シャーレの五条先生   作:未来跳躍

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皆さん、お久しぶりです。
待たせてしまって本当に申し訳ありません。
ストレスで睡眠障害になって一日12時間寝てしまっていた私です。眠くて眠くて仕方がない地獄から少し抜け出せたので、ようやく再開できます。とはいってもまだまだ治療中の身ですが、頑張って続きを書いていきたいし、バカみたいな番外編も書きたいしでやりたいことだらけなので頑張っていきます。

P.S.
バトスピのスタンダードが楽しいです。みんなもバトスピやろうぜ!


新たな視点

ハスミたちと現場に向かう補習授業部。

走りながらヒフミはコハルに尋ねる。

 

「コハルちゃん……あの、私たちは現場でどうすればいいのでしょうか?」

 

正義実現委員会の戦いに参加するという異例の事態に直面するヒフミは、同じく正義実現委員会のコハルに戦い方を尋ねる。

尋ねられたコハルは驚き、しどろもどろになりながら目を泳がせて答える。

 

「そ、それは……その……は、ハスミ先輩の邪魔にならないように戦うのよ!」

 

「えっと、それはどうすればいいんでしょうか……?」

 

「それは……えっと……その……」

 

実際に実戦経験のないコハルに戦い方など知るはずもないのだが、自分に聞いてきたヒフミのために答えようと考える。スパッと答えるのがコハルの思い描くエリートなのだから――。

けれども、実際にはどう答えようと考えるのに必死になってテンパってしまっている。そんなコハルを助けるかのように前に走るハスミが答える。

 

「前線は私が立ちます。皆さんには私の援護をお願いします」

 

ハスミの言葉にコハルとアズサが異を唱える。

 

「そ、そんな!?ハスミ先輩は後衛がメインじゃないですか!わ、私が前に出ます……!」

 

「そうだ。私も出れる」

 

コハルの言う通り、ハスミの武器はスナイパーライフル。後方で狙撃を得意とする武器である以上、前衛に立つのは好ましくない。それはコハルを含む補習授業部全員が思っていたことである。

そんな後輩たちの心配そうな顔を見たハスミは優しく微笑みながら口を開く。

 

「ありがとうございます。ですが、これは本来正義実現委員会の仕事。なればこそ私が前に立たなくてはあなたたちに示しがつきません。心配いりませんよ」

 

「ハスミ先輩……」

 

正義実現委員会としてだけでなく、学年の先輩としても尊敬できるその姿にコハルは感極まって言葉が詰まる。

一方その後ろで面倒そうについてきている大人の男はというと――。

 

「ねえ、まだ~」

 

大きな欠伸をしながら面倒そうにしていた。そんな軽薄な態度にコハルは苛立ちを募らせていた。

そうこう走っているうちに、美食研究会の面々に追いついた。

 

「待ちなさい!」

 

ハスミの声に美食研究会の面々はビクッと震わせてこちらに振り返る。

振り返った四人のうち、赤髪の生徒が大きな声を上げる。

 

「ほら、もー!だからさっさと逃げようって言ったじゃん!」

 

「まあまあ、ここまで来たらどうしようもありませんよ」

 

ギャーギャー騒ぐ少女を宥めるように語り掛ける少女に頷くようにリーダー格の少女が口を開く。

 

「そうですわ。私たちは未知なる味を求めて探求するためにここまで来たのです。食べるか死(eat or die)ですわ」

 

自分たちを無視して話し続ける美食研究会にハスミが苛立ちながらも銃を構えて声を荒げる。

 

「止まりなさい!抵抗すれば撃ちます!」

 

ハスミの怒りを真正面に受けてなお、美食研究会のリーダー格の少女はスカートの裾を摘まみ上げ、優雅な仕草であいさつを始める。

 

「初めまして、ごきげんよう。私は美食研究会の部長の黒舘ハルナと申します」

 

ぺこりと頭を下げるハルナを皮切りに横にいる二人も自己紹介を始める

 

「鰐渕アカリです」

 

「イズミだよ~!」

 

この緊迫した状況で堂々と自己紹介をする彼女たちだったが、一人だけ異を唱える者がいた。

 

「ちょっと!何自己紹介しているのよ!?」

 

美食研究会の赤髪の少女はハルナに対して涙目で彼女の腕に掴み声を荒げる。

そんな彼女を無視してハルナは彼女を手で示して名を告げる。

 

「最後にこの子が私たちの可愛い後輩の赤司ジュンコさんです」

 

「だ~か~ら~!!」

 

ジュンコがハルナと言い争いをしている後ろ、彼女たちが乗ってきた軽トラに動く影が見える。

ヒフミとコハルがビクッと構えると、その目に映ったのは――、

 

「んーんー」

 

体を縄で縛られ口に猿ぐつわをされた少女が荷台で暴れていた。

それを見たコハルとヒフミが驚きを露にする。

 

「な、なに!?」

 

「彼女は一体!?」

 

「あなたたち、人質を今すぐ解放しなさい!」

 

ハスミが銃を突き付けて命令する。

しかし、ハルナは不思議そうな顔で首を傾げる。

 

「人質?一体何を仰ってるんですの?彼女は私たちの協力者のフウカさんです」

 

「きょ、協力者……?」

 

ヒフミが訪ねると、ハルナは笑顔で答える。

 

「はい!フウカさんは私たちゲヘナの給食部で明日の給食の仕込みをしていたところ、ゴールドマグロの解体にお願いしてこのように快く引き受けてくださったのですわ」

 

心から笑顔でそう語るハルナの後ろで、縛られたフウカは思い切り首を横に振って暴れていた。

 

