ダレが頑張れるというのだろう。
たった一つの『恋』すらも嘘だったのならば。
ボクはあの時死んでしまえばよかったんだ。
第五話 ボクという名の世界の中心
気が付いたら暁山瑞希は自室のベッドで寝ていた。
「また、か」
記憶が断絶している。確かに神山高校の屋上で類と話していたはずだが、今はこうして自室のベッドにいる。
全くどういうことだ? 一体何が起きている? 意味不明、理解不能、空前絶後。本当に、馬鹿馬鹿しい。ここまでくれば認めるしかない。性転換──なんかよりも遥かに重大な『何か』が起きている、と。
二重人格? 夢遊病? 解離性健忘? すべて、可能性を否定することなんてできなかった。
「…………ここが」
記憶の断絶は三度起きている。
一度目は起床直後。だがこれは問題ない。『男』から『女』になっていた──という事実こそあれど、寝ている間の記憶がないことは当然である。だから、この断絶はいい。
二度目は神山高校の屋上。当然だが、瑞希は類に『助けて』のメッセージなど送っていないし、何よりも神山高校に歩いて行った記憶もない。この断絶は問題だ。無意識的な行動であったのか、何らかの理由で自分自身で記憶から消したのか……
三度目は今この瞬間だ。神山高校の屋上で頭痛に苛まれ、奏の姿を幻視し、……そして記憶が飛んで瑞希は自室のベッドの上にいる。もちろん、帰ってきた記憶もなければ、ベッドで眠った記憶もない。
けれど、それらは本質的な問題ではない。はっきり言えば、
どうでもよくないのは、類の推論だ。
あれが現実だったのか妄想だったのかは分からないが、それでも類は確かにこう言っていた。
つまり。
『ここが、君のいた世界ではないという可能性』
「『ボク』のいた世界じゃない……可能性…………」
そう考えると、不思議と全てに納得がいくのだ。
性転換したのではなく、
証拠こそないが、不思議な納得感があった。
そう、……余計に納得ができるんだ。
屋上で、おそらくは『この身体』が体験した過去の情景と思われるモノを幻視したから。
「あれは……、……奏だった」
見間違えるはずもない。あの銀の長髪を。ほかでもない瑞希が。
『嘘つきっ‼︎‼︎‼︎』
初めてだった。あんなにも感情をあらわにした奏を見たのは。どんな時だって、奏が言葉を荒げたことはなかった。そりゃ、奏だって人間だ。人並みに怒りをいだくこともあるし、内心ブチ切れていることもあるだろう。けれど、少なくとも瑞希の知る奏は…………それを表に出すような人間ではなかった。
たぶんそれは、罪悪感があるからだ。『父親』を殺した──という罪悪感が常に奏を責め立てているからだ。
だから。
「この世界のボクは……何をしたんだ?」
最大限の憎しみが込められた『嘘つき』という言葉。それは間違いなく『瑞希』に向けられていた。でも『ボク』にその記憶はない。なら、類の推論が正しいという前提で考えて、あの言葉は『この世界の暁山瑞希』に向けられたモノだ……と考えるべきだろう。
『この世界の宵崎奏』と『この世界の暁山瑞希』は二人でフェニックスワンダーランドに行って、おそらくそこで何らかの決裂があった。温厚な奏が怒りを露わにするほどに決定的な決裂が。それが……少々飛躍した考えになるが……『ボク』がここにいることに繋がる?
