今回は少し短くなって、物足りなく感じると思うかもしれませんが、今後の展開に大事な話でもあります。
五条が、シャーレに戻ってきて数日が経過していた。あれから五条はと言うと――。
「あー……」
自分のデスクで大量の書類に囲まれてその中で力なく伏していた。そんなだらけきった五条の横から、リンが声を掛ける。
「先生、手が止まっています。まだまだ処理しなければならない仕事がたくさんあるのですから、休んでいる暇なんかありませんよ」
「えー、疲れたー。リンちゃーん、なんか甘いものでも食べに行かなーい?」
「誰がリンちゃんですか。仕事してください」
机に突っ伏したまま駄弁る五条に、リンは眼鏡を直してため息をついた。
「はあ、全く……何か買ってきますので、先生は仕事してくださいね」
「わーお、さすがリンちゃん!大好き♡」
「そういうのはいいので、行ってきますね」
「僕、ハーケンダッツのプレミアムバニラね!」
「分かりました、普通のバニラアイスですね」
部屋を後にするリンを見て、五条は一人呟く。
「なんかリンちゃん……七海に似てきたなー」
可愛い生徒が自分の後輩に似てきたことに、複雑な思いを抱いていると、シッテムの箱から通知音と共に、アロナがお知らせを伝える。
「五条先生、アビドスの皆さんからお手紙が届いていますよ」
「おっ、サンキュー!アロナ」
届いた手紙を取りに行き、机に戻ると封を開けて、五条は中の手紙を開く。
こんにちは、先生。奥空アヤネです。
アビドス対策委員会の一日は、今日もまた慌ただしいです。
あの後、対策委員会は先生の公的な認証のおかげで、アビドス高等学校の正式な委員会として承認されました。
非公認だったせいで酷い目に遭ったという部分も大きいので、一安心です。
おかげさまで対策委員会は、正式にアビドス生徒会としての役割も担うことになりました。
個人的には、ホシノ先輩に生徒会長になっていただきたかったのですが、断固として拒否されました……。なので、新しい生徒会長は、まだ決まっていません。
「いらっしゃいませ!柴関ラーメンです!」
そうそう、柴関ラーメンは、屋台の形で再開しました。お客さんも結構来てくれているようでして、セリカちゃんもまたバイトとして頑張っています。大将も、以前にも増して元気にお仕事されていますので……引退はまだまだ先の話になりそうです。
先生のおかげで、ホシノ先輩の件は解決しましたが、アビドスの借金は相変わらず9億円のままです……まあ、これは最初とあまり変わらないのですが……。
カイザーローンはブラックマーケットでの不正な金融取引がバレて、連邦生徒会の捜査が入るとのことでした。ヒフミさんの報告を受けて、トリニティが動いてくれたのでしょうか……?正直、連邦生徒会がきちんと捜査してくれるのか疑わしいですが……それでも、少しは状況が変わると思います。
あのカイザーコーポレーションの理事は、生徒誘拐事件の容疑者として指名手配されました。先生の言ったとおり、あの場から逃げたものの、連邦生徒会があまり機能していない今では、そうそう捕まらないとは思います。結局、カイザーコーポレーションは自分たちは関係ないことを主張するために、即座に解雇処理を行ったとか。大人って、怖いですね……。
あ、それからあの無理に上げられた利子についても問題として挙がって、最終的には以前よりはるかに少ない利子になったのと、先生の紹介してくださった依頼による報酬で、今までと違って利子より多くの返済ができるようになったので、少しずつではありますが、借金を返せるようになって助かりました。
ただ、アビドス自治区の大半は相変わらず、カイザーコーポレーションが所有したままで……。アビドス生徒会とカイザーコーポレーションの取引自体は違法ではなかったので、ひとまずは仕方ないみたいです。カイザーコーポレーションが、あの砂漠で何を企んでいるのか……それは結局分かりませんでした。
そういえば、便利屋の方々はまたどこかに事務所を設けたようです。
「アルちゃーん、そういえば先生の報酬貰ったんでしょー」
「ああ、そうだったわね。えーと……。
ひい、ふう、みい……な、ななななんですってーー!!」
「うわ、なにこの金額は……」
