ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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前回:イーシェンが助けにきた


たいせつなもの

「……移動中に術法を解いていたのが功を奏したな。急がば回れと云うものの、善は急げとも云う。汝は我に命じ我を遣った。それ、『雲嶽山13代目宗主、イーシェンの御成(おなり)だぞ』。

 ──あ、その札は永く効かん。はやくその化け物から身を離すことだな」

 

「お主は……」

 

 柊は大きく破損した高い天井の縁に立った1人の女性を見上げる。柊と同じ白く綺麗な髪がなびいている。背景の柊が両断した一陣の雲とその髪が重なって、彼女に大きな翼が生えたようだった。

 

「自己紹介は後だ。今すぐそこから離れろ。何しろこの術法にはちと辛抱が足りぬ」

 

 彼女──名を儀玄(いーしぇん)という──は超常的な術で足場を固め、空中を歩きながら下がる。

 

 柊は言われた通りに身を引き、目の前で迫力のある彫刻像と化した化け物を見つめた。

 

「侮るでないぞ。戦いはむしろここからだ」

 

 儀玄は柊のそばへそっと降り立って、柊を庇う形で新しい術を解き始める。

 

「休んでいろ」

「我はまだ戦える」

「そうか? 私にはその身体が()()()()()()()()()()ように見えるがな」

「……? 何を言って──ッ⁉︎」

 

 柊は突然の刺すようなに痛みに胸を押さえる。その痛みは胸にある神経を根こそぎもがれるような、耐え難いものだった。

 

「彼女の言う通りだ。貴公の身体は今、尋常の状態ではない」

 

「そう言うことだ──なに、心配はいらん。何せ私がここにいるのだからな。

……して、邪気に全身を浸した不遜の魂よ。その鉤爪を以て何をするつもりか、見せてもらうぞ」

 

 彼女の術法は限界を迎えていた。今でさえ化け物は身体を少しも動かせずにいるが、その人智を超えた力は今にその恐ろしさを見せる。

 

 ガラスが割れる強い音がした。それこそが術法の最期を意味する。

 

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛‼︎」

 

「……そうか。答えはしかと受け取ったぞ」

 

 風すら追いつかないほどの強力な引っ掻き。

 儀玄はそれすら見切って術を放つ。

 

 術は地を張って糸を引く。次々と枝分かれして相手の腕を断つ。

 

「まだだ」

 

 儀玄は手を回し掌印を結び、呼応して化け物の前に紋様が浮かぶ。

 

「──せいッ!」

 

 儀玄がぱっと手を離した。

 その刹那の破裂音と、次に化け物が吹き飛ばされる。

 

「止めを──なに」

 

 足を踏み出した儀玄ははたと動きを止める。

 

「……盗み見とは風情がないな。出てこい」儀玄は眉一つ動かさず、術をいつでも放てる体勢で相手が出てくるのを待つ。「大方、この事態の首謀者といった類だろうな?」

 

「……よくわかったねぇ……」

 

 その黒幕の声は正面の瓦礫の影から発された。柊はその声を聞いて驚いたが、すぐ平常心に戻した。

 

「そう。僕はこの化け物を創り出した、いわばドクター(先生)だ」

 

 それは黒いローブを着てフードを被っていた。顔は見えない。見てとれるのは鞘つきの西洋剣を手袋のついた手に握っていることだけだ。

 

「と言っても、僕はこの鞘の力を効率よく引き出すための手助けをしたにすぎないんだけどね」

 

 男は足場の悪い所を避けて歩きながら、化け物の埋まった瓦礫をその剣で豆腐のように切り捨てていく。

 

 みるみるその体躯を現す化け物。それを見ながら儀玄たちは見ている以外になかった。

 

 化け物はまたも動き始めようとしていた。もがき暴れ足を踏ん張り、謎の男、その奥に断つ儀玄を目掛けて動き出そうとする。

 

──が、男が人差し指を立てて制止すると、すぐに化け物は大人しくなる。

 

「なるほど、その化け物を制御する術を持っているらしい」

 と、儀玄が言い放つ。

「当たり前のことをいうね。でなければこんなののまえに出てきやしないだ──ろッ!」

 

 男は刀を振るって、化け物の胸部を斬る。そのまま医師がメスで切開するように切り込みを入れていく。

 

 削がれた化け物の皮膚が最終的に落としたのは、柊司の刀の鞘だった。儀玄たちには意外にも、その鞘は傷や汚れひとつない状態だ。

 

「なに……」

 

 儀玄が眉をひそめる。

 

