ミレニアムの屋上にて、ユウカは一人の少女と出会っていた。彼女の名前は、室笠アカネ。C&Cのメンバーの一人で、コールサイン・ゼロスリーのコードネームを持つ彼女は、ユウカに呼び出されていた。屋上にユウカがやってきたのを確認すると、ドレスの裾をつまみ上げて、優雅に頭を下げて出迎えたのだった。
「待たせたかしら?」
「いえ、私も今来たところですので。
さて、本日はどういったご用件で?また、清掃ですか?」
「嬉しそうなところ悪いけど、今回は清掃じゃなくて護衛をお願いしたいの」
「あら、珍しいですね。セミナーが私たちに護衛の任務だなんて」
少し悲しそうな顔をするアカネだが、すぐに気持ちを切り替えてユウカに笑いかける。ユウカが、自分たちに護衛の依頼をするのは珍しいことだった。C&Cの任務の主な内容は、ミレニアムに害なすものを、内外問わずにC&Cなりの「ご奉仕」で綺麗に清掃することが多いのだ。
「そうね、順を追って説明するわ。昨日ヴェリタスの部室を立ち入り捜査をしたことは知ってるかしら?」
「ええ、伺ってます。彼女たちがミレニアムデータベースにハッキングを起こした事件ですよね。確か、ユウカさんの体重も……」
「知ってるわね!!ならいいわ!!話を続けましょう!!」
大声を上げて話を遮るユウカに、アカネは軽く微笑みながら「失礼しました」と頭を下げた。それを見たユウカはコホンと軽く咳払いをして話を続ける。
「それで、ヴェリタスから押収した物の中に『鏡』と呼ばれるツールがあったのよ」
「『鏡』ですか……」
「その鏡をとある部活が狙っているかもしれないのよ」
「それは、一体……?」
「ゲーム開発部よ」
その名前を聞いて、アカネは怪訝そうに眉を吊りあげる。
「ゲーム開発部って、あの子たちがですか?そんなまさか……」
「……そのまさかよ」
「なるほど、にわかには信じがたいお話ですね。ゲーム開発部については、私も知らないわけではありません。あんなに可愛らしいのに……ミレニアムの生徒会を襲撃しようだなんて、人は見かけによりませんね?」
アカネの記憶では、確かにゲーム開発部はミレニアムでのトラブルメーカーだとは思うが、あくまで悪戯の範疇、よくユウカに怒られているのを見たことがある程度だったはず。ミレニアムの生徒会、つまりセミナーを襲撃するような子たちではなかった。そう考えているのを見通したユウカは、ため息をついて補足の情報を与える。
「ヴェリタスも絡んでいるのもあるだろうけど、一番の理由はあの人ね」
「あの人?」
「五条悟、『シャーレ』の先生よ」
「まあっ、あの噂の!?あなたもお会いになったことがおありでしたよね?」
「ええ、あの人については、正直何を考えているのか分からない人としか言えないわね。逆に言えば、分からないからこそ、恐ろしいとも言えるのよね」
「そうでしたか。まあ何であれ依頼である以上、私たちは受けるつもりでいますが……一つだけ、ちょっとした問題があります」
「問題……?」
首をかしげるユウカに、アカネは静かに告げる。
「実は……リーダーが今不在なんです」
「ね、ネル先輩がいない!?」
「はい、ミレニアムの外郭に個人的な用事があるそうでして」
アカネの言葉を聞いて、ユウカは焦り始める。C&Cに依頼した理由は、あの五条悟が絡んでいたからだ。普段は飄々として軽薄な言動をする彼だが、そのうちに秘めた実力はいまだに未知数である。先日、アビドス砂漠では、彼がアビドス対策委員会とゲヘナ風紀委員会、そしてトリニティ総合学園と結託してカイザーPMCの施設を全壊したとの情報も回ってきていた。なので、ミレニアム最強のネルに頼ろうとしていたのだが、そのネルが不在ということを聞いて、どうすべきか考えていた。
そんな不安げなユウカを見て、アカネは笑顔を絶やさず優雅に頭を下げて告げる。
「ですが、ご心配なく。
厳密に言うと私たちのリーダーは、守ることより『壊すこと』に特化した人ですから。もちろん、リーダーがいるときのC&Cが一番強い……というのは紛れもない事実です。ただ、『守る』ことに関しては……もしかしたら、私たちだけの方が良いかもしれません。