「あの……どうみてもそうは見えないのですけど……」

 

「あなたには私たちとフウカさんの絆が分からないのですか!?いいでしょう、私たちの絆見せてあげますわ!」

 

「えぇ……」

 

ハルナの号令と共にアカリ、イズミ、ジュンコの三人が前に飛び出していく。それにハスミが前に出て迎え撃つ。

ハスミがスナイパーライフルを構えるのを邪魔するようにイズミとジュンコが彼女に向けて発砲する。

連射性の高いマシンガンとライフルの速射にハスミはすぐさま近くの瓦礫の陰に隠れて銃を構えようとする。

 

「うふふ、させませんよ~」

 

そこにアカリが一気に距離を詰めていく。肉弾戦とアサルトライフルの連続攻撃にハスミは攻撃はおろか防御に徹するだけで精一杯である。

 

「先輩!!」

 

コハルが叫ぶと同時にアズサがアカリに向かおうとするが、ジュンコとイズミがそれを阻むかのように彼女の前に出る。

 

「させないわ!」

 

「くっ――」

 

「アズサちゃん!」

 

ヒフミもアズサの援護をしようとするが、ジュンコとイズミの方がコンビネーションが上でうまく立ち回れない。

ハナコも後方からアサルトライフルで攻撃しようとするが、うまく命中しない。

 

「こういったことは苦手です……」

 

自分の腕では援護にならないことを悟ったハナコは、それでもアズサとヒフミが立ち回れるように敵の二人をよく観察しつつ、援護射撃をしていく。

美食研究会の方が修羅場を潜り抜けてきた分の経験値が多い。その経験値が戦いでどう動けばいいかを即座に反映させられる。

補習授業部ではアズサ一人での戦闘力で言えば美食研究会にも負けてはいない。しかし、アズサの得意とする戦いはトラップを用いたゲリラ戦――。何も用意のないこの状況では、彼女のポテンシャルは十分に発揮させられない。さらに補習授業部はできたばかりの部活、合宿である程度絆を培えたとはいえ、それはあくまで学力試験での話。こんな実戦で動けるように訓練はされていない。

ハスミ、アズサ、ヒフミ、ハナコたち四人が戦っている中、一人動いていないものがいた。

 

「……うぅ……」

 

物陰に隠れて縮こまっている者、それはコハルだった。

コハルは戦闘が始まった瞬間、真っ先に動き出したアズサたちについていけず恐怖で足が竦んで物陰に隠れてしまっていた。

その時、コハルは初等部のころの記憶を思い出した。

 

 

 

8年前、トリニティ総合学園初等部のある教室にて――。

 

『さて、今日はグループ実習です。皆さん好きな人たちと班になってください』

 

担任の先生がそう言うと生徒たちは各々班を作っていった。そんな中、一人の生徒だけが取り残されていることに、担任は気が付いた。その子の前まで行くとかがんで尋ねる。

 

『下江さん、どうしましたか?』

 

『あの、その……』

 

『誰か、下江さんを入れてくれませんか?』

 

担任がそう聞くと、生徒たちはざわつき始める。そして、一人の生徒が口を開く。

 

『下江さんドジだから入れたくありませーん』

 

『下江さん入ったら面倒になるもんね』

 

『いつも失敗だらけだしねー』

 

それに呼応するかのように周りの生徒達もコハルを嘲笑するかのように笑いだす。担任はそんな光景に怒る素振りを見せず、肩を落としてコハルに対してこう告げた。

 

『それじゃあ、今回は先生と一緒にしますけど、次からはちゃんと仲間に入れてもらうのですよ』

 

『……あ、いや……』

 

『返事は?』

 

『…………はい』

 

担任に何も言い返せず、コハルは黙って俯くしかなかった。周りの子たちはそんなコハルを見て嘲笑をするが、コハルはスカートの裾を強く握りしめて涙を堪えていた。

 

今思えば、私の道はエリートから遠いものだった。初等部から不器用だった私は何をしてもうまくいかなくて失敗ばかりだった。

そんな私は私が嫌いであった。いつも顔を俯かせて身を小さくして目立たずして生きていた。

そんな私に転機が訪れた。ある日、街を歩いていた時、私の近くで大きな事件が起きた。多くの野次馬が集まって人だかりができていた。普段ならそんな事件観て見ぬふりをしてまっすぐ帰っていたのだが、気の迷いか私は野次馬をかき分けていく。

人ごみをかき分けた先で私が見たのは――、

 

『…………すごい』

 

黒い制服を身にまとった二人組が大勢の武装犯を取り押さえる場面だった。たったの二人でこれだけの数の犯人をやっつけるその姿に、私は感動して心が高鳴るのを感じていた。

すると近くの野次馬の声が耳に入ってくる。

 

『剣先ツルギと羽川ハスミ、まだ新入生だっていうのにお手柄よね』

 

『本当にすごいね!正義実現委員会に所属してすぐの大活躍!ティーパーティーにも期待の新星が三人も入ったって聞いたし、ああいうの人たちのことをエリートっていうんだろうなあ』

 

『エリート……』

 

思わずそう呟いた私は二人を見てあることを心に決めた。自分もいつか絶対にあの二人のようなエリートになって見せる、と。

それから私は中等部を卒業して、念願の正義実現委員会に所属した。けれど……――。

 

 

 

「私はエリートなんだから……エリートなんだから……」

 

コハルは自分を鼓舞しようとん安堵も同じ言葉を呟くが、恐怖で足は動かなかった。

その理由は心の奥底で気づいている。自分はエリートなんかではない。ただの押収物保管係が前線で戦えるはずがない。本当は自分は勉強も戦闘も苦手なただの落ちこぼれだという事に気づいていた。気づいてなお、現実から目をそらして逃げてきていた。

