シャーレの五条先生   作:未来跳躍

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長いこと待たせて申し訳ありません。
ようやく投稿できました。
もしまだ読んでいただけるなら、楽しんでください。
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トリニティの裏切り者

コハルと一緒に正義実現委員会に赴いたその日の晩、五条は自室で机の上に並べられた紙を見ていた。その紙は、昼間に作った模擬試験の答案用紙である。

その中の1枚を手にする。その答案は浦和ハナコのものだった。

ほとんどの問題に手を付けた様子もなく、ほぼ白紙で提出された問題用紙。しかし、五条が作った最後の問題だけには答えていた。

その問題は浦和ハナコの答案用紙にだけ載せたもので、今回の試験とは何の関係もない問題なのだが、ハナコはその問題だけを完璧に答えていた。

 

「やっぱりね……」

 

そう呟く五条は椅子にもたれかかり空を見上げた。この問題はトリニティ総合学園の学生のレベルを超えた問題であるため、普通ならば答えることはできない。

しかし、ハナコはその問題を正解していた。薄々感づいていたが、これで確信に変わる。

 

(――ハナコはわざと補習授業部に入った)

 

その時、五条の脳内にナギサのある言葉が過る。

 

『あの中に、トリニティの裏切り者がいるからです』

 

一瞬、その言葉にハナコを重ねそうになるが、それはいけないと自分の頬を叩く。教師として生徒を簡単に疑うなんてあってはならないことだ。しかし、もしナギサの言う通り『トリニティの裏切り者』がエデン条約を破談させて、キヴォトスを混乱に陥れるというのも無視できない。だが、補習授業部の「先生」として、なぜハナコがこうなったのか調べなければならない。

 

「仕方ない」

 

そう言って、五条はシッテムの箱を取り出した。

 

 

 

シッテムの箱の中でアロナは元気よく笑って挨拶をする。

 

「あっ、お疲れ様です。先生!」

 

「ヤッホー、アロナ」

 

「今日はどうしました?」

 

「アロナに調べてほしいことがあるんだ。補習授業部のメンバーのここ1年くらいについて、頼める?」

 

「それは大丈夫ですけど……いいんですか?生徒の情報を勝手に探って……」

 

アロナが心配そうに五条を見上げると、五条はアロナの肩に手を置いて諭すように言う。

 

「これを頼めるのは秘密探偵のアロナにしか頼めないんだよ」

 

「秘密探偵……!」

 

「秘密探偵」という言葉がアロナの子供心に火が付いた。キラキラとした瞳を覗かせるアロナに、五条はビシッと指さして声高々に言う。

 

「秘密探偵アロナ、君に特別指令を下す。補習授業部の調査を行い報告せよ!これは重要機密事項である。心せよ!」

 

「ラジャー!」

 

綺麗に敬礼ポーズをとるアロナはすぐに調査を開始する。それと同時にドアをノックする音が聞こえたので、五条もシッテムの箱から元の部屋へと戻る。

シッテムの箱の画面を切り、懐にしまう。

 

「どうぞー」

 

そう返事をすると、扉が開きヒフミが中に入ってきた。

 

「あの、失礼します」

 

部屋に入ったヒフミは五条の前の椅子に座り、気になっていたことを口に出す。

 

「……先生。ハナコちゃんのこと、なのですが……」

 

(さすがにヒフミも気になってるか――)

 

いいタイミングでヒフミが来たことに五条は少し奇妙な縁を感じた。

そんな中、ヒフミはある事実を告げる。

 

「実は……模範解答を集めている最中に、なぜか束になって保管されていたんです。珍しいことだから保管されていたのか、その理由はわかりませんが……。昨年の試験、1年生から3年生までの全ての試験における解答用紙が、まとまっていました。どういうわけか、そのすべてを回答した方がいたようでして……」

 

「それって……」

 

五条が問いにヒフミは静かに頷く。

 

「――はい、ハナコちゃんでした」

 

ここまでのことを考えても五条は納得するだけだった。あの問題を解けるのだ、学校で教わる全てを答えられても変ではない。

 

「昨日見つけた1年生の成績に引き続き、盗み見る形になってしまったのですが……。ハナコちゃんは去年の1年生の段階で、3年生の秀才クラスでも難しいとされる過程を含めて『すべての試験』で満点を出しています……これこそ本当の秀才といえるレベルです。私は1年生の試験結果を見て、ハナコちゃんはきっと『今年になって急に成績が落ちてしまったんだ』と思っていました。でも、この結果を見る限りそうではなく――あひゅっ」

 

ヒフミがハナコを疑念に抱き、それを口にしようとしたその時、五条がヒフミの両頬を軽く摘まんで止めた。

 

