高く伸びる天井は日輪の様相を呈し、降り注ぐ太陽の光を表しているのであろう大仰な内装を見上げている
奥に佇むは赤みが濃い橙色の座席に腰を下ろし、暖簾の様に区切りがあるベールに顔を隠す一人の人物と左右に直立不動と剣呑な雰囲気をまとわせる長物を携える二人の武人。
武人の視線は先立つ者の一挙手一投足を見逃さんと刃をまとわせる様であった。
腰に携える灰色の鞘に指でも掛けようものなら、間も置かずにその切っ先は志崎研の喉元へとたどり着く。
そう思わせるほどの張り詰めた空気がこの場には流れていた。
しかし彼は意に介することなく片膝を付き
「お久しぶりでございます。
淡々とそう述べると奥の日留女と呼ばれた人物は立ち上がり、巫女装束を思わせる和装に身を包んだその人は丈の長い袴の裾をなびかせる。
ゆっくりと歩を進めると二人の武人は日留女を間に向かい合い、同じく膝を付く。
日留女は器用にも長い裾に足を取られることはなかった。
「……よく参られましたね、志崎の者。
場の空気を統括するような凛とした声色に志崎は一瞬眉間にシワを寄せた。
由緒ある魔界騎士の血筋を継ぐ者として育ってきた彼は、その人生において第一に戦い第二に家柄としての見栄の2つに縛られてきた。
その歴史、言い換えるなら魔戒騎士の矜持が、志崎の頭を雑念の入らぬクリアなものへと切り替える。
「赤色の雁書にての指令、陽の番犬所の配慮と考えました。引き受ける云々を抜きにしても顔を出さないのは失礼なものかと」
番犬所から魔戒騎士へ指示を出す際に用いられる指令書の一つ。
赤と黒の二種類が存在するが、赤色の物は基本的にはその受けた騎士の判断で断ることも可能である。
余程の事がない限り黒色の指令書が発行されるはないが志崎は礼儀の一つとしてその言葉を連ねたのだ。
もっぱら赤の指令書であっても断ることは稀であるが。
「そちらの進展は如何ですか?」
「訊かないで下さい……。一切進みはございませんよ」
志崎はは影を落とすかの様に薄ら笑いを浮かべそう答える。
まるでお手上げだとでも言わんばかりなその態度に、日留女は表情を曇らせると憐憫とも落胆とも取れる不釣り合いな視線を志崎に向ける。
「そうですか。こちらから依頼している手前、心苦しい所もあるのですが……。早々にして単刀直入に申し上げますと、ある魔戒騎士を探してほしいのです」
「魔戒騎士ですか」
「えぇ、所属もなく放浪するハガネの騎士。その者がこの街に立ち寄っているそうなのです」
「無所属の魔戒騎士はそう珍しいものとは思えませんが」
理由は様々であるが流浪する魔戒騎士には幾人かと会ったことがある。
そう思っていた志崎に投げ返すようにして日留女は口を開く。
「理由は他にあります。相対した騎士からの情報によれば、その魔戒騎士は巧妙に隠してはいるそうですが邪気を僅かに放っているそうです」
邪気という言葉に志崎は眉間を寄せる。
「闇に落ちた騎士?」
「可能性の一つです。ホラーのゲートとなる物品の窃盗、他の魔戒騎士との不許可な戦闘と二つの点について看過出来ない事柄をその騎士は行っています。……元老院からは闇に魅入られた者とし、接敵せし場合即時の討滅をと指示が下されています」
暗黒騎士。魔戒騎士が鎧を纏い、現界させられる時間を超えると起こる心滅獣身を意図的に行い、鎧の素材ソウルメタルをデスメタルへと反転させた者が成る魔の戦士。
最早騎士にあらず、豪腕怪力のままに蹂躙するその姿はホラーと同義である。
魔戒騎士にとって最大の禁忌であり御法度。
暗黒騎士は何においても討滅するもの。これは多くの魔戒騎士の中での共通認識であると言える。志崎もまた、それは例外ではなく切り伏せるものと認識している。
たとえ昔は仲間であったとしても私情を殺し覚悟の下処断する。守りし者はそうあらねばならない。
志崎は決意の面持ちで口を開く。