そんなことを誰よりも自分が分かっている。なのに、自分の小さなプライドがみんなを巻き込んで危険にさせている。

そんな自分に嫌気して涙が零れる。その時――、

 

「何してるの?」

 

見上げた先に立っているのは、五条だった。

 

「先生……」

 

藁にも縋るような声で泣きじゃくるコハルに五条は膝を落とし彼女方にそっと触れる。

 

「コハルはエリートなんでしょ。なに泣いてんのさ」

 

「私は……エリートなんかじゃ……」

 

震える声で呟くコハル。その姿は今までと違い小さく見えた。

今のコハルに恐怖に飲まれて前に進む闘志が無くなっていた。

それを見た五条は、ゆっくりと口を開く。

 

「大丈夫。コハルはエリートだよ」

 

「――……」

 

泣きじゃくるコハルの肩に手を置いて、五条はニコッと笑う。

そして優しく諭すように声をかける。

 

「コハルはすぐ見栄を張るし――」

 

「うぐっ……」

 

「勉強も苦手だし――」

 

「ぐぅ……」

 

「エッチなこと興味津々のくせに、エッチなこと禁止するけど――」

 

「うぅ……」

 

言葉の刃がコハルの心に突き刺さっていく。否定したくても事実なだけに何も言い返せないことにさらに落ち込んでいく。けれど五条は自信をもって最後の言葉を伝える。

 

「誰よりも真っすぐ頑張れる努力のエリートだよ。最強の僕が約束する」

 

「先生……」

 

この数日間、五条は見てきた。補習授業の合間にも苦手な勉強を頑張ろうと一人隠れて努力してきたことを――。

五条の言葉に心溶かされていくのを感じる。体と心の緊張が解けていく。

すると――、

 

「え……?」

 

急に襟元を掴まれて持ち上げられるコハル。

何のことか分からずにいると、五条の目隠しの奥の目がキランと光る。

 

「だから――行ってこーい!!」

 

「きゃあぁぁぁぁっ!!!!」

 

「えっ!?なになになに!?!?」

 

思い切り振りかぶって投げられたコハルはジュンコの頭の上に落ちていった。

 

「「「コハル(ちゃん)!?」」」

 

ヒフミたちが投げ飛ばされたコハルに驚きながらも安堵の表情を見せる。

 

「いたた……」

 

上体を起こし頭を擦るコハルにヒフミたちが近づき声をかける。

 

「コハルちゃん……!」

 

「大丈夫か?」

 

「あらあら、コハルちゃんったら大胆な登場ですね」

 

「みんな……ごめん……。あたし……」

 

一人隠れていたことを謝ろうとするコハルの手を取ったヒフミが笑顔で口を開く。

 

「誰も怒ってなんかいませんよ。私たちはコハルちゃんの仲間ですから」

 

「うん」

 

「はい」

 

「みんな……」

 

ヒフミたちの言葉と笑顔に緊張が解けて心の奥底に隠れていた勇気が燃え上がる。それと同時にまた顔を俯かせて泣き出すコハルに、ヒフミは慌てて慰めようとする。

 

「あ、あうぅ!?コハルちゃん大丈夫ですよ!?」

 

ヒフミは自分の袖で涙を拭って顔を上げる。

 

「ごめん……。でも心配はいらない。だって、私は……エリートなんだから!」

 

「「「コハル(ちゃん)!!」」」

 

コハルが勇気を取り戻したことに補習授業部が全員集合したことに喜ぶ一同。その下で――、

 

「あんたたち、私を忘れるんじゃないわよ……」

 

補習授業部の下で潰れていたジュンコが押し殺すような声で唸る。

 

「「「「あ……」」」」

 

「さっさとどきなさいよ!!」

 

ジュンコの声に驚き、補習授業部は慌ててその場を下がる。起き上がるジュンコの元にハルナたちが駆け寄る。

 

「ジュンコさん、大丈夫ですか?」

 

「これが大丈夫に見えるなら、ハルナ、あんたの目は腐ってるわよ」

 

「その口ぶりなら大丈夫ですね♡」

 

「うわ~、早くマグロ食べたいよ~」

 

憎まれ口をたたくジュンコを見て、アカリとイズミも再び構える。

相手が構えるのを見て、ヒフミたちも構える。そんな中コハルがカバンから応急キットを取り出してアズサのケガを治療する。

そんな中ハナコが神妙な面持ちで口を開く。

 

「みなさん、相手の戦闘経験値は私たちより上です。束でかかっても勝ち目はありません」

 

「「「……」」」

 

相手はゲヘナで幾度も騒ぎを起こし、風紀委員会から何度も逃げおおせているテロリスト。ハスミもリーダー格のハルナの相手で手一杯でまともな援護も期待できない。自分たちにとっては逆風、そんな中彼がやってくる。

 

「おつー。いやー大変だねー」

 

「先生!?」

 

相も変わらず軽い挨拶でやってきた五条にヒフミたちは驚きを見せる。人差し指を立ててニコッと笑う五条が一言告げる。

 

「君たちに五条先生からのアドバイスを教えよう」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

全員を呼び寄せて小さく固まり五条のアドバイスを聞いたヒフミたちはその内容に驚く。ヒフミは不安そうな顔で五条の顔を見上げる。

 

「そんな!?私たちにできるでしょうか?」

 

「大丈夫よ!」

 

不安げなヒフミに声をかけたのは、コハルだった。彼女は震える体で拳を握り締めて真っすぐ見据えて頷いた。

 

