夢ならせめて覚めないで   作:空言流転(旧魔庭鳳凰)

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暁山瑞希は酷い女だ
愛してるだなんて睦言囁いて
抱きしめてキスをして優しく微笑んで
信じていたのに裏切った

そんなあなたを諦めきれないわたしがこの世で一番の馬鹿だった


第六話 真実から最も遠い場所

 心臓の鼓動が五月蝿かった。ドクンドクンと、天地を侵しそうなほどに響くその音が顔を強張らせた。

(今更、何の用なんだろう)

 数瞬前は、スマホを起動することさえも恐怖だった。スマホを起動すれば『セカイ』に行けてしまう。『セカイ』に行ってしまえば瑞希と会ってしまう。それが、途方もない恐怖だった。

 あんな別れ方をして。

 『嘘つきッ!』

 あんな酷いことを言って。

 『ずっと、騙してたんだ……っ! 信じてたのに‼︎』

 どんな顔をして会えばいいのか、……分からない。

 知らなかった。理解していなかった。奏は、瑞希の『本当の想い』を、ちっとも。彼女がどんな気持ちで笑っていたのか。彼女がどんな想いで奏の隣に立っていたのか。彼女が……どれだけの覚悟を重ねてそこにいることを選んだのか。

 『大好きだよ、奏』

 …………分かっている。悪いのは奏だ。奏が悪い。『友達』を裏切った。『恋人』の期待に応えられなかった。『好き』の受け取り方が違った。

 覚悟がなかった。想いが足りなかった。全然……通じ合えてなんかいなかった。

 一週間以上経った今ですらも正確に思い出せる。あの時の『カノジョ』の表情と声を。何一つとして変わることなく刻まれた『罪』の味は。

「…………仲直り、できるのかな」

 もはやそれすらも高望みだろう。奏は……瑞希を裏切った。そして瑞希もまた……奏を裏切った。

 『セカイ』で、──────『誰もいないセカイ』で。奏は一人、当てもなく歩いている。『今から会えない?』と呼ばれたから奏は来た。けれど一方で、会いたくはなかった。

 今更何を言えばいいというのだ。魂の奥底まで傷つけて、どんな面をして謝ればいいというのだ。取り返しがつかない。もう、取り返しがつかない。誤ってしまった全てに……もう取り戻せない。

 失った信頼。失った絆。失った過去。今更だ。全部、今更だ。

 

 『ボクは、奏のことが好きです』

 

 その時が間違いなく絶頂期だった。だって奏も瑞希のことが好きだったから。そこに嘘はなかった。嘘は…………なかったんだよ!

 だけど違った。二人の『想い』はすれ違っていた。本当に、……瑞希の『好き』と奏の『好き』は…………違っていた。

 

 『わたしも、瑞希が好きだよ』

 

 両思いだなんて、なんて傲慢。『分かって』くれていただなんて、なんて勘違い。当然だ。奏と瑞希は違う人間だ。()()()()()()()()()()()()

「わたしは……」

 想像だにしなかった。思いもしなかった。妄想の範疇にすらもなかった。

 まさか。

 まさか、まさか、真逆のまさか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 そういう意味で奏のことを好いていただなんて。奏には信じられなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしもそれが普遍的な『それ』ならば……、奏は正気ではいられない。

 告白を受け入れた。『好き』に『好き』を返した。けれど奏は()()()()()()()瑞希のことを好いていたわけではない。

 怖気が奔る。

 鳥肌が立つ。

 無理だ、と思った。

 そんなことはできない。瑞希にそんな感情を抱くだなんてできない。絵名にはできるかもしれないけれど、まふゆにはできるかもしれないけれど、奏には絶対にできない。

 愛を持って慈しむことはできる。恋を持って抱くことはできる。けれど、その感情には応えられない。……応えちゃいけない『こと』だった。奏は…………レズビアンではないのだから。

 そう、その『嘘』が──お互いをどうしようもなく傷つけたんだ。

「…………はは、駄目だな。…………あの時と、同じだ」

 父親を『殺した』あの時と何も変わらないな、と奏は自嘲した。あの時も……『嘘』を吐いて奏は己の才能で父親を『殺した』。病院のベッドで眠る父親は奏と過ごした日々を忘却し『幸せ』の中にいる。

 『奏は──』

 その言葉が呪いのように脳裏から離れない。いっそのこと開き直れればよかったのかもしれないが、奏にはできなかった。……宵崎奏は音楽の神様に愛された子供で、どうしようもないほどに人間失格。

 今回の件だってそうだ。奏は……忘れないだろう。ずっと、後悔するだろう。回避できたはずの別れ。避けられたはずの言葉。自らが原因で発生した離別。……『嘘つき』だって、そう言われた。その通りだった。

 奏は瑞希を幸せにできると嘘を吐いたんだ。

 神の子の愛は全人類に平等に注がれていて、その愛の値段は僅か銀貨十三枚。──当然、だろう。だって、みんな平等に愛しているのならばそれは()()()()()()()に等しい。

