その想い出は本当にあった過去ですか?
──────この世界に『カレ』の居場所はない。
「どうして」
一年前、二年前、五年前、十年前、十六年前。
高校入学時の写真、修学旅行の時の写真、幼児の頃の家族写真、生まれたばかりの時の写真。
「なんで⁉」
そのすべてにおいて、映った瑞希の姿は確かに『女性』のモノだった。
生殖器官、胸の膨らみ、誤魔化せない身体のライン、そして……周囲からの扱い。
記憶の中では小学校の頃から腫物のように扱われてきた。友達との距離はこんなに近くなくて、まともな友人関係なんて築けなかった。なのに、なんだ、この距離感は? 記憶にない。覚えがない。そんなはずがない。
「……これは、誰なんだ」
男の癖に女性の格好をしている瑞希。修学旅行にはいかなかったはずだ。相部屋にするのか、相部屋にするとしたらどちらの性別として扱うべきか、特別扱いするべきなのか。そんな議論が教師の間で交わされるのに我慢がならなくて、欠席届を出したはずだ。
女子に混じって運動会に参加しているコイツは誰だ? 知らない。瑞希は中学時代、この手のイベントには参加しなかったはずだ。仮にしていたとしても、こんな仲良さげに過ごせるトモダチなんていなかった。類は……、確かに友達──親友だったのかもしれないけれど、二人そろって異物だった。記憶がない。中学時代、こんな風に笑った記憶はない。
スカートを履く瑞希。
ワンピース姿の瑞希。
可愛くおしゃれをする瑞希。
すべて、……自分自身の趣味のはずなのに。
混じる、異物。
『トモダチ』。
「ボクは……知らない」
写真の中の瑞希は幸せそうだった。──悩みなんてないかのように。
写真の中の瑞希は囲まれていた。──繋がりが切れなかった暁山瑞希。
写真の中の瑞希を……アルバムを見ている瑞希は知らなかった。──だったら、これは、ボクは。
「こんなの……知らないっ‼」
すべてが壊れた。何もかもが狂った。森羅万象が終わった。
間違っているのは、記憶の方か? あれだけ苦しみ、悩み、逃げて──。あれだけ叫んで、泣いて、勇気を出した行動のすべてが──。
『──見つけた……っ!』
交わした言葉は、──────嘘?
『おねがい! 話を聞いて‼』
繋いだ手の温もりは、──────偽り?
『友達でいたいよ……‼』
勇気を出した告白は、──────捏造?
『一緒にいようよ、瑞希』
あの日流した涙は、──────詐称?
だったのか⁉
「じゃあ、このボクは何?」
そうだとするならば、この記憶が偽りなのだとするならば。
今ここに居る『暁山瑞希』は誰だ?
お母さんの『娘』で、お父さんの『娘』で、お姉ちゃんの『妹』?
類とは性別を超えた『親友』?
『ニーゴ』のみんなとは『女友達』?
なんだ、それ?
なんだよ、それは⁉
「このボクは、誰?」
知らない。分からない。どうすればいい。明日から急に女性として振舞うのか? それをしろと?
無論、できる。今までの立ち振る舞いと何ら変わらない。スカートを履いていた、生足を見せていた、可愛らしい恰好をしてきた。違いといえば女モノの下着をつけなければいけないことくらいで、それだって無理難題なんかじゃない。抵抗感はない。『女性らしさ』なんて、とっくに持っている。
けれど、違うのだ。全く異なることだ。
男が女として振舞うことと、女になってしまったから女のように振舞うことは──全く違う。
意識の問題ではない。見方の問題ではない。……性別の問題では、ない。
『──変なの』
笑いあった、記憶。
それは本当にあった、こと?
「この記憶は」
これが真実だとするならば、すべてはなかったことでしかない。屋上での告発、裏路地での慟哭、勇気を出した告白すらも! 瑞希が男だからあった過去。瑞希が女ではなかったからあった過去。そりゃあ、確かに……『よかった』なんて言えないけど。最初から『女』だったら、それで何も問題なんて起きなかったけれど。
でも。
でも!