「不思議かい? キキが力を効率的に引き出せるよう化け物の姿に()()()()()()()だけで──つまり、鞘の『意思』だね──あの姿は外付け機関のようなもの、いわば戦隊モノの変身スーツさ」

 

 そして、更に衝撃的なことは、鞘を失った化け物はその形を霧散させ、元の『キキという男』の状態に戻したことだ。化け物になる前に負った傷も完全に元に戻っている。

 

「我の……鞘っ……!」

 

「おいおい喋ってくれるなよ、()()

 

「……!」

 

「君の身体がどうなってるか、理解できていないね。そりゃそうだ。あまり動くと死ぬよ。君の持つ()は君自身の思う以上なんだから

 ……さて、キキ、立って。帰るよ」

 

「帰らせるとでも?」

 儀玄が言う。

 

「僕を止める? いいけどこの鞘と戦うことになるよ。虚狩り級がまさか負けるとは思わないけど、被害がどうなるか計り知れないよね」

 

 男たちは去ろうとする。

 

「まて──! 我の鞘を返せ──‼︎」

 柊は身体を上げ、叫ぶ。痛みなど関係無かった。

 

「喋るなって。死ぬ死ぬ」

「この刀は……その鞘は……!」

「この鞘は必要なんだ」

 

「黙れっ……こうなったら、もう一度この刀の秘める力を……!」

 

「えっ、自分の意思で使えちゃうの?」

 

 謎の男は既に背を向けた体を戻し、眉を上げて前のめる。ここでやっと見せた顔だが、黒い仮面をしているせいで儀玄たちには分からなかった。

 

 男は今までの余裕ある振る舞いに対して異様な興奮を示している。

 

「知らぬ。……だが、今一度行使してやる……忘れるな、その鞘は我の家族と、そしてその先祖のものだ……」

 

 そしてその刀と鞘を手に持つことは、義父との研鑽、義父と培った技術、義父とのたいせつな思い出を意味している。

 

 

 

『よく頑張った。この刀は司のお母さん、お父さん、そして先祖が家宝としてたいせつにしていた物だよ。君が扱うべきものだ。これからは司の刀だよ』

 

『お義父(とう)様……』

 

 柊はその時刀を握り、気づけば涙をこぼしていた。亡き家族、そして義父との研鑽の日々。

 

『今や司は私以上に強くなった。もう私に教えられることはない。私から離れて、できることをしなさい。司の夢は、人を助けて導くことだろう?』

 

『はい……お父様……!』

 

 修行はもはや終わりだった。ここからは、人を助けて生きていく。義父に受け取ったこの刀の誇りにかけて──。

 

 

 

 彼女は刀を握った。そのまま痛みに歯を食い縛り、床に刀を突き刺す。

 しゃがんだまま、あの力を呼び醒ましたときの感覚を思い出す。

 

「…………はぁあ────!」

 

「はっ」

 

 儀玄が術を解いた。それは柊の鞘に印を残し、柊は弾かれるように手を離した。

 

「何を──ッ……」

 

 胸の痛みを思い出して苦悶する。その中でもまた刀を握るが、もう動くことはままならない。

 

「私の前で自殺行為をするでない」

 

 儀玄は刀を見てふと、暗い顔をする。

 

「……もう誰も、死人は出したくない……」

 

「我が死んでも、こやつらを殺さずに生まれる犠牲は我の死を補って余りあるはずだ!」

 

「誰も死なせはせん。1人もな。

──ほれ、悪党ども、行った行った」

 

 儀玄は手を振って促す。

 

「んーん、見たかったけど、まあそう簡単に力は使えないだろうし、よしとしておくよ。じゃね」

 

「くっ……」柊はその背中を見つめて、目を細める。

 

 すぐに2人は姿を消してしまった。

 

「安心せい。これから何もせんのではないからの。あの鞘は取り返す。大事なものなんだろう?」

 

「…………ああ。して、名をなんと?」

 

「先ほどの私の発破が聞こえなかったか? 私は雲嶽山の儀玄だ」

 

 ここで柊に強いめまいが襲う。

 

「儀玄……感謝して……い……る…………」

 

 そうして柊は、しゃがんだ姿勢のまま意識を彼方に放り出した──。

 

 

 

 

   たいせつなもの・了──




儀玄「彼女の名前はなんだ?」
ヒューゴ「柊司だ。彼女は追われる身なんだが、見ての通り生粋の善人だ。そして俺もな。帰らせてもらう」
儀玄「まてまてまてまて! 私1人で運ぶのか……」

儀玄「刀を離さないぞ……これは難儀だな……」
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