夢ならせめて覚めないで   作:空言流転(旧魔庭鳳凰)

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女になった暁山瑞希

そして、彼にとっての夢物語が始まる



※重要度低の伏線回収あり


第一章 三カウントダウン マイナス零零零壱
第一話 三対一の異物


 ロープを首に掛ける前の死刑囚はこんな気持ちなのだろうか、と瑞希は茫洋に考える。下るだけで足元がくらくらする。階段の数は十三段? いやまさか、もっとだろうなんて当然のことを思う。自分の家の、自分の部屋から出て、リビングに行くだけ。たったそれだけのことがこれ以上ないほどの重労働で。

「お母さんは、なんて言うかな」

 息子が娘になっただなんて。

 非常で非情な……、クソ見たいな出来事だ。切っ掛けもなく予兆もなく襲来した遊星からの物体X。これからの人生が丸ごと変わる、今までの人生観が全部終わる……、そんな嘘みたいな夢。

 なんどだって思う。どうして、今? 今なんだ? もっと昔だったら、もっと未来でだったら、ここまでではなかっただろう。

 すべてが解決した『今』。……いや、だからこそか? なんて自罰思考。

 すらも、今の瑞希はねじ伏せられる。

(これはボクが悪いわけじゃない)

 もちろん、『誰か』が悪いわけでもない。言うならば運が悪く、理由や責任はない事象。

 

 ()()()

 

 嘘や幻、夢や病ではないその事実。

 受け入れよう。

 受け入れた。

 そう、だから刻だ。

 今だ。

 もう、彼女は……目の前にいる。

 

 『変なの』

 

 その過去のトラウマさえも乗り越えて。

「…………………………………………」

 『ボク』は、『カレ』は、『今』。

「あら?」

 階下、リビング、キッチン。そこにいるのは血の繋がった家族。

 『こんな』瑞希でさえも受け入れてくれた……、母親の姿。

(中学の頃は……迷惑かけたよなあ)

 姉と話して改善の兆しを見せたとはいえ、(すさ)み荒れ果てた時期もあった。そんな時でも家族は瑞希を支えてくれた。受け入れてくれた。話してくれた。傍にいてくれた。それだけでどれだけ救われたのか。それだけでどれだけ心が軽くなったのか。

 もしも、なんてIF。

 もしも家族さえも『ありのままの暁山瑞希』を否定してきたら……その時は本当に瑞希は潰れていただろう。

 『ニーゴ』に加わる余地すらなく、絵名に救われる隙すらなく、類と屋上で出会うことすらなく。

 もしかしたら……そこで終わり……、自殺していたかもしれない。

 そう考えると。

「どうしたの瑞希?」

「お母さん」

 そう改めて考えると、瑞希は恵まれていた方なのだろう。環境も、時代も、友人も……全部いい方向に転がっていたはず。ただ、『もっと』が欲しかっただけ。それでも、『ずっと』が欲しかったから。まだ、『いつか』が欲しくて。

 そう、考えると。

「あのね」

 被害妄想、事実誤認、付和雷同。言うべきことを言えず、言わなくても伝わると信じていた過去。

 絵名とは真逆。まふゆと同列。奏みたいには……なれなかった。

 今からでもそれを変えられるなら。この間違いだらけの人生を変えられるなら。

 遅い、なんてことはない。七十歳でプログラミングを習い始めてもゲームを作ることはできる。

 ぜんぶ、今なんだ。

 『今』だけなんだよ!

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 真っすぐと告げた。

 その告白から、すべてが転がり落ちた。

 この告白さえなければ、間違いなく終わりを迎えることはなかった。

 

 成長は肯定されるべきことだ。

 停滞は非難されるべきことだ。

 人類は進化によって進んできた生物。

 人間は勇気によって歩んできた生命。

 故に瑞希を責めるのはお門違いだと誰もが分かっている。

 逃げ出した人、泣き叫んだ人、理解されなかった人。

 狂いきった人、守れなかった人、罪深いヒト。

 

 それでも、その選択、告白、勇気は誤りだった。そう言えてしまうことが過ちで、悲しい。

 悲劇。悲喜劇。悲喜交交。

 

 終わりの始まり。始まりは経験すらもできなかった過去となった。

 

 『ぁ……あ…………ぁ』

 『待ってッッッ‼‼‼』

 

 地獄はここから始まる。

 

 

 

 ◆

 

「──────」

 沈黙が痛かった。その『声なき声』が瑞希の想像を掻き立てる。

 そう、誰も言わなかった。言えなかったからこその孤独。訴えかけなかったからこその報い。理解を求めなかったからこその独り。そういう……今までの『暁山瑞希』。

 その無様さが、わかる。

 顔、表情、家族。

 浮かぶのは戸惑い? 失望? 歓喜?

