ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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エレン&カリンの相棒捜査 No.2

 エレンが先頭を往き、カリンがその背中を追う。

 

『VIPのところ、早く来て』ライカンに連絡した。

 

 VIPルームの角を曲がると、人気の毛ほどもしない広い廊下に出た。例によって豪勢な装飾が施されている。

 

 奥にトイレがあって、今さっき二人を怒鳴りつけた男が入っていく様子が見てとれた。

 

 駆けていく。男子トイレの看板を見て逡巡したが、構うもんかと入っていった。

 

 

 

 

「助け──」

 

 男が叫ぶところで、口を押さえつけられる。

「おーいおい、おい、おい。あんまりうるさくすんなよ」

 

 怖いものなしの金持ち社長の顔に、大きな感情の色が現れた。顔はみるみる白くなっていき、唇がプルプル震えている。

 

「ねえ」

 

 ふと声がして、犯罪者はその方向に銃を向けた。

 

「男子トイレで盛るのもいい加減にしてくんない?」

 

 茶色い目の銃を持った男が、金持ちを取り押さえている。

 

「……」

 

 エレンを観察する。メイド服を着ているから、召使いだということはすぐにわかった。

 

 サメの尾びれが尾てい骨のあたりから生えていて、シリオンじゃねーかと男は目を細めた。シリオンは身体能力が高く、こういう『仕事』のときにことごとく邪魔になる。

 

 前に、ヒョウのシリオンにこっぴどくやられたことがあったなと思い出して、いきなり怒りが込み上げてきた。

 

「なあ。俺はシリオンが嫌いなんだ。今すぐ消えるか、死ぬかのどっちかにしてくれ」

 

 黒い目が、じっとエレンを見据える。本当に撃つ人の目だ。

 

 ちょうどここでカリンが到着して、体を出した。消音器の付いた銃口が自分を覗いているのを見て、あ……と小さく声を漏らす。

 

 エレンはここで、何か武器を持ってくればよかったな、と後悔した。バーカウンターならアイスピックがあったはずだ。

 

 それがあれば銃弾の一つや二つ弾けたし、強気に行動できた。

 

 そっと、体を引いていく。カリンも察して身を下げた。

 

 トイレを出る。廊下に並べられた絵画の中の、偏屈な男がこちらを見つめていた。

 

 見つめてくるのは彼だけじゃなかった。廊下の奥を見ると、明らかに敵意のある大男が四人、立ちはだかっていた。

 

 ポキポキと指の関節を打ち鳴らしている。そんなの、漫画の噛ませ役でしか見たことないってと、エレンは心の中で苦笑した。

 

 隣を見る。カリンが両の手を突き合わせてモジモジしていた。

 相手がどんな恐ろしい人間か想像して怯えているというよりか、仕事がうまくいくか懸念しているような仕草だった。それもそうだ。ヴィクトリア家政として働いていれば、暴漢とはよく対峙する。その結果、一般人の持ち合わせるような『恐怖心』が薄れてしまう。

 

「安心しろ、少し懲らしめてやるだけだ」

 

 敵の一人がいきなり話しかけてきたので、前を向き直った。

 

「あー……できればここで騒ぎにはしたくないんだけど」

 

「だから、安心しろって。すぐ終わる」

 

 どう考えても相手は引き下がってくれそうにないので、戦うことにした。叫んでやってもよかったが、変に騒ぎが大きくなっても困る。それに、見たところ拳銃は持っていない。危険はないと言えよう。

 

 四人の男たちの手元を見る。武器を持っているのは右端の男で、バットを握っている。バットを持った男で、バットマンだ。

 どうやってこんな大きい物を知られずに持ってきたのかと気になった。後ろの方の壁を見ると、フックが空っぽの状態であったので、あそこから取ってきたんだなと、すぐに理解できた。

 

 他の三人は手ぶらみたいだ。ますます彼らの攻略が容易なことがわかってきたところで、手ぶらの輩が一人、襲いかかってきた。

 

「わっ!」カリンの嘆声が響く。

 