「な、何するんですか!?」

 

「はいはい、そういう暗いことは口に出さない。ヒフミがやるべきことは『補習授業部の成績向上』だよ」

 

「先生、でも――!」

 

「でももすもももないよ。明日も授業なんだから、早く寝な」

 

五条は笑って言う姿に、ヒフミは何も言い返せなくなり立ち上がって部屋を後にしようとする。

 

「それでは先生、おやすみなさい」

 

「はい、おやすみ」

 

ヒフミが部屋を出ていくのを見届けた五条は椅子にもたれかかる。深いため息を発したその時――、

 

「先生、メールが届きましたよ」

 

アロナからメッセージが聞こえてきた。夜も深まったこの時間にメールが届くことに疑問を抱きながら、シッテムの箱のメール画面を開く。

その差出人を見た五条は驚きと感心を露にするのだった。

 

「へぇ、これは――」

 

一方、合宿所のロビーでアズサが銃を片手に辺りを見渡しながら、入口の扉を開けて外に出て行った。

その様子をハナコはこっそりと見ていた。

 

「アズサちゃん、また見張りを……?」

 

心配そうにするハナコだったが、アズサが帰ってきたのは夜が白み始めたころだった。

 

 

 

そして朝がやってくる。

 

「ふぁ……」

 

大きなあくびをしながらヒフミは体を起こす。

 

「……おはようございます」

 

「……よし」

 

ヒフミが起きたのを確認したアズサが、コハルの布団をはぎ取り彼女を起こしにかかる。

 

「コハル、朝だぞ!」

 

「んん……?わかった……」

 

いつものように自分の身の回りの片づけをテキパキとこなすアズサだったが、ハナコはただ黙って心配そうに見ていた。その視線にアズサが気付く。

 

「どうした、ハナコ?私の顔に何か付いてるか?」

 

「あっ、いえ!テキパキ片付けるアズサちゃんが可愛くて、つい私の胸がドキドキしまして」

 

自分の胸を優しく、それでいてどこかなまめかしい手触りで触るハナコに、歯磨きしているコハルがツッコむ。

 

「エッチなのはダメ!死刑!」

 

そんな朝を迎えた補習授業部のメンバーは食堂へと向かう。

 

「先生、朝ご飯を食べに来ました」

 

ヒフミが扉を開けると、五条の姿は見えなかった。

 

「……あれ?」 

 

五条がいないことに首を傾げていると、テーブルの上に蚊帳が置かれており、そこには『今日はこれだよー』という五条の簡単なイラストが描かれた手紙が張られていた。

 

「なんでしょう?」

 

疑問に思いながら蚊帳を開けると、そこにはさらに乗ったイチゴのショートケーキが4つあった。

 

「なんで朝からケーキなのよ!?」

 

「しかも1人1ホールだ!?」

 

「あらあら……」

 

コハルの魂の叫びが木霊する。アズサはケーキの乗ったお皿を持ち上げる。1ホール丸ごと乗っているので、ズシッとした重さに驚く。ハナコも苦笑するしかなかった。

そしてコハルはヒフミに向かって説教を開始した。

 

「ちょっとヒフミからちゃんと言いなさいよ!じゃないと増長するわよ!」

 

「あ、あうぅ……。そう言われましても……」

 

一つ下の学年の子にガミガミと説教され涙目になって小さくなるヒフミ、部長の威厳というものが全くないこの状況を、ハナコが間に入って仲裁する。

 

「まあまあ、とりあえず食べましょう」

 

「そうだ、早く食べないと遅刻する」

 

ハナコとアズサに言う通り、ここで変に遅刻しようものならあの男が何言うかわからない。とりあえず4人はケーキを食べるのだが、1ホールのケーキを食べられるはずもなく、すぐにギブアップをした。残りはラップをして冷蔵庫に保存して彼女たちは教室に向かった。

始業時間ギリギリで教室に着いた4人は一息ついて席に座る。

 

「……よし」

 

「……」

 

始業時間のチャイムが鳴って、10分経過しても五条は現れない。遅刻癖のある五条だが、いつもなら5分から7分くらいで教室に入ってきている。

今日は朝から姿も見せていない。現れない五条に、補習授業部のみんなはどうしたのか不安になっていく。

 

「んん……?」

 

「先生、来ませんね」

 

「探しに行こうか?」

 

アズサが探しに行こうと席を立った時、ヒフミが口を開く。

 

「先に授業を始めましょう!」

 

「……ヒフミ?」

 

「でも、いいのでしょうか……?」

 

「ここで先生を探すより、授業をしたほうがいいと思います。先生もそう言うはずです」

 

「「「……」」」

 