 悩みを抱えない人などいないというのならば、心の闇に大小などないというのならば。──────分かるよ。

「おかあさ」

「………………ねぇ」

 暁山瑞希と血の繋がった母親は、躊躇うように、確かめるように、話し始めた。

 迷惑をかけたと思っている。悪いことをしたと思っている。それでも、話せるようになったということが確かな成長なのだと今の瑞希は思う。昔は、きっと話せなかった。自分からは言えなかった。でも、今は言える。三人が、もっとたくさんの人が『いる』と分かっているから。

 信じられる。

 何を話しても切れない縁があるのだと。

 血の繋がりは関係性の保障にはならない。子に暴力を振るう親、親と仲の悪い子。血を分け合った一卵性双生児でさえも、仲がいいとは限らない。

 紡ぐのは難しく、切れるのは容易い。

 今なら、分かる。

 類の努力、杏の努力。……『ボク』を、『ボク』として扱ってくれた『普通』への感謝。

 親だから、と無条件に求めるのは酷なのだろう。だけど、『親だから』と無条件に甘えたっていいだろう?

 

 暁山瑞希は──『暁山』なんだから。

 

 だけど。

()()()()()()()()?」

 母親はこてんと首を傾げて、訝しむように言った。

 瑞希が言ったことを本当に理解できていないようであった。

「ぁ、いや……そっか、そりゃそうだよね。これだけで伝わるわけないって」

 どれだけ混乱していたんだ、と瑞希は自嘲する。『ボク、女になったみたいなんだ』、だって。たったこれだけの言葉で瑞希が性転換しただなんて事実が伝わると思っている方がおかしいだろう。以心伝心なんて戯言だ。

 ()()()()()()()()()()

 言葉を尽くしてさえ足りないんだ。何も言わないなら、そりゃあ何も伝わらない。

 学んだはずだ。

 『こうしたい』じゃなくて『こうしてほしい』と言わないと変わらないんだって。思っているだけじゃ何も変わらないんだって。願ってるだけじゃ……、現実は変わらない。

(言うんだ。『朝起きたら胸が膨らんでて、ボク性転換したみたいなんだ』って)

 どんな荒唐無稽だったとしても、事実がここにある。信じてもらえないならば実際に胸や生殖器を触らせればいい。そうすれば一発だ。

 言葉、行動、想い。それが三種の神器。

 『彼も人なり、我も人なり』。同じ人間なんだから、その人を完全に理解できないなんてことはないんだ。

 サイコパスの思考も、無差別殺人鬼の思考も、二重人格者の思考だって。

 同じ人間なんだから。

「あのね」

「あなたは()()()()()()()()()()()()()?」

「────────────────────────…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 なのに、思考が止まった。

「………………………………は?」

 想定の外の言葉。予想もしていなかった事実。変わってしまった過去。

 今、彼女はなんて言った?

 『あなたは生まれた時から女の子でしょ?』

 『生まれた時から女の子でしょ』

 『ウマレタトキカラ』

 『オンナノコ』

 

 暁山瑞希が生来よりの女性……だって?

 性別、雌?

 

 なんだそれは。

 なんだそれは?

 なんだ、それはっ⁉

 

「は?」

 

 事態は瑞希の想像をはるかに超えていた。

 

 もう遅い。間に合わない。追いつけない。

 これが『罰』。これが『罪』。これが『業』。

 逃げ出した彼女の代わり。追い詰められた彼女の代替。認められなかった彼女の身代わり。

 

 終わりが始まる。

 

 始まることすらなかった、終わりの。

 

 始まりが。

 

 

 

 ◆

 

 理由なんてなかった。

 ただ、最初から彼の中ではそれが当然だった。

 

「…………………………………………」

 

 当然故に、最初は疑問を持つことすらもなかった。

 それは成長するにつれて違和へと変わり、恥ずべきこととなり、可笑しな趣味となった。

 意識的に変えることはできた。

 けれど、すぐに苦痛が(まさ)った。

 

 『病気だよ、お前』

 

 本当に?

 本当に? 本当に? 本当に?

 投薬を受ければ治りますか? 手術を受ければ治りますか? 病院に通えば治りますか?

 普通になりたいんです。みんなと同じになりたいんです。迷惑をかけたくないんです。

 

 『病気だよ、お前』

 

 死んだ方がいいですか?

 もう、生きていちゃダメですか?

 生まれてきたことが罪ですか?

 

「……もう、…………死にたい」

 

 生まれてきて、ごめんなさい。








伏線の壱
 プロローグより抜粋
 「胸部の膨らみ、目立たない喉仏、筋肉量の多少、身体の柔らかさ、女性特有の下着、そして何よりも──────生殖器官の違い。」
 →『女性特有の下着』。つまりはブラジャーをつけていることを示している。
  急にTSしたのであればブラなどつけていないはず。よって、この瑞希は『最初から女だった』可能性を示している。





Twitter:@LAST_LOST_LIGHT
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