ではあらためまして、依頼をお受けします。約束の時間まで、ゲーム開発部を生徒会の押収品保管庫に近づけないこと……お約束いたしましょう」
「……分かったわ。頼んだわよ」
そんな二人の会話と同刻、ゲーム開発部とヴェリタスは、「鏡」を取り戻すための作戦を話し合っていた。
「正面衝突は避けて、『鏡』だけを奪って逃げる……うーん……」
ヴェリタスから作戦の大まかな内容は、実にシンプルなものだった。押収品保管庫に潜入して、「鏡」だけ確保したら即逃走。言うのは簡単なものだが、相手は戦闘集団C&C。いくら頭がいないとはいえ、残りのメンバーも優秀かつ強者であるのは間違いない。彼女たち相手にどこまで通用するのか、それが一番の不安要素だった。それに頭を悩ませていたモモイに、横で黙っていたミドリが静かに口を開く。
「……やってみよう、お姉ちゃん」
その言葉に、モモイは驚愕した。
「えぇっ!?いくらネル先輩がいないからって、相手はあのメイド部だよ!?」
「分かってる、でも……このままゲーム開発部をなくすわけにはいかない。
ボロボロだし、狭いし、たまに雨漏りするような部室だけど……私たちがただゲームをするだけの場所じゃない。……みんなで一緒にいるための、大切な場所だから」
ミドリは五条と出会い、アリスと出会うことで、自分たちの居場所というものについて改めて考え直していた。以前の自分たちは、ゲーム開発部の名ばかりで、何も考えずただゲームだけをするだけだったが、アリスに自分たちの作ったゲームを誉めてもらって、みんなでゲームを作り、一緒にゲームをやるという目標が出来たことで、それを守る大切さを学んだ。
「だから、少しでも可能性があるなら……私はやってみたい。ううん、もしメイド部と対峙することになっても、それがどれだけ危険だとしても……!守りたいの。アリスちゃんのために、ユズちゃんのために……私たち、全員のために!」
「ミドリ……」
ミドリのこんな決意に満ちた瞳を、モモイは知らない。この中にいる誰よりもずっと一緒にいたミドリが、自分の知らないところで成長していたことにモモイは驚きと感心が入り混じった気持ちになっていた。そのモモイの背中を、アリスはそっと押すかのように話しかける。
「私たちならできます。アリは計45個のRPGをやって、勇者たちが魔王を倒すために必要な、一番強力な力を知りました。一緒にいる、仲間です!」
「……」
その言葉を後ろで聞いていた五条は静かに口元を緩ませる。そして、モモイの背中を軽く叩いて挑発的な笑みを浮かべる。
「ほら、二人がこう言ってるんだ。どうするの、モモイ?」
「うん、よし!
やろう!生徒会に潜入して、『鏡』を取り戻す!」
「「モモイ!」」
「お姉ちゃん!」
「よーし、ゲーム開発部ファイトー!」
「「「オー!」」」
四人が掛け声を合わせた後、モモイは五条の方に振り返る。
「先生!何か良い作戦とかない!?」
「アハハ。いきなり僕に振ってくるとはねえ。そうだな……まあ今のメンバーだけじゃ厳しそうなんじゃない?」
五条はこの場にいる全員を見て答える。その答えは、正しい。どうしようか悩んでいると、ハレが手を上げて話し始める。
「こっちも色々と準備が必要だし、『仲間』も必要だね」
「仲間……!」
仲間の言葉に、アリスの目が輝きだす。
「そうだね、ここは先生にも手伝ってもらおうかな」
「僕?」
「うん。この作戦には彼女たちの力が必要不可欠になる」
そう言われて、五条とゲーム開発部が向かった先は――。
「なるほど、それは確かに的確な判断だ」
エンジニア部の部室で、ミドリからことのあらましを聞いたウタハは微笑みながら頷いた。
「君の言う通り、その方法なら私たちじゃないと難しいだろうね。うん、分かった。協力しよう」
「ほ、本当に良いんですか?エンジニア部は実績もたくさんありますし、こんな危ない橋を渡る必要は……」
「そうだね、そうかもしれない」
「それなのにどうして、C&Cと戦うなんていう危険な計画に乗ってくれるんですか?」