アズサたち3人もヒフミの言葉を聞いて考える。まだ数日の付き合いではあるが、ここで五条を探して見つけた時の第一声は想像できた。

 

『何してんの?こんなところで油売ってる暇ないよ。ほらほら、早く教室に戻る戻る』

 

(((言いそう……)))

 

その言葉を想像した3人はヒフミの提案に賛同した。

 

「そうですね、先に始めましょう」

 

「そうだな」

 

「文句なら後で言えるしね」

 

「みんな……!」

 

こうして4人は先に補習授業を開始することにした。昨日と同じようにハナコとヒフミが、アズサとコハルを見ることでとりあえず1年生の授業範囲を学んでいく。

しかし、みんなの前でああ言ったヒフミも心の奥では姿を見せない五条のことが心配なのであった。

 

(先生、いったいどこに……?)

 

その頃五条は、合宿所のプールへと向かっていた。

プールサイドには一人の少女が水の入ったプールを見て心高鳴らせていた。

 

「わぁっ、水が入ってるー!あはっ、ここに水が入ってるのなんて久しぶりに見たなー」

 

「ヤッホー、お待たせ」

 

「あっ、先生!おーい!」

 

五条はその少女に向けて手を振り挨拶をする。少女も五条に向けて笑顔で手を振り返す。天真爛漫に手を振る少女は、ティーパーティーの聖園ミカだった。

 

「ごめんね、急に」

 

「いいよ。昨日のメールは少しびっくりしたけどね」

 

プールサイドに座り裸足の足でプールの水面をパチャパチャと遊んでいるミカはそのまま五条に話し始めた。

 

「にしてもナギちゃん、ずいぶん入れ込んでるみたいだねー。こんな施設まで貸し出しちゃって。ところで、合宿の方はどう?遠いのを良いことに、何か楽しそうなことをしてたりしない?例えばみんな水着でプールパーティーとか!」

 

「それもしてみたいねー。ミカも一緒にプールパーティーする?」

 

「えー、先生がそれを誘うの?いけないんだー」

 

「アッハッハッハ、コハルがまた顔真っ赤で怒るかもねー。コハルが怒る姿を見るの面白いんだよね」

 

子供のように意地悪な笑みを浮かべる五条に、ミカも「確かにねー」と笑って答える。

 

「ところでここ、食事とか大丈夫?何か美味しいものでも送ろっか?ケーキとか紅茶とか」

 

「大丈夫だよ、この僕が作る食事に生徒みんな歓喜の渦に包まれてるから」

 

「そうなんだ……私も食べてみたいな」

 

実際には今日も非難の嵐だったのだが、相変わらず五条のノンデリが炸裂しているのだった。

ミカが何も知らないことが幸せなのかもしれない。

そんな楽しい話で花を咲かす笑い声の中、突然五条が静かに問いかける。

 

「ところで、今日はどういった用事で来たの?」

 

さっきまでと急に変わる五条の口調の変化に、ミカも笑みを止めて静かに黙る。小さな嘆息をした後、肩をすかす。

 

「そうだね、さっそく本題に入るとしよっか?あっ。ちなみに私がここにいることについて、ナギちゃんは知らないよ?見ての通り、付き添いも無しの私の単独行動!」

 

ミカはゆっくりと立ち上がって、五条の顔へと顔を見上げる。

 

「というわけで、あらためて本題だけど――先生、ナギちゃんから取引とか提案されなかった?例えば……『トリニティの裏切り者』を探してほしい、とか」

 

「うん、されたね」

 

五条が軽く答えると、ミカは呆れたように額に手を当てて溜息をついた。

 

「……ふぅ、やっぱり。もうナギちゃんったら、予想通りなんだから。何か詳しい情報とかは?そういうのも無しで、ただ『探して』って言われた感じ?理由とか、目的とかは?どうして補習授業部がこういうメンバーで構成されてるのかとか、ナギちゃんは教えてくれなかった?」

 

ずいずいと詰め寄って質問攻めにするミカは、またがっくりと肩を落とす。

 

「……そっかー。もう、何も教えずに先生にこんな重荷を背負わせるなんて――」

 

「その提案は断ったよ」

 

五条がミカの言葉を遮ってそう告げると、ミカは驚いた顔で彼の顔を見上げた。

 

「……え?そうなの?どうして?自分の生徒たちを疑いたくないから?それとも――」

 

「僕の呼ばれた目的は『補習授業部の試験合格』だからね。裏切り者探しはトリニティ(そっち)の仕事だから、僕の仕事じゃないし」

 