「私は、いや、私たちはエリートなんだから!」

 

「うふふ、そうですね。コハルちゃんの言う通りです」

 

「笑うんじゃないわよ!」

 

コハルの肩に手を置いたハナコが頷く。恥ずかしくなったコハルが顔を赤くしてギャーギャー騒ぐが、そんな様子を見て先程まで不安そうだったヒフミも笑いだす。

 

「そうですね、私たちならできます」

 

「ああ、問題ない」

 

アズサも同じように頷く。そして、コハルは深呼吸をして呼吸を整えた後、前を見据えて銃を構えて前に出る。それと同時に五条の声が響く。

 

「みんな!行くよ!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

コハルについていくように三人も前に出ていく。それに応戦するために、アカリとイズミとジュンコも前に出る。

戦闘経験が豊富なアズサを筆頭にヒフミとコハルがその両翼について、ハナコが後衛につく陣形で迎え撃とうとする。

美食研究会もアズサが攻撃の核であると見抜いたのか、アカリたち三人がアズサに攻撃を集中しようとする。ジュンコがアズサに攻撃しようとする横からコハルの銃弾が彼女の顔をかすめる。

 

「さ、させないんだから……!」

 

「……あんた!私はおなか減ってイライラしてるんだからね!!」

 

コハルとジュンコの撃ち会いが始まる。最初は互角に撃ち会っていたのだが、徐々にコハルの方が押し負けていく。自分と相手の戦力差が分かってきたジュンコはこのまま攻勢に出ようと前に出ていく。

 

「ふふんっ!どうやらこのままあたしの勝ちのようね!」

 

「くっ……!」

 

押し込められていくコハルはとうとう壁際に追い込まれてしまった。

 

「さあ覚悟しなさい」

 

「……ふっ」

 

追い詰めたコハルに向けて銃を向けるジュンコに、コハルは不敵な笑みで返す。そして――、

 

「覚悟するのは……あんたの方よ!」

 

コハルはカバンからあるものを手に取ってそれをジュンコに向けて投げ出した。

ジュンコは「なっ!?」と驚きながらも、それを冷静に撃ち落とす。撃ち落とされたものがひらひらと彼女の足元に舞い落ちる。

驚きで荒げた息を整いながら笑みを浮かべるジュンコは、落ちたものに目を向けながら勝ちを確信する。

 

「ふふっ、驚かせてくれるじゃない!でもね、今投げたのが何であれ、私の勝利に変わりは――なっ!?」

 

落ちたもの、それに目を向けたジュンコは驚愕を露にする。なぜならそれは――、

 

「ななななななぁぁっ!?」

 

ジュンコが顔を真っ赤にして驚いたもの、それはコハルの秘蔵の大人向けの本であった。本当ならスタングレネードを投げるつもりだったのだが、間違えて投げてしまったのだった。相手の反応を見て気づいたコハルは、羞恥で顔を赤くしてしまう。大人向けでモザイク必至な内容のそれを目にしたジュンコは驚きと羞恥で頭がショートしてよろけてしまい、そのまま――、

 

「あべしっ」

 

地面に頭を打って倒れてしまった。あまりにも突然な出来事に呆けていたコハルだったが、我に返り腕を組んで自信満々に胸を張る。

 

「……ま、私はエリートなんだからね!」

 

もちろん本は急いで回収した。ちなみにそれを五条はばっちり見ていた。

ジュンコがコハルに負けたことをを感じたイズミは彼女のサポートに回ろうと動くのだが、目の前にあるものが転がってきた。

 

「あれ、これってたしか……うん?」

 

屈んで確認するとそれは丸い形で不細工な鳥が印刷された鉄球のようなものだった。何なのか顔を近づけたその時、それは眩い閃光と音を上げて破裂した。

 

「うわあああ!?」

 

「かかりましたね!ペロロさま印のフラッシュグレネードです!!」

 

物陰から出てきたヒフミが顔を抑えてうずくまるイズミを見て飛び出てくる。

目と耳をつぶされたイズミはグルグルと目を回して倒れるのだった。

ヒフミは倒れたイズミを捕まえようとするために彼女に近づく。とりあえず取り押さえるために手を伸ばそうとしたその時、伸ばしたヒフミの手首をイズミの右手が捕らえるのだった。

 

「なっ!?」

 

驚くヒフミにイズミは残った左手で目をこすりながら、上体を起こすのだった。

 

「ふわ~、びっくりしたな~もう」

 

「そんな平気なんですか!?」

 

「うん?びっくりしたよ。でもね、いつも風紀委員にああいうのやられてるから慣れちゃった」

 

掴まれた右手を開放するためにヒフミは残された左手でポケットに手を入れてもう一つのフラッシュグレネードを取り出そうとする。

しかし――、

 

「がはっ!」

 

ヒフミの腹に強い衝撃と痛みが走る。そのまま吹き飛ばされた彼女に申し訳なさそうな顔でイズミは近づく。

 

「ごめんね。でも私たちはマグロを食べたいだけなの」

 

「うぅ……」

 

倒れたジュンコの救出に向かおうとしたイズミの後ろで倒れたヒフミがゆっくりと起き上がる。

それに気づいて振り返ろうとしたイズミの頭部に銃弾が命中する。

 

「あいたぁっ!」

 

発砲したほうにヒフミが振り返ると、銃を構えたハナコが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですか!?ヒフミちゃん!」

 

「ハナコちゃん!大丈夫です」

 

額を抑えるイズミを見てあまりダメージになっていないことに気づいたハナコは自嘲気味に笑いながら軽く頭を下げる。

 