 愛は等価ではない。不平等こそが感情の源泉だ。奏にはできなかった。……瑞希だけを特別扱いできなかった。

 『ボクは──こんなにも奏のことだけが好きなのにっ』

 触れようとして躊躇われた腕。かつてのトラウマから生まれた距離。

 『ぅ、ぉえっ! 近寄らないでっ! ──────ボクは』

 撒き散らかされた吐瀉物と、『恋人』が向けるその眼は。

 わたしを見る、めは。

(っ、──────逃げちゃ、ダメだ)

 『今から会えない?』。そのメッセージを送るのにどれだけの勇気が必要だったのだろうか。少なくとも奏にはできなかった。もう一度……瑞希と話し合うだなんて、それを考えただけで足が竦んだ。情けないだろうか? いいや、普通のことだ。

 ヒミツは暴かれた。感情は明かされた。瑞希の期待に応えられなかった。それだけで、……終わりだったから。

 だって、そうじゃなきゃ。

 ありのままのわたしを誰が認めてくれる?

 誰が、愛してくれる?

「もし、今日──全部喪うんだとしても」

 そんなモノはゼロに戻るだけ。もともと曲だって独りで作っていた。一年前の……孤独な部屋にかえるだけ。

 何も変わらない。なにもかわらない。そうだろう?

「だから」

 行こう。

 逃げたって何も変えられない。これ以上どこに逃げる? 父親を『殺し』、瑞希を『壊し』、もう……その罪をどうすれば贖えるかなんて言えない。

 癒えない傷を与えてしまった。

 だから。

 そして。

「ぁ」

 視線の先に、何もない『セカイ』に。瑞希がいた。よく分からないブロックに腰を下ろして、足をぷらぷらと可愛らしく揺らして……いつも通りに見える瑞希が、そこに。

 いつも通り?

 そんなはずがないのに。

 そんなわけがないのに。

「っ、ふー」

 胸に手を当て、深呼吸をする。謝罪から入っても意味はないだろう。もう、終わったことだから。いつも通りに振舞えば気に障るだろう。もう、取り戻せない過去だから。だからどうすればいいかは分からない。たぶん、正解なんてない。

 失ったモノは取り戻せない。そんな当たり前に今さら気付く。人生は──やり直せないから価値があるのだと。

 でも。

 だけど。

 失くしたモノは取り戻せなくても!

「──────瑞希!」

 新しく紡ぐことはできるから!

「ん、奏……?」

 揺らしていた足を止めて、瑞希がこちらに視線を向けた。その瞳で見つめられるだけで焼かれる、妬かれる、やかれる。太陽のようにアツい──眼差しが。

「奏っ! こっちこっち!」

 大きく手を振る瑞希に導かれ、明滅する思考の中で近づいていく。……たぶん、そんな未来もあったのだろう。共に歩める先だってちゃんとあったのだろう。いつも通りに……話せる未来だって、本当は。

 でも、もう来ない。

 それは来ない。

 捨てた……未来だった。

「早いね、奏。さっきメッセージ送ったばっかりなのに」

「……うん。まぁ、……ね」

「でも、もうちょっとだけ待っててもらえる? まだ二人とも来てないし」

 罪悪感で頭がおかしくなりそうになる。どうして、瑞希はこんなにも普通に話してくれるんだ。一発殴られるくらいは当然だと思っていた。ナイフで切りつけられても仕方がないと思っていた。……殺されたって、文句は言えなかった。それくらい奏は瑞希を傷つけた。『恋人』だなんて、『好きだよ』だなんて、『分かっている』だなんて。そんなこと、当たり前じゃない。家族すらも裏切った奏が、ただの……仲間程度にどうし

 

 ちょっと待て。

 

「二人、とも……?」

「? うん。まふゆと絵名にも話さないといけないことだから」

「…………まふゆと、絵名にも?」

 どうしてその二人が──────。

 『なんで、奏が──────』

 ……ああ。吐き気がする。下らない。信じていたのに。結局。瑞希も。

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あぁ。

 

 これが罰か。

 

「わかった。なら、わたしも待つよ」

「?」

 そうか。そうなんだ。瑞希はそこまで……許せなかったんだ。いや、そうだろう。当然のことだろう。……奏は瑞希を拒絶した。瑞希の信頼を裏切った。……甘んじて受け入れるべきだろう。

 きっと、まふゆも絵名も許さない。

 奏は糾弾されて、奏の居場所はなくなる。あるいは……もっとひどいことになるかもしれない。

(……終わり、か)

 だから奏は、まるで十三階段を上る死刑囚のような気持ちでその時を待った。

 当然、奏は知らない。『この』瑞希が奏の知っている瑞希ではないことも、瑞希のしたい話が奏を断罪するようなことではないことも。知らない。

 宵崎奏は知らない。

 奏は何も知らない。

 

 事態は奏の想像よりもはるかに悪い方向に進んでいるだなんてことも、知る由もなく。

 










十年くらい書いているのでそろそろ私が普遍的テーマとしている『意思生命体は同族同種間において完全な形で相互信頼関係を築けるのか?』にいちから向き合いなおすべきかなと。




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