机やら、掃除用具のロッカー、下駄箱など、学校用具がたくさん放置されていた。なぜこんなものがこの砂漠のど真ん中にあるだろうかと、全員が疑問に思う中、一際大きい建物を見たアヤネが、その正体に感づいた。

 

「ここって……もしかしてアビドスの本館じゃないでしょうか?」

 

「えっ!?」

 

その言葉にシロコたちは反応する。五条も前に、ホシノが話していたことを思い出した。

 

『おじさんが入学したアビドス本館は、もう砂漠の中に埋もれちゃったんだよねー』

 

その言葉通りならと思い、五条は近くの砂に覆われた場所を手で振り払う。砂が払い除けられて、出てきたものを見て静かに口を開いた。

 

「間違いないね。ここが、アビドス高校の本館……つまり、本当のアビドス高等学校があった場所だよ」

 

五条は、対策委員会のみんなを呼んで出てきたものを見せる。崩れた校門に打ち付けられた青銅の板にしっかりと「アビドス高等学校」の文字が刻まれていた。

 

「ここが……」

 

「昔の……」

 

「先輩たちがいた……」

 

「アビドス……」

 

シロコたちの目に、かつてのアビドス高校の情景が目に浮かんだ。大きな校舎に集まるたくさんの生徒、学校では、至る所に部活動に勤しむ生徒たちの姿が楽しそうに学園生活を送っていた。そんな光景を見て、シロコたちの目には涙が零れそうになる。しかし、すぐにその感傷を振り払った。今は過去の栄華に浸っている場合ではない、ホシノを助けるという未来に進むために動かなくてはならない。

みんな涙を拭ったその時、ゴリアテと兵士たちが現れる。

 

「いたぞ!こんなところまで来ていたとは」

 

「しかし、もう終わりだ!」

 

ここまで来たというのに、またあのゴリアテを相手にするのは、かなりの痛手である。ゲヘナの風紀委員会たちは、後方で敵の抑えで助けに来るのは、まだ時間がかかるし。何よりも、そんなものを待ってる時間は、今の対策委員会にはない。ならば、今ここで全力で戦い、そしてすぐに倒す。そう思い、銃を構えようとしたその時――。

 

「どうやら困っているようね!」

 

上空から声が聞こえ、全員が見上げるとそこには、1台のヘリコプターとそこから身を乗り出すアルが立っていた。

 

「便利屋68!?」

 

「ヤッホー!」

 

「お、おじゃまします……」

 

突然の登場にセリカが困惑していると、運転席からムツキが笑顔で手を振り、ハルカが奥の方で小さく頭を下げた。

 

「ふふ。準備に手間取って、少し遅れてしまったけど……逆に好都合ね。こういうピンチに颯爽と現れてこそ、一流のアウトローというもの……ん?」

 

優雅に笑うアルだったが、中から何かアラームのような音が聞こえてムツキの方に目を遣る。すると、ムツキは可愛くウインクをして、アルたちに告げた。

 

「あっ、ごめん。もう燃料無いから、これ落ちる☆」

 

「な、ななななんですってーーー!!!」

 

その言葉にアルは白目をむいて叫ぶのだった。そのまま落下したヘリコプターは、ゴリアテを潰して爆発するのだった。

落下直前に脱出していた便利屋68の面々は、対策委員会の前に無事着地する。互いに少し気まずい空気が流れるが、アルが軽く咳払いして口を開いた。

 

「ま、まあ結果オーライってことかしら」

 

「あっはっはっは!!やっぱり、君たちは本当に面白い僕の生徒だね」

 

五条が大笑いしているのを、アルが少し顔を赤くして怒る。ムツキも同じく笑って、ハルカはどうすればいいのか分からずキョロキョロ見渡して、カヨコが面倒そうにため息をついたのだった。

 

「き、貴様ら……よくも」

 

ゴリアテを潰されて怒りに燃える兵士たちが、次々と現れて銃を向ける。

 

「まだこんなに……」

 

セリカが真っ先に応戦しようと銃を構えるが、それをアルが手を伸ばして制止させる。それにセリカは、少し戸惑った顔でアルの方に目を向ける。すると、アルは優雅に笑って答える。

 

「私たちが忙しい中、依頼を遂行しに来たのよ。ここは私たちに任せて、先に行きなさい!」

 

対策委員会のみんなは、ビシッと決めるアルの背中を見て言葉が出なかった。アルの勇姿を見て感動するその眼差しを背中に受けて、フフッと笑うアルだったが――。

 

(言っちゃったーーー!!!)

 

心の中で先ほどの言葉を後悔していた。本来なら一緒に戦おうと思っていたのに、なんかノリでカッコつけたら、この大勢の相手を自分たちだけで相手しなければならなくなったことを存分に後悔していた。そんなアルを見て、ムツキとハルカが嬉しそうに笑う。

 

「うわー!それは惚れちゃうよアルちゃん♡」

 

「さ、流石です一生付いて行きますアル様!」

 

「はぁ。結局こうなるんだね……」

 

残ったカヨコは、頭を抱えて銃を構える。そんな便利屋を見て、シロコはお礼を口にする。

 

「ありがとう」

 

アルの思いを無駄にしないために、シロコたちは走り出す。呆然とするアルに、セリカが走り去る時に、声をかける。

 

「礼は言わないわよ。その代わり、全部終わったら、またラーメン食べにいくわよ」

 

「はい、このご恩は必ず!」

 

「ありがとうございました」

 

少し顔を赤らめて走り去るセリカの声で、アルは正気に戻る。続いてお礼を言うノノミとアヤネ、真っ直ぐ前を見据えるシロコたちの姿を見て、軽く微笑んで彼女たちに背を向け、兵士たちの前に立ちはだかるのだった。

 

「そうね……それじゃあ、私たちも行くわよ」

 

「「「うん(はい)!!」」」

 

不安はない。今なら、どんな相手でも負けはしない。胸の奥から湧き上がる昂りに、アルは右手でスナイパーライフルを構え、引き金を引くのだった。

 

 

 

たくさんの人が助けてくれたおかげで対策委員会は、基地の最奥部まで近づいてきたのだった。視界の奥に見える建物をアヤネが発見し、指さして声を上げる。

 

「見えました、あれです!あそこの建物の地下が、ホシノ先輩のいる実験施設です!」

 

「よし!もうゴールまですぐそこね」

 

「あと少しです」

 

「もう少し……これで終わる」

 

近くには何もいない。このままホシノを助けるまで、あと少し。対策委員会のみんなが喜んでいたその時――。

 

「っ!!