「え、えっと……これでテント生活からおさらばしてもいいんですか?」
事務所が無くなったと聞いた時は、どうなるかと思いましたが、新しい事務所が出来て良かったです。ただ、それがゲヘナの自治区なのか、それとも別のところなのか、噂が錯綜していて詳しくは分からないのですが……。ゲヘナ風紀委員会に睨まれているとのことだったので、色々と大変そうなことは確かですね……。
「ん、今日もトレーニングを始める」
「シロコちゃーん、おじさんには連日のトレーニングは体に毒だから……」
「ダメ、ホシノ先輩も一緒に来るべき」
「うへー……キツいよ~」
「ホシノ先輩、みんなで頑張りましょうね☆」
先生から頂いたあのトレーニングは、シロコ先輩を中心に積極的に取り組んでいます。ホシノ先輩はすぐにサボろうとするのですが、毎度シロコ先輩とノノミ先輩に捕まって参加させられています。私も少しずつではありますが、トレーニングと戦況分析訓練を続けていますし、ノノミ先輩が一緒に筋トレなどを付き合ってくれています。セリカちゃんもバイトがない日には一緒に、トレーニングに参加してくれています。先生の期待に応えるべく、私たちは今日も頑張っていきます。
「……それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます。
ここしばらくいろんなことがありましたが、借金の問題については何も解決はしていません」
「でも、毎月の利子はかなり減った」
「そうそう、支払いに余裕が出来たんだから、少しはのんびりしてお昼寝でもしようよー」
「そうですね!せっかくなら、みんなで一緒にお買い物に行きたいです!」
「何言ってるの!少し余裕ができたかもしれないけど、そんなことしてる暇なんてないんだから!」
「セリカちゃん……!」
「対策委員会の会計として言わせてもらうけど、先生の依頼の報酬で支払いに少し余裕はできても、私たちの懐事情は今も厳しいままなのよ!
というわけで、最新のトレンドを調査してきたわ!今はこのグラフィックボードで、スキャンコインという仮想通貨を採掘するだけでなんと……って、なによ!その目は!」
「ん、セリカがまた騙されたことはさておき、もっといい方法がある。この侵入経路を使って、銀行に侵入すると――」
「は~い、どっちも却下~」
……このように対策委員会は、相変わらずこんな感じです。何も変わらない、いつもの日常に戻ってしまいましたが……でも、本当に良かったです。今度、みんなで先生のお仕事をお手伝いするために、シャーレに伺います。
さてと、現状の報告は一旦こんなところです。それでは、引き続きよろしくお願いしますね。先生。
アビドス対策委員会 奥空アヤネ
手紙を読み終えたと同時に、リンがエンジェル24の袋を片手に部屋へと戻ってきた。
「先生、言われた通りアイスを買ってきましたよ。
これで、仕事の続きを……って、どうしたんですか?そんなに嬉しそうに」
「……別に」
どこか嬉しそうな口ぶりで、アイスを手にした五条に、リンは何も分からないまま首をかしげるのだった。
結局この日は、五条はリンと一緒に、夜まで仕事に追われることになったのだが、五条の機嫌は終始良いものだった。
カイザーコーポレーション本社ビルにて、一人の男が今回の事件の顛末についての報告を受けていた。
「以上が此度の第51基地の報告であります」
「うむ、ご苦労」
軍服に身を纏った男の報告を聞き入れた人物は、高級な革製の椅子に腰かけて背中を向けたまま、短く頷いた。
「此度の件で、連邦生徒会の捜査が入ると思うのですが、いかがいたしましょうか?」
「連邦生徒会については問題ない。“あの娘"が上手くやるだろう。理事を解雇し、あ奴に全責任でも背負わせろ。
これからのPMCはお前に任せる。ジェネラル」
「はっ、お任せください!」
ビシッと敬礼を決めるジェネラルは、くるりと回って部屋を後にする。誰もいなくなった部屋に残された男は、机に向き直り、机上の報告書に手を伸ばす。
「連邦捜査部『シャーレ』の先生、五条悟か……あのディアボロスを単独撃破したことには驚いたが、……カイザーグループに牙を向ける愚か者は、いずれ来る大願のために始末せねばなるまいな。