五条についてきて事情を説明したのだが、正直に言うと断られると思っていた。セミナーとC&Cを相手にするということは、失敗のリスクが大きすぎる。失敗すれば良くて反省文、悪くて停学にもなりうる。そうなってしまえば、エンジニア部の功績に傷が付いてしまい、今後の活動にも支障をきたすこともあるのだ。作戦に参加する理由があるゲーム開発部やヴェリタスと違い、エンジニア部が協力して得るリターンは皆無に等しい。なのに、どうして協力してくれるのか聞いてみた。そんなゲーム開発部を見て、ウタハはそっとミドリの頭を撫でる。
「それは……」
ウタハの後ろからヒビキとコトリが飛び出して、二人はにこやかに笑いながら答える。
「……うん、その方が面白そうだから、かな」
「そうです!それに私たちも、もっと先生と仲良くなりたいですから!」
「そうだね、それと……」
ウタハはアリスたちを見て、言葉を止める。しかし――、
「……いや、今はいいさ。よろしく」
と言って、笑みを浮かべるのだった。
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、エンジニア部の協力を得ることが出来たのだった。そして、ヴェリタスの部室に戻ってきたモモイは、元気よく報告をする。
「ただいまー!エンジニア部の協力を得られたよー!これで、メンバーは揃ったよね?」
「うん、準備もできてる」
「よしっ!」
ハレの返事を聞いたモモイはガッツポーズを取る。これで準備は完了した。後は作戦開始を待つだけ、そう思い準備運動を始めるモモイは、ここであることを気づいた。
「あ、そういえば……作戦はいつ始まるの?」
「いつ……?」
ハレはモモイの後ろにいる五条と顔を合わせる。五条は、モモイに笑顔で答える。
「もうとっくに始まってるよ♪」
「え?」
五条の言葉に、その場にいるモモイ以外の全員が頷いた。ただ一人残されたモモイは、間抜けた面で口をポカーンと開けていたのだった。
時は遡り、ミレニアムの屋上でのユウカとアカネの会話に戻る。
「あ、一つだけ質問をしたいのですが」
「どうしたの?」
「ゲーム開発部とヴェリタスが生徒会を襲撃する……そのことを、あなたたちはどこで知ったのですか?情報戦に関して、ミレニアムでヴェリタスを超える集団はいないと思っていましたが……」
アカネの問いに、ユウカは静かに首を縦に振る。
「……その通りよ。だから、“ヴェリタス”が教えてくれた。それだけの話」
「……はい?」
ユウカの答えが理解できず、アカネは首をかしげる。ヴェリタスが襲撃するのに、ヴェリタスが襲撃を教えるという矛盾に悩んでいると、ユウカは不敵な笑みでその真実を教えてくれた。
「私たちに、ゲーム開発部とヴェリタスがやって来ることを教えてくれたのは……ヴェリタスの部長、ヒマリ先輩だもの」
PM3:00 ミレニアムオペレーションルーム
それは、突然起こった。オペレーションルームの扉を破壊する轟音が鳴り響く。いや、これは正しくない。正確には、オペレーションルームから正面のエレベーターまでの通路と扉を含む、直線数十メートルすべてが消し飛ばされたのだった。犯人は、エレベーターから真っ直ぐにオペレーションルームへと駆け出す。そして、煙の中からオペレーションルームに侵入するその正体は、アリスだった。アリスは、オペレーションルームに入ると同時に、再びレールガンを構えてエネルギーの充填を開始する。オペレーションルーム内のオペレーターたちは、突然の襲撃に混乱していた。アリスにとって、この状況は好都合だった。あと少しでレールガンの発射準備が整えば、アリスの目的は果たされる、そう思っていた。
しかし、アリスの心にできた僅かな隙を見逃さない者が二人いた。アリスの足元でコツンと何か小さな物が足に当たる音が聞こえた。何かと思い、視線を下げたその瞬間、爆発が起こり、アリスは爆発に飲み込まれた。
「けほっ、けほっ……!」
爆炎に包まれて思わず咳込むアリスだが、その瞬間をユウカは見逃さない。2丁のサブマシンガンから放たれる無数の弾丸が、アリスに命中する。身体に走る痛みに思わず、よろけてしまいそうになったアリスは、自身のレールガンを盾のように前面に立てることで、ユウカの攻撃を防ぐ。しかし、アリスは知らない。C&Cのエージェントアカネにとっては、ここまですべてが想定内だということに――。