 みんな、止まるんだ!!」

 

後ろの五条が突然大きな声で叫ぶのだった。突然の声に、対策委員会の全員が足を止めたその瞬間、謎の影が上空から急降下で落下してきた。

 

「なっ、何なの!?」

 

落下の衝撃で巻き上がる風圧と砂煙で何も見えない。風が収まり、目開けて、砂煙から現れる影の正体に驚愕する。

 

「ついにここまで来たか、アビドス対策委員会の諸君」

 

ゆっくりと歩いてきたのはカイザーPMCの理事だった。ただし、その姿は以前に戦ったものとは違っていた。以前のように、高級そうなスーツではなく、全身に装甲を身に纏ったその姿は、一見すると特撮番組のヒーローのスーツのように見えるものだが、そこから見える瞳は真っ赤に光を放っていた。

 

「出たわね、諸悪の権化!」

 

「最後の最後までしつこいなあ、アビドス対策委員会……!」

 

理事の前に対策委員会のみんなは、銃を構える。

 

「ホシノ先輩を取り返しに来ました!」

 

「あんた、どこまで邪魔すれば気が済むのよ!」

 

「退いてください!」

 

銃を向けられても、理事は焦る様子はなく、そのままゆっくりと話し続けた。

 

「対策委員会……ずっとお前たちが目障りだった。これまで、ありとあらゆる手段を講じて……それでもお前たちは、滅びかけの学校に最後まで残り、繰り返し借金を返済しようと足掻いて……あれほど懲らしめたのに、徹底的に苦しめたのに、毎日毎日楽しそうに!!お前たちのせいで、計画が……私の計画がぁっ!!もう無茶苦茶だぁっ!!」

 

理事の怒りの叫びを聞いても、下劣な男の言葉など何も響かない。ホシノを助けるために、シロコが口を開く。

 

「ホシノ先輩は返してもらう。そこを退いて」

 

シロコはそう言い放ち、鋭い眼光で睨みつけるが、理事は不敵に笑い始めるのだった。

 

「ふふ、ふはははは!!いいだろう、ならば私を倒してみるがいい!!貴様らにできるならな!!」

 

「何言ってんのよ!」

 

両腕を広げて高笑いする理事に向けて、セリカが引き金を引く。両腕を広げて、的がデカくなった状態の理事に、銃弾が当たるその瞬間――。

 

「「「「――っ!?」」」」

 

理事の姿は一瞬で消えて、弾はそのまままっすぐ飛んでいくのだった。その光景に、セリカだけでなく、対策委員会の全員が目を見開いた。

 

「どこ!?どこに行ったの!?」

 

「私をお探しかね?」

 

辺りを見回すセリカの背後から声が聞こえる。セリカが振り返ったその瞬間に、セリカの腹部に強い衝撃が走った。振り向いたセリカの腹部に、理事の拳がめり込む。そのまままっすぐ振りぬいた拳によって、セリカは吹き飛ばされるのだった。

 

「かはっ」

 

「「「セリカ(ちゃん)!!」」」

 

三人が声を上げたその時、今度はノノミが真横に吹場された。吹き飛ばされたノノミにも、何が起こったのか理解できなかった。脇腹の痛みが遅れてやってくる。

シロコが理事に銃を向けるが、理事の速さに追いつけない。目の端で動いたのを確認して、銃をすぐに向けるのに精一杯で攻撃することさえできない。そして、腹部に衝撃が走ってシロコも地面に倒れる。

 

「うぐっ!」

 

「シロコ先輩!」

 

アヤネの声が聞こえる。まだ意識はある。顔を起こして、理事を睨みつける。

 

「な、何なの……?」

 

「速すぎます……」

 

「一体、これは……?」

 

体の痛みに耐えながらも起き上がろうとする三人を見て、理事は愉快に拍手をして彼女たちを称えるのだった。

 

「ほう。まだ意識があるとは……やはりゴキブリはしぶとくて敵わんな」

 

下種な笑みを浮かべる理事に、アヤネが尋ねる。

 

「そのスーツは、一体なんですか?」

 

「ふむ、そうだな。冥土の土産に教えてやろう。これは、カイザーコーポレーションが“デカグラマトン”を倒すために開発したパワードスーツ。その名も『ディアボロス』!」

 

「ディア……ボロス……」

 

「全身を覆う外骨格によって、パワー、スピード、テクニックなど身体スペックを100%以上引き出し、さらに、様々な武装によって、いろんな状況に対応可能!まさに究極の兵器だ!

 本来はお前たちのようなゴミ虫に使いたくなどなかったのだが、感謝するがいい!これによって死ぬことを光栄に思うがいい!!ぶはははは!!」

 

「なにが、究極の兵器よ……!」

 

セリカが立ち上がりながらも悪態をつく。それに続くように、ノノミも口を開く。

 

「あなたが、どんなに強くても……」

 

「私たちは……負けない!」

 

キッと睨みつけるシロコを、理事は鼻で笑い飛ばす。

 

「はっ、まだ立ち上がるしぶとさだけは認めてやろう。

 だが、お前たちでは、私は倒せん!大人である私が、君たちに教えてやろう。

 子供は大人に勝てないという現実をなァッ!!」

 

まっすぐ突っ込んでくる理事に、ノノミがガトリングで広く撃って、面で攻撃を仕掛ける。しかし、理事のディアボロスはその範囲攻撃も瞬時に解析、両翼のブースターで弾丸の雨の中を掻い潜って一気に距離を詰める。

そのままノノミを蹴り飛ばした。

 

「このっ!」

 

セリカが背後から狙撃しようと銃口を向けた瞬間、理事は左手を開いてセリカに向ける。

手掌に光が溜まり、ビームとなって一気に放出された。

 

「……っ!?」

 

放たれたビーム攻撃を避けられず、直撃してしまった。セリカはそのまま後ろに倒れた。

 

「セリカちゃん!」

 

アヤネがセリカの元へ駆け寄ろうとしたその瞬間――。

 

「おっと、君も目障りだな」

 

「――きゃあッ!!」

 

いつの間にか、アヤネの背後を理事が回り込んで立っていた。振り返ろうとしたアヤネの頬に理事の裏拳が命中し、彼女の体と眼鏡は宙を舞って、砂の上に斃れるのだった。そのまま、アヤネは気を失ってしまう。

 

「アヤネ!」

 

シロコが、怒りの形相で理事に攻撃するが、理事には攻撃が当たらない。

 

(なら――!)

