夢ならせめて覚めないで   作:空言流転(旧魔庭鳳凰)

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今がしあわせならいいじゃん

不幸な過去を乗り越えた先にあるしあわせならいいじゃん

──────そうでしょ?


第十一話 ミライが理解できないでしょう?

 そわそわと、瑞希は駅前でみんなを待っていた。この世界に来てから約半年、『ニーゴ』としての活動は順調だったと言えるだろう。無論、前の動画構成の方が好きだったという視聴者もいるし、いたが……万民の評価を受けるモノなど作れるはずもない。時に妥協は必要だ。誰しもが素晴らしいと評価する作品など存在しない。

 ピカソのゲルニカを意味の分からないラクガキと思う人はいるだろう。それはそれでいいと思う。作品に対して個人が抱く想いは自由だ。世間で高く評価されている作品だからといって、売れている作品だからといって、自分もそれを『好き』でいなくてはならないという決まりはない。逆に、友人が酷評した作品でも、即売会で一冊も売れないような本でも、自分が『好き』なら声高に叫べばいいのだ。

 『好き』、と。

「なんて……前のボクだったら絶対そんな風には考えなかっただろうなぁ……」

 前の世界でうじうじと悩んでいた頃の瑞希であれば間違ってもそんな風には言えなかっただろう。周りに迎合することも自分を貫き通すこともできず、悩みを告白する勇気もない癖に『ずっと一緒にいたい』だなんて高望みをしていた頃の瑞希だったら。

 でも、前の世界で絵名に追いかけられて、この世界でみんなに記憶をなくした(嘘を吐いた)自分を受け入れられて、ようやく思えた。

 『ボク』は『ボク』を貫き通せる『ボク』のことが一番好きなんだ、と。

 今なら言える。誇りを持って。

 『これがボクのボクらしさだ』、と。

「あはは、──────ほんと、楽しみだなぁ」

 結局、世界が変わったところで『暁山瑞希』という人間はたいして変わらないらしかった。ここに来てからいろいろあったが、『記憶喪失』という嘘を打ち明けたのは『ニーゴ』の三人に対してだけだ。両親にも、クラスメイトにも、……類にも、打ち明けなかった。それは正しい選択だったと思う。言ったところでどうにもならないし、言わなかったところで……全然、支障はなかった。

 そう、問題はなかったのだ。瑞希が予想していたような問題は全く発生しなかった。疑われたり、苛まれたり、拒まれたり。そういう恐れていた事態は発生しなかった。

 考えてみれば当たり前だ。普通、思わないだろう。多少の齟齬が発生しようが、まさか昨日まで普通に話せていた人間が急に記憶喪失になっただなんて。だから杞憂、何も問題ななかったのだ。

 そして問題はない──────どころの話ではなかった。

 この世界はまるで、いつか夢見た夢のような世界だった。

 本当に、メアリー・スー……。息をするだけで苦しかった前の世界はなんだったのかと思うほどに。

 たった一つの変化でこんなにも変わるのか。

 暁山瑞希が──────女であるというだけで、すべてが。

「──────みんなとの旅行、か」

 奏のスランプを解消するために企画したミステリーツアーとはまた違う、本当の意味での純粋な旅行。出不精な奏を外に連れ出すのは苦労したが、とはいえまふゆが強めに声をかければまぁ……なんとか奏は動いてくれる。嫌そうな顔をしながらも『しょうがないな……』という感じで。

 とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。疲れるから嫌なんだろうな、と瑞希は思った。あと作曲関係の問題で宿()()()()()()()も却下されてしまった。まぁこちらはそんな予感をしていた。自室の作曲空間から一日以上も離れるのは、いくらインスピレーションのためと言い訳をしても……奏には無理なのだろう。

 思い出の花壇を共に巡った瑞希には分かる。

 過去に囚われた奏には未来が必要だ。ほんの少しだけでもいい。休める時間が絶対に必要なのだ。じゃないときっといつか……瑞希みたいになってしまう。

 瑞希(自分)みたいに、──────取り返しのつかないことに。

 そのための旅行企画で、そのための遠出だ。

(……奏、楽しんでくれるといいな)