そのためには、アビドス砂漠に眠る『アレ』を一刻も早く見つけねば」
そう呟くと、報告書に火を付けて灰皿に捨てる。メラメラと燃える火が、報告書に映る五条の写真を燃やしていく。
キヴォトスのどこか、暗い道を歩いた先に一つの鉄扉へとたどり着く。重たいドアノブに手をかけてゆっくり軋むようなような音と一緒に開いていく部屋へと進んでいく。薄暗い部屋の中心に置かれた大きな円卓には三人の異形の影が見えた。
「……おや、みなさん、もうお集まりですか」
部屋に入った途端、既に全員が集まっていることに、黒服は少し驚いた。
「……」
「……」
「……」
黒服の言葉に、彼らは一切答えることはしない。それを分かっていたのか、黒服も何も言わず円卓に向かう。
「さて、それでは会議を始めましょうか。今回の議題については……」
「それについては、あなたが一番よくご存じでしょう」
黒服の言葉を遮り、女性が黒服を卑下するかのような笑みを浮かべる。
「先日でのアビドスでの件、小鳥遊ホシノの確保まで成功したにも関わらず、それを手放したことについてきちんと説明してもらえるわよね」
その言葉に同調するかのように、他の二人も黒服を睨みつける。黒服は三人の殺気にも近い視線に晒されようとも、気にも留めずに余裕の笑みで返す。
「クックック……そのことについては、確かに私の落ち度ということになるのでしょう。しかし、『暁のホルス』よりも興味深いものに出会えたのです」
「ほう、それは一体何ですか?」
「五条悟、連邦捜査部『シャーレ』の先生です」
「あの連邦生徒会長が呼び寄せた大人か!」
ギギッと木が軋む音を鳴らして声を上げる一人に答えるかのように、頷いて返す。
「これを見てください」
パチンと指を鳴らすと、円卓の中央に映像が浮かび上がる。それには、五条と理事の戦いの一部始終が映されていた。
デカグラマトンにも対抗し得る禁断の兵装“ディアボロス”、装備者に強大な力を与えるが、適応できないと、強力な電磁信号に耐えられず脳が破壊されて廃人と化す恐ろしい武器である。あの理事は、適応できる器であったがために、副作用に苦しめられることはなく、ディアボロスの性能を100%引き出せていた。にもかかわらず、そのディアボロスでさえも手も足も出せずに蹂躙される様を見せつける五条悟だった。
「如何でしょうか。これを見て、まだ暁のホルスを追いますか?」
「「「……」」」
黒服の言葉に、三人は何も言い返すことなかった。
「是非とも、彼を我々の同志に迎え入れたい!そうすれば、我々の悲願に大きく近づくことができる。私はそう思うのです」
「なるほど……」
コートを身に纏った男が静かに頷く。
「待ちなさい、私は反対です」
「……マダム」
女性が冷たい声で静かに手を上げる。
「彼の力は未知数なものが多い。もしも、それが私たちに牙を向ければどうなるか、貴方ならお分かりのはずでしょう」
「ふむ、確かにその通りだ」
双頭の男も彼女の言葉に納得するかのように手を上げる。
「ですので、あの男は早々に始末するべきです」
「だが、それを可能にできる手段があるというのかね。マダム」
「それは……」
「どうするか分からないことよりも、今をどうするかではないでしょうか。
『シャーレ』の先生については、今言い争ってもしょうがないと思うのです」
「そういうこった!!」
ギロっと睨みつける女性に意も介さず、会議の空気は終わりを迎えようとしていた。
「では、今日はここまでで。また次回に」
男たちが出ていく中、一人残された女性。彼女は映像に映る五条を睨みつけて静かに呟く。
「この男は危険すぎる。私の計画に支障が出る前に、何とか始末せねば……。
しかし、どうすれば……」
そう考える彼女の背後に渦巻く黒い渦。そこから、一人の女性が姿を現した。
「ごきげんよう、マダム」
「っ!!お前は……!?」
突然背後に現れた女性に警戒するように身構えると、彼女は静かに口を開く。
「あなたのお手伝いをしに来た。『シャーレ』の先生を倒せる方法を教えてあげる」
そう言って差し伸べられた手を見て、マダムは邪悪に笑うのだった。
次回は対策委員会と五条のとある一日についてお送りします。