 

シロコは、手榴弾を理事に向かって投げだした。理事のディアボロスには、すぐに反応されて右手のビームで撃ち落とされる。しかし、その時の爆風で、砂煙が舞い上がり、理事の視界は砂で覆われた。視界が見えなくなった瞬間をシロコは逃さない。砂煙の中、理事に距離を詰めるため、一気に近づいて行く。シロコの銃身が理事の背中を捉える。

 

「これで――!」

 

理事の背中目掛けて、シロコが銃の引き金を引く。その時――。

 

「――勝ったと、思ったか?」

 

「!?」

 

理事の背中から、砲身が飛び出してその中が光を放つ。

爆発が巻き起こり、シロコの体は空中に放り投げられた。

2,3回回って地面に落ちたシロコは、何が起きたか理解できなかった。

対策委員会が、全員地に伏した様を見た理事は、勝ち誇った顔で高らかに笑って、彼女たちに吐き捨てる。

 

「どうだ、これで理解し(わかっ)たか!貴様らが誰に歯向かっていたのかをな!

 子供(ガキ)は大人しく、大人に服従すればいいのだ!!がははははは!!」

 

下非た高笑いが響く中、一発の弾丸がディアボロスの翼の先に命中する。

 

「ん?」

 

理事が振り向くと、そこには銃を構えたシロコが笑って立っていた。

 

「……なんだ。やっぱり……大したこと、ないんだね……!」

 

傷だらけの中、嘲るように微かな笑みを浮かべるシロコに、理事の怒りが頂点に達する。

 

「このっ、クソガキが!!」

 

理事が、背中のブースターで猛スピードで迫るのを見たシロコは、自身のドローンに捕まって上に逃げる。そして、スイッチを押してドローンのミサイルが、理事に向かって発射される。だが、ディアボロスにはシロコのドローンは脅威ではなかった。次々と飛んでくるミサイルを、ディアボロスは素早く、正確に破壊していく。

そして、シロコの眼前まで迫った理事は、拳を振り下ろして、彼女を地面に叩き落とした。叩き落とされた衝撃で、呼吸が一瞬止まる。肺が酸素を求めるために、大きく息を吸って口の中に入った砂で咳込む姿を、上空の理事は哀れむように見下ろしていた。

 

「ふむ、そろそろこの遊戯も幕を引かせてもらうとするか」

 

「……!」

 

セリカたちが何とか身を起こそうとする。その目には、未だに炎が灯されており、彼女たちに諦めの言葉はなかった。その様子がとても不快に感じた理事は、醜悪な笑みを浮かべて残虐な考えを思いつくのだった。

 

「そうだ、貴様らに真の絶望を味わわせてやろう!

 この娘の死を以てなァッ!!」

 

理事は、両腕を前に伸ばして両手の手掌から光が一気に蓄積される。それは、先ほどまでのものとは比較にならないエネルギー量だった。そして、その狙いは彼の下で倒れているシロコだった。

 

「嘘でしょ……!」

 

「シロコ先輩、逃げて!」

 

「シロコちゃん……!」

 

セリカたちがシロコの元へ行くために体を起こそうとするが、既にエネルギーは満たされていた。それは、倒れているシロコにも確認できた。

 

「さらばだ、砂狼シロコ」

 

理事の言葉と共に、極大のビーム砲がシロコに落とされる。凄まじい爆発と風圧が吹き荒れる。それは、離れたところで戦う便利屋68やゲヘナ風紀委員会の元にも届いた。

 

 

 

「なにー、今の爆発ー?」

 

「社長……」

 

突然の強風にムツキが髪を抑える。カヨコは、アルの方に向き直り少し心配そうに尋ねる。それにアルは静かに答える。

 

「大丈夫よ、カヨコ。あの子たちは、私が認めた立派なアウトローだもの。無事に決まってるわ」

 

笑顔で答えるアルは、心の中で彼女たちの帰還を祈る。

 

(無事に帰ってきなさいよね……)

 

 

 

ヒナが、大多数の敵を撃破したのを確認したアコは、ヒナのもとに駆け寄る。

 

「お疲れ様です、委員長。先ほどの爆発は……」

 

「すぐに向かうわよ、アコ」

 

「はい、了解しました」

 

ヒナは、自身の銃のカートリッジを交換すると、再び兵たちが彼女を止めるべく立ち塞がる。それを見たヒナは、一つため息をついた後、再び戦場に舞い戻るのだった。

 

 

 

爆発の起こった実験施設前では、舞い上がる大量の砂煙によってセリカたちが咳込み、シロコの状態にを確認しようと声を掛ける。

 

「シロコ先輩!!」

 

「シロコちゃん!!」

 

「シロコ先輩、返事をしてください!!」

 

三人が声を上げるも、返事は帰ってこない。やがて、砂煙が晴れていき、シロコのいた場所が見えるようになっていった。

そこには、誰もいなかった。大きなクレーター上に吹き飛んだ場所には、シロコの肉一つ、骨一つも残っていなかった。

 

「嘘……そんな……」

 

ノノミが、呆然と呟く。その瞳には、光がなく黒く濁っていた。セリカとアヤネも同様に、声が出なかった。そこに、理事の不快な高笑いが耳に入ってくる。

 

「ふはははは!!どうだ!これが現実だ!」

 

高らかに笑う声が、耳に残って気持ち悪い。この声を消すために、セリカが声を荒げて銃を向ける。

 

「貴様ああぁぁぁぁ!!」

 

怒りの限り叫ぶセリカを見て、理事は鼻で笑った。

 

「ふん、安心しろ。貴様たちも今すぐ、あの娘の元に――」

 

「誰が、誰の元にだって?」

 

「「「「――っ!?」」」」

 

聞きなじみのある声が聞こえる。軽薄そうでありながらも、頼りになるその声に、全員が一斉に、その声のする方へと顔を向ける。そこにいたのは――。

 

「せ……」

 

「「「先生!!」」」

 

シロコを抱きかかえた五条だった。その姿を見たノノミたちの目には、輝きを取り戻して笑顔で五条のことを叫ぶのだった。

 

 

 

「……え?」

 

シロコは困惑していた。先ほどの攻撃で、自分は死んだと思っていた。ホシノ先輩を助けられず、死んでいくのがとても悲しかったし、とても苦しかった。瞳から零れる涙が頬を伝って落ちていくのを感じていた。ビームの爆発が起こり、死んだと思っていた自分がまだ生きていることに驚いている。

そんなシロコの顔を覗き込むように五条が顔を下げた。

 

「大丈夫?シロコ」

 

「……先生?」

 

いつものような優しい声で尋ねる五条に、シロコはまだ現状を理解出来ていない。そんなシロコに、五条は笑いながら声をかけるのだった。

 

「いやー、危なかったねー!さすがの僕も少しだけ肝を冷やしたよ」

 

「あの、その……先生、下ろして……」

 