「ごめんなさい。私こういった荒事は苦手で……できるのは援護で精一杯で……」

 

「い、いえ!ハナコちゃんが加勢してくれるなら心強いです!」

 

「そうですね。ヒフミちゃん、今の手持ちの武器は何が残っていますか?」

 

「え……?えっと……こんな感じです」

 

ペロロ様リュックにしまった中身を見たハナコは額に人差し指を当てて目を閉じて考え始めた。

しかしすぐに目を開けて口を開いた。

 

「ヒフミちゃん、見えました。この戦いの勝ち筋が――」

 

「……!」

 

「ヒフミちゃん、私のこと信じてくれますか?」

 

真っすぐと見つめるハナコの目にヒフミは迷うことなく首を縦に振った。

 

「もちろんです!」

 

「では、行きましょう!」

 

「はい!」

 

二人が同時に左右に分かれて攻撃を開始する。そしてハナコが積極的にイズミを追い詰めようと自分の銃弾が底尽きるまで銃弾の雨を浴びせる。イズミも最初は驚いていたものの、すぐに冷静になって物陰に隠れてハナコの攻撃を耐える。彼女の銃弾が尽きて銃撃が止んだその隙に、懐から手榴弾を取り出して隠れながら二人には見えないようにピンを抜き、ハナコの方に投げつける。

手榴弾の爆発にハナコが怯んだその一瞬でイズミが一気に彼女に向かって距離を詰める。

 

「――っ!」

 

目の前でイズミが蹴りの姿勢になったのが目に映る。反射で両腕を前にして防御の姿勢をとる。その後両腕に強い衝撃が奔る。勢いを殺せず、後ろに飛ばされるハナコに、イズミは容赦なく彼女を戦闘不能にするべく追い打ちをかけようとする。

 

「ごめんね」

 

申し訳なさそうな顔で謝罪の言葉を口にするが、彼女の銃口はハナコに慈悲無く向けられる。

このままハナコがやられると思われたその時、ハナコの口の端が僅かに上がる。

その時――、

 

「うわあああ!!」

 

「なっ!?」

 

上空から巨大な影がイズミを覆う。そのまま影は勢いよく彼女に向かって落ちていき、彼女を押しつぶした。

 

「ふぎゃっ」

 

潰された声を出して伸びるイズミを押しつぶした影の招待それは――、

 

「懸賞の特大ペロロ様です!」

 

ペロロ様の上のヒフミが元気よく声を出す。ヒョコっと顔を出すのを確認したハナコは安堵の息を漏らす。

 

「ヒフミちゃん……!作戦通りですね」

 

「ハナコちゃんが囮になると言った時はどうしようかと思いました。ハナコちゃんこんな危険な作戦は二度としないでください」

 

「うふふ、ごめんなさい」

 

潰されて気を失ったイズミを救出し縛り上げる。

 

「とにかくみんなのところに戻りましょう」

 

「そうですね」

 

こうしてヒフミとハナコはみんなのところに戻るのだった。

少し時は遡り、アズサはアカリと対峙していた。

 

「くっ」

 

アカリとの対決にアズサは苦戦していた。アカリが上手であるのは間違いないが、それでもいつものアズサなら難なく相手にできるはずだった。なぜならアズサの戦闘の十八番はトラップを使ったゲリラ戦、即席でもトラップを作ることができるアズサなのだが、アカリが接近戦を中心とした立ち回りのためにトラップを仕掛ける余裕がなく、防戦に追い込まれているのだった。

 

(くっ、相手の優位に立ち回らされている)

 

心の中で毒づくアズサ相手にアカリは笑みを絶やさない。

 

「ふふふ、貴女小さくてかわいいですね。可愛くて食べてしまいたくなっちゃいます♡」

 

舌なめずりでアズサを値踏みするその目はまさに“捕食者”であった。今まで感じたことのない感覚にアズサは背筋がゾッとする。

思わず後ろに跳び距離を保とうとする。そんなアズサを見てアカリは唇に指を当てて可愛らしく微笑む。

 

「あらあら、嫌われちゃいました。悲しいですね、しくしく」

 

分かりやすいウソ泣きをするアカリにアズサは警戒を解くことなく、トラップに手をかけようと左手を後ろに回そうとする。その瞬間、アカリが素早く彼女の左手を撃ち、手を弾いた。「くっ」っと苦渋に満ちた顔で舌打ちをするアズサはすぐに撃ち返し距離を取ろうとする。

 

「うふふ、怖いですね~」

 

余裕の笑みを浮かべるアカリに対して、アズサは早くも息が乱れてきていた。こんなに早くも息切れ起こすことにアズサ自身が驚いていた。戦いに自分が優位に立ち回れることなんてない。そう教えられたはずだ。体に刻み込まれた経験が自分を積み上げられてきた。それなのになぜこんなに自分は追い込まれてしまうのだろうか。そんなことを考えていると、思い出してしまう。あの地獄のような日々を――、

 

『あぐっ』

 

『立て、アズサ』

 

『もう無理だよ……』

 

『立つんだ』

 

『もう動けない……』

 

『立て!!』

 

気が付いた時にはアカリの攻撃を寸前のところで躱していた。そのまま彼女の背後に回り込み、彼女の腕を掴み後ろに回して押し倒した。

 

「きゃっ」

 

アカリは自分が取り押さえられたことに驚きを見せたが、すぐに諦めた表情を見せて降参の白旗を振った。

アズサは自分が無意識に取り押さえたことにアズサは驚いていた。あの地獄の日々を生きてきたことに積み重なったことがこの結果につながったのだが、彼女の脳裏に不穏な影が過ぎる。

