とある男の話をしよう。
誰よりも理想に燃え、それ故に絶望し、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️された男がいた。
その男の夢はこの世の全ての人々が幸せであってほしいという少年のような初々しい夢を持っていた。誰もが幼少期の終わりに近づくにつれて現実の非情さを知り、心の中から溢れ無くなっていく夢を、男は多数の人を助けるために少数を殺すことで保持し続けてしまった。
彼は愚者だったかもしれない。どこか壊れていたかもしれない。何よりも悲惨であったのが、彼は英雄や聖者ではなく、ありふれた弱くて醜くてどっちつかずの優しい人間であった。
悲しいかな、彼は英雄を嫌っていた。無秩序に屍の山を増やし、それに誇る者たちが世界に存在している事を。それがかつて自分が憧れた姿であればあるほど。
心を殺して命を選別し、戦争を止める。幾重にも繰り返されるその凶行を手段や目的の是非を疑わずに、ただ己を無謬の天秤であれと定義した。命の適量を図り間違えずに同じように救い、同じように殺していった。
だが彼は、気付くのが遅すぎた。
すべての人を等しく尊ぶのならば。
それは、誰一人として愛さないこと。
誰かが歓喜する笑顔は彼の胸を満たし、誰かが慟哭する声には心を震わせ、無念の怨嗟には怒りを共にし、寂寥の涙には手を差し伸べずにはいられなかった。
人の世の理を超えた理想を追い求めておきながら、彼はあまりにも人間すぎた。
それを突きつけられたのは、彼と同じく人間でありながらも世界を救世する聖者たらんとしてみせた少年と、彼の理想に付き従う英雄たち。そしてある妄執の怪物であった。
「オラァ行きなさいスーパーボンバーアーマーゴーレム君verマイホーム軍団、出撃ですわ!」
カミラが無様に泣き喚きながら逃げた後、牛鬼の一撃によって真っ二つに割断された青の本拠地であるカミラ邸跡地に進撃する白の軍勢に対し、カミラによって予め造られ、アホみたいな名称にさせられたゴーレム軍団は突撃していった。
『唯の破れかぶれな時間稼ぎだ。処理は『黒鳥』達が行うから心配せずに突撃を続行しろ』
「ダメコンが釣り合わないですわ。何ですのあの宝具は、あの一撃に加えて召喚能力付きの複数効果持ちなんてズルですわズル!」
その勢いに揺らがされずに炎蟲、カラス、水流など淡々と処理していく『黒鳥』達。一撃一撃が砲撃のように強い水流を出しているのは牛鬼伝説を再現する宝具、『牛鬼淵』で召喚された磯女である。その光景を遠くからツッコミながらもカミラとアナキンは金と紅と黒が光る夜空の下、森の中に走って逃走していく。
「アナキン!他の皆の状況は!?」
「分かりません、何か目にゴミが入ってように感じてよく見えないです」
アナキンのスキルには千里眼のような視力が上がるスキルは持ち合わせていないが、それでも1、2キロまでは見通せる。だがそれでも遠くを見ようとすると、まるで世界から許可されていないように目にノイズが絶え間なく流れ見渡せなくなっている。
(まっずいですわね。確かあちらは開催者なので大聖杯を色々弄って好き勝手はできるはず、私達はキャスターさんを呼んでるから文句はあまり言えませんが牛鬼さんにザッハークさんに推定ライダーさん、ここまで神霊を呼べますか普通!?)
そもそも地上で神霊レベルの奇跡を起こせる生物が居たとすれば、そいつにとって聖杯など不要である。それほど次元の外れた所業であり、地上ではサーヴァントとして従えるのは無論のこと、降霊させることすら不可能であるはずだが、今回の聖杯大戦では何故か呼べている。カミラの推測としては白のバーサーカー、ザッハークによるもの、もう少し言えばザッハークは伝承によって千の魔術を操る邪竜、アジ・ダハーカになったため、その権能で大聖杯を改造したのだろう。
「取り敢えず陥落した用の発煙筒は使いましたが」
「戦っているサーヴァント達は気づくでしょうな。問題は」
言い切る前に後方から轟音が鳴り響き、その音に危機感を持った2人が横に飛んだ瞬間、黒炎が彼女達がいた場所を荒々しく消し飛ばしていた。
「やはりあれくらいは安易と避けられるか。お初にお目にかかる。青の総大将よ」
奥から現れたのは中華風の鎧に身を包み、木製の柄に鉄製の広いくちばし状の刃が取り付けられた武器、双鉞を手にした髭面の凶悪そうな男だった。
「オレは白のランサー。宜しく頼む」
「…………ええ、よろしくお願いしますわ白のランサーさん」
『不味いですお嬢様。あのランサーを目視したら身体が思うように動けません!』
奥から現れた白のランサーに厳戒態勢になりながら距離を取るカミラとアナキン。不思議なことに白のランサーを目視したら身体に制限が掛かり、普段の調子で動けなくなった。まるで目の前のサーヴァントに対し恐怖しているかのように。
「私達のところのライダーさんは」
「アーチャーの奴が相手になってる。今はもう」
言い終えるよりも先に轟音が響き、目視できる範囲から煙を出しながら落ちていく戦艦が見えた。それを見て両者一斉に顔を歪ます。
「ああなってるな」
(やばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわやばいですわ!!!!)
