牙狼 -陰陽泥-   作:オアシス・ダンナー

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第壱話 荒廃 -kouhai- ⑤

 

 日の管轄。月の管轄。

 この一帯の地域を東西で二分するようにして、それぞれが管理を任されている。

 こうやって分たれる前までは今の月に相当する人達が守護していたが色々とあって現在の様な形になっている。

 歴史として古いから寺院が広く建ち並び、半ば観光地の装いに包まれているのが月の管轄の特徴であった。

 町としての特色とでも言うのだろうか、やはり陰気を感じさせるものが充満している。

 その印象のままに日の管轄と比べると陰我が溜まり、滞りやすい性質も備えているから比べるとこちらの方が仕事としての忙しさはひとしおであろう。

 志崎はその空気感が昔から好きになれなかった。

 

「この先に小さな溜池があります。そこから管を通じた先に反応があるようです」

 

 葬憐の解説を交えながら道を行く。

 時間は掛からずその溜池に辿り着くと、膝まで浸かるであろう川の流れが管を通っていた。

 この先なのだろうが、いかんせん水が汚いな……。

 鼻腔にへばり付く汚水の臭いに、これは人も寄り付かないだろうし隠れるにはもってこいだと感心する。

 中々に勇気のある騎士だなと褒め称える感情すら浮かび上がる。

 

「足元を犠牲にするのは覚悟しなきゃいけないか」

 

 いくら仕事だとはいえ、一張羅をむざむざ汚すのには抵抗があった。

 就任した時から着ている思い出深い物なのだが……これも仕事の内か。

 飛び込もうとすると葬憐が静止させる。そして胸の内から鈴の二つ付いた魔導筆を取り出した。

 ……この鈴、まだ持っていたんだな。

 その魔導筆を空に滑らせると勢いのまま先を自らの足元に向ける。

 靴に広がる様に金色のラインが入り、同じ様にもう一度法術を起こすと今度は志崎の足元へ。

 

「これで濡れません。先に行ってますよ」

 

 その言葉と共に高く飛び上がって水の上に着地する。

 川の中へ体が引き込まれる事はなく、飴坊が張力で這う様にしてその足は水面を叩いた。

 法術も騎士も両方熟せて一人前か。正に有言実行。

 志崎も地面を蹴って水面の上に立つが、地面と変わらぬ硬い感触にこれなら戦いになろうと難儀する事はないと思った。

 管の前で二人並び立つ。

 

「木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中とは言いますが、敢えて見つかり辛い場所を選ぶ理由は推察出来ますね」

 

 月の管轄特有の数多ある寺院とその聖域で奉仕する者達。

 事情を知る志崎は口を開く。

 

「関係者……。法師と呼んだ方がいいか?」

 

「ええ、寺院のそれぞれが私達でもありますから。彼等もまた暗闇に争い共に戦う同士達です。……例のハガネ騎士が此方の事を知らずとも、その法師達が身を何処に置いているかは同業であったなら理解出来るはずです。詰まる所その月としての我々がいるからこういった場所を選ばずにいられなかった」

 

 隅から隅まで監視の行き届いた月の管轄で、追いやられる様に逃げた先が此処だったんだろうな。

 そう思うと欠片程の同情心が生まれた。

 

「全く不運なもんだなその騎士も。月のネットワークに捕まるなんて」

 

「貴方の所では梅雨知らず、此方の視野は人の想像に収まる範囲ではありませんので」

 

「いちいち突っかかるなよ。もう面倒だ」

 

「ならやる気の一つでも見せては如何ですかね。……さぁ入りますよ」

 

 言葉を皮切りに湿り気の帯びるその中へ進んだ。

 暗く視界の悪い中で志崎は腰の魔戒剣を直ぐに引き抜けるよう手を添える。

 葬憐は再度魔導筆で空を切ると光量を携えた五つの球体を生み出して辺りに漂わせた。

 一見助かったと思えるが、光の中から暗闇を見るより暗闇の中から光を捉える方が至極簡単だ。

 不便を解消したその不意を打たれまいと最大限の注意を払う。

 

 一瞬紫に揺らめく閃光を目が捉えた。

 考える間も無く掴んだ魔戒剣を反射的に引き抜くと、その居合のままに襲う何らかの脅威を頭上に弾いた。

 刀身と接触した部位には火花が生じ、剣から通じる反発力が皆無な事から志崎は一つあたりを付ける。

 