「……へえ?そっかそっかぁ……確かに先生は、『シャーレ』の所属だもんね。トリニティとは無関係の第三者。なるほどね。まあ、私たちにとってはずっと『トリニティ』そのものが世界の中心みたいな感じだから、アレだけど……。――面白い答えだね。なるほど、新鮮かも。それはそれで正しいよね」

 

ミカは静かに五条の言葉に頷く。そして射貫くような目で五条の顔を見つめて一つの問いを投げかける。

 

「それじゃあ先生は、誰の味方?もしトリニティの味方じゃないんだとしたら……ゲヘナの味方?連邦生徒会の味方?それとも、誰の味方でもない……とか?」

 

「僕は、生徒たちの味方だよ」

 

「……」

 

五条の答えにミカは少し考えた後、「あぁー……」と予想外の答えに思わず声を漏らした。

 

「生徒たちの味方、かぁ……そっかぁ……それは予想外だったなー……」

 

黙り込んだミカは、少し照れくさそうに尋ねる。

 

「あ、あのさ……っていうことは、その……。先生は一応、私の味方である……って考えても良いのかな?私も一応この立場とはいえ、生徒に変わりはないんだけど……」

 

「何言ってんの?当たり前でしょ。僕はミカの味方でもあるよ」

 

「……わーお」

 

五条の答えにミカは顔を赤くした。

 

「さらっとすごいことを言ってのけるね、先生……。大人だねぇ。そういう話術?って思う気持ちもあるけど……うん、ちょっと純粋にうれしいかも。えへへ……。でも、それを額面通りに受け取るのもちょーっと難しいなぁ……だってそれは同時に、誰の味方でもないって解釈もできるよね?」

 

「そう受け取るのは、ミカの自由かな」

 

「だからそのまま受け取るんじゃなくて、私から先生に、取引を提案させてもらおうかな」

 

「取引……?」

 

ミカは一歩前に詰め寄って、耳打ちをするように小さな声で話す。

 

「補習授業部の中にいる『裏切り者』が誰なのか、教えてあげる」

 

「……へぇ」

 

五条は不敵な笑みを浮かべる。それを見たミカはそのまま続ける。

 

「ナギちゃんの言う『トリニティの裏切り者』、今必死に探して退学にさせようとしているその相手。実際のところ、もう少し複雑で大きい問題もあるんだけど……。今このまま、先生がナギちゃんに振り回される姿をただただ見てる……なんていうのは、ちょっと申し訳ないなって。……そもそも、先生のことを補習授業部の担任として招待したのは私だからね。このことは知ってた?」

 

「ミカがしてくれたんだ。知らなかったなー」

 

「うん、ナギちゃんにはずっと反対されてたんだけどね。せっかくの借りをこんな風に使うのはどうとかこうとかで。先生とナギちゃんの間に、色々あったんだよね?」

 

確かにアビドスのホシノ奪還のためにヒフミがナギサに頭を下げて、トリニティの迎撃訓練という体で力を借りたこともある。ヒフミに力を借りると提案したのは、五条だったので借りがあるといっても過言ではない。

ナギサの言う通り、五条悟というよりシャーレを利用するのに、補習授業部の担任となってもらうというのはもったいないのかもしれない。

しかし、ミカはナギサの反対を押し切って五条をトリニティへ呼び出した。

 

「……まあ、私の方にも色々あって。トリニティでもゲヘナでもない、第三の立場が欲しかったの」

 

「ミカに何かあったの?」

 

「……ああ、うん。私のプライベートだから言えないんだけどね……。『裏切り者』のお話だったね。補習授業部にいる『トリニティの裏切り者』、それは――……白洲アズサ」

 

「その理由は……?」

 

「知ってるかもしれないけどあの子、実はトリニティに最初からいたわけじゃないんだ。ずいぶん前にトリニティから分かれた、いわゆる分派……『アリウス分校』出身の生徒なの」

 

「『アリウス分校』……」

 

「――うーん、よく考えると『生徒』って呼んで良いのか分からないんだけどね。『何かを学ぶ』という事が無い生徒のことを、生徒って呼べるのかな?」

 

「このことを、僕に教える理由は?」

 

五条は目隠しを上げてミカの目を見て尋ねる。今のミカの情報が本当だったとして、ティーパーティーに所属するミカが同じナギサには話さず、五条に話す理由が気になる。

上げた目隠しから覗く五条の蒼の瞳はまっすぐとミカを見据える。

 

「……良い眼だね、本当に。期待しちゃうな。あれこれ誤魔化しても仕方なさそうだし……うん、端的に言おっか」

 

五条の顔へと見上げるミカの顔は先程までの天真爛漫な様子とは一変した静かな面持ちで告げる。

 

「あの子を、守ってほしいの」

 

「アズサを、守る……」

 