徐々に状況を理解しだしたシロコは、五条の両腕の中、つまり、お姫様抱っこされていることに、少し恥ずかしくなった。シロコは、基本的に感情をあまり表に出す方ではないが、彼女も立派な女子高生。男の人に抱かれているということに加えて、戦闘やらなんやらで汗や火薬の匂いなども意識してしまう。少し頬を赤らめて五条に言うと、「オッケー」という返事と共に、ノノミたちの元へ歩いていき、そこでゆっくりとシロコは下ろされる。

 

「シロコちゃん!!」

 

「「シロコ先輩!!」」

 

ノノミたちが、涙を流しならシロコに抱き着く。三人を受け止めて、シロコも彼女たちをそっと抱きしめた。そんな様子を見た五条は、ストレッチを始める。身体をしっかり伸ばしながら、五条は彼女たちに話しかける。

 

「みんなお疲れ。アヤネ、救急キットでみんなのケガの処置をお願いね」

 

「せ、先生はどうするんですか!?」

 

「アイツの相手は、僕がする」

 

「「「「!?」」」」

 

首を回して身体をほぐし終えた五条から出た言葉に、シロコたち四人全員が驚愕する。

 

「な、何言ってんのよ!あんたが出てどうなるのよ!」

 

「そうですよ!」

 

「危険すぎます!」

 

「私たちが、アイツを……」

 

立ち上がろうとするシロコたちに、五条はやれやれと肩を落として答える。

 

「あのねぇ、目的を履き違えちゃいけないよ。君たちの目的は、ホシノを助けることでしょ。だったら、今は少しでも体力の回復に専念すべきだよ」

 

五条の言葉に、ぐうの音も出ない彼女たちだったが、それを見て五条がニカッと笑顔で声を掛ける。

 

「心配しなくていいよ。

 だって僕、最強だから」

 

「ふふ、ふはははは!!」

 

拳を鳴らしながら前に出る五条に、理事が再び大笑いをする。そして、そのまま笑いながら続ける。

 

「いやいや、先生とやらは、ユーモアがあるな。君が、私を倒す?そんな冗句を言うなんて、さては、私を笑い死にさせるつもりかな?」

 

頭とお腹を抱えて笑う理事の姿を見て、五条は笑みを崩さず返す。

 

「滑稽なのはそっちでしょ?

 子供に負けたからって、そんなガラクタ引っ張り出すお前の大人げなさには、滑稽を通り越して……無様に見えて可哀想に感じるよ」

 

五条の煽りに、理事は笑いを止める。そして、怒りの形相でゆっくりと口を開く。

 

「なるほど。どうやら君は、最後に生徒の前でカッコつけるということかね。その余裕がどこまで続くかな?」

 

「あはは、大丈夫でしょ。だって、君――弱いもーん!」

 

ケラケラ笑いながら指さして挑発する五条に、理事の堪忍袋の緒が切れた。

 

「死ねええぇぇぇ!!」

 

手掌から放たれたビームが五条に命中して爆発を起こす。それを見たシロコたちが叫ぶ。

 

「先生!!」

 

「ふん、あれだけ息巻いておきながら、このザマとは……どうやら、シャーレの先生はとんだ間抜けらしい。ふはははは!!」

 

「あのさぁ――」

 

高笑いをする理事の耳に届いた声、それを聞いて理事は固まる。風によって煙が晴れると、そこには砂煙に咳込みながら、手で払い除けようとする五条が現れた。

 

「――学習しろよな。あー、けむっ!」

 

死人を見たかのように固まる理事。それは、シロコたち対策委員会も同じだった。

 

「ねえ、今……当たった、よね?」

 

驚愕して声が震えるセリカが、五条を指をさして尋ねると、横にいたアヤネが首を縦に振って答える。

 

「はい、私もそう思います」

 

五条は、キヴォトスの住人ではない。ヘイローを持たず、銃弾一つで命の危機に晒される。そんな彼が、あのビーム攻撃を受けて無事に立っているはずがない。そのことに理事は、驚きながら声を上げる。

 

「バカな!なぜ生きている!?確かに当たったはずだ!!」

 

「うーん、簡単に言うと……当たってない」

 

「ふざけるな!!!」

 

あっけらかんと答える五条に、理事の怒声が響く。その声に、指で耳を塞いで「うっさ…」と呟く五条は、頭をかいて面倒そうに答える。

 

「君の攻撃が当たったのは、僕との間にあった“無限”だよ」

 

右手の親指と人差し指で何かを摘まむような仕草で答える五条に、誰も理解できずにいた。

 

「しょうがない。

 教えてあげるから、手、出して」

 

何の警戒もなく、右手を前に差し出す五条を見て、理事は少し考える。何かの罠なのか、それとも、自分を近づけることが狙いなのか。しかし、目の前の男は、暢気に「ほらほらー!」と言って、右手を振って待っていた。警戒に越したことはないが、攻撃が当たらなかったことについては気にはなるので、もしも変な動きをするなら、すぐに奴の首を切り裂いてしまえばいい。そう考えて、五条の言葉に従って、彼の前へと歩み寄り、そのまま差し出された右手に向けて、そっと左手を伸ばす。すると――。

 

「なっ!?」

 

「ね?」

 

目の前の信じられない光景に、理事は驚きのあまり声が漏れた。なぜなら、五条の手に向かって伸ばしたはずの自分の手が、彼の手の前の数センチ前でピタリと止まっていた。どんなに力を込めても、まるで見えない壁があるかのように、理事の手は前に進むことはできなかった。

 

(なんだ……これが無限なのか?)

 

「止まってるって言うか、僕に近づくほど遅くなってんの。収束する無限級数みたいなものだよ。そして、それを強化すると“無下限"、(マイナス)の自然数ってとこかな。“-1個のリンゴ”みたいな虚構が生まれるんだ。そうすると、吸い込む現象が発生して、それを利用することでシロコを助けた時(さっき)みたいに瞬間移動もできる。『無下限呪術』、それが僕の術式」

 

「くっ、うぬぬ……」

 

「で、どうする?僕はこのまま、恋人のように熱い握手してもいいんだけど」

 

五条の手がゆっくりと理事の手に触れるか触れないかどうか紙一重のところまで近づく。しかし、理事の手は五条の手に触れられない。ねっとりとした低い声で囁く五条に、理事は歯を食いしばって怒りに震えた。

 

「誰が、貴様なんぞに……」

 

「照れるなよ。こっちまで恥ずかしくなる」

 

五条が指を絡めて理事の手を握ってくる。不快な感覚に、理事の怒りが爆発する。

 

「ぐうぅっ、貴様!!」

 

叫んだ途端、五条が目にもとまらぬ速さで、理事の腹部に左手で掌底を叩きこんだ。榴弾砲を打ち込まれたのかと錯覚するほどの強い衝撃が、理事の腹部に奔った。

 