その時――、

 

「アズサちゃーん!!」

 

自分を呼ぶ声に振り返ると、ヒフミたち三人が笑顔でこっちに向かって手を振って走ってきていた。その笑顔を見た瞬間、彼女の緊張が解ける。

 

「みんな、無事だったか」

 

「当然でしょ!私はエリートだもの!」

 

自信満々に胸を張るコハルにハナコが彼女に笑顔で尋ねる。

 

「コハルちゃんはどうやって勝ったんでしょうか?」

 

「そ、それは、その……こうパーってやって、ドカーンってなって、ズガーンって勝ったのよ」

 

「コハルちゃん、それじゃ分からないですよ」

 

三人が仲良く笑って話しているのを見ていると、アズサの中で何かモヤッとしたものが蠢いた、気がした。

 

「お疲れサマンサー!!」

 

そこに気楽に声をかけてくる五条に、全員が目を向ける。

 

「「「「先生!」」」」

 

「僕のアドバイスのおかげだね」

 

「何がアドバイスよ!個別に分かれて個々に撃破しか言ってないじゃない」

 

「そのおかげで勝てたじゃん」

 

コハルが五条にギャーギャー騒ぎ立てて彼はそれを軽く流していた。

ハナコがコハルに抱きしめてコハルがそれに顔を少し赤くして抵抗しているのをヒフミが慌てて止めようとする。そんな光景を見て呆然としていると、横から五条が声をかけてきた。

 

「どうしたの、アズサ?」

 

「先生……大丈夫だ、問題ない」

 

「……そっか」

 

補習授業部がハスミと合流すると、すでにハスミがハルナを取り押さえていた。

 

「みなさん、お疲れ様です」

 

「ハスミ先輩!」

 

「全員を捕まえるなんて想像以上で驚きました。皆さんのおかげで事件が大きくならないで済みました。ありがとうございます」

 

補習授業部に深々と頭を下げるハスミに、コハルとヒフミが慌ててそれを止めようとする。

 

「ハスミ先輩、そんな!?」

 

「頭を上げてください!」

 

そんなわちゃわちゃした状況でハナコがハスミにある疑問を尋ねる。

 

「彼女たちの処遇はどうするんですか?今はエデン条約締結の関係上、ゲヘナの生徒をトリニティで裁くのは問題があるのではないでしょうか」

 

「そのことなら、先程イチカにゲヘナに連絡してもらい、彼女たちの引き渡しをしてもらうように頼みました。ここで皆さんにはもう一つ頼みがあるのですが、引き渡しにはあなたたちにお願いしたいのです」

 

「そ、それはどうしてですか!?」

 

驚くヒフミにハナコはハスミの真意を理解できたのか頷きながら口を開く。

 

「なるほど、エデン条約のピリピリした状況だからこそ、正義実現委員会がゲヘナの生徒を捕まえたとなると条約が破談になる可能性があるという事ですね」

 

「そうです。しかも補習授業部には『シャーレ』の先生がついています。補習授業部がたまたま美食研究会と戦闘を開始してシャーレの先生が引き渡すとなれば、ゲヘナとトリニティの関係も問題ないでしょう」

 

「なるほど、そうですね」

 

ハスミの言うことに納得したヒフミは五条の方に目を見やる。五条もぐっとサムズアップして了承する。

 

「わかりました。私たちに任せてください」

 

「ありがとうございます。この先の大橋で受け渡しとするので、お願いしますね」

 

「はい!」

 

こうして、補習授業部は最後の大仕事をしに大橋に向かうのだった。

 

 

 

橋に到着し風紀委員会の車両を待っていると、サイレンを鳴らす護送車が走ってきて五条たちの前で止まった。運転席の扉が開くと、青い看護服を着た少女が車から出てきた。

その少女は五条達の前で止まり、口を開く。

 

「……お待たせしました。死体はどこですか?」

 

「……え?」

 

突然の物騒な物言いにヒフミが困惑していると、少女はコホンと咳払いをして訂正を入れる。

 

「……失礼。死体ではなく負傷者でしたね。たまに混同してしまって」

 

懐からリストを取り出し、確認しながら負傷者の確認を行う。

 

「えー……納品リストには、新鮮な負傷者4名と人質1人……と書かれていましたが」

 

「新鮮って、えぇ……」

 

ドン引きしてるヒフミを横に、五条は手を叩いて笑っていた。

 

「あっはははは!!面白いね、君」

 

五条の笑い声に反応した少女は怪訝な目で彼を見上げる。

 

「……ところであなたは?正義実現委員会ではなさそうですが……?」

 

少女が不思議そうに五条を見ていると、助手席の扉が開いて声が聞こえる。

 

「その方は、『シャーレ』の五条先生」

 

その声の先にいたのは、風紀委員会委員長の空崎ヒナだった。

 

「お~い!ヒナ~!」

 

「お久しぶりね、先生。いつぶりかしら」

 

「最後にあったのはヒナの当番の日じゃない?風紀委員会は元気?」

 

「ええ、みんな元気よ。ところで、ここで何をしてたの?」

 

ヒナと五条が話していると、横にいた少女は納得したようにヒナに話しかけてきた。

 

「お知り合いでしたか、委員長」

 

「うん……まあ、そうね」

 

五条がなぜここにいたのかをヒナたちに説明する。それを聞いたヒナは納得したように頷いた。

 

「なるほど。このタイミングでお互い政治的な問題にしないために、先生が……。確かに、問題にしたくないのはこちらも同じ。だからこそ、公的には今回こうして風紀委員会ではなく、こっちの『救急医学部』が来たってことになってる。私は基本的に、ただの付き添い」