ユウカの攻撃を防ぐので手一杯のアリスは、この時点で意識がユウカにしか向いていなかった。そんなアリスの後ろに、音もなくアカネが忍び寄る。拳銃がアリスの後頭部に向けられたその時――。
「っ!?」
とっさに気づいたアリスが振り返る。それと同時に、アカネの拳銃が発砲される。銃声と同時に首を動かしたアリスの頬を弾丸が紙一重で通って行った。
「おや、気づきましたか。反応速度はなかなかですね。けど――」
アカネは少し驚きを見せるが、すぐに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「チェックメイトです」
その言葉と共に視線を下に向けるアカネと同時に、アリスの足に再びコツンと何かがぶつかる音が聞こえる。アリスが顔を下げた先に飛び込んできたのは、先ほどと同じ爆弾が数個転がっていたのだった。
「しまっ――」
アリスが、気づいた時にはもう遅い。爆弾は一斉に爆発を起こす。
「くっ!?」
煙が収まり、アリスはフラフラとした足取りで立ち上がろうとするが――。
「や、やられてしまいました……!ふ、復活の呪文……を……」
力尽きて前のめりに倒れてしまう。アリスが倒れたのを確認した二人は、武器を収めて倒れたアリスの元へ近寄っていく。
「信じられない……どんな方法で来るのかと思ったら、よりにもよって強行突破だなんて」
「この子がアリスちゃんですね。とっても可愛いですねー。6番目のエージェントメイドとして育てたくなってしまいます。連れて帰ってもいいですか?」
微笑みながら尋ねるアカネに、ユウカは首を横に振る。
「……それはダメ。今は生徒会を襲撃した犯人の一人なんだから……とりあえずは、生徒会の反省部屋にでも入れておくわ」
パチンと指を鳴らすと、セミナーの部員2人が両肩に腕を回してアリスを担いで部屋を後にする。アリスのレールガンも持ち上げようとするが、その重さに部員は驚愕する。
「っ!?な、何ですか!?この武器の重さ、半端なく重いです!こんなものを、あの子は軽々と振り回していたのですか!?」
「と、とにかくリフトを持ってこい!早く撤収するんだ!」
バタバタとした様子を横目で見ながら、ユウカは壊れた部屋の惨状を見て深いため息をついた。
「それにしても……まさかエレベーターの『指紋認証システム』を突破するためとはいえ、無理やり扉を撃ち破るなんて……」
頭を抱えるユウカにオペレーターが状況の報告を入れる。
「エレベーターのセキュリティロックをすぐに修理するのは無理だそうです。対処として、丸ごと取り換えるしか……」
「そう、じゃあ新しいのに交換……ううん、ちょっと待って。多分だけど、アリスちゃんのあの武器は……エンジニア部で作られたものに違いないわ」
リフトで持ち上げようとしているアリスのレールガンを見て、ユウカは考える。もし、エンジニア部がこの襲撃に関与しているなら、エレベーターの修理をエンジニア部に依頼するのは罠の可能性もあるのではないか、そう考えてしまう。だとすれば、今取れる一番の最善の手は――。
「……一番強力そうなセキュリティを購入して、今すぐ取り換えて!ただし、エンジニア部製じゃないもので」
「分かりました!」
「さあ、これで終わりじゃないでしょう。先生」
ユウカは不敵な笑みを浮かべて、ゲーム開発部、五条悟を相手を待ち構える。その様子をモモイたちは、手に持った端末でヴェリタスがハッキングしたカメラからの映像を見ていた。
「うぅ、アリスが連れていかれちゃった!」
「落ち着いてモモイ、計画通りだよ」
「アリスちゃん……待ってて、すぐに助けてあげるから」
映像を見たハレは、ここまで計画通りに進んでいることに頷きながら五条の方に目を遣る。
「とりあえず……一つ目の仕掛けは、行った感じかな。そうだよね、先生?」
「あはは、そうだねー。もう一つの方は大丈夫?」
五条がそう問いかけると、マキは嬉しそうに親指を立てて答える。
