ホロウ内に乗り付けられたバンに、三人は乗り込んだ。
発進する時、奥で忙しなく動く影が見えた。意識を傾けると、先ほどの治安官二人が追ってきているではないか。
「あれ、あのエーテリアス倒したのか。優秀だな。治安局は彼女らに3回級特進を与えろよ」
「……それは殉職者に与えられるものだ」柊が突っ込んでみるが、木は歯牙にも掛けない。
彼女たちは徒歩なので、無論追いつくことはできなかった。
木が小さくなってゆく治安官たちをバックミラーで確認する。
「ナンバー変えないとな。多分見られた」
彼が呟いた。
トランクルームの長椅子には、数日前に放り出されたままのエアガンがある。
柊はそれを取り上げるて、しげしげと眺めた。
(……それにしても、精巧な模造拳銃だ)
柊の知識によると、それは治安局が使う拳銃である。どう考えても製造元は違法だ。
「君、ここから数日は油断しないようにの」
唐突に、ヘプタが励ますように言った。
「何か起こるのか? 今から」
「決まったわけではないがな。メーム側に存在を知られているから、警戒は怠れん」
向かう先はヘプタと木の拠点だ。二人によると、この家は捨てなければならないらしい。既にもう刺客が送り込まれていてもおかしくないのだが、武器の回収をする必要がある。最後に一度、拠点に戻るのだ。
車は何回か見た陰鬱の街に潜り込んだ。やがて拠点が見える。
車を降りた。柊は片手に模造拳銃を携えて、家に戻る。
変わった気配はしない。監禁した二人のチンピラは最後に解放する段取りになっている。
老人と背丈の大きい若者がバッグに小型の何かを詰めている。
「それは何だ?」柊が聞いた。
「催涙ガス、スタンガン、そしてこれはエーテル物質でできたナイフだ」
彼によると、前者二つはターゲット以外を無力化するためのもので、後者は最後にターゲットを殺す時に使うものだということだ。
「このナイフで皮膚を切ると、エーテルで焼き付いて血が出ないんだよ。ひょいとやってひょいと逃げれば、他の奴らは心筋梗塞だかで倒れたんじゃないかと勘違いしてくれる」
ナイフを取り上げて、またも裏世界の武器を流れる柊。そこにレイの面影を見出して、木は心底不快そうに顔を歪めた。
彼女はナイフを自分の親指に押し付け、薄く裂いてみた。
「確かに、血が出ない」
柊は自分の刀を取りに、外れの部屋に向かった。無理矢理増築した雰囲気が否めない位置の部屋の隅に、丁寧に置かれている。
一陣の風が、家の外を吹きすさんだ。じとりと自分の背中を這うような、油断ならない気配を潜在的に見出す。
部屋を横切る。刀を掴み上げるというところで、声がした。それに合わせ、体がはたと停止する。
「動くな」低い声。ついさっきまで聞いていた声だ。「手をあげて、膝をつけ」
ちょうど柊が、床に横たわる刀の柄を掴むところだった。
──この分なら、攻撃が通る。
柊は確信した。声の位置は柊の後ろ。少し遠いが、間合いの内だ。
床を伝うように抜刀。続く後方への斬撃で、いける。
刀を握る手に、力を込める。
「変なことは考えるなよ」別な人間の声がしたので、柊は今度こそ刀を手放した。内心で、『やはりか』と思いながら。敵の居場所に一人でやってくるわけはないのだ。
腰を低くしたまま、手を上げた。さっさと殺しておけばいいものを、このように生かすことには理由がある。柊の素性を聞き出す必要があったのだ。
「お前、殺し屋じゃないな」
「……」
「監視カメラに映っていた。戦いぶりからして、明らかに公的執行機関のものだ」
女の言葉に、柊は少し体が熱くなった。
「拳銃を両手で構えていたな。私の知る殺し屋は、片手で撃つ。映画みたいに、気取って」
「主だって、合法スジの人間ではなかろう?」
「……」
「主に答える気がないのなら、我も返答は控えさせてもらう」
間があった。今にも敵のトリガーが引かれそうになっている。
1秒したら銃声が聞こえるだろうと、柊自身も直感で理解した。
予想通り、拳銃が轟く。
倒れたのは──女の仲間だ。
続いて、ガラスの弾ける音。女が庭に逃げたらしい。
「大丈夫かの?」老人のよく回らぬ舌が、ゆっくりと言った。
「ああ。助かった」
「早く逃げる必要がある。あの女とは戦いとうないわい」
刀を掴んで、廊下を駆けていく。さっさとバンに乗り込むと、間髪入れずに発進した。
「これからは毎日移動しながら暮らすことになるぜメームに存在がバレたんだからな」
木が言った。
「さっさとメームを殺さないと、寿命を全うする前に死んでしまうわい」
「次はメームの居場所に行ってみよう。自白剤の効果が確かだったら、今は零号ホロウにいるはずだからな」