ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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前回:メームの手がかりのため零号ホロウに侵入した柊司。そこで出会ったのは、ヒューゴという得体の知れない美男子だった


モッキンバード

 すらっと高い身長に、透き通るような白い肌、美しい顔立ち、それがヒューゴという男だ。それでいてその肉体に刻み込まれた努力や苦難を、柊は見逃さない。

 

「中々に洗練されているな」

「そうでもないさ。蔑みの対象がそのまま育った姿がこれなのだから」

「……なるほど何か過去があるな?」

「……まったくもって嫌なものさ」

 

 彼は彼女に協力を申し出た。彼が敵だろうとなんだろうと、何か怪しい動きをすれば斬り伏せる──柊はそう思い承諾した。

 

 木とヘプタはエレベーターの構内から真っ逆さまに落ちたが、柊の予想通り死んでおらず、やがて合流した。柊はヒューゴについて伝えると、木は少し訝しみ、ヘプタはいつも通りのほうけたツラで首をしきりに上下に動かしていた。

 

「さて、貴公らはここが目的の場所だと言ったが、既に俺があらかた調べて終えてしまった。俺の観察眼が至って普通の状態であるならば、ここにいかなる物も確認できないと認められる」

 

 ビルの側面に設置されている非常階段を登る。階段は脆くなってはいない。

 

「何もないとは言ったが、君たちも一目見ておいた方が良いと思うものがある。屋上だ」

 

 一通りビル上層の内部を調べおえ、少しの戦利品もないことを確認したところでヒューゴが言った。

 

 再び非常階段を上がる。一段上がるごとにエーテル特有の気が強く感じられる。

 屋上に辿り着くと、そこにはあの巨大なエーテルのつぼみがあった。それは完全に花開く寸前の状態で、ディストピア映画のように三人に鮮烈な印象を残した。

 このような様相は見たことがあるな、と柊は思い当たる。ラマニアンホロウのことである。

 

「これが俺の狙いであるホロウレイダーの、その目標だ」

 ヒューゴはつぼみを指さして言った。

「聞きしによると主の目標のホロウレイダーというのは、我の目標と寸分違わず一致するようだな」

「どうだろう? だが貴公が口にした『メーム』という物品だか人物だかを、俺は存じ上げないのだよ。

 ──ふむ。こうなると俺と貴公らの目的が同一であるかを調べる必要がある、な」

「何をする」

 

 ヒューゴは巨大なつぼみに歩み寄り、左手に持ったアタッシュケースを掲げてみせた。

 

「まあ待て。貴公らはこれから伝播する冷気に身を焦がさぬよう、神妙にたたずまえばいい」

 

 誰にしてみても驚くべきことが起こる。アタッシュケースが変形し、みるみるうちに彼の長身をも凌駕せんとする大鎌に変身した。これもまた映画を連想させる。そしてそれは数メートル離れた三人にも知覚できるほど、凍てつくような冷気を放っていた。

 柊は少しく身の危険を感じ刀を握るが、すぐにヒューゴは彼女を狙っていないのだと気づく。

 

「さて」

 

 ヒューゴは鎌を持つ手に力を込め、大きく踏み込んだ。

 同時、下段に置かれた切っ先は大きく円運動し、斜めにつぼみを引き裂く。

 激しく音が鳴り、斬りつけた部分に氷層ができる。冷気が風に乗って柊らを通り抜けた。

 

「一撃では無理か」

 

 彼は後ろを向き、柊の刀を見つめた。

 

「もう一撃加えてもらいたい」

 

 メームの狙いは恐らくこれだった。柊は何か怪しさを感じずには居られなかったが、メームを知るためにも必要なことかも知れなかった。

 

 柊はつぼみへ歩み寄り、凍っていないところの表面に手を当てた。

 

(なるほど。毒か)

 

 触れた手のひらを見てそう思った。赤くただれていたのだ。これではメームの研究も一筋縄でいかなかっただろう──。

 

 ヒューゴが切った部分を見る。

 

(そして再生まで)

 

 傷口が癒えようとしている。氷がそれを抑えつけていたが、そう長くは続かないはずだ。

 

 急ぎ相手に向かい合う。

 刀を握る。

 片足を引く。

 自分と地面が繋がるような意識。

 ここまで全く慣れた行為だ。そしてこれからも、真新しいことはない。

 刀を使う時、柊は必ず義父の教えを思い出す。こうしないとうまくいかない。

 こういう一本の居合の時は、いつもあの言葉が大事だ。

 

『何も考えるな』

 

 義父の言葉だ。

 ここからは何も考えない。ただ刀を抜くだけ。

 

「はっ──」

 

 空気の切れる音。そして静寂。

 

「この場に居合わせられたことを光栄に思う」

 

 ヒューゴが言った。彼は柊が斬った部分を覗きこみ、

「成功だ」

 と声を漏らした。

 

 彼は手袋をつけた手をその裂け目に突っ込み、内容物を取り出した。その時には手袋が溶けて白い手が露出していた。

「何だ」柊が問う。

 

 ヒューゴはこちらを振り向き、

「これだ」

 と、それを見せた。

 それは手中に収まるほどの大きさをした、黒い石ころのようなものだ。

「内奥に巨大な力を秘めているのにも関わらず、極めて安定している。悪党にしてみれば扱いやすくて仕様がないだろうな」

 

 ◆◆◆◆

 

「オークションに売る、だと?」

 柊が聞き返す。

 ここはホロウを出たバレエツインズ前の広場だ。少し離れたところには黒く渦巻く零号ホロウがある。

「俺の目的のホロウレイダーはこの物を腹の底の底から腕が2本出てくるほどには欲しているようだ。となれば、オークションに出されたこの物体を見て、尻尾を出さざるおえないだろう?」

「ふむ……」

「そして、貴公が先ほど口にしていた『メーム』とは人物なのかな?」

 柊はさっき会ったばかりのヒューゴへ情報を渡すことに躊躇いがあったが、

「……ああ」

 と答える。

「ならば、その『メーム』までも出張ってくると考えられないかな? 一石二鳥だ」

「二兎を追う者は一兎をも得ず」

「……ではこの機会を逃すのかね?」

 

 木とヘプタは鉄柵に寄りかかって零号ホロウを眺めていた。柊はヒューゴを透かすようにしてホロウを見る。

 どうもこのヒューゴを信用するに至らない。柊はそう思う。

 

「協力できないと言ったら、主はどうする?」

「ふむ……どうだろう? 今ここで瞬く間に姿を消し、二度と俺の姿を見ることはできなかった、などと言う結末は?」

 

 不穏な空気が漂う。

「させるとでも?」

「できるとも」

 

 

 

 

   モッキンバード・了──

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