「ちょうど連絡が来てたよ、『こちらエンジニア部、トロイの木馬を侵入させることに成功した』……ってね」
「ひゅーっ、それは一安心。もし失敗してたら、アリスが意味もなく監禁されただけ……ってことになるところだった」
「じゃあ、次のステップに入ろうか」
そして、時は進み日が暮れる。夜も更けて静寂になった校舎で、モモイとミドリは静かに動き出す。ミドリは、緊張に震えながら静かに静かに小さく声を出す。
「……さて、始めよっか。はあ、緊張する……。こんな気持ち、古代史研究会の建物を襲撃した時以来」
「ヒビキとウタハ先輩は?」
モモイが端末に問いかけると、端末からハレの返答が返ってくる。
『もう「お客さん」を出迎える準備は出来てるって』
「良いね、さすが。マキとコトリの方は?」
すると、端末からマキとコトリの返答も返ってきた。
『こっちも準備OK、待機中だよ~』
『お任せください!私の理論上、この作戦の成功する確率は2%です!』
「えぇっ、ほぼ間違いなく失敗じゃん!なんでそんなに自信満々なの!?」
『えへへ、場を和ませる冗談ですよ!逆です、98%成功するでしょう!』
モモイは「もうっ!」と言って怒っている横で、ミドリは状況を整理する。
「マキちゃんとコトリちゃんも準備が終わったなら――」
「第2段階に突入だね」
後ろから突然現れた五条に、ミドリが驚いて叫びそうになるところを、モモイが慌てて口を手で塞いだ。
「せ、先生!?」
「や!どうやら準備完了みたいだね」
「お、脅かさないでください!」
「あはは、ごめーん」
怒る二人に、全く謝る様子のない謝罪をする五条は、軽く咳ばらいをしてから静かに告げる。
「さてと、それじゃあ、作戦開始と行こうか!」
「はい!」
「よーし、行っくぞー!」
かくして、ゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部の3組による「鏡」奪還作戦の本格始動が始まった。
セミナーのオペレーションルームで、ユウカは静かに待っていた。そして、その時は来た。監視カメラが不審な人物を発見したアラームが鳴り響く。
「……来たわね」
「監視カメラにて対象を発見しました。1番ゲート、ポイント1Aにターゲットを確認。まもなくポイント2Aに到達します」
オペレーターの言葉に、アカネも静かに腰を上げる。
「そこまで入れば、脱出はほぼ不可能と見て良いのですよね?……では、私が行きましょう」
「あら、だいぶ高く買ってるみたいね。アカネがわざわざ行く必要、ある?」
ユウカの言葉に、アカネは上品な仕草で答える。
「もちろんです。お客様のお出迎えは、メイドとしての基本ですから」
そうして、アカネはオペレーションルームを後にする。
ユウカたちミレニアムの生徒会「セミナー」は、ミレニアムサイエンススクールの本校舎であるミレニアムタワーの最上階を専用スペースとして使用している。押収品保管庫は、その最上階の西側に位置し、入り口からそこまでには、約400台の監視カメラと50体近い警備ロボット、それと違法組織から押収した戦闘ロボットが数十体が警護している。
普通ならこの厳重なセキュリティを突破するのは不可能ともいえるだろうが、ゲーム開発部の後ろにはヴェリタスとエンジニア部がいる。この2つの部の前に、このセキュリティシステムは意味を成さない。
ただし、最上階に行くためのエレベーターには「指紋認証システム」が搭載されているために、本来ならば生徒会の関係者しか入れないのだが、そのエレベーターも昼間のアリスの砲撃によって破壊されてしまった。急遽別のセキュリティシステムを導入したものの、このシステムももしヴェリタスにハッキングされてしまったのなら、最上階への行き来が自由になっていると言っても過言ではない。
だからこそ、アカネが向かったのである。おそらく侵入したのは、モモイとミドリ。二人のコンビネーションは強力だが、C&Cのアカネが相手なら問題はない。
(私の計算にミスはない。残念だったわね)
暗い廊下をこそこそと進む二つの影がいた。黒いローブをすっぽりと被った二人はヒソヒソと小声で話をしていた。