「……あー、ごめんね。ちょっと単刀直入すぎたかな?ナギちゃんの悪い癖が移っちゃったのかも。戸惑ってる先生のために、もう少し最初の方から説明してみようかな?私はナギちゃんやセイアちゃんみたいに、あんまり頭が良いわけじゃないんだけど……。ちゃんと伝わるように、頑張ってみるね!」

 

また天真爛漫に笑いながら親指を立てるミカに五条はニコッと笑う。

 

「うん、頼むよ」

 

軽い咳払いをしたミカは事の経緯を説明する。

 

「まず、この『トリニティ総合学園』について、ナギちゃんがこの前言ってた通り、その一番の特徴は『たくさんの分派が集まってできた学校』だってこと。パテル、フィリウス、サンクトゥス……この三つの分派がトリニティの中心になったていうのは前も話した通り。でも正確には他にも、今の『救護騎士団』の前身にあたる派閥とか、『シスターフッド』とかも含めた大小さまざまな派閥がいくつもあるの。元々そういうたくさんの派閥が、まるで今のトリニティとゲヘナみたいな形で、お互いにお互いを敵視してて。毎日毎日、紛争ばっかりな時代があったんだって。そこで、もうこれ以上戦いを続けるんじゃなくて、仲良くしようって約束をすることになったの。私たちはもう闘わなくて良い、一つの学園になろう……そんな話をしたのが、いわゆる『第一回公会議』」

 

「そんな話聞いたことあったな」

 

シャーレでトリニティの仕事が来た時に、トリニティに向かう列車の中でアロナが自信満々に説明していたことを思い出す。この時は列車に揺られて心地よい眠気に襲われていたので、聞き流しながら適当に相槌を打っていたことをすっかり忘れていたのだった。

 

「そうだよね、それで……その会議を経て生まれたのが、今の私たちがいる『トリニティ総合学園』。今でも分派だったころの余波が無いといえば嘘だけど……時代の流れってところかな?今ではもう、そんなの前々期にしてないっていう声の方が多いはず。でもその会議は、円満に話し合いが終わったわけじゃなくて……その時、最後まで反対していた学園があったの。それが、『アリウス』」

 

「……」

 

「元々は私たちとあんまり変わらなかったはずの、一つの分派。経典に関するちょっとした解釈の違いがあったくらいで、結構色んなところが似てたんだって。ちゃんとチャペルの授業もあったし、見た目もほとんど一緒で……それでいて、ゲヘナのことを心底嫌っていた。でも、そのアリウスは連合を作ることに猛烈に反対して……最終的には、争いに繋がっちゃったの。連合になって強大な力を持つようになったトリニティ総合学園は、その大きな力でアリウスを徹底的に弾圧し始めた。あまりにも大きな力を見ちすぎると、その強さを確認したがる……なんていうのはよくあるお話で。つまるところ、アリウスは悲しいことにちょうど良いターゲットだったって言えるかもしれない」

 

五条もそういう話はよく知っている。宗派において一つの異端となった存在は弾圧される。しかも連合となったトリニティにとってアリウスはまさに格好の餌といっても過言はないだろう。

 

「そうして、アリウスは潰されたトリニティの自治区から追放されて、今は……詳細は分からないけど、キヴォトスのどこかに隠れてるみたい。相当激しい戦いだったんだろうね。その後全然見つからないような場所に隠れたみたいで、多分、連邦生徒会ですら未だにその自治区がどこにあるのか分かってないくらいなの。大半の生徒たちにとっては、『そんな学園あったっけ?』って感じだと思う。ほとんどはきっと、そんな争いがあったことすら知らない。そうして表舞台には姿を現さなくなって、今となってはその影すらも薄くなってしまった存在……それが、アリウス分校だよ」

 

「アズサがその、アリウス分校の出身……」

 

「……うん。それで……ナギちゃんが推進している『エデン条約』、あれはさっき話してた『第一回公会議』の再現なの。エデン条約……大きな二つの学園が、これからは仲良くしようねって約束」

 

確かにそうなのかもしれない。トリニティとゲヘナのいざこざが何時からどのようになって始まったのか、五条は知らないし、知りたいとも思わない。だが、エデン条約によって二つの学園が手を取り合えるのなら、それは良いのだと思う。だがそれがトリニティの創設と同じになるというなら、エデン条約というのは――。

五条の考えを読み取ったミカは静かに頷く。

 

