ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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前回:司vsキキ開戦


Tsukasa’s Tactics!

 斬られる──柊がそう思ったのは、すでに斬られてからのことだった。

 

 右手首を抉られた。杖剣の振り抜かれた方向に血が線を引き、カーペットを濡らす。

 相手が次の攻撃をする前に体をかわし、大きく距離を取る。ここでやっと横腹が深く切られていたことに気づく。

 

「ぐっ……」

 

 思わず膝をつく。痛い、そう確認する。問題はない。動作にも支障はない。その内は怪我とは言わない。

 

「咄嗟にずらしたな。目の良いことだ」

 

 柊は何も言わずに距離を広げ、周りに意識を向ける。武器がないので圧倒的に不利だが、相手のスピードを鑑みれば逃げることも無理だ。

 

「敵襲だ。相当な手練れらしい」

 

 柊は無線にそう伝えると、相手を見る。

 

「およそメームの差金と行ったところか。あの外道の指示下で動くとは、主も腐れ切っているらしい」

 

「俺は誰にも制御されない。あくまで依頼人と対等の存在として仕事をする。

 ──殺人を以て腐敗に至ったといえるなら、お前はどうなんだ、柊。調べたぞ。お前に関する情報は異常に少なかった。まるで何者かに意図的に情報統制を仕掛けられたかのように。

 だが、人を殺す一点においてお前が天才的なのはわかった。H.A.N.D.の執行官とは名ばかりで、ただの人殺しだ」

 

 H.A.N.D.では、柊はアンダーグラウンドな任務を執行していた。だが、道徳に反することは少したりともしていないという自負がある。柊は義父の教えを頭に浮かべた。

 

「違う。主は罪のない人間も殺すが、我はそうでない」

 

「罪のあるなしで死と生を決定できるというのか。だとしても、それを執行するのはお前だとは思えない。

 俺を腐敗しているというのなら、お前も『同類』だ」

 

「…………愚かなっ!」

 

 次の斬撃。相手は速いが、2度も喰らうほど柊は間抜けていない。

 彼は姿勢を下げて杖を下げる。切る前の予備動作だ。

 

 来る──と思えば、彼の体がそこにない。

 だがさっきと違うのは、斬撃を見切れたことだ。

 

「見えた」

 

 疾風のように裂く刃をすり抜け、懐に潜り込む。彼の腰にナイフが忍ばせてあるのはわかっている。

 

 それを取って行き違うように切り付ける。互いの体が交差してまた距離ができる。

 

「……俺が標的と言葉を交わすのはほとんどないことだ」

 

 男は裂かれた腹を押さえて言う。そしてその痛みと血を感じ、少し微笑んだ。柊は初対面でありながらも、彼が笑うのはこれが初めてだろうと確信した。彼の表情筋は、笑えるように作られていないのだ。

 

「そして標的に興味を持つのはこれが初めてだ。俺には一般人の持ち合わせるような感情はないと思っていたが、そうでもなかったようだな」

 

「血を見て笑う感情が、一般人のそれとな?」

 

「俺は猟奇殺人鬼じゃない。そんなものに愉悦など感じてしまえば、それは死ぬべきだ。俺が笑ったのは、柊、お前の内奥に俺が触れてから、お前の能力が増大したことだ。()()()()()()。そして自分の行いを()()()()()()

 

「……喋るのが好きなのだな」

 

「まあ、これ以上話すこともないだろうからな。今だけでも覚えておけ、俺の名前はキキだ。次は殺すぞ」

 

 またもやあの構えだ。柊は腹と手に受けた傷のせいで、これ以上受け流しきれないと知っていた。辛うじて手に入れたこのナイフでは、どうしようもない。

 

「ふう……」

 

 息を整える。『深呼吸だ』、義父が昔に言った言葉が浮かぶ。柊にとって、彼の言葉はいつも支えだ。

 

 来るぞ。自分に言い聞かせる。相手の体が微動したのを感じとる。

 だが──

 

「か、は」

 

 その刃は、不可避だった。いつのまにか接触していた刃が腹の皮膚を破り、体内を通って背中側に貫通し、とてつもない痛みを発する。

 

「終わりだな──」

「捕まえたぞ、人殺し」

 

 彼は刺した剣が抜けないことに気づく。見ると、柊がその持ち手を強く抑えていた。

 そして、キキに衝撃を与えたのは、刺された彼女が足を前に、体を前に踏み出したことだ。そうして、刃はさらに深く彼女を突き刺す。

 

「お前、なにを」

 

 

「もっと近づかねば、お主を刺せぬぞ」

 

 

 柊は手に持ったナイフをかかげ、キキの肩に力いっぱい突き刺す。

 

「……くそ」

 

 キキは毒づいて、杖を離すとやむなく後退する。

 

「動脈をエグったな」

 キキのどろどろと溢れる血は服に濃く染みを作る。

 

「……はぁ、はぁ……人を殺すにはどこを刺すのか、心得ずに来たのではない……」

 

「だが、この深さでは死ぬにも死ねない。いや、そう危険視するものでもないな。対してお前はどうだ。腹を一本に刺されている」

 

「ふっ」

 

 柊は腹に刺さった杖を掴む。

 

「少なくとも、主を倒すに十分な時間は──遺しておいたつもりだ!」

 

 啖呵と同時に柊は杖を引き抜く。痛みなど歯牙にも掛けない。恐怖という耐え難い感情も、勇気と呼べる雄大な感情も、その柊には必要なかった。ただ平常に、振る舞うのみ。

 

「……っふ──っ、はっは! キキ、斬らせてもらうぞ!」

 

「逝かれた奴め」

 

 キキも合わせて肩口のナイフを抜く。

「こちらから行くぞ」

 キキは足を踏んで瞬時に動く。カンマ1秒かかりはしない。

 柊を目で捉えて離さぬまま、すぐに彼女にナイフを振った。

 

「──はっ?」

 

「言ったはずだ──斬らせてもらうと!」

 

 キキは彼女を斬ったはずだった。だが、残像のように体を流した柊は、その態勢のまま下から上に、柔らかく刃をはためかせた。

 

「くっ……そっ化け物め」

 

 

 

 

   Tsukasa’s Tactics!・了──

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