「えーっと、この辺でいいんだっけ?」
「すごく奥の方まで来た感じですが……おそらく間違っていないのかと」
「ええ、合っていますよ」
「「っ!?」」
廊下の奥から聞こえる声に、二人は慌てて顔を上げる。その先にはアカネが、真っ直ぐとした正しい姿勢で立っていた。
「こんばんは、良い夜ですね。お二人のここまでの行動は、監視カメラで全て見させていただきました」
「……」
「薄々お気づきかもしれませんが、あなたたちの計画はもう失敗しています。お早めに投稿することをお勧めしますよ」
アカネはスカートの裾を持ち上げて、上品に会釈をする。
「あらためまして、私はC&Cのコールサイン・ゼロスリー……本名は秘密ですので、謎の美女メイドとでもお呼びください」
「あっ、アカネ先輩!」
「特技が『暗殺』で有名なアカネ先輩だ!」
あっさりと名前を呼ばれたアカネは、少し恥ずかしそうにスカートを直す。軽い咳払いをした後、少し考えながら一人呟いた。
「うーん……一応秘密のエージェントのはずなのですが、いつの間にかそんな知られ方を……正体を明かさない系ヒロインは、もう時代遅れなのでしょうか……?」
「色々と知ってるよー。コタマ先輩によると、どうやら最近体重が……」
「ま、待ってください!その情報漏洩は流石に問題がありますよね!?」
「あとは、この前スリーサイズが増えてブラを新しいのに変えたっていう……」
「わ、わー!わー!」
顔を真っ赤にして大声を出しながら慌てるアカネは、息を乱しながら二人を睨みつける。
「その情報に関しては永久的に黙ってもらいます……!さあ、そろそろ姿を見せていただきましょうか、モモイちゃん、ミドリちゃん!」
「「……」」
二人は静かに黙っていた。すると、一人がプルプルと小刻みに震えながら笑い出した。
「ふっふっふ……!」
「……?」
「まだ気づいてない感じかな。失敗してるのは、そっちの計画の方だよ?」
「はい?」
アカネが首をかしげると、二人はローブに手をかけて一気に脱ぎ捨てた。その正体を見て、アカネは驚愕する。
「なっ!?」
アカネが、モモイとミドリだと思っていた二人はマキとコトリだった。二人は嬉しそうな笑顔でアカネに向かって手を振る。
「ハ~イ、アカネ先輩!寮に帰ろうと思ったんだけど、道に迷っちゃってさ~」
「あっ、あなたたちは!?」
「あなたたちはと聞かれたら!説明するのが世の情け!どんな質問にも答えをご提供!エンジニア部の説明の化身、豊美コトリ!」
「芸術と科学のコンビネーション!ヴェリタスのデジタルアーティスト、マキだよ!」
「そんなっ、ここに来たのはミドリちゃんとモモイちゃんだったはず!?監視カメラで、確かに……!」
アカネは無線を取り出して、急いでユウカに連絡を入れる。
「ユウカ、何が起きているんですか!?」
場所は変わって、オペレーションルームでは、アカネの連絡を聞いたオペレーターたちが混乱していた。
「分からない!こっちの監視カメラでは、今も確かにモモイとミドリが映ってる!それにアカネ、あなたの姿が見えない……!」
『な、なんですって!?これは、もしかして……!?』
カメラをハッキングされたことを、ここでユウカは気づく。ハッキングしたカメラに、あらかじめ用意したダミー映像を映し出させることで、モモイとミドリが来たと誤認させていた。こんな芸当が出来るのは、ヴェリタスしかいない。ユウカは急いでオペレーターたちに指示を飛ばす。
「カメラの映像を初期化!クラウド接続を遮断して、プライベート回線で画面をもう一度映して!」
「更新します!新しい画面……出ました!アカネを確認!コトリとマキと対峙中です!」
『くっ、やってくれましたね……!』
思わぬ策略で一杯食わされたユウカとアカネは、悔しそうに歯を噛み締める。
一方、本物のモモイとミドリはというと、エレベーターホールへと向かっていた。
「そろそろ、録画映像だってバレた頃かな」
「今さらだけど、何もない平和な状態の映像でも流しておいて、こっそりと『鏡』を取りに行った方が良かったんじゃないの?」
ミドリがそう疑問に思ってひっそりと尋ねると、一番後ろにいた五条が――。