脳内が一瞬でボキャブラリー崩壊を起こした。ライダーが倒れた今、凌駕か自分の所にアーチャーが駆けつけたりでもしたら戦況が変わるかもしれないのだ。ただでさえ自分のところはサーヴァントが2騎、宝具で生み出された幻想種が1体、上級死徒も1体いるのだ。普通に死ぬのだ。
「では尋常に行くぞ」
「尋常にお断りですわ!アナキン、早く私を抱っこして逃げますわよ!」
「あ多分無理ですわお嬢様」
いざ尋常に逃走劇を始めようとしたところでアナキンから待ったが入る。文句を言おうとしたところ、聞き慣れすぎてノイローゼにかかってしまう程、この場に最も来て欲しくない連中が現れた。その中で白のスーツに白髪の少年が現れカミラに対し軽く礼をしながら話し始める。
「お初にお目にかかります青のアサシンのマスター、カミラ様。私は白のランサーのマスターをしています。名をファウンⅧ。よろしくお願いします」
『久しぶりだな青の首魁カミラよ』
「すみません今ものすっっっっっごく都合が悪いので帰って欲しいのですわお願いしますわ!?」
「ごめんなさいね“アタシ”の召喚者のためにもアンタを殺さなきゃいけないの」
カミラからの涙混じりの懇願に対し、髪を地面に垂らし下半身が蛇になっている磯女はそう蠱惑的に言う。
「…………………………」
『後でアサシンに甘えておけ。ではかく』
「フラッシュバン!お嬢様早く!」
「“令呪を持って命じますわ!生き残りなさいアナキン!”」
不満気に磯女を睨んでいたキャスターに対し宥める『黒鳥』。そのまま号令をかけようとするが直前でアナキンによって全員目を潰される。それと同時にアナキンに令呪を一画切って自身はその場から一目散に逃げ出した。数秒後、凄まじい爆音が森中に響き渡る。
暫く森の中を走り回って数十分。周りからは何の音もなくなり、強化で視力を上げて周りを見渡しても自分を追跡する追手の気配が無くなったことを知ったカミラはやっと休息を取った。
「う、うっぷ。おええぇぇぇ。ちゃんと、日頃から体、鍛えてよかったで、おえええええええ」
緊張が途切れたからか、休息を取った途端に体から胃液を撒き散らし、盛大に環境汚染をしやがった。暫く吐いて体を落ち着かせた後、早く離れるためにまたそそくさと離れて行く。暫くすると後方から茂みを掻き分ける音が聴こえる。
(お、終わりましたわーーーーーー!!!いやまだランサーさんやバーサーカー様が救援に来てくれたのかも知れませんわきっとそうですわ決して私は理想を胸に溺死しないですわ!)