「がはっ」

 

自分に一体何が起きたのか、一瞬理解できなかった。ディアボロスが反応できないほどの速さで打ち込まれた掌底は、頑強な装甲に覆われた防御を軽々と越えて、理事の内部にまで衝撃が到達した。ただの掌底でここまでの速さと威力を出すなんてありえない。何かカラクリがあるのだろうと考えるのだが、そんな余裕を待つほど、五条は暇ではない。

 

「まだまだ!」

 

理事が考える隙を与えない連続の掌底で、彼の体は少しずつ浮いていく。装甲が剝がれ、砕けた破片が五条に向かって飛んでいくが、その破片さえも彼の前で止まっていく。五条は宙に浮いた理事から手を放し、そのまま上段回し蹴りを理事の側頭部に命中させ、彼を吹き飛ばす。

 

「ぐおぉっ」

 

吹き飛ばされる体をディアボロスのオートバランサーで何とか受け身を取る。そこに、真っ直ぐ走ってくる五条に、理事はありったけのミサイルを発射する。しかし、撃ち出されたミサイルも爆発しても、その爆炎と爆風は五条には届かない。そのまま突っ込んできた五条に、理事は再び蹴り飛ばされるのだった。

 

(何が、起きている……。このディアボロスは、あのデカグラマトンに対抗するために各自治区のデータをかき集めて作られたはず……。カイザーグループの情報網を駆使して、各自治区の最高戦力と呼ばれる生徒たちのデータをもとに、最高の技術で作られたこの兵器を纏った私は、計算では誰も勝てないとなっていた。

 なのに、それがなぜ、なぜ……目の前のこの男はこうも、その私を容易く凌駕してくるのだ)

 

蹴り飛ばされて宙を舞う理事を、五条は簡単に追いついて理事の顔面に目掛けて拳を叩きこんだ。飛ばされて態勢を直しても、すぐに追いついて攻撃を仕掛けられる。背中のブースターで上空に飛んでもいつの間にか背後に回られ、両手を組みそのままハンマーのように振り下ろして地面に叩きつけられる。地面に落ちる前に、無下限で瞬時に移動した五条に頭を掴まれてそのまま地面を引きずられる。右手のビームを地面に撃ち込むことで、爆発した衝撃で辛くも脱出するも、すぐに目の前に現れて脇腹目掛けて回し蹴りを受けて飛ばされた。

 

 

 

理事が五条に一方的に痛めつけられる戦いの様子を見ていた対策委員会は、思わず息を吞む。

 

「……これがあの先生なの?」

 

呟きに近い疑問がセリカの口から洩れる。自分たちが手も足も出なかったあの理事に、五条は笑いながら戦っている。いつもは軽薄そうな笑みを浮かべて、他人の神経を逆撫でする煽りを口から自然と漏らすくせに、生徒が戦うの時は後ろでスイーツを片手に暢気にしている五条が、あんなに強いことが信じられずにいた。

 

『僕、最強だから』

 

その言葉に嘘偽りない圧倒的な強さに、皆が開いた口が塞がらない中、シロコはただ一人悔しそうな顔を見せていた。その様子をノノミが気付いて、シロコに伺う。

 

「シロコちゃん、どうかしましたか?」

 

「ん、ちょっと悔しいなって思って」

 

「悔しい?」

 

アヤネがその言葉に首をかしげると、シロコは頷く。

 

「正直言うと、私は強いと思っていた。先生と同じ目線で横を歩いているのだと思っていた。

 でも、実際にはそんなことなくて……。私が弱いから、先生に頼ることになった。それがなんか悔しくて」

 

その言葉にノノミたちも何も言えなかった。少しの沈黙の後、シロコは顔を上げて決意を固める。

 

「だから、私は強くなる。強くなって、先生に追いついてみせる」

 

「シロコちゃん……」

 

シロコの決意に割って入るように、セリカが口を開いた。

 

「シロコ先輩、それは間違っているわ」

 

「セリカ?」

 

「私、じゃなくて私たちでしょ」

 

セリカの言葉にノノミやアヤネも頷く。それにシロコは「うん」と答えるのだった。

 

 

 

「くそおぉっ!!」

 

声を荒げながら、ディアボロスに搭載された武器を全て開放し、一斉に撃ち込んでも五条の足止めにすらならない。攻撃は当たらないまま突っ込んでくる五条は、左拳を腹に入れた後、前にかがんできた理事の頬に掌底を打ち込んでいく。ディアボロスはダメージが70%を超えて、先ほどの一斉掃射で残弾も尽きてしまう。ディアボロスの危険信号の警告音がずっと耳に鳴り響いていた。ここまでくると、理事にはもう戦意はなくなり、ボロボロになったブースターを何とか動かしてその場からその逃げようと空へ飛ぶ。しかし、そんなことは許さないと言わんばかりに、上空に逃げた理事の首元を掴んで実験施設に向けて投げ飛ばす。流星の如く真っ直ぐ飛ばされた理事は、実験施設の外壁へと叩きつけられて、壁に大きな穴をあけてめり込んだ。外壁にめり込んで動けなくなったと所へ、理事の目の前に降り立った五条が、彼の顔面を何発も素早くジャブで殴りつける。五条にとってはただのジャブでも、殴られる理事にとってはジャブの一発がプロボクサーの渾身のストレートのような重さに感じられた。

 

「あ……がっ」

 

「硬いな。ここまでやって、まだ意識があるなんて、しぶとさだけは特級だね」

 

満身創痍になりながらも五条を睨みつける理事を見て、五条は感心した。思った以上にしぶとく、何度も向かってくる理事に楽しくなっていた。しかし、五条たちの目的は、先ほども自分で言ったようにホシノの救出。あまり遊びすぎてもダメなので、この戦いに幕を引くべく、五条は最後の攻撃に移る。

 

「さてと……そろそろ終わりにしようか」

 

その言葉と共に、胸の前で人差し指を立てる。すると、五条の指先に赤い光が集まって、小さな光球が出来上がる。

 

「最後にまた説明に戻るけど、先ほどまでの話は順転の“収束”、こっちはその逆の反転の“発散”。さて問題、この虚空に触れたら、一体どうなるでしょうか?」

 

目の前の赤い光球を目にして理事は恐怖する。聞かれなくても分かる。あれはヤバいものだと、自分の中の本能が叫んでいた。掠れる声を必死に振り絞って、命乞いを乞う。

 

「ま、待て……止め――」

 

「術式反転『赫』」

 

必死に絞り出した命乞いも聞かず、言い放つ言葉と共に指先を理事に向ける。すると、赤い光球はより強い光を放ちながら前方に炸裂した。そのまま理事を研究施設の半分以上も巻き込んで吹き飛ばすのだった。