「妥当だと思いますよ。その魔戒騎士にどんな事情があったにせよ、守りし者が人々に災いをもたらす存在に成り果てているのであれば、それを切り伏せる事こそが騎士だった者やその系譜に連なった方々に対する最善の情けです」
「概ね私も同意です。ですが一つ彼に気になる点があるのです。……無茶かもしれませんがどうにか捕縛……という手段を取って頂く訳には行きませんか……?」
口篭るような言い方であった。
捕縛。それも暗黒騎士である可能性のある者を。それは全身全霊を賭しても敗北の可能性は無きにしもあらずだが。
ともすれば二言で完結すると志崎は重い心持ちに頭を掻く。
無茶。もしくは無謀であると。
「大分厳しいと思いますよ。……古い仲ですので正直に言わせて頂きますと、貴女のその言葉は見方によっては騎士に対する侮辱か最悪離反とも捉えられかねませんが」
日留目のあまりな物言いに対して志崎の語気は力を増した。
少なくとも番犬所のトップである者が軽々しく放って良い提案ではない。
小さくはない憤りを感じている志崎に対して日留目は言葉を続ける。
「……しかし決断を下すには事を急ぎ過ぎていると感じているのです。あまりにも情報が片側に寄っていて多角的な見方が私達には出来ていない。その者が完全に暗黒騎士と成り果てているのであれば迷いなく切り捨てて下さって結構です。しかし、もしそうでないのなら話しをする余地があると思うのです」
物怖じせず、日留女の思考はあくまでも中立的を貫こうとしているように志崎には映る。
声色にも説得力を持たせるには十分であり、また一理もあったが志崎はどうにも腑に落ちなかった。
「……他にも理由があるのではないですか? 日留女様」
志崎はカマをかける心持ちでそう言い放った。
「当たり前です。でなければこんな危険な指示を貴方に出しはしません」
頑として実直に答えた。
謀りのたの字も知らない様なその誠実な言葉に志崎は少しの恥ずかしさと、考えあっての事だと安堵を覚えて言葉を続ける。
「お聞きしても?」
「……私もこの勅令を元老院から聞かされたとき、心持ちとしては納得は出来ないまでも討滅という選択肢に悩むことはありませんでした。しかしそのハガネの騎士に近付くための情報を訪ねた際、接敵した騎士がこう尋ねられたと話したのです『アザゼルというホラーを知っているか?』と」
「アザゼルですか……」
今まで数多のホラーと対峙してきた志崎であるが、その経験や知識をもってしてもその名または類するであろうホラーに覚えはない。
こうなってくると魔導輪を現在所有していない志崎にとって痛手になってくる。人よりも遥かにホラーへの熟知が成されている彼等であれば、何かしらの手掛かりになるような助言くらいは最悪してくれていたであろう。
志崎は腰鞘に携えた自らの魔戒剣を握りしめるとその柄に目を向ける。
中心の辺りに浮かぶ、五芒星を囲むようにして広がる特徴的な桜の家紋は長きに渡り受け継がれてきた物である。
「私も今までの経験上様々なホラーについて調べてはきましたが、そのアザゼルという名を聞き齧ったこともありません」
日留目はそう言った。
「そのホラーの存在を何故知っているのか。それが理由ですか」
「えぇ。名前を知っていた彼に是非を問い糾す必要があるのです。でまかせを言っている可能性もありますが、そこの判断は含めて志崎にお願いしたいのです」
「……日留目様の考えは分かりました。ともすると断るという選択肢は取れそうにありませんね」
志崎は目線を日留目に戻し、完全には納得出来なかったが故に口篭るようにそう言い放った。
不安、恐怖、迷い。それらが足元を覆うたび志崎はこの魔戒剣を握りしめて来た。
紡がれてきた剣の歴史が背中を押し、何よりも自らが築き上げた血反吐を吐く程の研鑽が歩みに力をもたらすのだ。
今や癖に近いその行為と、多少の迷いはある中で志崎は『ただ守りし者であれ』とよく聞かされたであるその言葉が頭の中に反響していた。
「ありがとうございます。私の我儘を……」