そんなことを思いながらも音の反対側の茂みに隠れながら様子を伺う。何とかしてバレないようにしなければ。そんなこんなで暫く待ち。
「はあ、はあ、もうあの黒い包帯の奴は」
「セイバーさ〜〜〜〜〜〜ん!!!!」
「うわっと、カミラ無事だったのか!アナキンは近くにいないのか?」
見慣れた褐色青年が肩と片手に何かを持って現れた時、安心したのか涙と鼻水を全面に出しながらセイバーへと突進した。ついでにセイバーの服で拭いた。
「アナキンは今殿をお願いしてしまいました。凌駕さんは?」
カミラの疑問に対し、神妙な顔つきをしながらセイバーは懐に抱え守っていたある物を露わにする。それは。
「え?聖杯?」
黄金に輝く、聖杯であった。
「ク、クハハッハハハハハハッハハハ!!」
「やっば遂にトチ狂ったか」
「おいどうしたんだアイツ、いきなり笑い始めたんだけど」
黒い風が吹いた後に、ゴーティエが突如呵々大笑し始めた。近くで見ていたセイバーと凌駕はドン引きしていた。笑い声が収まると手に持つ剣を天高く頭上に持ち上げる。
「Incarner la volonté de Dieu ici(神の意思をここに体現せよ)。Si nous sommes la chair et le sang du Royaume millénaire(我らは千年王国の血であり肉であるならば)」
「マッズッ!!」
ゴーティエが詠唱を始めたのを見て意図を察したセイバーは急いで斬ろうと駆け寄るが、ゴーティエが指揮していたキメラ達が足止めする。
「天におられる我らが主よ、今一度我らの心を御照覧あれ!!聖都に続け祝福の戦士達よ(ファナティスモス・フォイ・ゴッド)!!」
セイバーが詠唱を終え、宝具を開帳する。すると周りで囲っていたキメラ達が突如唸り声を上げると、骨が身体から突き出し、部分部分が鷲の翼、犬の足、猿の手、狼の顔などが具現化するなど、生命を冒涜するかのような姿形へと変貌していく。それだけではなく。
「あ、ああ、●あ●●ああア●●…………」
「マスター、マスター!?」
「抗うな受け入れろ神権(レガリア)よ。己の“源”が写し出す真の姿を主に見せるのだ。感謝するバーサーカーに“アーチャー”よ。私はまた間違いを犯し、師父の純粋なる決意と信仰を汚すところであった」
キメラ達の変貌と同時に凌駕も全身の節々に緑色の何かに置換されており、声も緑色の何かに変色しているのか、それとも未知の言語を話しているのか、途切れ途切れに聞こえてくる。ゴーティエの宣告にセイバーはこの最低最悪な宝具の能力に当たりをつける。
(“源”、まさか“起源”を覚醒させるのか!?なんて傍迷惑な!)
「起源」。それはあらゆる存在が持つ、原初の始まりの際に与えられた方向付け、または絶対命令。あらかじめ定められた物事の本質。無生・有生を問わず全ての物事は、抗えない宿命としてそれぞれ何らかの方向性を与えられて存在している。個々の人間もまた、知ろうが知るまいがこの方向性に従って人格を形成し、存在意義を持つ。「起源」が覚醒することはその物事に引っ張られるということである。
最早形勢は崩れた。あちらはT-ウイルスに感染したキメラ達と片腕を無くしたとはいえまだ戦意が残っているゴーティエがに対しこちらはマスターが起源に変貌してしまう間際である。
「ッ、マスター逃げるぞ!」
「追え!神権を奴等の手に渡るな!」
最初の時の出会いと同じように凌駕を抱き抱えるとセイバーは一目散に逃げ出した。後ろからは見た目バイオクリーチャーになったキメラに跨ったゴーティエが他のB.O.W達を引き連れながら追いかけてくるが、何故か差が広がっていく。
(追ってこない、ということは先に罠を仕掛けて自身は包囲を掛けているのか!なら今のうちに雷鷲を)
「馬鹿!頭を下げろ!」
「time alter tenth power accel」
それは不可視ならぬ不認識の一撃。冷たく響くから放たれた5つの凶弾はセイバーと凌駕を狙った。
「おおわ、ありがとう見知らぬ誰か!そして誰だよ今の!?君、君なのか今僕が反応出来ない、………まるで時が違うくらいに速い銃弾を撃ったのは」
「……………面倒だな」
誰かからの声と、セイバーが罠を警戒して呼び出した雷鷲が盾になってくれなかったら当たっていただろう。後方へと跳んで剣を出しながらセイバーがそう言い放つ。
(人間でもなければサーヴァントでもない。でもこの感じ、まさか)
目の前に現れた包帯男の正体を探っている間に、また無言で右手に持った拳銃を撃ち放ち、片方の手には黒いナイフで切りかかってくる。先ほどの魔術は一度破られているからなのか安易に使ってこない。
(さっきの詠唱もtime alter、“時間を変える”ということはやっぱり僕とあの男の時間を弄っていたのか。世界の「修正力」に邪魔されていた様子がなかったということは、体内で発動させているな。銃弾も速かったということは少しだけなら物体にも付与することができるかな。そして今の攻防と意識外から仕掛け離れて行った。ということはガッツリやり合うのは苦手というか選択肢には入ってないと見える)
「そこっ!」
「time alter fifts accel」
(5倍速までなら普通に使えるのか)
戦闘を始めてから包帯男とセイバーは互角に立ち回っている。普通ならサーヴァントであるセイバーが優勢どころか圧倒している筈だが、包帯男の肉体が常人を超えて並のサーヴァントより下ぐらいの動きだったため喰らいついてくる。それに加えてセイバーが片手で凌駕を支えていたこと、包帯男が森という環境を使ってセイバーの行動を阻害していただけでなくセイバーではなく凌駕を率先して狙っていたため互角に立ち回っていた。しかしそれでもセイバーの方が断然余裕があり、包帯男の方には疲れが見え始める。
(どうしたもんかな?)