 

「「「「……」」」」

 

先ほどまでの戦いの音はなくなり、静寂になった砂漠で、対策委員会は何も言えずにただ立ち尽くしていた。それと同時に、五条悟が「最強」であるということを理解した。そんな彼女たちの元へ、五条が帰ってきた。

 

「おまたせー、それじゃあ、みんな行こうか……って、どうしたの?」

 

呆然と立ち尽くしているみんなに尋ねると、セリカが額を押さえて渋々と答える。

 

「いや、色々とあって情報が処理しきれてないのよ」

 

続いて、アヤネが静かに手を上げて問いかける。

 

「あの、先生。理事の人は……?」

 

「ああ、大丈夫でしょ。一応、殺さないように加減はしといたから」

 

五条も流石に、あの理事が最低でムカつく奴でも生徒たちの前で殺しはしない。まあ重症ではあるだろうが、たぶん部下に拾われてこの場を後にするだろう。五条も久々に体を動かせてスッキリしたので、まあ今回はこのくらいで見逃してやることにした。

 

「さてと、後はホシノを助けるだけだ。後はのーんびりと終わらせようか」

 

伸びをして施設に向かおうとするが、そこでノノミがあることを尋ねる。

 

「えっと、実験施設が半壊してますけど……大丈夫なんでしょうか?」

 

五条のおかげで半壊した実験施設に目を遣るノノミに対して、五条はいつものようにあっけらかんと笑って返した。

 

「あはは!大丈夫だって。

 ホシノがいるのは地下だから、上が壊れても問題は――」

 

『緊急警報!緊急警報!当施設の機能が外部の手によって停止しました。これより、当施設は機密保持のため、爆発します!繰り返します――』

 

「……あれ?」

 

突然鳴り響く警報とアナウンスに、五条は首をかしげる。そして、ゆっくりとみんなの方に顔を向けて一言。

 

「ごめん、やっちゃった♡」

 

「「「「先生ーーー!!!!」」」」

 

ペロッと舌を出して可愛らしく謝る五条に、対策委員会の怒りの叫びがこだまする。

結局、急いでホシノを助けるために、爆発する施設へと走って突入していくのだった。

 

 

 

時は少しさかのぼって、実験施設の収容場でホシノは一人対策委員会のみんなのことを案じていた。

 

(みんな今頃どうしてるかな?何の相談もせずにいなくなった私を恨んでるかな?

 結局、カイザーコーポレーションと交わした契約は反故にされて、アビドスは攻撃された。私の決断は全部無駄だったんだ)

 

自分の不甲斐なさに悔しくて唇を噛み締める。

 

(もっと他にやり方があったのかな?結局、私が選択を間違えたせいで、街も、学校も……。

 ……ノノミちゃん、まだ笑顔でいてくれてるかな?何度も何度も私を買い物に誘ってくれたり、笑顔で話しかけてくれたりしてくれてたな……。塞ぎ込んでいた私の手を引いてくれてた……あの頃の私には、それが何より嬉しかった。

 ……セリカちゃん、普段は真面目で厳しいのに、私が学校で寝ているといつも起こしに来てくれて、バイトがない日には、私が起きるのを待っててくれたこともあったけ。そういう不器用な優しさに、私は支えられてた。

 ……アヤネちゃん、ダメな私の代わりにみんなをまとめてくれて、借金問題にも真面目に立ち向かってくれた。今の対策委員会があるのは、そのおかげだと思っている。

 ……シロコちゃん、記憶をなくして右も左もわからないシロコちゃんのことをずっと気にかけてきたつもりだったけど、いつの間にか逆になってたのかな。アクアリウムでのあの言葉、本当に嬉しかったな。

 ……そして、先生、いつもふざけているのに、しっかりと私たちのことを見てくれていた。私たちの話を聞いてくれた初めての大人。あの夜に、先生と話が出来て本当に良かった。

 みんながいたから、私は安心して学校生活を送れたし、どうにか前を向き続けることができた。みんなのおかげで、私は笑っていられた。ユメ先輩が遺してくれたアビドス高等学校(あの場所)で)

 

楽しかった学校生活、頼りになる後輩たちとの思い出が呼び起こされる。

 

「でも、それもきっとなくなっちゃう。……選択を誤った私のせいで……。

 ちゃんと向き合えてたら、全部変わったのかな?大人に騙される前に、違う手段を思い付いてたら、アビドスはこんなことにならなかったのかな?

 実力も足りなくて、いい方法も見つからなくて、結局私は何一つ解決できてない……。私がもっと正しい選択をできてたら、そしたらきっと、傷つくことはなかったのにな……。

 学校も、みんなも、ユメ先輩も……どれもこれも全部私のせいだ。……どうして間違えちゃったのかな?どうして素直に頼れなかったのかな?

 あんなに気にかけてくれたのに……ごめんね、シロコちゃん」

 

ホシノの瞳から一筋の涙が零れ落ちた時、突然ホシノを縛っていた光が消える。拘束が解けたホシノは糸が切れた人形のように、その場に倒れこんだ。

同刻、施設に侵入した対策委員会のみんなは急いでホシノがいる地下の収容場に向かっていた。施設内には先ほどの警報がずっと鳴り響いている。

 

「みんな急ぐわよ!」

 

「はい!」

 

セリカの言葉に、三人は急いで走り出す。その後ろで五条は悠々とした態度で走っていた。どこから取り出した分からない謎のメガホンを口に近づけて、前にいるセリカたちに声を掛ける。

 

「ほらみんな!時間ないんだから、キビキビ走る!はい1、2、1、2!」

 

「誰のせいでこんな羽目になってると思うのよ!!」

 

「セリカちゃん、今は前を向いて!」

 

そんな様子を見て、ノノミがフフッと小さく笑った。彼女の前を走っていたシロコが振り返る。

 

「ノノミ、どうしたの?」

 

「いえ、先生がいるからこんな状況でも、いつもの私たちでいられるのかなと思いまして」

 

その言葉に、シロコも少し微笑みを浮かべて頷く。

 

「うん、そうだね」

 

目指す目的地まであと少し、彼女たちはそのまま前を走り続けるのだった。

しかし、無情にもタイムリミットが来てしまう。

 

『これより爆破を開始します』

 

その音声と共に、施設は爆発を開始し、対策委員会の走る通路は爆炎に飲まれていった。

爆発音が鳴り響く収容場で倒れていたホシノは、咳込みながら目を覚ました。目を開けた先には、1枚の写真が落ちていた。アクアリウムで撮ったみんなとの思い出の写真。

 

「……みんな」

 