「……そう。エデン条約っていうのは、言ってみればある種の武力同盟。トリニティとゲヘナの戦力を合わせた、一つの大きな武力集団の誕生が目的……。そんあ、圧倒的な力を持つ集団が誕生するの……連邦生徒会長が行方不明っていう、こんな混迷の時期に。その大きな力を使って、ナギちゃんは果たして何をしようとしてるのかな?会長が不在の連邦生徒会を襲撃して、自分が連邦生徒会長にでもなるとか?それともミレニアムっていう新しい芽を摘んでおくとか?もちろん細かい目的は知らないけど……でも、これだけはハッキリ言えるよ。そんなに大きな力を手に入れたら、きっと自分が気に入らないものを排除する……昔トリニティがアリウスにしたみたいにね。あるいはもしかしたら、セイアちゃんみたいに――」

 

ここでハッとしたミカは慌てて手を振って訂正する。

 

「……ううん、ごめんね。今のは失言だったかな」

 

「前にセイアは持病で入院してるって言ってたけど……あれ、嘘でしょ?」

 

「……どうしてそう思うの?」

 

訝しげな目で見上げるミカに、五条は自信ありげな笑みを浮かべてたった一言を答える。

 

「――勘!」

 

「……先生は、本当に知りたい?」

 

そう問いかけるミカの言葉は低く重い。

 

「……この話をしたら、もう私は戻れない。もしこの先の事実を知った先生が、私のことを裏切ったら……私はきっともう終わり。それでも、知りたい?」

 

「大丈夫、僕は口の堅さも最強だから」

 

「ふふっ。やっぱり先生はどこか安心感があるね。……セイアちゃんは入院中なんかじゃない。ヘイローを、壊されたの」

 

その言葉に、五条の顔から笑みが消える。「ヘイローが壊された」この言葉に驚きを隠せなかった。

前にアロナに聞いたことがある。

キヴォトスに来た最初の日、シャーレのオフィスにて五条はシッテムの箱のアロナに向かって尋ねた。

 

『そういえば……生徒たちの頭に何か輪っか浮いてるけど、あれは何なの?』

 

『あっ、先生はキヴォトスの外から来たから知らないんでしたね。あれは「ヘイロー」です』

 

『ヘイロー?』

 

『この学園都市キヴォトスでの生徒たちにはヘイローがあります。けれど、生徒たち自身はヘイローがあるのを確認しているだけで、ヘイローに触れることもできませんし、ヘイローに何かできるわけじゃありません』

 

『へー、そうなんだ』

 

『そういうものです!分かりやすいもので言うと“息づかい”のようなものですかね。睡眠などで意識がない状態になると、ヘイローは消えます』

 

『ヘイローが壊されたりするとどうなるの?』

 

『そんなことありません。けれどもしヘイローが消失したなら、死亡します』

 

『……ずいぶん物騒だね』

 

『あはは、そんなことありませんよ!』

 

そういった他愛のない笑い話になっていたことがあった。

そんなことをふと思い返した五条に、ミカは静かに説明を続ける。

 

「去年、セイアちゃんは何者かの手によって唐突に襲撃された。対外的には『入院中』ってことになってるけど……そっちのほうが真実。私たちティーパーティーを除けば、このことはまだトリニティの誰も知らない」

 

ミカの言うことは正しい判断だと思う。トリニティのトップの一人が襲撃されたことを公表などすれば、生徒たちに不安を煽るだけになる。そうなればパニックになり、暴動が起こることも考えられる。

 

「もしかしたら、『シスターフッド』には知られてるかもだけど……あそこの情報網は半端じゃないからね。とにかく、それくらい極秘事項なの」

 

「犯人は?」

 

五条が聞くとミカは目閉じたまま首を横に振る。

 

「……うん、分かってない。捜査中っていうか、何も分かってないっていうか……もともとセイアちゃんは、秘密の多い子だったこともあってね。まあそういう事なんだ」

 

「……そうか」

 

「……それで、話は戻るんだけど。『白洲アズサ』……あの子をこの学園に転校させたのは、私なの」

 

「……ミカだったんだね。アズサを転校させたの」

 

アズサを転校させたのが、ミカだという事に五条は驚きを見せなかった。「アズサを守ってほしい」と言われた時点で、ミカがアズサを転校させたことに気づいていた。ティーパーティーの一人であるミカなら、アリウスであったアズサをトリニティに転校させることも可能であろう。

 

「うん、ナギちゃんには内緒でね。生徒名簿とかそういう書類を全部捏造して、あの子を入学させた。……どうして?って、思うよね」

 

「まあね」

 

「アリウス分校は今もまだ、トリニティ(私たち)のことを憎んでる。私たちはこうして豊かな環境を押下しているのに、彼女たちは劣悪な環境の中で、『学ぶ』という事が何なのかも分からないままでいる……。私たちから差し伸べた手も、連邦生徒会からの助けも拒絶し続けてるの。過去の憎しみのせいで」

 