「実体がない! 術の類だ!」

 

 志崎の言葉を受けて葬憐も錫杖を斜めに構える。

 そして連続した瞬きの如き光が弾け、それらを二人は捌いていく。

 この奥に居るんだな。汚いが最後っ屁というやつか。

 

「お先に!」

 

 葬憐に伝えると攻撃をいなしながら駆け出した。

 追随する明かりの法術により段々と先が見えるが、そこには浮かぶ札が複数枚漂っていた。

 術者はいない。トラップの類かと拍子抜けする。

 法術のタネが割れ危機を察知したのか照準が一斉に志崎に合わせられると更に襲いかかる。

 縦横無尽に動き回りそれらを回避し、隙を見ては札を両断する。

 追尾する訳でもなく直線的な攻撃であるなら造作も無い。

 やがて全て切り終え、魔戒剣を軽く払う。

 

「……それなりには強くなったようで」

 

「お陰様でな」

 

 追いついた葬憐の言葉にそう返した。

 

「しかしハガネ騎士の姿が見えないな。まだ隠れているという訳でも無さそうだが……」

 

 ただひたすらに真っ直ぐと管が続く中で隠れようは無い。

 更に奥で待ち構えているのか。目線を遠くに置くと不意に葬憐が近くの壁に手を翳す。

 

「……この一部分、少しおかしいですね」

 

 その言葉に同じ箇所に目をやると確かに少しだけ違和を感じる。

 苔やカビが蔓延るままに、人の形跡を巧妙に隠してはいるが外的要因が加わった事による力の痕跡は隠し切れない。

 志崎は感覚を研ぎ澄ませその奥にある物に意識を向ける。

 そうして微かに……身に覚えのある邪気を感じた。

 

「この奥に居る」

 

「開けるので用心して下さい。きっと根城にも何がしかの仕掛けはある」

 

 魔導筆で杖に向かい術を掛けるとそれを両手で握り締めた。

 そして地面を叩く。

 反響する音色を辺りに伝播させ、もう一度、二度、三度と繰り返す毎に奥にある物を着々と理解させる。

 四度目を叩いた時、空気を弾くかの様な破裂音を伴って、人が一人入れる程の道が壁を押しやって現れた。

 葬憐と見合いお互いに頭を傾く。

 志崎を先頭としてその中に進んで行った。

 

 狭い場所というのも得てして罠が仕掛けられているというもの。

 生憎と殿は戦いに於いて信頼の出来る相手が務めているから志崎は正面へ集中が出来る。

 感覚だけを研ぎ澄ませる戦闘法を重視し、それを伝えられて来た志崎がとりわけ得意とするのは後の先。

 警戒先を絞れる程精度が増すのは当然の理である。

 没入とも言い換えて良い驚異的な集中力と無心を発揮し、暫く進むと開けた円状に広がる空間へと躍り出た。

 

「何も……ありませんね」

 

「いや、ある。これは……」

 

 志崎の続く言葉を待たずして、唐突に入って来た道が音を立てて元の壁へと変形して行く。

 

「……これ自体が罠か」

 

 途端に視界が明瞭になると、その光景に息を呑んだ。

 広々とした空間に敷き詰められる物品の数々。

 年季の入った振り子時計に大きな縫い包み。果てはただのタオルやペットボトルに至るまで、ジャンルを問わずその場に存在していた。

 その全てに鼻が曲がる程の濃い陰我を纏わせている。

 此処に潜伏していると思わせる為に態々瘴気を漏らし気付かせたのか。

 そして立ち入るまで更に術でもう一重、臭い物に蓋をしていた。

 来客対策に余念が無い。ならば、この後起きる事態は……。

 志崎の予想の通りに、続々とオブジェと化した物品の面が歪み、見知った黒くおどろおどろしい腕が粘液を伴って現世に腕を伸ばす。

 実体を得ない素体ホラーがその悪意を振り撒かんと産まれ出る。

 

「私の手は要りますか?」

 

「大丈夫だ。それよりも万が一外へ出られたら不味い」

 

「なら其方は私が見ておくとしましょう。閉じ切った部屋ですが何があるか分かりませんからね」

 