その時、ホシノの脳内にある日の記憶が蘇る。それは、ユメ先輩との他愛のない会話だった。

 

『ねえ、ホシノちゃん。私ね、ホシノちゃんと初めて会った日、これは夢なんじゃないかなって思って、何度も頬をつねったの。ホシノちゃんみたいな、可愛くて強くて、頼りになる後輩がそばにいてくれるなんて夢みたいなことが、本当に嬉しくて……』

 

『はい?』

 

『うーん、上手く説明できてないかもしれないけど……。ただ、こうしてホシノちゃんと一緒にいられることが、私にとっては奇跡みたいなものなの』

 

『……毎日毎日、こうして一緒にいるじゃないですか。昨日も今日も、明日もそうです。こんな当たり前のことで、何を大袈裟な』

 

『はぅ……だって……』

 

『「奇跡」というものはもっとすごくて、珍しいもののことですよ』

 

『……ううん、ホシノちゃん。私は、そうは思わないよ』

 

『何ですか、急に……』

 

『ねえ、ホシノちゃん。いつかホシノちゃんにも可愛い後輩が出来たら、その時は――』

 

落ちた写真に手を伸ばしてそれを拾い上げると、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ユメ先輩……私はバカだから、こんなことになって、ようやくその意味が分かりました」

 

ふらつく足取りでゆっくりと前に進む。爆発で揺れて、その度に倒れそうになる足をこらえて、一歩、また一歩と少しずつ出口への橋を歩いていく。

 

「私はもう、二度と間違えない。二度と間違えたくない。

 私にとっての奇跡は……対策委員会のみんななんだから!」

 

その時、天井が爆発で崩落し、大きな瓦礫が落下する。瓦礫はホシノが歩く橋に落下して、橋を崩壊させる。崩壊した衝撃に、ホシノは橋から身を投げ出された。暗い底に落ちていく中、ホシノはみんなの顔を思い出していた。

 

(ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん、シロコちゃん、先生……私は――)

 

そこで、ホシノの意識は消えていく。

最後に、落ちていくホシノの手を誰かが掴む感覚を感じ取れたような気がした。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ようやく終わったわね」

 

「うーん、疲れたー」

 

「ハルカ、大丈夫?」

 

「い、いえ……私は、大丈夫です。カヨコ課長」

 

敵を全て片付けた便利屋68の四人は、無事に終えた安心感で力が抜けそうになっていた。しかし、まだ実験施設に向かった対策委員会が戻っていない。彼女たちを助けに行くために、動こうとした時、背後から声を掛けられる。

 

「あら、奇遇ですね」

 

危機なじみのある声に、アルはそっと振り返ると、満面の笑みで笑っているアコとその横にヒナがいた。

 

「ひぃっ!!」

 

突然のヒナに驚き恐怖するアルだったが、ヒナはため息をついて口を開く。

 

「安心しなさい。今日はあなたたちを捕まえるためではないわ。ここに来たのは、あなたたちと一緒」

 

「そ、そうなの?」

 

ヒナの言葉に、ホッと胸をなでおろすアルを見て、ムツキがクスクスと笑う。

 

「アルちゃん、ビビりすぎでしょ」

 

「う、うるさいわよ!」

 

逃げ出すムツキを追いかけるアルを見て、カヨコはまたため息をついた。

その時、ものすごい轟音と共に、奥に見える実験施設が崩れた。

 

「な、なに!?」

 

「何が起きたの!?」

 

突然の事態に、困惑して声を上げるアルとイオリ。すぐにチナツが、双眼鏡を取り出して実験施設の方を覗くのだった。

 

「あれは……せ、先生!?」

 

「え?」

 

双眼鏡を除いた先に見えたものを見て、チナツは驚きのあまり、大きな声が出た。半壊した実験施設の前に悠々と立つ五条の姿、彼の後ろにアビドスの生徒たちが見守るようにいることが確認できたことから、この状況を起こしたのが、五条だと推測できた。

しかし、他の生徒たちは、それが信じられなかった。皆が話し合っている中、ヒナが前に出て口を開く。

 

「とにかく行けばわかるでしょう」

 

「そ、そうね、行くわよ!」

 

アルとヒナに続くように、全員は実験施設へと向かうのだった。

 

「……ま、待ってくださ~い」

 

彼女たちの後ろを、遅れてきたヒフミが、息を切らしながらついてくるのだった。

ヒフミが、便利屋68と風紀委員会にようやく追いついた時、実験施設は炎に包まれていた。燃え盛る炎と崩落する施設に、誰もが脱出は不可能ではないかという不安が過る。

間に合わなかったと、肩を落として項垂れるみんなだったが、次の瞬間、燃えて崩れた建物が大きな音と共に、吹き飛んでいった。全員が唖然とする中、煙の中から人影が現れる。

 

「いやー、何とかセーフ!」

 

「どこがよ!あんな無茶苦茶するなら、一言言いなさいよね!」

 

「えー言ったじゃん。どいてって」

 

「まあまあ、先生のおかげで無事に出れたから、いいじゃないですか☆」

 

「ノノミ先輩は甘やかさないで!」

 

「あはは……本当に、一時はどうなるかと思いました……」

 

「ん、無事に脱出完了」

 

煙の奥から、傷と泥と煤で汚れた対策委員会の四人と、身体どころか服に一つの汚れもない綺麗なまま、気を失ったホシノを背負った五条が現れたのだった。

それを見たアルたちは、笑顔で彼女たちを迎えた。

 

 

 

それから、みんなで基地をそのまま抜けて、助けてくれた便利屋68とゲヘナ風紀委員会、ヒフミにお礼を告げて、彼女たちと別れた対策委員会は、ホシノを安静にできる場所まで連れて行った。

シロコの膝の上で眠っていたホシノが、ゆっくりと目を覚ます。

 

「……シロコちゃん?」

 

「うん」

 

体を起こそうとするホシノの手を貸して、ゆっくりと上体を起こす。辺りを見渡す彼女は、状況が理解できなかった。

 

「あ、あれ……どうやって……。どうして……だって、私は……」

 

あのまま落ちていったはずだ、と思っていたホシノに、シロコが答える。

 

「ギリギリだった。先生が助けてくれた」

 

「いやー、シロコが後先考えずに飛び降りたもんだから、ビックリしたよ」

 

あの時、ホシノが落下するのを見つけたシロコは、迷わずホシノの手を掴むために飛び降りた。何とか、ホシノの手を掴んだまでは良かったものの、シロコのドローンは理事によって壊されていたので、復帰できずにいたところを、五条が二人を空中で抱きかかえて、そのまま上に戻っていったのであった。

 

「先生がいなかったら、私たちは落ちていた」

 

