野生のオルクセン短編まとめ   作:秋月ひろ

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原作本編が始まる少し前という想定で、主役はグレーベン。タイトルは今決めた。


牙の痕

「先王の再評価なあ」

 現王グスタフが下したという新たな(めい)を耳にして、グレーベンは軽く首を傾げた。作戦畑の彼にとって、先王の功績を軸とする戦史の編纂という話は、興味は惹いても直接携わるものではなく、やや他人事という声音だ。

 

「今はむしろ陛下の功績を喧伝して、その地位を不動のものにする時期じゃねえのか?」

 ロザリンドより後の世代である彼の「陛下」は、グスタフただひとり。先王アルブレヒト二世は歴史上の存在であり、過去の人物。優先度にはつい、差を付けて思考してしまう。

 同じ魔族のなかでも頭抜けているアルブレヒト二世の伝説は、もちろん知識として頭に入っている。が、グレーベンはグスタフや上官ゼーベックなどが国を守り、豊かにした時代を肌で感じてきた。彼の内に深く刻まれているのは、ロザリンドの大敗以上に、デュートネ戦争の勝利だ。

「だというのに我が王ときたら、まあ謙虚なことよ」

 苦笑が浮かぶ。先王を讃える現王というのは、好感を集める策として、悪くない。悪くはないが、グスタフはもう少し己を誇っても良いのでは、と感じもする。軍で栄達し、王の人柄に触れる機会が増えれば増えるほど、ますますそう思う。

 当のグスタフからすればまさに、己を持ち上げられるのが面映ゆくて仕方が無い、という動機なのだが。さすがにそうと察することができるのは、ゼーベックたち最側近の宿将ぐらいだった。

 

「ま、当時を知る者が達者なうちに、か」

 長命長寿の魔種族とて、加齢による衰えはある。人間族のそれとは比べものにならないほどゆったりとした速度とはいえ、近年だと特に騎兵監ツィーテンが腰を悪くした姿が目立つ。ロザリンドにも参戦した彼等が健在なうちに確かな形で記録を纏めるのは、意義のある事業だろう。

「俺のように、先王の“凄さ”を軽く見る者ばかりでは、拙かろうしな」

 まったく悪びれない様子で口にしてから、ふと、グレーベンは表情を引き締めた。

「……そればかりでもないか」

 先王を、アルブレヒト二世を、今もなお宿将たちから敬意を集める存在を、屠ったのは誰か。

 軍だけではない。あの時代を生き延び、今や政治・経済の重鎮となった者たちも、決して忘れていない。

 先王を含む無数の同胞を奪ったのは何者か、と。

「エルフィンド……」

 どちらが仕掛けたのかなどと、当時の情勢は感情の前に押し流される。復仇を正当化する材料は、幾らあっても困らない。

 

「公刊の戦史……注目は集めやすいが。民間にも浸透させるなら、表現を和らげた普及版……絵本のような形式も要るか?」

 グレーベン自身、デュートネ戦争の“物語”を、子供の頃夢中になって読んだ口だ。経験に照らし合わせて策を練り、利用するぐらいには、彼も大人になっている。

 飲みかけのコーヒーが冷めるのも構わず、ぶつぶつと独り言を呟き、思考にのめり込んでいく。自分の部局もその事業に一枚噛めないだろうかと、今や考えをすっかり改めている。

 親切な同僚の皮を被って、肉食獣の笑みを浮かべながら。

 

 了




 SNSでの原作に対する考察や作者さんの解説を読んでいると、主人公グスタフのスパダリ振りが周知されるにつれ、先王アルブレヒト二世も実は凄かったんだよ、という掘り下げが改めて行われているのがちょうど今(書籍版およびコミカライズ版が順次刊行中)なのかなと。で、それにあやかって。
 グレーベンという(おとこ)が、天才にありがちな傲慢さを隠さない一方で、素直に反省したり発想を柔軟に切り替えたりと、なかなか興味深いキャラクターなこともありますね。時代や情勢によるのかもしれないし、グスタフやゼーベックの影響もあるのだろうしと。
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