ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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【お祭りごとの、ちゃんちゃら騒ぎ】その7

 血をカーペットにぶちまけて、男が倒れ込んだ。

 

「殺してないよのお? これ」

 今さっきまで若年時代を取り戻していた老爺が、いつもの口調に戻っている。呆けたような顔つきも健在である。

 

「調整はした」

 

 倒れ臥している殺し屋の背広に刀を当てがって血を拭う。鞘を拾い上げると、丁寧に刀身を閉まった。

 

 木の声がした。当然、無線からだ。

 

『あれ、メーム出てきたんだけど。早くない?』

 

 木は高い位置から会場を見下ろしている。メームの受賞が始まるまでに柊が彼を始末出来なかったら、木が狙撃する段取りだった。

 

 そんなメームが、ステージ脇の観客に見えない場所で居住まいを正していた。

 

 

 

 

 時間を少し遡る。

 

「邪兎屋を頼るか」そう言って木は階下に降りていった。

 

 砂漠地帯、すなわち郊外を写した絵画が壁に立てかけられている。階段を降りる時、それが目に入ってしまわないように努めたが、叶わなかった。

 

 舌打ちする。

 

「勘弁してくれ」

 毒を吐くような、また回想するような切実さを持った口ぶりで、木が呟く。

 

 思い出してしまう。木がまだ防衛軍にいた頃だ。その時の任務は、砂漠が戦場だった。

 

「クソが」

 

 今にも彼女の幻影が出てきそうだ。オブシディアン大隊の、名前も思い出したくない小隊に身を置いてしまった自分を恨む。

 

 階段を降り立って、絨毯を踏みつけた。ふわりと足を包むような感触は嫌いじゃない。

 

 邪兎屋という小さな組織は、インターノットの一部では良くも悪くも有名だった。

 ホロウを中心に活動しているらしいが、何でも屋というイメージが強い。

 

 誰かから聞いた話では、メンバーは頭の弱いピンク頭に陽気な機械男、剣を纏った白髪女にヤクザのカシラの養女という、一見するとチグハグなものだった。

 

『無鉄砲な経営で借金まみれだって聞くぜ。それにしても、あのピンク社長の用心棒はイカれてるがな。元カリュドーンに元防衛軍、元ヤクザだ』

 

 邪兎屋に殺し屋捜しを任せるのもその三人が居るがためだ。そもそも邪兎屋がその殺し屋である可能性もあったが、その時はその時だ。

 

「メームは殺せそうか?」ふと、女の声がした。柔らかい、心安らぐ声。

 

 ため息をつく。またかと、落胆する。出てくるなよと心に言い付けていたが、彼女はそんなことも気にせずやってきた。

 

「お前が出てきたせいで、殺せるか怪しくなった」

「そうか。残念だな」

 

 目の前には、和風の衣服に身を包んだ女が立っている。

 

 すれ違いざまに彼女の脇腹を小突いてみたが、雲を掴むようにその部分だけが霧散し、やがてまた形を取り戻す。

 

 この幻覚は、彼女を殺してから出てくるようになった。いつまでも木に付き纏い、悪口を言うでも褒めるでもなく話しかけてくる。

 

 邪兎屋の一人、緑っぽい装備を纏った女を見つけた。邪兎屋は護衛としてこの式典に駆り出されていて、当然彼女も武装している。

 

「お前、邪兎屋のアンビー・デマラだよな?」

「そうよ」

 

 白い髪が揺れて、こちらをじっと見つめる。戦闘用の装備らしいが、足は丸出しだ。軽量化を図ってこうなったのかなと、木は推論した。

 

「この式典に危険人物がいる。探し出してくれないか」

 

 隣の、赤いコートを着た機械男が反応した。

 

「おいおいジェントルメンよお〜。こっちは依頼で忙しいんだ。人探しなんてしてる暇はねえぜ」

 

「5000万ディニー」

「のるぜ!」

 

 ビリーと言う名前だったか、その機械男は近年稀にみる掌返しを見せた。

 

 アンビーも疑うような顔を見せていたが、5000万ディニーとなると話は別なようだった。おもむろに携帯を出すと、誰かに電話を始めた。

 

「ビリー、事情を聞いておいて」

「はいよ」

 

『なに?』携帯から女の声がした。おそらく社長のニコだろう。

『え、勝手に依頼受けちゃったの⁉︎ どうするのよこの依頼は? 500万がかかってるのよ』

 

『え、5000万? いちじゅーひゃくせんまん──え⁉︎』

 

「お客様、なんなりとご申し付けを」

 ビリーはその豪胆な見た目とは裏腹にかしこまった態度を見せる。

 後ろで木に殺された女が綺麗な黒髪をいじりながらくすくす笑った。

 

「ここのどっかに悪者がいるかもしれない、怪しい奴を見つけろ。前金750、成功報酬が4250だ」

「は! 仰せのままに!」

 

 そんなこと治安局に任せればいいじゃないか、なんて彼らは言わなかった。それもそうだ、5000万を手に入れるチャンスとなれば逃すわけにはいかない。気が変わってやっぱり治安局に頼むだなんて言われたらたまったものではない。

 

 木はさっきまでいた天井近くの階に戻っていった。あの絵画を見ないように気をつけて、たどり着いた。

 

 ちょうど会場を見下ろしたときだった。

 

 司会の声がした。

「次の受賞者はベラトカ・メームです!」断片的にだが、そう聞こえた。

 

「あれ?」

 

 下を見る。ちょうど幕の端っこに、メームがいた。

 

「メーム出てきたんだけど、早くない?」

 進行内容だとメームの受賞式は大分後ろの方だったのだが。

 

 急いでアタッシュケースを取り出す。開ける。中には分解されたライフルが入っている。組み合わせ、弾を装填する。

 

 スコープを覗いた。メームの上品な顔を見ると、木は腹が立つ。

 

 トリガーに指をかける。これで、彼女の幻影ともおさらばだ。

 

「──死ね」

 

 急に、銃を持ち上げられる感覚がきた。

「は?」

 

 ほぼ同時に、顎に衝撃がきた。

 

 銃を落として、膝をつく。頭では動こうとしているが、身体は聞き入れてくれない。

 

 前に、スーツの女が見えていた。ヘプタの、元同僚だ。

 

 太ももにナイフが掛かっていて、彼女はそれに手をかけた。

「話だけ聞いてやる」

 

(くそ……)

 

 スーツの女の隣で、またも幻影がこちらを覗いていた。

 

 お前のせいで俺が死ぬんだぞと、睨みつける。

 

「あなたたち、何をやっているんですか!」唐突に、別の女の声がした。

 

 するとスーツの女が、ナイフを放し、顔を緩めた。

 

 やっとのことで後ろを見た。治安官らしき女が二人、こちらを警戒して立っていた。

 

「私はメームの護衛だ。こいつがライフルを構えていたから、私が殴った」

 

 そこからは、ことは滞りなく進んだ。

 

 木は拘束され、連れ出され、治安局の車にぶち込まれた。

 

「刑務所生活か……」

 木が一人呟いた。

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