「言質は取りましたからね、もし暗黒騎士なら切っても良いと。……それに存在するならそのアザゼルとやらも放っては置けない」
情報がないという事以上に恐ろしいものはない。
ただ一つ確かな部分としてはハガネの騎士の痕跡を追っていけば、自ずとそのホラーに対する審議もつくであろうという点。
志崎は今一度装いを正し一息吐けると日留目に向かい直す。
「此度の流浪のハガネ騎士に対する審議の依頼、確かに受け賜りました。進捗に関しましては進み次第その都度知らせを送るように致します」
「よろしくお願いしますね。こちらから無理に頼んでいる手前、出来る限りの支援はするつもりですので。というよりも既にしているというべきでしょうか」
「どのような?」
「月の番犬所にも打診して協力を仰いでいます」
月の番犬所。
それはこの陽の番犬所と対角に存在する、夜の守り人達が集う番犬所。
陽が正に寄りそれを象徴する力があるならば月は真逆に負の側面へと目立つ力を携えている。
月の番犬所とは即ち、静寂を是とし尊ぶ場であるのだ。
心根に魔戒騎士としての使命を燻ぶらせていた志崎は、日留目の言葉を皮切りとして段々に顔を引き攣らせていくのだった。
★☆★
陽の番犬所の有様とはまさに真逆と言っていいものであった。
日が昇る時間帯であるにも関わらず、その場所は薄暗く夜の静けさのままに。天井に備えられた月を模した装飾から差す薄く優しい灯りのみが頼りで生者の気配を感じさせない。
その灯りの下に、生気の抜けた白髪に装束を身を包んだ者が背丈の高い椅子に座っており、頬杖を付きながら足を気怠げに組むその姿には不誠実さをはらんでいた。
「……と、いうわけだよ。力を貸してくれるかい?
意地の悪いニタニタとした笑顔でそう言葉を切った男は、癖なのか頬杖を付いたまま自身の右耳の三日月を模したであろうイヤリングを指で弄る。左耳には満月の様な物を嵌めているがそちらは手付かずである。
葬憐と呼ばれた男は心底慣れ親しんだものだと思いその話を聞いていた。
「無論。断ることなど有り得ません。慎んでお受けいたしましょう」
葬憐はその結論に対して顔色一つ変えずにそう言うと頭を垂れる。
携えた
「うん、即断即決は良い事だ! 話が早く進むからね。……それにしても我が姉ながら元老院の意向に反する事を言い出すとは本当に驚いたよ。実に愚かしい」
「陰口は関心致しませんよ。
葬憐は静かにそう言った。
陽に対する陰。ヒルメに対するツクヨミ。
この月の番犬所の主である継黄泉は日留目の人当たりの良い性格とは違い、逆として酷く横暴で陰険なものでそれが酷く目立つ。
故にか付き従う者は少なくこの番犬所の静寂にも一役買っていた。
葬憐はこの態度を改めない限り、閑散としたこの状況は何も変わらないだろうと思う。
「これは正しく愛から来るものさ。孤独に奮闘している彼女が、弟であるこの私に協力を申し付けてきたのだからね。嬉しくて堪らないのさ」
継黄泉は嬉々としてそう言い放った。
「随分と歪まれていらっしゃる」
ふと思わずの言葉であったが、葬憐は自分が失言をしてしまっていたことにハッと気づく。
継黄泉に目を向けると一つ嫌らしい笑みを掲げて人差し指を向けていた。
これは言葉尻を掴まれてしまいそうである。
「まるで自分はそうじゃないとでも言いたげだね? 仏門に下っているとはいえ人は人である限り因果の宿命からは逃れられない。君であっても例外はないよ魔戒の僧。人は皆歪んでいるのだから誰も彼も咎められるいわれはないんだよ」
「えぇ、全くその通りでございます。故に十分に戒めております。まだまだ修行中の身ではありますが……」
継黄泉は人の発言の矛盾を突くことに長けている事を、葬憐は自らの身を持って学んでいる。
なのでただ口数少なく簡潔に収める事がこの場での最善となる。
乗ってこない葬憐のその態度に、興醒めだと言いたげに継黄泉はため息を吐いた。
「……現段階で君はこの魔戒騎士をどう見る? 簡単で構わないから意見が聞きたいな」
