牙狼 -陰陽泥-   作:オアシス・ダンナー

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第壱話 荒廃 -kouhai- ④

 

 志崎はボンヤリと庭先を眺めながら自身の取り巻く現状について思案していた。

 お祖父様の件は最早しょうがない部分が大。生きるという事は老いると同義なのだから責められる謂れなどあってはならない。

 お祖母様はまだまともで在られるから自分が業務に出ていても何とかなるが、それもいつまで保つのか分からない。

 更に言えば問題は自分に何かがあった時にどうするかだ。

 いくら旧知の中とはいえ家庭の事にまで日留女様の手を煩わせられない。

 魔戒騎士の老後とは中々に難儀だなぁと志崎はため息を吐く。

 

「親父が居てくれれば……」

 

 思わずそう呟くと見計らったかのように庭先の奥の方から一つの神楽鈴を鳴らしたかの様な鈴の音が鳴る。

 志崎はその音に魔戒剣を強く握り絞めた。

 

「相変わらずどうやって鳴らしてるのかサッパリ分からないな。……出てこいよ葬憐」

 

 志崎がそう声を掛けると、庭の奥の家屋に遮られた小道から傘を被った修験者の様な見た目に扮した葬憐がその錫杖を打ち鳴らし現れる。

 向かって来る姿にはやはり物々しさを感じ、薄気味悪さを醸し出しているのも理由あっての事だろうがどうしても忌避感に近いものは心根に存在していた。

 これも月の特性だろうか。そう思っていた。

 

「コツが要ると教えても出来なかったでしょう貴方には。久々ですね」

 

 目の前で傘を取った葬憐はそう言葉を放った。

 

「俺は会いたくなかったがな」

 

「それは私も同じです。番犬所直々の指令でなければもう2度と来る事はありませんでした」

 

 最後に直接話したのは確か8年前程だったか。喧嘩別れしてから会うことも無かったが顔つきに老けが見える。

 特に眉間には皺が張り付いて、その年数の苦労がまるで樹木の年輪の様であるとその過ぎ去った月日を思う。

 

「何か手掛かりでも見つけたのか?」

 

「その様子ですとまだ何も手付かずという所ですか。貴方らしいといえばらしいですね」

 

「家庭の事情ってやつだよ、理由にはならないが……。まぁ中々難儀なもんだよ」

 

「…………」

 

 つい口が滑って余計なことを言ってしまった。

 空気が一気に冷え込むのを志崎は感じた。

 

「今の話は忘れてくれ。一端の魔戒騎士が吐く事じゃなかった」

 

「……そうですね。ただ陰我にのみ向き合い、その対処に全力を注ぐ者こそが理想とされるであろう護りし者。些か軽薄でしたね」

 

 気を遣わせてしまったなぁと志崎は少しの罪悪感を覚えた。

 自分の感情も隠し切れる程まだ騎士として成熟して居ないと言った所か。まだまだ青い。

 ここ最近は成長を実感する事が少なくなっていたが、どうにもまだ伸び代があると知れるのは恥ずかしさを感じつつも嬉しいと感じていた。

 

「この後に例の件について調べようと思っていたんだが、タイミングが良いのやら悪いのやら」

 

 小恥ずかしさを隠す様に軽口のまま言葉を放つ。

 

「そうですか。なら此方としては良い事ではありますね」

 

「どうしてだ?」

 

「発見したので捕物に行きましょうって話ですよ。だから今日わざわざ訪ねて来たのです」

 

「…………。まだ2日と経ってないが早すぎないか?」

 

 早いことに越したことは無いがそれにしたってこちらの立つ背がないだろうと志崎は思った。

 

「貴方の動きが遅い……と言ってもいいのですが、此方には人が居ますからね。同じ期間でも成果は出やすいものです。それに例の人物はウチの管轄地域から侵入した様なので尚更でしょう」

 

「月の管轄から? それは何とも……この辺りの事情について認知してないのか?」

 

「その可能性は高いです。少しでも我々に対しての知識があれば、そちらから入った方がやり易く無難ですし」

 

「これで一つ情報を得たな。例の人物はこちらの管轄に対しての知識を有していない可能性が高い」

 

「どちらにせよ捕らえられれば済む事ですので」

 

「分かってるさ。此方の都合に巻き込んでるからこれ以上世話にはなれないしな。案内だけしてもらったら後は俺が片付ける」

 

「……万が一にでも敗北するような流れにはならないように」

 

「それも分かってる。手加減に力を割いて失態を犯すくらいならいっその事、な。日留女様には悪いが」

 

「なら良いです」

 

 一息吐きながらそう言って、葬憐は皺の寄った怪訝そうな眼差しを志崎に向けていた。

 それからは実際の場所や進め方等を軽く打ち合わせ、葬憐は「先に門の前で待っている」と一旦場を閉める落ちとなった。

 

 志崎は縁側から廊下に上がり、癇癪の治った祖父の様子を一瞥すると掃除に勤しんでいた女給に小さく「ありがとうございます」と声を掛ける。

 その声に気づいてか和かな笑みを浮かべての返事であった。

 いつも突発的な仕事を任せてしまって申し訳無い。と心の中で志崎は謝罪の念を浮かべていた。

 

