メームはコンテナを開ける。
ここはコンテナヤード。海上輸送用のコンテナを一時的に保管・管理する施設だ。青、赤、黒などの直方体が幾つも重なり、圧迫感を感じさせる。
メームはそんな場所に来ていた。裏取引に全く相応しいこの場所に。
メームはコンテナを開けた。
中は暗い。鉄っぽい匂いがむわっと、よりか鋭く鼻を突き、不快な気分にさせた。メームは被っている仮面をいじってみたが、臭いはどうにもならなかった。
奥に話しかけた。声がこだまする。
「居るか」
「…………居る」
「……本当に居たんだな」
「お前が呼んだ」
「お前の存在を信じていなかったからな」
奥にいる怪物の存在を実感できない。だが、確かにいるのだ。
「誰を殺す?」
「私を嗅ぎ回っている犬どもだ。TOPSの蛆虫、H.A.N.D.崩れのクソ虫、カリスマ気取りのアバズレ怪盗」
「後者二人は話に聞いている。一人目は?」
「ああ、これは他愛も無い。ちょうど今、ここのコンテナヤードに来ているはずだ」
その男・キキはメームの方に歩く。そうして外に出ると、メームはようやくその姿を視認できた。
全身黒い服装をしていて、長いチェスターコートが体の輪郭を捉えにくくしている。顔には仮面をしていてわからない。取引のときはこのようにするのだ。
外に1人の女が立っていた。仮面をしている。その女はキキに「私は彼の護衛だ」と言った。
すぐに、目当ての物がやってきた。──10人の武装した治安官と共に。
「俺を試すのか」
その大所帯を見て、キキはそう言った。
「申し訳ないが、お前のルーマー(噂)だけで実力を信頼できない。全員殺すことができたのなら、認める──あの若いのがそうだ。あれを殺せ」
キキは仮面をしていたが、それでも獲物の若い治安官を視線で貫いていたのがわかった。
治安官は若かった。正義感の強そうな正統派の美男である。
「……コンテナに入っていろ。俺の仕事の目撃者はゼロだ」
キキは言った。
「やり方は開示してもらえないんだな」
「……ああ」
メームとその護衛が歩き、コンテナがゆっくりと閉まる音を聞いてからキキは歩き出した。
キキは足が悪かった。キキは懐に隠した杖を取り出すと、杖を突きながら斜め前の遠くを歩く治安官たちと平行に歩んでいく。
治安官の姿がコンテナの間に見え隠れする。
キキはコンテナを登り、その上を歩いた。杖を突いて鉄板を歩いているにもかかわらず、音は微かにも出さない。
治安官たちがよく見える。──あれがメームの言っていた『蛆虫』か。
キキは杖を奥のコンテナに投げた。銅鑼のようなやかましい音がその場に響く。
治安官は驚いた猫のように瞬時に動き、音の源へと銃を差し向けた。
──そしてその時には、後ろに暗殺者が居る。
最後尾の治安官の喉を、ワイヤーで締める。その治安官の拳銃を奪うと、前の二人を撃ち殺した。
やっと事に気づいた治安官が後ろを見るが、誰もいない。
キキは杖を拾うと、擬態された鞘を取る。そうすればこの杖は刃になる。静かに治安官の背後を取ると、杖で一人殺した。
気づいた治安官が銃を構える。キキは顎を狙って金属の重厚な鞘で叩いて、そして殺した。
残り六人。
治安官らが銃をキキに向けるところだ。
キキは杖を一人に向かって投げ、刺し殺すと、その倒れ込む死体の影を移ろうように移動し、銃をまた奪う。
そして二人撃ち殺した。
残りの四人がトリガーを引くところであるのは、感覚でわかる。
キキは姿勢を下げて的をずらすと、死体から杖を抜いて一人へ突進。そして殺した。
残り三人。
難しいことでは無かった。
「……トリガーを引くか?」
そう言うと、治安官は顔を半ば痙攣のように引きつらせ、トリガーを引くことさえままならなくなる。引けば、死ぬような気がしてならないからだ。
そんな中、今に物言わぬ骸と化す若き治安官(及び標的)が、勇み立って前に出る。
「こんなことをして、どうとも思えないのか……!」
さっさと銃を撃てばよいものを……、キキは思いながら、脚を強く踏み出した。
治安官たちの目に入った光が脳へ危険信号を送り、そこから脊髄、腕、トリガーを引く指へと信号を送る。
──それよりも速く、キキは間合いに入った。
同時に、振り始めていた凶刃が振り子のように軌跡を辿って喉を掻き切る。温かい血が潰したホースから出る水のように噴き上がる。
あと2人。
若者の生命活動が停止するよりも、噴き上がった血が床に落ちるよりも速く、キキは身を翻して姿勢を下げ、杖を横に薙いだ。
4本の足がその機能を奪われ、2人は倒れ込む。