「ブブー!ミドリ0点!」
両腕で×を作って、ミドリに間違いだと小バカにした口調ではっきりと言うのだった。
「えぇっ!?何でですか!?」
「これから襲撃が来るって分かってるのに、何も映像に変化がなかったら怪しまれるでしょ。それで相手が籠城でもしたら、こっちの勝ち目は確実に無くなるよ」
ふざけた先生だが、言ってることをすぐに理解できたミドリは、素直に首を縦に振るのだった。すると、ポーンと音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。
「あっ、エレベーター来た!それじゃ、“本当に”入るとしよっか!」
「うん、行こう」
「レッツゴー!」
エレベーターに乗り込む三人を乗せて、エレベーターは最上階へと上がる。エレベーターが上昇する中、五条はスマホを操作して待機しているハレ達に合図を送る。ヴェリタスの部室にいた二人は、ぴ論と音が鳴った瞬間に、パソコンに噛り付くかの様に高速でプログラムを入力していく。
「先生からの合図が来ました。ハレ、大丈夫ですか?」
「問題ない」
ここでミスすれば、これまでのみんなの努力が無駄になってしまう。二人は鬼気迫る表情で、コードを打ち込んでいく。あまりの速さに、キーボードがミシミシと音を立てる。最後のエンターを打ち終える。画面が読み込みを開始し始める。そして、SUCCESSの文字が表示された。その表示を確認した二人は、糸が切れたかのように椅子にもたれかかるのだった。
「ふー、上手くいきましたね」
「うん、これでこっちの作戦は成功……あとは、任せたよ」
仕事を終えたハレ達に出来ることは、モモイたちが無事に作戦を成功させることを祈ることだけだ。そして、場所はマキたちとアカネが睨み合う廊下に戻る。
『侵入者を発見。緊急時のため、セミナー専用フロアの各セクションを封鎖します』
アナウンスと共に、廊下は降りてきたシャッターにより隔絶されてしまう。アカネがその場を離れようとするが、間に合わず彼女の目の前で、無慈悲にもシャッターは完全に下りてしまった。
「これは……シャッターが!?」
目の前でしまったシャッターを前に、アカネは力なくため息をつくのだった。
「はぁ、全くもう……」
「へへっ、仲良く閉じ込められちゃったね~?」
ニヤニヤと笑うマキだが、アカネは慌てる様子は無く、少し乱れた服を整えていく。
「……そんなことありません。あなたたちと違って、私はシステムに指紋登録がされていますから」
そう言って、操作パネルの方へと歩く。二人の方に軽く視線を向けて、静かに忠告をする。
「痛い思いをしたくなかったら、大人しくしていてくださいね。お会いできて光栄でしたが、私はこれで……」
パネルに人差し指を軽く押し当てる。このまますぐにシャッターが開くと思っていた――。
『データ不一致、未登録の指紋です』
「えっ……!?」
『登録者以外の操作を検知したので、セカンドシャッター、作動します』
アナウンスが流れた後、先ほどのシャッターにかぶさる様に、今度は分厚い金属製のシャッターが閉まるのだった。アカネは、突然の出来事に混乱していた。そして、慌ててユウカに連絡を入れる。
「ユウカ、どういうことなんですか!?ユウカ!?」
オペレーションルームは、今まで見たことない大混乱に陥っていた。突然のシャッターによる各セクションの封鎖、それによって、多くのセミナーの部員や警備員が、分断されて身動きが取れなくなってしまっていた。オペレーターたちは急いで現状の確認に追われていた。
「アカネ、閉じ込められてしまいました!」
「第二部隊も閉じ込められてしまっています!」
「警備員も動けません!」
オペレーターたちの報告を受けて、ユウカは急いでそれぞれの指示を飛ばす。
「原因の究明を急いで!ノアが近くにいるから、彼女を向かわせるわ!とにかく分断された部隊も動かせないか確認させて!」
「は、はい!」