 作曲のことを忘れて……とまでは言わないが、日頃の『想い』を忘れて純粋に楽しんでほしいと願った。まるでただの少女のように。『ニーゴ』のリーダーとしてではなく。そのための準備もした。絵名とまふゆと打ち合わせて、せめて……瞬間瞬間だけは自然に笑えるように。

 いつも頑張ってくれている宵崎奏の幸せを願った。

「でもまずは」

 そうして、グーパーグーパーと手を開き閉じる。緊張、しているのだろう。いろいろとあったとはいえ、このメンバーでの旅行は初めてだ。いつも行っている打ち上げやちょっとしたカラオケパーティーとは違う。いや、そこまで覚悟を決めなければならないことではないのだろうが……、けれど瑞希にとってこの旅行は一大事だった。

(何よりも『ボク』が楽しまないとね)

 何もかもがふっきれたとは未だに言えない。当然、引きずっていることはまだある。けれどそれを吹っ切って、吹っ切ることはできずとも今よりもさらに折り合いをつけて、ちゃんと、もっと、『仲間』になりたいと思うのだ。

 やっぱり、どれだけ言い訳をしたとしても『しこり』は残る。それは一生モノの『傷』だろう。どう足掻いても今の暁山瑞希が別人だという事実は変わりなく、例えそうでないと言われたとしても……瑞希自身の自覚としての問題で、……認識は変わらない。

 怯え、竦み、偽りながらの日々。──前の瑞希だったらそうなのだろうが、今の瑞希は『そこまで』ではなかった。ただ、この罪悪感をどうにかしなければ先に進めないと思っていた。だから、この旅行企画も立てた。みんなともっと仲良くなって絆を深め、……辛く言えば自己肯定感をあげるために。

 『ここにいてもいいんだよ』と、何度でも。

 何度でも。

 ()()()()()()()()()()()()()。いいや、■■■■の計略のままに。

「ん?」

 視界の端、少し距離はあるが見慣れた紫髪が見えた。大切な、大好きな、本当の……この世界でできた仲間の一人。

 少し待って、声を掛ける。

「まふゆ! 早いね!」

「瑞希こそ。まだ集合時間まで三十分もあるのに」

「あはは、ワクワクが止まらなくてさぁ。昨日だってあんまり眠れなかったし」

「そう。指定席は取ってあるから、そこで寝ればいいと思うよ」

 いつも通りの無表情にともすれば投げやりともとれる口調だからどうでもいいのかと思ってしまうが、違うことを瑞希は知っている。何もかもを閉ざしてきたから『外』に対する向き合い方が分からないだけ。これはまふゆなりの『甘え』で、優しさなのだ。

 前の世界も含めて長い付き合いな瑞希には分かる。『この世界』でもやはり、母親との確執はあったようだが、……奏の尽力もあり、今はかなり改善されているらしく。……今は、かなり『楽』になったようだ。

 瑞希だけじゃない。世界が異なろうと、『ニーゴ』の個々はそれほど変わっていない。家庭環境や才能に苦しみ、もがき、足掻き、屈し、抗い、反発し、話し合い、衝突して、──────そして、分かり合って。 

 その先に手に入れられる未来。

 未来があると信じている。

 信じていた。この時の瑞希は、まだ。何があっても。

 何があっても、変わらない友情があると。ボク達は『仲間』だから、と。

 彼女が。

 本当の暁山瑞希が何に絶望したのか知らぬまま。知ろうとも、せずままに。

「でも、良かったよ。まふゆのお母さんが許してくれて」

「……うん」

 いつもの無表情の中に微かな『嬉しみ』を感じられる。そのことが瑞希は嬉しかった。それを、許されている……ということ。まふゆが自分にそれを赦したということ。それだけで大きな成長だと思えた。

 記憶喪失という設定である瑞希にもそれを明かしてくれたということ。……それだけ、まふゆが瑞希を──想っているということだ。

「……でも、それは覚えてるんだね」

「ん、まぁね。……まふゆ的には忘れてたほうがよかった?」

「別に……、どっちでもいい」

 『どっちでもいい』はずもない。まふゆなりの誤魔化しで、照れ隠しなのだろう。そういうことも分かるようになってきた。この世界と前の世界の朝比奈まふゆは当然別人だが……、『同じ』朝比奈まふゆだと思える要素もある。

 そういう意味で、何も変わらない。何も、……変わらない?