 エレンを捉えかけた拳は、いつしか的を見失っている。

 

 勢いのまま、隣の陶器を砕く。男から悲鳴が上がった。

 

 エレンが背中から駆け寄って首からひねり倒すと、顔を踏み潰す。

 

「あのさ、一人ずつかかってきたって無理だから。何のための仲間なの?」

 

 彼女の煽りに呼応して、バットマンがカリンを狙う。

 

「ひゃっ!」

 

 身を捩り、避ける。

 

 上から下への殴打。それも避けられて、バットは床を叩く。

 

 体が前のめりになるバットマンを見て、これはいいとエレンが得心する。こういうときは頭を殴打してやれば簡単に撃退できる。

 

 そんなわけで、そうした。痛みに悶えているところで腹を蹴った。

 

 バットが宙を舞って、カリンの元に届けられる。

 

 だんだん、面倒くさくなってきた。式典の召使いとして仕事をやっていたのに、気づいたら暴れん坊と格闘ごっこだ。あのスーツの女に話かけられなければ、アストラの唄声を最後まで聴けたっていうのに。

 

 奥の二人を見やった。バット持ちさえ簡単にやられたのを見て、今や逃げ腰だ。

 

「逃げるの?」

 

 さっさと襲い掛かってきて欲しかったので、挑発してやる。

 

 苛立ちで勢いづいた男たち。

 

 こういう冷静を欠いた人間は、不意を突いてやればいいことをエレンは知っていた。

 

 目と鼻の先に迫るところで体を避け、つま先だけを残した。当然、猪突猛進の猪は転倒する。

 

 後ろからきた男もすぐに殴り飛ばす。

 

 自分の目の前に転んできた猛獣を見て、カリンはびっくりした。

 

「カリン!」

 

 エレンは目だけを動かして彼女を見た。それを知ったカリンが焦りを示す。

 

「わっわわわ私ですか⁉︎」

「それ以外ないでしょ!」

 

 浮き足立つカリンの、スカートのフリルがふわりと揺れる。

 

 両手で抱え込むようにバットを持っている。顔を突き出してしゃがみ込んだ暴漢に、ゆっくりと目を向ける。

 

「はやく──!」エレンの声とともに湧き立った焦燥感が、肌を粟立たせる。

 

 世界がゆっくりとして見えた。そのせいで、エレンが何を言っているか聞き取れない。

「──ぅはぁぁぁぅゎゎゃやぁぁ──っっくぅぅぅぁっっ!!!!!」

 映画で自分が速すぎるあまり周りがとてつもなく遅く見える、という描写があったのを思い出す。

 

 寒さが限界を越えると火の如く熱く感じることと同じように、焦りも突き抜けると冷静にさせるんだなと、カリンは知った。

 

 ゆっくりと、震える手でバットを握る。相当古いバットらしく、持ち手がツルツルに剥げている。

 

 バットの先がカリンの頭上でぐるっと周り、その軌道から外れるように下に、下にと落下していく。ジェットコースターと似ている。いや、バイキングか。

 

 ここでちょうど、スローの世界から溶け出るようにいつものはやさに戻る。

 ざわあ──と、砂嵐が消えて喧騒の物音が一気に耳に飛び込んだ。

 

 ──ゴツン!

 

 震える手が支えるバットは脳天を捉え、鈍い音が鳴って倒れ込む。

 

「できるじゃん」エレンがガッツポーズの代わりに自分のスカートをわさっとはたいた。カリンがあわあわと、今しがた気絶させた男を見ている。

 

 すぐに駆け寄って、状態を見た。

 

「あちゃーこれは酷いね。カリンもここまでやるようになったんだ」

 

「ち、違いますぅ! バットを振ったらたまたまそこにいたんですっ!」

 

 ここで、後ろから気配がした。

 

「動くな」

 

 しまった。二人の体が硬直する。

 

 トイレから、さっきの男が銃を向けて立っていた。

 

 あー面倒くさい。エレンが思う。有給、取ってやろうかな。

 

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