だがセイバーの方も余裕がある訳でもない。ここで時間をかけたら他のサーヴァントが援軍にやってくる、更には凌駕の症状も心配である。今は宝具を使ったゴーティエが近くにいないからか進行はしていないが、それでもここで時間をかけられるのは嫌である。
どうしたものかとセイバーが悩むと、不意に包帯男が踵を返して離れていった。セイバーがポカンとしていると、その直後に凄まじい爆音が響き渡る。
「あっちは、カミラ達の近く!」
「阿呆顔を背けるな!」
パーンッ
思わず顔を背けて足を向けた時、乾いた銃撃音と共に腕の近くからセイバーの顔に赤い液体が巻き散る。見れば茂みの奥からさっきの包帯男が硝煙が出てる銃を片手に現れ、撃たれた凌駕は頭を中心にヒビがはいり、黄金に輝きながら人間の形を呈していない。
「マジかッ……!」
今の状況を理解させられたセイバーはそのまま駆け歩く。止まってでもしたら不味い、更にあの銃弾に擦りでもしたら自分のマスターが人間に戻れなくなると頭の中に駆け巡る。それは相手も知っているのか包帯男も加速して追いかけて来る。
「………ごめん」
これでは追いつかれると判断したセイバーは振り向きざまに雷鷲を数匹放つ。それに対抗して包帯男も雷鷲を銃弾で撃ち抜くが、それを隠れ蓑にして剣が飛んでくる。
「ギィッ………!」
「僕の宝具で断ち切れる物はそうそうない」
弾切れを起こした拳銃を走りながら中の弾薬を交換することは不可能であり、それ故に身体を曲がらせながらナイフでセイバーの宝具であるダマスカス刀を切断、もしくは弾こうとしようとしたが、逸話と神秘の差により逆にナイフごと右手が切り飛ばされた。
衝撃で体勢が崩れた隙を逃さず、セイバーはそのまま森の中を駆けて行き、そして現在に至る。
「暫くしてマスターが聖杯になってしまったんだ。他に何か聞きたいことある?」
「そうですわね、因みに度々セイバーさんを警告してくれた方は?」
「ここだよ阿呆共」
そう話をしているとセイバーの肩にいた栗みたいな茶色のリスがじっとりとこちらを目を細めながら見ていた。
「え、えええええええええ!!リスさんが喋ってる!?」
「さっき、まで私に助言をくれていたのは君だったのか」
思わぬ存在にびっくりして2人も動揺が隠せていなかった。それを見てリスは分かりやすくため息をついていた。
【行くのか長兄】
【ああ、洒落にならん事態が起きそうでな。ちょっと現世に出るわ】
【御武運を】
【お土産宜しくお願いしますね!】
【おう任しておけ玉姫!甘い菓子細工を持って帰るわ】
そこは何処にもなく、何処にもある時間軸が外れた場所にて。人ならざる七星の超越者達は集っていた。彼らはある恩人に頼まれて現世の問題に介入しようとしていた。
【すぐに帰ってくんなよ長兄】
【誰にものを言っておる末弟】
その内の中で輝く一等星を中心とした他の六星に見送られ、七星を束ねる星は猛然と現世へと降り立とうとしていた。
「ここが、今回私が呼ばれた戦場か。なんともまあ夜空が綺麗なことだ」
その男は赤い外套に身を包みながらニヒルに薄く笑って現れた。赤い外套、それは「◼️◼️◼️」の道具である証明、霊長の守護者の証。
「さてそれでは参ろうか。何、いつものことだ」
そう独り言を言いながら彼は戦場へと足を進める。それは幼い頃の思い出、決して色褪せない黄金の記憶との精算の儀であることとは知らずに。
次回「第二次聖杯大戦・転 2」