余興は終わりと一転し、継黄泉の声色には気怠げが9割に若干の真剣味が1割といった配分に帯びた。
「……苛烈、。の一言でしょうか」
葬憐はそう答えた。
「苛烈ねぇ」
「えぇ。内容から察するにその騎士は、各地での担当魔戒騎士と戦闘を繰り広げているようで、それはまるで焼け焦げても尚猛る烈火の道を踏みしめるが如く……。私の見解とすればその者は何か強い目的意識の下で動いていると予想します」
「生きている限り目的意識は持つものさ、種は問わずにね。強弱に関しては量れるものじゃあないよ。……みたいな答えを出される上での言葉じゃないんだろう?」
「えぇ勿論。情報から推察するに、特筆すべき点はそのハガネの者が相対した全ての騎士に敗北している事。それなのにも関わらず自らにムチを打つように繰り返し続けている。この強靭な意志にこそ彼の目的が隠されているのではないかと思うのです」
そう言い切った葬憐は半ば確信めいたものを感じていた。
継黄泉から知らされた情報は、それに足る考察をするに余りあるものだとも感じている。
絶え間ない戦闘を繰り広げているであろうその魔戒騎士に、そうせざるを得ない程の理由があるとするならば……。
「強靭な意思。魔戒騎士であってそうなるという事は大体どんな理由か察しは付いちゃうか」
先の考えを口にしようとするが、被せるように先んじて継黄泉が口を開く。
どうやら彼にあっても同じ考えに至っているらしい。
「ホラーによる何かしらの被害を受けてしまった方でありその復讐か類する事柄が目的である可能性が高いですね」
「敗北者が自らの使命を忘れて私情に走るのはままあることだね。結局の所馬鹿という他はない。自分の犯す行動の結果がその元を侮辱する行為だとなんら気づいていないんだから」
継黄泉の目線は遠くを見ているように感じた。
「心の根の所は本人と相見えなければ理解し辛い所でしょう。考察の域は出ませんね……」
「そこは任せるよ。……今の所懸念があるとすれば、僕達の独断行動が元老院側に知られてしまうという点にあるか」
「利敵行為そのものでしょうから。最悪の場合両家、番犬所取り潰しの上、鎧の没収まで求められるかもしれません」
葬憐がそこまで口にすると一つ間が空き、継黄泉は喉を突くような呻きの後に頭をかき乱す。
考えを纏めておられるのだろうかと葬憐は疑問を浮かべた。
暫くして段々と腕の動きが小刻みとなり、やがて止まると鳥の巣の如き髪を直そうともせずにふっと息を吐いた。
「……姉さんはそこまで勘定に入れていないだろうなぁ。あーいやだいやだ」
継黄泉の考えた末がこの心底嫌だと言いたげな態度であり、やはり歪まれているがこれも愛の成せる物言いなのだろうと暖かい心持ちに身まで火照る様に葬憐は感じていた。
言動と心が相反する人物はいるが、この人もその類であることは間違いようもないだろう。
継黄泉は頬杖を付いて更にため息も吐く。目線は下を向いた。
「……纏めておくとこちらの意向としては陽の番犬所に沿うような形にはなる。けど必ずしもそれを守らなければいけないという訳じゃないと言い含めておくよ。……家族の情を含めなければ元老院の判断には全面的に肯定だしね」
「畏まりました。……損な役回りは常ですね」
表向きは陽の番犬所の考えに歩調を合わせていくが、いざ不利益を被る算段が立ってしまった場合元老院側から受けた指令を全うしろということとなる。
つまるところどちらが大事かという話である。
一人の騎士の戯れ言か、先祖代々積み上げてきた魔戒騎士としての地位と信頼。
天秤は後者に傾くだろう。それほどに歴史と責任は重いのである。
「此処に所属している限りそこは諦めるんだね。……ま、頑張ってくれよ? 他の殺し損ねて逃亡を許した騎士の覆轍を踏まないように」
「この
「まぁ、うん。そう信じておくよ」
継黄泉はまるで期待していないといった表情で、馬鹿にするように一つ笑った。