 踵を返す様にして玄関に向かい、祖母にも一言残して行かなければと志崎は居間に続く襖を開く。

 中央に置かれた漆塗りの座卓を前にして祖母は端座して、広げられた裁縫道具を手に目前の人形を修繕していた。

 歳を感じさせない慣れた手付きで針を通すその姿には人形も冥利に尽きるというものだろう。

 志崎の姿に気づいてその手を止めた。

 

「お祖母様。どうですか? 人形は」

 

 そう志崎は先に声を掛けると祖母は抱えた人形を志崎に向ける。

 

「細かな傷と着物の腐れはありますがお風呂に入れて上げたら綺麗になりました。元々大事にされてたんでしょうねぇ」

 

「そうですか。持って帰ってきて正解でしたね」

 

 そう言いながら志崎も座卓の前に腰を落とした。

 

「えぇえぇ。どんな柄の着物にしようかしらね」

 

「麻の葉とか如何ですか? 魔除けの意味合いもありますし心機一転という意味でも良いかと」

 

「麻の葉ねぇ。元々は子供の為の物だからそれが良さそうね」

 

 そう言うと雑多に重ねられた布束を指で一枚一枚撫でる様にして捲り、薄紫に着色された麻の葉紋様の一枚布を取り出す。

 

「お祖母様これから日留女様から承った指令の件でちょっと……」

 

 志崎はそう言い掛けると言葉を噤んだ。

 

「研、いつもごめんなさいねお祖父ちゃんの事……」

 

 一枚布を膝の上で畳み、目の前の人形に目を向けながらそう言った。

 志崎はその視線の意味に気付くとにっこりと笑う。

 

「何を言うんですか。家族の事なのに謝る謂れなんて一つもありませんよ」

 

「お父さんお母さんの事でも苦労を掛けてしまっているのに、更にと思うとどうしてもね……」

 

 志崎の祖母が吐露したその言葉に志崎は納得感とも言うべきものを感じた。

 今までの祖母の遠慮というか壁というか、溝を隔てる様な自分への立ち振る舞いは家族に対して負い目があったからなのかと。

 そこまで深刻に感じる事だろうかと志崎は思ったが、思う所が無い訳ではないのでもしかしたら察せられてしまったのだろうかと考える。

 そして小さく口を開いた。

 

「……正直辛いと感じたりする事はあります。それでも自分1人が見ているわけじゃないですから。何よりも現状のお祖父様が望むべくしてなってしまったので本当に辛いと感じているのはお祖父様当人だと思っています」

 

「あの人は特に厳格だったものね……。研も生傷が絶えなかったわね」

 

「そのおかげで生きて戦ってこれました。魔戒騎士としての宿命の中で死なせない為に必死になってくれたからです。この大恩に比べたら今の状況なんて屁みたいなものです」

 

「言葉が汚いですよ。……でも立派に育ってくれたわね」

 

「お祖父様もそうですが、お祖母様や父さん母さんから教えて頂いた事はよく覚えています。礼儀勉学、そして何よりも魔戒騎士として必要な物の殆どを受け継がせて貰いました。でも一番心に残っている物は"人生とは試練が折り重なって出来ている"。この言葉です」

 

「お祖父ちゃんが口酸っぱく言っていましたね」

 

「はい。母の股から産まれ出る時、そして死に至るその時でさえ全てが試練であり、一つ一つが自分を成長させてくれるもの。だからこそ俺は思うのです、今の一つを乗り越えた先に待つのは一体どんな自分なんだろうかって」

 

 そうやって成長していき何はお祖父様や父様の様な強さに追いつければいい。まぁ何十年掛かるか知れないが。

 ……だからこそ強かったお祖父様を思い出す度に辛さを感じるのかもなぁ、成長の行き着く先の一つだったから。

 

「……だからこの"試練"も辛くは有っても苦しくは無いって所です。最近は楽しくもあったり」

 

「そういう所はお母さんに似たのね。あの子も逆境を乗り越える為に物事に楽しさを見出すを才能があったわ。私にもお祖父さんにも、息子にも無かった。だから惹かれたのでしょうね」

 

「ははは。親の馴れ初めを聞くのは如何にも居た堪れない」

 

 これほど小っ恥ずかしくなるものも無いなと志崎は思った。

 

「いつの日か貴方も自分の子供に話す時が来るのだから参考にしても損はないわよ」

 

「どうですかねぇ」

 

 治らぬ頭の熱を感じつつも志崎は祖母との会話に舌鼓を打つのであった。

 更に細かな談笑の後に志崎はそろそろかと腰を上げ「日留女様の一件を片付けて参ります」と言い別れの挨拶を告げて居間を後にする。

 廊下を進むと木板が所々軋み、それに合わせる様に志崎の顔付きも鋭く伸びる眼光に見合って変わっていった。

 仕事の時間だ。

 先程のささやかな家族の語らいを胸に秘め、一つそれだけを思い歩に力が入る。

 玄関の石畳を叩きつつ外に出ると温い風と共に線香の香りが鼻腔を過ぎる。

 開けた真ん前に葬憐が不動のまま立っていた。

 

「……待たせたな」

 

「いえ。行きましょう」

 

「あぁ」

 

 すっかり暗くなった風景に恐れる事なく、志崎と葬憐の脚先は門構えを超えた先へと向かって行くのであった。

 鈴の音を響かせながら。

 

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