 葬憐を後ろに置いて志崎は前に出る。

 ……計五匹、いや六匹か。

 オブジェの数にしてはやけにゲートとして現れるホラーの数が少ない。

 どうやら出現前に浄化が出来る物が大半の様だ。

 魔戒剣を構え少しだけ腰を落とすと再度、自身の視界を俯瞰に置く。

 水気の張り付く悪辣な足音も、羽を震わせる邪悪な動静も、悪言を散らかせる醜悪に塗れた咆哮も、蚊帳の外に。

 ただ機械的に悪意の裏返す装置へと心を持っていく。

 

 最も近い目前の二匹が飛び掛かる。

 一匹は刃物にも似た長い爪を真っ直ぐ首に目掛け、もう一匹は脇腹を削らんと腕を薙ぐ。

 向かう先の動線をはっきりと認識すると、その腕は吸い付けられるかの様に自然と動きを見せる。

 腰を少し引き鞘を抜いて一方の腕を押さえ、もう片方の魔戒剣を握る腕は首に迫る手を斬り落とした。

 肩を前にして押し返し、鞘で押さえた方の腹を蹴り距離を離す。

 落としたホラーの腕の切り口は焼け爛れ蒸発し、その痛みに悶える隙を逃さず頭上から両断する。

 暇は無く間髪入れずに離したホラーが間合いを詰めた。

 至って冷静に横一文字に魔戒剣を滑らし胴を二分する。

 

 ホラーの消滅を知らせる黒い瘴気が霧散し残りの四匹へ剣を構える。

 熟練の騎士であれば素体ホラーなぞ造作もない。

 慌てるような素振りを見せ始め唐突に一匹が上空へ羽ばたいた。

 すると向かう先は葬憐に。

 

「私に取り憑くつもりですか」

 

 葬憐は杖の上部と中部を握り締め捻る。

 そのまま軽く引き抜き、鈍く輝く刀身を垣間見せた。

 志崎は見逃さず上空のホラーの背中を取る様に高く飛び上がり、視界外からの二撃で葬憐に辿り着かせずに難なく迎撃。

 落下した破片が葬憐の前で霧散する。

 見届けていた葬憐は何事も無く剣を納める。

 

「余計なお世話という訳ですね」

 

「大丈夫と言っただろう」

 

 溜息を放つ葬憐の挙動は普段なら気にしていただろうが、こと戦闘の最中に於いては無視ができる類の些事だ。

 一定の距離を離して近付く事を止めた残りに対し悠然と詰めて行く。

 耐え切れず威嚇し一歩出たホラーを斬り伏せ、残りを先手にて難無く割きその場のホラーを全て討滅に至る。

 そして残るは卵の孵化を今か今かと待つ様に陰我を溜め込んだオブジェ達だ。

 一息吐いて見渡した其れ等に、どれ程の時間が割かれるのか考えて志崎は頭痛がする感覚を覚えた。

 

「残りは浄化の作業だが……結局の所ハガネ騎士の痕跡は一つも無いな」

 

「我々が此処にくる事自体を見越した罠だった。という事でしょうね。如何にも舐められたもので」

 

 月の番犬所の特異性から読んでここまでの芸当が出来るのなら、中々に悪知恵の働く騎士と見て良いな。

 ヒントになる様な物が残っていれば良いのだが、想像の働かせられる相手にしてみればそんなヘマはしないだろうな。

 

「また振り出しか……。中に入られている以上悠長に構えて居られないんだがな」

 

「そうでもありませんよ」

 

 葬憐はそう言いながら先程外で切り落とした術符の半分を取り出した。

 いつの間に回収していたんだ?。

 

「術には痕跡が残るもの。これを頼りに本人の下まで案内して貰いましょう」

 

「どうやら行き詰まりにはならなさそうだな。まぁ、でも一先ず……これ手伝ってくれ」

 

 志崎は目の前に転がるペットボトルの容器に切先を突き刺し。漏れ出た薄い陰我の塊が空で形を成すと一刀に伏す。

 

「大丈夫だ。と言ってませんでしたか?」

 

「状況によりけりって事で」

 

 そうして二人はゴミの集積所とも思わせる雑多なオブジェの集まりを一つ一つ浄化して行った。

 限りなく時間の取られる作業に焦燥感を志崎は感じるのであった。

 

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