「ていうか、冷静になると、普通に飛んでいることに驚くべきじゃない?」

 

「まあ、あの時は色々と必死だったから」

 

何事もなく、飛行してることに、今になっておかしいと思えてきたアヤネとセリカはひそひそと話す。

 

「そっか……みんなが、先生が……。

 大人が、ね……」

 

そう呟くホシノの元へと、五条は近寄って声を掛ける。

 

「全く、みんなをどれだけ心配かけたと思ってるんだい。あとで、お説教だよ」

 

「う、うへへー、先生ごめんよー」

 

五条とホシノが話している中、待ちきれなくなったセリカ、大きな声で割って入った。

 

「……お、おかえりっ!ホシノ先輩!」

 

みんなが一番言いたかった言葉を先取りされて、ノノミが不満げにセリカに問い詰める。

 

「あー!ずるいです、セリカちゃん!恥ずかしいから言わないって言ってたのに」

 

「う、う、うるさいわね!別にいいでしょう!」

 

そんな二人の様子を見て、五条があの言葉を告げる。

 

「ホシノ、おかえり」

 

それにアヤネたちも続く。

 

「ホシノ先輩、おかえりなさい」

 

「お帰りなさい、です☆」

 

そして、最後にシロコがホシノに手を差し伸べる。

 

「おかえり、ホシノ先輩」

 

おかえり、それを聞いたホシノは、小さく笑って静かに思う。

 

(そういえば……こんなにあったかい言葉だったんだね。ユメ先輩……)

 

黙るホシノを見て、みんなは何かを待つように笑う。それを見たホシノは、いじらしく笑って口を開く。

 

「……何だかみんな、期待に満ちた表情だけど。

 求められているのは、あの言葉かな?」

 

「ああもうっ!分かっているなら焦らさないでよ!」

 

「そうですよ。それをホシノ先輩の口から聞くために、ここまで来たんですから!」

 

「うへ~……。全く、可愛い後輩たちのお願いだし、仕方ないなあ……。

 

ただいま

 

「「「ホシノ先輩!」」」

 

ホシノに抱き着くセリ、アヤネ、ノノミの三人を受け止め、ホシノは笑って告げる。

 

「それじゃあ、帰ろうか」

 

「うん、帰ろう。私たちの学校に。話したいことがいっぱいある」

 

「そうだね……おじさんに聞かせてよ。みんなの活躍を」

 

こうして、対策委員会の長い一日は終わった。その日はアビドス高校で、ホシノがいなくなってからのことを、みんなで語り明かした。辛かったこと、大変だったこと、嬉しかったことなどを、夜遅くまで話し続けて、全員学校で一夜を過ごしたのだった。

 

 

 

ホシノを救出する戦いから、早くも一週間が経過した。今、五条は、対策委員会のみんなと一緒にアビドス駅前の広場にいた。

ホシノを救出し、今回の事件の顛末を連邦生徒会に報告したことで、五条のアビドスでの仕事は一先ず終了となり、シャーレに帰還するよう通達が入った。

前日の夜に、五条がシャーレに帰るということを、モモトークで伝えた時は、生徒たちから色々と小言を言われたが、こうして、彼を見送りに来たのだった。

 

「さてと、そろそろ時間かな」

 

五条がそう言うと、みんなは少し寂しそうな顔をする。それを見た五条は、少し厚めのファイルを取り出した。

 

「はい、みんな、これ」

 

ファイルをアヤネに手渡すと、五人が怪訝そうな顔でファイルに目を遣る。

 

「これからの君たちのトレーニングメニューと報酬が出る特別クエストをまとめた『アビドス特別メニュー』だよ」

 

アヤネがファイルを少し開き、横から四人が覗き込む。それを見て、セリカが「うげっ」と、苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 

「こ、これを……」

 

「まあ、“ちょっとだけ”キツイのもあるかもしれないけど、君たちなら大丈夫だよね」

 

五条の言葉に、シロコが笑って頷いた。

 

「もちろん」

 

「うへー、何とかなるんじゃなーい」

 

「はい、頑張りましょう☆」

 

「頑張りますね、先生」

 

「はぁ……やってやるわよ!」

 

ホシノはいつものようなゆるい感じで笑い、ノノミは楽しそうに笑う。アヤネは小さくガッツポーズで応えて、セリカはため息をついた後、覚悟を決めて五条に指さして答える。

そんな対策委員会を見て、五条は微笑ましく笑うのだった。

 

「そうか、期待してるよ」

 

駅のアナウンスが流れる。そろそろ時間が近づいてきたので、五条は対策委員会のみんなに向かって手を振って挨拶をする。

 

「それじゃあまたねー!」

 

「ん、次会った時は、もっと強くなってる」

 

「今度、シャーレに遊びに行くねー!」

 

「先生、お元気でー!」

 

「本当にありがとうございました!」

 

「また、うちのラーメン食べに来なさいよね!」

 

こうして、対策委員会のみんなと別れて、五条は電車に乗り込む。このキヴォトスに来て、また先生となった初めての仕事はこうして無事に終了した。

揺れる電車の席に座って、みんなで撮った写真を眺めると、五条は静かに笑うのだった。




無事に対策委員会編が終了いたしました。
ここでは、これまでのことについて、少し語っていきたいと思います。
まずは、ここまで読んで下さった方々に感謝を込めてお礼を、本当にありがとうございました。
ブルーアーカイブを知ったのが、去年の12月頃で、今年の1月末に始めたばかりの新米だったのですが、このゲームの面白さにすっかり沼にはまって、「これ五条悟が先生だったら面白そう」と思い、筆を執らせていただきました。
久しぶりの筆に色々と戸惑う事ばかりでしたが、とりあえずアビドス編が終わりました。
正直、五条にとって対策委員会編は大事な物語の序章であると同時に、彼の心情が大きく書かれる物語でもあるので、本当に大変でした。
原作での五条が教師をする理由が、序盤では呪術界を担う後輩を育てたいでしたが、終盤で語られた「誰も一人にはさせない、そのために、強く聡く育てる」というのが、今回のホシノに当てはまるんです。だからこそ、ホシノがいなくなった時のショックや、ホシノを追い込んだ大人たちへの強い怒りとかを書きました。そして、理事には、五条の当て馬になってもらうべく、少しオリジナル要素も入れさせてもらいました。あの理事がいたからこそ、五条悟が最強である印象を残せたかなと思います。
五条先生の物語はまだまだ続きます。次はゲーム部……と言いたいところですが、少し後日談とアビドスとのミニストーリーを書いてからになります。
もしよろしければ、みなさんの感想などを聞きたいので、是非ともよろしくお願いいたします。
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