例え並行世界の暁山瑞希だったとしても、それは『ボク』だから『暁山瑞希』の考えは
あの奏と決裂したらきっと『暁山瑞希』は…………逃避するだろう。『この』瑞希が絵名から逃走したように。結局勇気を出すことができず、問題を先送りして瞳を閉じてただ逃げ続けることを選ぶだろう。そんなの……容易に想定できる。
逃げて、逃げて、逃げて──────。
…………その逃避先が
『この世界』の『暁山瑞希』と『別世界』の『暁山瑞希』が──つまり今ここに居る『
とんでもなくファンタジックな考えだが、『セカイ』なんてモノがある以上可能性は否定しきれない。なにせ『セカイ』は……時に現実すらも侵すのだから。
もしも『この世界』の暁山瑞希が一つの世界を侵すほどの『想い』を発現させたのならば…………考えられる。『カノジョ』と『ボク』が入れ替わった可能性も。
そしてだとすれば、この三度にも渡る記憶の断絶にも説明がつく。
「味方がほしい」
『これ』が敵だとするならば、『ボク』は自分自身をすらも信じることができない。今の推論がすべて当たっているのだとしたら、類がどう動くのかは分からない。けれど、アドバンテージはある。
「『ボク』なら絶対話さない」
奏との口論も、現実からの逃避も、入れ替わりの『嘘』だって──話すことはないだろう。
この立場に置かれた今だからこそ言える。誰でもない、他でもない『暁山瑞希』のことだからこそ。同族嫌悪の自己嫌悪。けれど結局理解者なのだ。断言できる。
例え並行世界の同素体だろうが根本は変わらない。変えられない。
暁山瑞希は自分勝手で自分本位なクソ野郎だ。どれだけ他者を
そんな、クズゴミが『
だから。だけど。自分で他人なカノジョに、だからこそ言える。
(ボク達は…………向き合うべきなんだよ)
辛くても、怖くても、寂しくても。
(奏との間に何かがあったんなら、話すべきなんだよ)
信じられなくても、別れが待っていても、独りきりでも。
「『ボク』がここに居たって」
キミがどこかに逃げたって。
「意味がないから」
意義がないから。
そうして、瑞希は勇気を出した。『すべて』を話す覚悟なんて必要ない。だけど、『カノジョ』を揺り動かすためには必要だろう。
仲間と、会うべきだ。『ニーゴ』と会うべきだ。例えここが違う世界なんだとしても、『ボク』が独りなんだとしても。彼女達は絶対に力になってくれる。
だからスマホを手に取る。目覚めた時には見れなかった『ナイトコード』のログを遡る。そして、赤丸をタップする。それが祈りに繋がるように。
「ボクは……前に進むよ、──────『
だけど、
彼らの間に起きていていたのは、瑞希では想像することすらもできないほどに大きな『絶望』だったのだ。
知らない方がいいことはある。
知らないことで救われることはある。
性別を偽っていた? それが
二人の間に起きた『悲劇』は、絶黒の罪と罰だったのだから。
◆
わたしと瑞希は恋人だった。
わたしは瑞希と付き合っていた。
初めてのキスはレモンの味がするって聞いたけど、そんなことはなかった。
わたしは瑞希のはにかんだような笑顔が好きだった。
わたしは歩道で並んで瑞希と歩く時間が好きだった。
間違いなんかじゃない。
あの時間を否定だけはさせない。
わたしは瑞希を愛していた。
拙い恋心なんかじゃない。
わたしは瑞希を愛していた。
結婚して、子供をつくって、死ぬまで──一緒にいるのだと、一緒にいたいんだと。
真実思っていた。
今でも言える。
好きだと。大好きだと。愛していると。
わたしは瑞希の優しいところが好きだった。
わたしは瑞希のかっこいいところが好きだった。
わたしは瑞希の──一生懸命なところが好きで。
頑張り屋さんな瑞希が大好きで。
わたしは──瑞希と。
ずっと。
ずっとずぅっと。
でも。
『嘘つきッ!』
たった一つ『嘘』が。
わたし達の関係性を。
終わらせたんだ。
『ボクに……近寄るなァっ!』
吐瀉物が遊園地を汚した。
血反吐をはくような『想い』だった。
『大っっっっっっ嫌いッッッ‼‼‼‼‼』
わたしは叫んだ。
知らなかった。知りたくなかった。そんなことを。そんな『罰』を。
わたしは。
わたしはっ。
わたしはッ‼
わたしは……、わたしは! わたしはぁあああああああアアアアアアアアアアアア――!!
ピロンっ、と音がなった。
スマホの画面に通知が来ていた。
『今から会えない?』、と。
わたしの好きな人からの、絶望の言葉が。
HD 140283:別名メトシェラ星。この宇宙よりも古い歴史を持つと言われている唯一無二の天体。
まだ、伏線回収はしていません。
Twitter:@LAST_LOST_LIGHT