指示を飛ばして、現場の対応しているユウカは考える。これが彼女たちの策だとして、その目的は何だというのか。最上階の通路が封鎖されるということは、モモイたちも動けなくなるということと同義でもある。そうなっては、彼女たちも目的を達成することはできない。むしろ、自分たちの首を絞める悪手なのであるはずなのだ。そう考えているユウカの元にさらなる連絡が入る。確認すると、その相手はノアだった。
「ノア、そっちはどう!?」
『駄目です。私の指紋認証も受け付けません。こちらからはどうすることもできないです』
「なんですって!?」
ユウカは驚愕する。この土壇場で、セキュリティシステムが故障したのかと考えるが、それはあり得ない。昼間の爆破の影響で、セキュリティシステムを新しいものに交換した時に、エンジニア部製のセキュリティは全て交換した。これで、ヴェリタスとエンジニア部が介入できる余地はないはずだった。しかし、ここでユウカに、ある考えが頭を過る。
「ま、まさか……初めからこれを狙ってた!?昼間にアリスちゃんが扉を壊したのも、この状況を作り出すための罠……!?」
最初から相手の掌に踊らされていたことに驚愕するユウカは、悔しさに歯を噛み締める。だが、まだ終わりではない。先手は取られたが、まだ負けてはない。モモイたちが、次にどう動くかを急いで計算し始めた。そして、計算を終了したユウカは、端末で各部隊などに指示を入れると、最後にある人物へと電話をかけるのだった。
「あっ、カリン!今からモモイたちが通るポイントを送るわ。そこで狙撃、お願いね」
『了解した。しかし、私に言うよりも、アスナ先輩が行った方が早いんじゃ……アスナ先輩の待機場所って、そこから近いはずだが……』
「連絡したわよ!でも、アスナ先輩ったら、スマホの電源切って出ないのよ!もー、肝心な時にー!!」
『そ、そうか……』
「とにかくお願いね」
通話を切って、バタバタと忙しないオペレーションルームを前にユウカは、横に立つ部員に告げる。
「後は任せるわよ。私も出るわ」
「りょ、了解しました!」
武器と装備を身に着けながら、ユウカはオペレーションルームを後にする。この状況を打開するためには、自分が出撃するしかない。覚悟を決めたその眼差しは、強い意志の炎をメラメラと燃え滾っていた。
「待ってなさい、あの子たち」
時は少し戻り、エレベーターを降りたモモイたちは廊下を走っていた。しかし、目の前にはシャッターが閉まっていて、廊下は塞がっていた。モモイは、操作パネルを操作して自身の人差し指をそっと触れさせる。
『データ承認、シャッターを解除します』
パネルから音声が流れ、シャッターが開いた。それを見たモモイは満足そうに頷いた。
「よし、指紋認証システムも“正常”に作動してるね。生徒会の役員も全員隔離できたはずだし……これで今タワーの中を自由に動けるのは、私たちだけ!」
「本来のエンジニア部製よりほんの少しだけ弱そうに見える、最新型のセキュリティ……上手くいったみたいだね」
「名前を隠してたし、多分あれもエンジニア部製だと思われなかっただろうね。その辺の塩梅も、流石はエンジニア部」
ヴェリタスとエンジニア部というより、五条が立てた作戦はこうである。ミレニアムタワーの最上階にはセミナーの関係者の指紋認証が無ければ、エレベーターは開かない。そのために、作戦メンバーの中で一番火力があるアリスがエレベーターの扉を破壊する。セミナーはエレベーターのシステムを修理するが、頭が切れるユウカのことだ。今回の作戦にエンジニア部が関与してることに気づくだろう。そうすれば、エンジニア部以外のセキュリティを導入しようとする。そこでエンジニア部が、自分たちとは別の団体が製作したように偽装したセキュリティを導入させる。いわゆる「トロイの木馬」だ。これによって、指紋認証システムをヴェリタスが外側から操作できるようになる。後は簡単、指紋認証システムをリセットして、モモイとミドリと五条の指紋を登録すれば、彼女たちだけは楽々と通れる。
「さてと、それじゃ堂々と行くとしようか」
五条が笑顔で堂々とした様子で突き進んでいく。作戦はまだ始まったばかり――。
今週は忙しいので、次回はミニストーリーです。次回は少し後になると思うので、少しお待ちください。