 本当に?

「いたいた! 奏っ! こっちこっち!」

「……まふゆ、瑞希。何だか会うのは久しぶりだね」

 とてとてと顔をしかめながら歩いてきた奏。そんな奏を支えるように絵名が日向を歩いていた。四人、合流。『ニーゴ』の完成だ。

 正直なところ、奏を説得するのが一番大変だったと瑞希は思う。インスピレーションやら強い熱意で何とか説得したが、二度目があるかというとかなり微妙だ。そのくらい、奏の渋り方はすごかった。出不精にもほどがあると思ってしまうほどに。

「最近は修羅場ってたからみんなナイトコードで籠りきりだったもんね~。『セカイ』にもあんまり行けなかったし」

「……ミクが奏のこと心配してた。また、寝てないんじゃないかって」

「ぅ、……きょ、今日はちゃんと寝てきたよ!」

「昨日まふゆがきつ~く言ってたからでしょ。じゃないと奏、また徹夜しそうな勢いだったし?」

「いやいや、絵名だって『ちょっとだけ修正!』を何回言うのさって感じだったじゃん! 奏が完成宣言しなかったらまーだ二、三日は完成しなかったんじゃないの?」

「……瑞希も動画に時間かかってたよね」

「ボクはまだマシな方です~。まぁ、一番に完成させたまふゆほどじゃないけどね」

 ワイワイと『ニーゴ』らしく投稿楽曲に関する雑談をする。あるいは今どきの女子高生の集まりのような和気藹々さ……。

 これが、前の世界でもほしかったモノ。どう頑張っても瑞希が手に入れられないはずだったモノ。

 それがこんなにも簡単に。

 そう、本当は。本当は。

 瑞希も……『この中』にいたかった。孤独感を味わうことなく。ただ、純粋に『ここ』に。

「でも、旅行までに完成してよかった。……瑞希も絵名も楽しみにしてたから。わたしも間に合って安心した」

「あはは。旅行中まで動画構成を考えるのは流石にボクもクルものがあるしね~」

「私も。せっかく奏と旅行に行けるんだし。こんな時くらいイラストから離れてもバチは当たらないでしょ」

 儚げに微笑む奏。快活に笑う絵名。いつもの無表情なまふゆ。

 そんな三人を見て、『やっぱり好きだな』なんて瑞希は思う。……『ニーゴ』が好きだ。まふゆが好きだ。絵名が好きだ。奏が好きだ。四人でいることが好きで。……絵名のイラストを動かして、奏の曲を聴いて、まふゆの歌詞を歌って。

 やっぱり、そんな日常が瑞希は大好きだった。

 この日常を永遠にしたいと思った。

 今。

 今?

「ふふ……、じゃ、いこっかみんな! 旅行!」

「はいはい……、あんまり大きな声出さないでよね……」

 でも、『みんな』はまだ知らない。誰も、まだ、知らない。もう、時間がないということを。すべてが終わる瞬間が近づいているということを。

 ずっと続くと願っていた日常。ずっと続いてほしいと思っていた景色。そのための努力を欠かせなかったとしても、それでも、ある日世界は突然終わる。

 そう、瑞希が見逃した瑕疵。その報いが迫っている。今がいくら幸福だとしても過去からは逃げられない。例えそこに本人の責任がなかったのだとしても。その過去からは。

 奏の秘密からは。

 そもそもの切っ掛け、最初の原因。それは未だに明らかにされていない。

 瑞希はどうしてこの世界に来たのか。何が原因で入れ替わってしまったのか。

 あの子は、今、どこに?

「……大丈夫、奏?」

「ぅ、が、頑張る!」

 誰もまだ、気付かない。

 何もまだ、気付かない。

 この旅行こそがすべての崩壊の切っ掛けになるだなんて、気付きも……しない。









最初で最後の小旅行




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