※原作書籍版第2巻・コミカライズ版第3巻までの読了後を推奨
「
イザベラ・ファーレンスは殊更に、対面に座るオーク陸軍被服廠の担当官が濁した部分を繰り返してみせた。
「それで、私に」
「早急に、かつ数を揃えるとなれば、夫人のお力添えを戴いた方が良い、と」
牡としてまだ若い担当官は、目にも口調にも本音が滲んでいる。ほとほと参っているのだ、と。表情に疲れも滲んでいる。
(事情は、簡単に想像できるけれど)
イザベラは、自身の表情は扇子で隠しながら、やや思索する。
先日、黒エルフの大量移住が国策として行われたと、耳にしたばかりだ。彼女自身を含むコボルト族や、ドワーフ、大鷲、巨狼等々に続く、久方振りの亡命種。
――あの、エルフィンドから!
「……」
扇子を持つ手に、不自然な力が入らぬよう自制しつつ、夫人はさらに思考を進める。
オルクセンという国、ひいてはグスタフという王は、強かな賢者のようでいて、商人からすればややお人好しな一面をもつ。
物事を切り捨てないのだ。
亡命種にはまず間違いなく、手厚い保護を与える。適当な収容施設に押し込め、あとは自活せよ、では済まさない。
土地を与え、職を与え、国に尽くさせる。受け容れた以上は利用する、と言い換えても良いが、それにしても初期投資から行く末まで気を配る。おそらく黒エルフに対しても同じ施策を進める中で、軍への編入が決まったのだろう。
そこで、軍服の問題が発生したというわけだ。
華奢なエルフが、大柄なオークの軍服を纏えるはずもない。逆の意味で、コボルトたちの制服も同様。エルフ用にサイズからデザインまで、新規に規格を定めるのは必須。その過程で担当官が苦労するのもわかる。
何分、これまで仮想敵でしかなかった異種族の物。敵として研究はしても、味方にした場合に与える被服の生産体制など、予め考えていたら夢想が過ぎる。
急場に対応できる仕立て屋の当ては軍にもあろうが、数も経験も足りるとは思えない。できて精々、指揮官向けの数着か。
となれば編成完結までは一時的に、まとまった需要が見込める。見込めはする。
(その、数の手配を手伝えというのね……この、私に)
商人として、さて実際の旨味はどの程度あるかと、あまり期待せず、冷徹に計算を巡らせつつも……内なる声を無視できない。損得とは別に、彼女の、誰にも露わにしていない面が、火を纏うような声で囁いてくるのだ。
――エルフを。あのエルフを支援するのか。自分から唯一無二の宝を奪った、あのエルフを。
「……」
涼しい表情を保ったまま、オークの担当官が向けてくる縋るような目に視線を合わせる。
次いで、微笑みを浮かべてやった。
「ご遠慮なく仰って下さい。なんでも承りますわ」
商会としては当然の返事だ。国の事業に一枚噛んでおくのは、恩を売る意味でも、民間への宣伝効果の面でも、悪い話ではない。これこのようにファーレンス商会は忠節を尽くす企業でございます、つきましては今後とも皆様どうぞご贔屓に――というわけだ。
利ではなく情の上でも、請けるしかない。黒エルフだって亡命してきた以上は、憎き白エルフから迫害を受けた被害者同士と看做せなくもないのだから。
無理に、理性的に考えれば。あるいは偽善、お花畑の楽天家ならば。
『エルフなんて、同じエルフと相喰らえば良い』
先程の声がまた、耳の内に木霊した。
了
仮称ダークエルフ旅団用の制服調達に、ファーレンス商会は絡まなかったのだろうか、という主旨の考察からヒントを戴いて。ディネルースたち幹部クラス用の制服が先行して、下士官や兵の物は順次……というお話や描写もありましたしね、確か。
本来であれば会長自らではなく、もっと下の実務担当者か精々重役が出向いてまとめる取り引きかもしれませんが、そこはご愛敬で。