トリガーを引いてパラパラと2人は最期の乱れ撃ちをおこなったが、意味はなかった。
──こういったことは、難しいことでは無かった。
ここはオークション会場。高層ビルの最上階から下3階分をぶち抜いて作った豪華極まる場所だ。
多くの人がテーブルごとまばらにグループを作り、立ち話をしている。皆が皆高価な金銀の腕時計をつけ、オーダーメイドの100万以上のスーツを着、金持ち特有の余裕ある仕草で高級酒をあおいでいる。
H.A.N.D.崩れの殺し屋・柊司はそんな会場の天井に張り付いていた。……と言っても、ダクトの中だが。
芋虫のように身をよじりながら、ダクト内を進んでいく。
ダクトは壁の中に入り、左右上下にうねり、そうして目的の場所まで連れて行ってくれた。
網状の格子をこじ開け、頭から飛び出ると受け身をとって着地する。辺りを見回せばここは物置きだ。扉のずっと先では人々が和気あいあいと喋る籠った音が聞こえている。
「……ふぅ。難儀なものだな」
言いながら、ほこりにまみれた作業着を脱いでロッカーに詰め込み、下に着ていたスーツを直してドアノブに手をかける。
「今から行動を始める」
柊は無線にそう問いかけた。
『ここから先は不法侵入だな』
ヒューゴの声が聞こえてきた。
「このビルの敷地内に脚を入れた時点でそうだろう」
『……貴公は人に見られてもいないものを、犯罪だと言うのかね?』
「言うと思うが」
そう言って扉を開けると、こもった音が一息に大きくなって耳に入る。
白く美しい絨毯を踏んで進むと、会場が見渡せるところまで来た。
「今どこにいる」司が無線に吹き込んだ。
『計画通りさ。天窓を見てみろ、手を振ってやれるがね?』
「結構だ」
そう言いながらふと高くにある天窓を覗いてみると、ヒューゴの顔と手が見えた。どこか負けた気分になったので目を逸らして足を速めた。
地味な仕事を任せられたものだなと、柊は真ん前を向いて歩きながら思う。
(任務は会場を停電させること……)
ヒューゴや、今回彼が連れてきた協力者とも距離が離れてしまう。それによって戦闘になった時の危険性が上がるのは全くどうでもいいが、困るのはヒューゴに裏切りの気があった時だ。
その場合の対策も考えてはあるものの、果たしてあの掴みどころのない男を捕らえられるものか確信はできない。
この任務でメームが欲しがっているであろうあのエーテル物質に直接触れるのは、ヒューゴだ。
(ヒューゴという男が、この任務で最も警戒すべき人間)
木とヘプタがいればどうにでもできるが、そのような大所帯で潜入するわけには行かないため、連れてきていない。限られた人手で、任務をコントロールする必要がある。
2階のギャラリーで、広く会場を見渡しながら、時を待つ。
「お越しいただいた皆様に感謝申し上げます」
司会の声がして、会場は静まり返る。司会はそこから柊にはどうでもいい謝辞の言葉を言いつつ、緩やかな拍手に包まれてオークションは始まった。
オークションは思いもよらないような高額の攻勢が何度も飛び交う資産家達の享楽地と化し、やがて例のモノが会場に姿を見せた。
「出品者より、この物の説明を申し上げます。地下深くにて幾億もの時を超えて生成された、規格外のブラックダイヤモンドです」
もちろんこれはヒューゴが考えた嘘に過ぎない。
ブラックダイヤモンドの飄々とした魅力に惹かれた者たちが、こぞって手を挙げる。
「3億」
「4億だ」
「ひとまず……4.5億」
「5億」
このようなやり取りが始まる前には、柊は動き出していた。
立ち入り禁止の看板のある鋼鉄のドアまで向かい、2人体制の監視員に会釈をし、偽造のカードキーで認証を突破。
離れた場所にある制御室へと少しも躊躇わずに向かい、格子に囲われた制御台の中への鍵を何食わぬ顔で突破し、ブレーカーを司る重いレバーに手を掛ける。
「ヒューゴ、主の指示を待つ』
『滞りなくいったのかね?』
「言うまでもない」
『……そうか』
鉄格子越しに、奥のドアを見つめる。誰かがこちらをつけてきてはいないものか意識を集中させる。
「……ふっ」
そして柊は、小さく声を出して、レバーの方へ向き直った。
ヒューゴが言った。
『今だ。ブレーカーを落とせ』
その時だ。
「動くな‼︎」
後ろから声がした。敵意が剥き出しだった。
2人居る。銃を構えているのは、見ずともわかる。
「もう遅い」
ここで、この優美たるビルの中から、光が失われた。
Phantom Thief at the Auction ・了──