 

ヒナが少女に向けて言うと、少女は軽く会釈をして五条に挨拶をする。

 

「……救急医学部の部長、氷室セナです。以後よろしくお願いいたします、先生。死た……いえ、負傷者がいたらいつでもお呼びください。配送料は頂きませんので」

 

「よろしく」

 

お互いに握手を交わす。ヒナがセナを連れてきた理由を教えてくれる。

 

「『救急医学部』はゲヘナの中でも、特に政治的な部分にかかわりが薄い立場にいる。だから今回、こうしてお願いしたの」

 

「政治ごっこは風紀委員長にお任せします。私は死体以外に興味ありませんので」

 

「負傷者でしょう?それに本物の死体を見たことないでしょうに」

 

「はい、負傷者でした。そのことについては、風紀委員長も無いでしょう?」

 

「当たり前でしょう」と言ってセナを流すと五条の方に振り返ったヒナは本題に戻る。

 

「とにかく……美食研究会をこっちに移してもらえる?」

 

「いいよ」

 

そう言って五条が手をかざすとロープに縛られた美食研究会の面々が歩いてきた。

美食研究会のハルナはヒナを見つけるとき策に挨拶をし出した。

 

「……ふふっ。ヒナさん、お久しぶりですわね」

 

「ハルナ、相変わらず……いや、詳しい話は帰ってからで」

 

いつものことなのかどうかは知らないが、テロリストと風紀委員会の会話とは思えないほど軽い口調で話していた。呆れているヒナを見たアカリもハルナと同じように軽い口調で話す。

 

「あの、ごめんなさい。二人が気を失っているので、早く入っていいですか?さすがに私が二人を背負うのは、少し疲れてきたので」

 

ヒナが護送車の方に顎を向けると、アカリは「ありがとうございます」と言って軽い足取りで中に入っていった。そして、その後ろから疲労困憊のフウカがよろけた足取りでやってきた。

 

「た、助かった……」

 

「あら、給食部の……今日一日見てないと思ったら、こんなところに。今、学園でジュリが……いや、やっぱり説明は帰りながらで」

 

フウカも中に入ったところでハルナは五条の方に振り返り、優雅に頭を下げて挨拶をすると笑顔でお礼を言う。

 

「色々と配慮していただいてありがとうございます、先生。今度ゲヘナにいらした際には、何か美味しいものでおもてなし致しますね」

 

そういうと護送車の中に入っていき、先に中に入ったアカリもヒョコっと顔を出して五条たちに挨拶をする。

 

「ではまた今度~★」

 

「うるさい、閉めるわよ」

 

ヒナが護送車の扉を閉めたところで五条は笑ってみていた。

 

「ははは、面白い子たちだね」

 

そう言ってると、セナは運転席に戻ると、ヒナに声をかける。

 

「……積載完了しました。出発の準備もできてます」

 

「……少し待ってて」

 

ヒナは神妙な面持ちで五条に尋ねる。

 

「先生……トリニティで、何をしてるの?」

 

「僕はね、今は補習授業部ってところで担任をしててね。涙あり笑いありのそれは壮大な出来事の真っ最中さ」

 

「それはもう知ってる。色々と情報は入ってきてるから……」

 

ヒナがそういうと少しつまらなそうな顔をする五条だったが、ヒナはそのまま続ける。

 

「そうじゃなくて、シャーレは中立的な組織だったはず。この時期にトリニティにいるとまるで……」

 

「大丈夫だよ。だって僕、最強だから」

 

不安そうな顔をするヒナに、五条はいつものように笑って返す。その笑顔を見たヒナは、くすっと微笑んで先程の不安な考えを払うかのように首を振った。

 

「そうね……やっぱり今のは無し。先生がそんなことするわけがない」

 

「ヒナ、こっちからも一つ聞きたいんだけどいいかな?」

 

「うん?何かしら?」

 

「エデン条約についてヒナの考えはどうなの?」

 

「それはいったい?」

 

五条はここトリニティに来てからの経緯について説明した。ティーパーティーのナギサによってトリニティの裏切り者がいること、それが補習授業部にいること、それを追放するためにナギサが補習授業部の監視を五条に任せたこと、補習授業部を退学にさせないためには全員で特別学力試験に合格しなければいけないこと、そのために特別合宿を開いたこと、エデン条約の真実について聞いたこと、トリニティの裏切り者はアリウス分校の生徒であること、そして水着パーティーが開催されたことを話した。

 

「なるほど……先生、結構複雑な状況にいるのね。……いや、待って。何か今、変なこと言わなかった?」

 

「気のせいだよ」

 

「……。まあ、とにかく……。『トリニティの裏切り者』……ね。数多くの言葉が飛び交い、誰の言葉が真実なのか、誰が嘘をついているのか分からない状況……」

 

「ほんと大変だよ~」

 

言葉とは裏腹にどこか楽しそうにしている五条を見て、ヒナは嘆息を漏らす。

 

「慎重なのか後天的なのか、ほんと分からないわね……。ところで、こんな大事なことを私に話していいの?」

 

「え?だってヒナでしょ。ヒナは信じられる僕の生徒だからね」

 

真っすぐという五条の言葉に、ヒナは少し照れ臭そうに髪をいじ字ながら小さく言葉を漏らす。

 

「……そういうのが、先生の悪いところ」

 

「……うん?何か言った?」

 

五条が訪ねると、いつもの毅然とした態度に戻ったヒナが何事無かったかのように答える。

 