それもそうだな、と五条は思った。自分たちを弾圧し、僻地に追いやられた相手をそう簡単に許せるはずがない。連邦生徒会の助けも拒絶し、その行方をくらまし続ける彼女たちの憎悪はすさまじいものであろう。

 

「……私は、アリウス分校と和解がしたかった。でもその憎しみは、簡単には拭えないほど大きくて……これまでの間に積み上がった誤解と疑念もあまりに多い。私の手には、負えないくらいに。けどナギちゃんもセイアちゃんも私の意見には反対だった……政治的な理由でね。でも、それも分からないわけじゃない。私たちは、ティーパーティーだから。私は不器用だから、そういう政治とかはちょっと得意じゃないんだけど……でも、また今から仲良くするのってそんなに難しいのかな?前みたいにお茶会でもしながら、お互いに誤解を解くことはできないのかな?」

 

「……ミカ」

 

そこで首を縦に振れるほど、五条は楽観的ではない。美園ミカの言ってることは、綺麗言だ。ナギサとセイアの反対の方が正しい。そんな簡単に和解ができるなら、とっくの昔にトリニティとアリウスは元の一つに戻っている。

 

「私はあの子……『白洲アズサ』という存在に、和解の象徴になってほしかったの。あの子についてはそれほど詳しいわけでもないんだけど、アリウスでもかなり優秀な生徒だったみたいだし、その可能性に賭けたかった。ナギちゃんを説得してちゃんと正式に進めるっていう手段もあったかもしれないけど……そこについてはちょっと疑っちゃったっていうか……ナギちゃんはそういうの、聞いてくれないだろうなって思って。もしエデン条約が締結されたら……その時はもう今度こそ本当に、アリウスとの和解は不可能なものになっちゃう。だから、どうにかその前に実現させたかった。アリウスの生徒がトリニティでもちゃんと暮らしていけて、幸せになれるんだって……みんなに証明してみせたかった」

 

ミカの言葉に嘘はない。彼女はただ純真にアリウスとトリニティが本当に手を取り合えると信じているのだ。

 

「でも、そんな中でナギちゃんがトリニティに『裏切り者』がいるって言い始めて……。ナギちゃんが、どうしてそんなことを考え始めたのかは分からない。私がそうやって動いている時に、何かやらかしちゃったのかもしれない。それでナギちゃんは条約の締結の邪魔はさせまいとして、『補習授業部』を作ったの。最初は『補習授業部』って何のことかと思ったけど……あ。そういえば先生。なんであの子たちなのかって、聞いたことある?」

 

「知らない」

 

「あそこにいるのは、ナギちゃんが疑った子」

 

そうして、ミカは説明する。

まず最初に教えたのは、ハナコ。ハナコは成績優秀で次のティーパーティーの候補として挙がったこともあり、「シスターフッド」も彼女を引き入れようとするほどだった。しかし、ある時から彼女は変わってしまった。それまで満点だったテストは碌に答えず、学園のいたるところで服を脱いだりするなどの奇行が目立つようになったという。ミカも礼拝堂の授業で一人だけ堂々と水着一丁で現れたところを見たと言う。多くの人々は彼女と関わることをやめたが、ナギサはトリニティの上層部やいろんな所と交流がある彼女を危険視したナギサによって補習授業部入れられたらしい。

次にコハル。コハルはどろどろとした政治とは何の関係もない一般人ではあったが、彼女が所属する「正義実現委員会」であるハスミたちを自分たちの統制下にお言っていないという不安感が、ナギサの不安を駆り立てた。そこでナギサは落第直前であったコハルを人質にすることにした。

そして最後にヒフミ。ヒフミはミカも認めるほどの優しくて可愛くて良い子だであり、ナギサのお気に入りでもあった。しかし、ナギサの耳にある噂が入ってきた。それはヒフミがこっそりと学園を抜け出し、トリニティでは立ち入りが禁じられているブラックマーケットなどに行っているというものだった。それに、そこかの犯罪集団と関りがあるという情報も流れてきたらしい。

 

「えー、そんな噂まであるんだー。ヤバーい」

 

ヒフミのことを聞いて思い当たる節は――、考えてみたが特に無かった。

ヒフミは“たまたま”アビドスにやってきて、“たまたま”ブラックマーケットで出会って、“たまたま”五条たちをちょっとお手伝いをしてくれた普通の女の子なのに、そんな風に思われているなんて知らなかった。

――と、後に五条は語った。

 

「――それで、ナギちゃんの中にあった『トリニティの中に裏切り者がいるかもしれない』という疑いは、色々と情報が集められて進められていく中で、『あの中の誰がトリニティの裏切り者なのか?』っていう疑念に変わったんじゃないかな。もういるのかどうかなんて話はしてない、『裏切り者』はすでにナギちゃんにとっては確定路線の現実問題になってる。……それが、今の状況。ちょっと長かったけど、これで今私が知っていることは全部話せたかな?」

