親友からの
「っ」
現在時刻は午後十時三十分。とうに学校は終わり、ワンダーステージでの打ち合わせやリハーサルも終わり、夕食も済ませた類は自室でいつも通り機械いじりをしていた。それは類の日常で、『いつも通り』の世界。
そこに紛れ込んだ、一粒の着信音。
屋上で出会った親友からのチャットメッセージ。
そこに記されていたのはたった一言。けれど、その一言が類を急かす。理由となるには十二分な言葉がそこには書かれていた。
即ち、『助けて』と。
だから、家を出て月明かりの世界に飛び込むことになんら躊躇いはなかった。
思い出す。
屋上で交わした言葉の数々を。
『じゃあさ、いつか来るといいね。……類の隣に、類と一緒にショーをやってくれる誰かが。──ボクは、それまでずっと、類といるよ。類が夢を諦めきれないように』
類がワンダーランズ×ショウタイムと出会えたのは瑞希が類に『諦めるな』と言ってくれたからだ。そのことに類はとても感謝している。
『一緒にやることはできなくても、一緒にいることはできる。……それが『友達』でしょ?』
瑞希には『友達』が多かった。同性異性関わらず、誰にでも分け隔てなく優しい瑞希は学校の人気者だった。
だから、どう考えても『仲間外れ』だった類に瑞希が声をかける合理性はなかったし、類だって『ひとり』は辛くはなかった。最初からそうで、最期までそうだと思っていたから。
小学生の時、『外れて』しまったあの時に。
けれど、瑞希は。
(何があった……?)
純粋な疑義。
思い上がりでなければ、『ひとり』だった類に瑞希は他の友達とは違う『色』を見せてくれていたと思う。もちろん、それが瑞希の本音だと思うほど類は思い上がりはしなかったが、それでもきっと、自分は『友達』の中でも特殊な立ち位置にいるのだろうと思っていた。
教室では見せない『顔』。屋上でだけみせた憂鬱気な『色』。
いつか問いかけたことがあった。
『どうして瑞希は屋上に来たのか』、と。
『ともだち』がたくさんいる瑞希は昼休みにわざわざ屋上でお弁当を食べる意味などないはずだった。教室で『ともだち』に囲まれて他愛無い話をしながらいくらでも食事をとれたはずだった。
瑞希は答えた。
『待ってるから』、と。
なにを、だれを、いつから?
どうして、どこで、なんで?
幾重にも重ねられた仮面の奥にあった、それが『本当』の『本音』?
待ち人が類ではないことは明らかだった。彼女は『待っている』。だから屋上に来た。類を見つけて、慰めたかったのだ。一種の共感性羞恥。同じ夢を抱く人を見て、瑞希はたぶん、安心したかった?
『助けて』、というたった一文の
俄かには信じられなかった。内に抱え込んで知らぬ間に全てを解決してしまえる
添付されていた画像は神山高校の屋上だった。
類の『友達』は、彼女はそこで待っているのだと、そう言っていた。
(…………──────瑞希)
悩みを抱えていたことは知っていた。『知らない』ことがあるなんて分かっていた。瑞希が『待っている』のは類じゃないことも理解していた。
そのうえで、類にメッセージを飛ばした理由。
類が走るには十分な理由。
けれど。
(瑞希、……僕達は…………)
彼は、知る由もなかった。
そこで待っているのは彼の知っている『暁山瑞希』ではないということを。
いいや、それどころか。
もう、
◆
「好きです」
「キミのことが、恋愛的な意味で好きです」
「だから」
「ボクと」
「付き合ってくれませんか」
◆
そして、『ともだち』の叫び声で目が覚めた。
「瑞希っ‼‼‼」
「は……?」
「………………類、──────?」
数メートル先で、神代類が肩で息をしていた。なに、なんだ? ここは、……神山高校? きょろきょろと瑞希は辺りを見渡す。何もかもの理由がわからなかった。どうしてボクはここにいる? 足を運んだ記憶なんてない。……それに、今は……深夜? 月が頭上に浮かんでいる。おかしい。瑞希が思い出せる最後の記憶では、今はまだ夜にすらもなっていなかったはずだ。
空間の連続性と時間の連続性が途絶えていた。
記憶の不条理と意識の不合理が訴えていた。
何かが、おかしい。
狂っている。
滝のような汗が流れる。
「瑞希っ‼ 何があったんだ……?」
「ひっ」
思わず一歩下がって、フェンスが軋んだ。
怖い。怖い。怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
理解できないことが起きている。朝起きたら女の身体になっていて、過去の記録はすべて女の暁山瑞希としてのモノで、挙句の果てに意識が飛んでいきなり神山高校の屋上にいる『今』。
類はどうしてここにいる?
何もかもが分からなくて、だから恐怖。
信じられない。
何も信じられない。正気じゃいられない。狂っているのは世界なのか? ボクなのか?
何が正しくて誰を信じられる。
この、暁山瑞希が『男』であるという記憶は、まさかそれすらも……嘘なの?
「瑞希?」
不思議そうに歩みを止めた類。神代類。いや、でも、この男の子は本当に『ボク』の知る『類』なのか。世界は瑞希のことを知らなかった。この類が……、この人が……、『ボク』の知る『彼』だなんて保障はないんだ。
紡いできた過去という名の絆。
築き上げてきた勇気という名の繋がり。
解けては結いてきた……信頼という名の『ニーゴ』。
この世界にそれはあるのか?
「類……だよね…………」
「僕は神代類だけど…………?」
戸惑っているような声の色。
「どうして、……類がここに…………?」
「?」
本当に不思議そうに小首を傾げて、彼はスマホを取り出した。
そして、見せた。
「君が僕に助けを求めてきたんだろう?」
暁山瑞希から送られた『助けて』というメッセージ。
添付されていた画像は神山高校の屋上。
そんなメッセージを送った記憶なんて、ない。
「は、はは、……なにこれ」
「瑞希…………?」
わけがわからない。
わけがわからない。
なにもわからないっ‼
「る、い…………」
膝をついた。
項垂れた。
力が入らなかった。
「ボクの話を……聞いてくれる」
「それはとうぜ」
「
「…………」
「ボクのことを助けてほしい」
もはや何の保障にもならない、あまりにも拙い記憶という名の糸に縋って。
瑞希は助けを求めた。
『知らない男の子』に、それでも。
例え二人の間に何の繋がりもなかったのだとしても。
◆
「ぁ、はっ‼⁉ ぅ、げぇっ、ヒュッ……ぅ、う゛っ‼」
そして、吐いた。
また、吐いた。
「うぅっ、うぷっ……ぁ、ふっぶ────ぉえ……っ‼」
『だから』、『ボクと』、『付き合ってくれませんか』。
どうして、告白なんてしたんだ。
どうして、今までのままじゃ駄目だったんだ。
進むことが怖いって言ってたじゃないか。
今が幸せだって言ってたじゃないか。
『この瞬間が、ずっと続けばいいなって』
だったら、勇気なんて出してほしくなかった。
だったらっ、ずっと今のままがよかった!
「ぁ、か、ひゅ」
息ができない。
息ができない。
もう、息が持たない。
愛してるっていえばよかった。
嘘をついて、両想いだって言えばよかった。
それになんの支障がある?
そこになんの障害がある?
そして、…………─────────だから。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ──!」
『…………ごめん』
「ごめんなさいっ‼‼‼」
だから、『おまえは。
『だれも』
謝罪の声は途切れない。
犯した罪の重さに比べれば、こんなのはまだまだ序の口なのだから。
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