「独り言よ。エデン条約が軍事同盟、ね……まあ、興味深い見方ではあるかもしれない。ただ、少なくとも私はそう思わない。あれはれっきとした平和条約、私はそう考えてる」

 

「なるほど……」

 

ヒナの意見を聞いた五条は興味深そうに彼女の考えを聞くことにした。

 

「条約によって生み出されるエデン条約機構(ETO)……あれを武力集団と捉えたところで、あれはナギサが単身で統制できるようなものじゃない。万魔殿のリーダーであるマコトも、ナギサと同等の権限を持つことになる。それだけじゃなく、他のティーパーティーや万魔殿のメンバーに対してもある程度の権限が分割される。だからETOが誰か一人の意志で本来の目的を失って、暴走するようなことは考えにくい。もちろん、その全員が協力するなんて事態になれば、理論的にはあり得ることかもしれないけれど……。そもそもの話として、もしそんなことができるのなら、初めから両学園の統合でもしておけばいいだけのはず。それに、マコトは誰かと協力するだなんてことができない(たち)だから……」

 

「まあ、それはそう。けれど、そんなマコトがよくエデン条約に同意なんかしたね」

 

五条もマコトについては話に聞いただけであったことはないのだが、彼女がエデン条約に同意したという事に違和感を感じていた。しかし、ゲヘナにいる彼女に会うことは今はできないために彼女をよく知るヒナに尋ねることにした。

 

「……同意というか多分、何も考えてないんじゃないかしら。そもそもゲヘナ側でエデン条約を推進したのは、私だったから」

 

ヒナの答えに五条も驚きを見せた。ゲヘナのエデン条約を推進したのがヒナであるという事もだが、なぜヒナがそんなことをしたのか分からなかったからであった。五条はそのままヒナに自信の疑問をぶつけた。

 

「……それは一体なぜ?」

 

ヒナは少し逡巡した後、顔を上げてゆっくりと答える。

 

「……色々と面倒だし、引退するのもアリかなって」

 

「……」

 

「ETOができたら、今よりもはるかにゲヘナの秩序はマシになるはず。そうなったらもう、私が風紀委員長じゃなくてもいいでしょう」

 

「なるほど、ね……」

 

ヒナの答えに五条は何も言うことはなかった。彼女自身が考えて出した結論なら、自分が口出しすることではないからである。そんな時、ヒナの後ろの護送車からセナの声が聞こえる。

 

「風紀委員長、まだですか?」

 

「……ええ、今行く。じゃあお疲れさま、先生。また……」

 

踵を返し、護送車に向かうヒナは途中で足を止める。そして最後に振り返り、こう尋ねた。

 

「……補習授業部のことは、先生が守るのよね?」

 

「もちろん」

 

「……そう。じゃあ、またね」

 

「うん、また」

 

こうしてヒナは護送車の助手席に乗り込み、彼女たちは去っていった。町の大騒ぎを収めたみんなは合宿所に帰るのだった。合宿所の自室に帰った彼女たちは疲れてベッドに倒れこむように飛び込んだ。

 

「なんだか、怒涛の一日でしたね……」

 

ヒフミがそうポツリと漏らすとハナコが倒れたまま答えた。

 

「そうですね、夜のお散歩がこんなにハードなことになるなんて……」

 

「うん、でも楽しかった」

 

「……えへへ」

 

アズサも短く答えて、コハルは帰る時からずっと笑顔でいた。

 

「コハルちゃんは、あれからずっと嬉しそうですね?やはり、ハスミさんをしっかり手助けで来たからですか?」

 

「そうよっ、悪い!?ハスミ先輩と一緒に戦えるのなんて、初めてだったし……。私が犯人の一人を確保出来たなんて、嬉しい……!えへ、えへへへっ……!」

 

「うふふ、それは何よりです♡あとはハスミさんが願っている通り、落第を免れないといけませんね?」

 

「わ、分かってる!大丈夫よ、わ、私はエリートなんだから!」

 

「はい……私も、頑張らないとです♡」

 

コハルとハナコの会話を聞いていたヒフミもくすっと笑ってみんなに話しかける。

 

「もう遅いですし、そろそろ寝ましょうか。明日の勉強に支障が出るとよくないですし……。では、お疲れ様でした。おやすみなさい」

 

「「「おやすみ」」」

 

そうして、長い一日が終わっていった。




おまけ

ハナコ「そういえば、コハルちゃんはどうやってあの子を確保できたんですか?」

ヒフミ「あっ、私も気になります!」

アズサ「私も聞きたい」

コハル「そ、それは、その……頑張ったのよ!色々と頑張って頑張ったら倒せたのよ!」

ヒフミ「それじゃあ分かんないですよ」

コハル「それは……」

五条「僕が教えようじゃないか!」

コハル「先生!?」

五条「いやあ、すごかったよ!コハルとジュンコの華麗な攻防、あと一歩まで追いやられたコハル、しかし、コハルは相手のわずかなスキを見つけての大逆転!あれは僕が見た中でも名バウトだったね」

ヒフミ「コハルちゃんすごいです!」

アズサ「うん、すごいな」

ハナコ「はい、惚れ惚れします♡」

コハル「も、もちろんよ!私はエリートなんだから!」

一方、護送車で――

ジュンコ「う、う~ん……」

ハルナ「あ、気が付かれましたわね」

アカリ「あらあら、どうしたんですか?ジュンコがやられるなんて★」

ジュンコ「そ、それはその……」

思い出されるあの本の内容

ジュンコ「い、言えない!!」

ハルナ「?」

アカリ(面白そうにニコニコと笑う)

ジュンコ「覚えておきなさい、あの子~!」
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