 

「裏切り者……」

 

「……『裏切り者』っていう言葉が何を指すのか。それを多少はっきりさせた上でなら、ちゃんと解答は出せるの。まずナギちゃんは今きっと、『自分たちを、トリニティを騙そうとしている者がいる』って思ってる。誰かがスパイなんじゃないかって。そういう意味では、ナギちゃんが言ってる『裏切り者』は、経歴を偽って入り込んでいるあの子、『白洲アズサ』。あの子はさっき話した通り、本当はトリニティと敵対しているアリウス出身の子だから。あの子は私のせいで何も知らないまま、こんな複雑で政治的な争いのど真ん中に立つことになっちゃって……」

 

ミカがどう言ってアズサをトリニティへ入学させたのかは分からない。トリニティとアリウスの架け橋になってもらうというミカの願いのために、アズサは思惑入り乱れる激流の中へ身を投じさせられる。

それを黙って観ていられるほどミカも鬼ではない。むしろ、自分の行いでアズサを苦しめているのかもしれないことに胸を痛めている。

だから、ミカは五条に嘆願する。

 

「先生、お願い。白洲アズサを守ってあげて。こんな形であの子を退学なんてさせちゃいけない。これは先生しかできないの」

 

「……」

 

「それから、ある意味では……ナギちゃんにとっての『裏切り者』は、私でもあるの。私は、ナギちゃんが進めてるエデン条約に賛成の立場じゃないから。ホストじゃない私には何の力もない以上、先生の助けも何もできないんだけど……」

 

自嘲気味に笑うミカは、上目づかいで見上げたまま続ける。

 

「……それと。別の視点からは同時に、こういうことも言えるよね?『トリニティの裏切り者』……それは、ナギちゃんだっていうこともできる。そう思わない?これまで調和を保っていたトリニティを、巨大な怪物(リヴァイアサン)に変えようとしてる存在……そういう見方があっても、そんなにおかしくはない」

 

ミカの言うことも一理ある。先程の言葉の通りなら、エデン条約によって強大な戦力を手にしたナギサが、その力を私的に行使しようものなら――「トリニティの裏切り者」といっても過言ではないだろう。

 

「……まあ、でもこれも含めて全部全部、私からの一方的なお話でしかないよ。だから、もちろん最終的には先生が決めて。白洲アズサを守るのか、裏切り者を見つけるのか……ナギちゃんを信じるのか。それとも、私を信じるのか」

 

「……ミカは、それだけで大丈夫?」

 

「あの子については私に責任があって……でも、私にはただお願いすることしかできないから。……ん、あれ?そうじゃなくてもしかして今のって……私のことを心配してくれてる?」

 

「もっちろん!」

 

ニコッと笑って親指を立てる五条に、ミカは思わず吹き出してしまった。

 

「あはっ。本当に優しいね、先生は。うーん、なんだかつい勘違いしちゃいそう。私の心配は大丈夫。こう見えても私、結構強いんだから♪」

 

華奢な腕を曲げて可愛らしく胸を張るミカは、お姫様のようで無邪気に笑う。

 

「じゃあ、今日はこんなところかな。先生とまたこうしてお話しできて、楽しかったよ。それにあんまりふたりでずっといると、変な噂が立っちゃいそうだもんね。ふふっ……まあ私はそれでも全然構わないんだけど。じゃ。またね。先生」

 

そう言って、ミカはその場を後にする。

笑って手を振りながらミカを見送った後、一人残された五条は、静かに天を仰ぐ。

 

「ふぅ……」

 

ミカとの話で得たたくさんの情報を頭の中で整理する。「トリニティの裏切り者」、「アリウス分校」、「エデン条約」、「襲撃されたセイア」、「白洲アズサ」知りえた事は多かったが、やることが一気に増えた。

聖園ミカは“嘘”は言っていない。噓を言っていないからと言ってその言葉を全て鵜吞みするほど馬鹿ではない。

色々と解決しなければいけないことが山ほどあるのだが、まず最初にやるべきことは「補習授業部の試験合格」だ。

そのために五条はみんなのもとへと向かった。




死滅回遊見てきました。アニメを見ていると色々と書きたい欲が刺激されて気持ちが高ぶります。
他にもチェンソーマンやウルズハントも面白かったです。
もしよろしければ、この小説だけでなく皆さんのブルアカや呪術廻戦、今現在連載中のモジュロのことなどの感想や考察を教えてくだされば嬉しいです。
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