『おかえり、瑞希』
一度切れた繋がりだからこそ、より強く結びつけたはずなんだ。
本当に大切な、想い出なんだ。
『ごめんね、心配かけて』
なかったことになんかできない。なかったことになんかしたくない。嘘偽りだなんて信じたくない。
「想い出は」
もしかしたら、ぜんぶツゴウノイイもうそう? 神代類なんて親友はいなくて、白石杏なんてトモダチはいなくて、『ニーゴ』なんてグループは存在しない?
今まで見ていたのは、夢物語?
宵崎奏は現実にいる人?
朝比奈まふゆは現実にいる人?
東雲絵名は──現実に……いる、人?
その証拠はない。
記憶はもはや当てにならない。
最初から『男』だった……、暁山瑞希。
「『ここ』にいるボクは」
拠り所になり得る証拠。そんなモノはない。
記録はすべてがこの瑞希の想い出の偽を証明する故に、自らを肯定してくれる要素はない。
スマホをつけて調べればいい。ナイトコードに参加しているのか。『Untitled』は存在するのか。チャットの履歴を遡れるのか。
けれど、もしもそれができなかったら?
ナイトコードに参加してなくて、『セカイ』なんてモノは存在しなくて、『ニーゴ』の一員でさえなかったら?
そうしたら、どこにあるんだ?
『ボク』の居場所はどこにあるの?
「────────────なんなんだ」
知らない『暁山瑞希』。記憶にない『暁山瑞希』。女性としての『暁山瑞希』。
嗤えるくらい、馬鹿馬鹿しい夢物語。女になりたかったと、そう思わなかったと言えばそれは嘘八百だ。何度も思った。女性として生まれていれば、ただそれだけで、と。でも、実際になった『今』だからこそ分かる。
瑞希は女性になりたかったわけじゃない。
瑞希はただ、──欲しかったんだ。狂おしいほどに求めていただけ。だから辞められなかっただけ。類では届かなかった、杏では足りなかった、家族では満ちなかった。
認めて欲しかった。
ただそれだけの、ありふれた承認欲求。
奏が。
『瑞希』
まふゆが。
『瑞希』
絵名が。
『瑞希』
そして瑞希は。
「ボクは──────ダレ?」
だれですか?
◆
その眼が、脳裏に焼き付いて色褪せない。
その目が、記憶にこびりついて滲まない。
その瞳が、彼のことをずっと責め立てる。
普通になれなかった彼のことを。みんなと一緒にできなかった彼のことを。誰も彼もを傷つけた彼のことを。ずっと。
友達だったダレカ。
家族だったダレカ。
もういない、みんな消えて、別れて、亡くなってしまった。その責任の全ては彼にあり、だから自業自得で自責の念。本当に幸せだった瞬間はいつまでだったのだろう。思い出せないほど彼方なら、幼児期健忘──たった三歳までの三年間?
水族館、楽しかった。
のは自分だけ?
遊園地、楽しかった。
のは自分だけ?
公園で鬼ごっこ、楽しかった?
楽しかったの? 本当に?
『そんなの変だよ!』
誰かの言葉で世界が終わった。一度流れができればもう変えられない。
『男』、『女』。そのどちらにも属さないなら、もう消えるしかない。
排斥の流れが当然だというのならば、それに反発する輩がいるのも自然だった。
昨日まで友達だった『ボク』のことを、そりゃあ急に仲間外れになんてできない人もいるだろう。優しい人、男友達、女友達。
だから壊れた。
『きゃあああああああ!!!』
学級崩壊なんて生優しいモノじゃなかった。それは、傷害事件だった。
『お前のせいだ!』
何の反論もできなかった。すべてその通りだと思った。
それでも、やめられなかった。それくらい自然で、当然で、苦痛で、『ボク』だった『こと』。
間違えなら、終わらせてほしい。誰でもいい、殺してほしい。
まふゆとは違う。より悪い。愛されたいと願って自分を殺すこともできず、生まれ落ちたゴミ人間未満。
生きる資格なんて、無いくせに。
後半の独白はすべて同一人物のモノです。
Twitter:@LAST_LOST_LIGHT