ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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前回:儀玄、到着
謎の男、登場
司、倒れる


死に際の闘争

 「う……ここは……」

 

 柊は起きて一番に、中華風の装飾のある部屋を視界に入れた。それだけでここが衛非地区だと半ば確信する。起き上がろうとしたところで激しい胸痛に見舞われ、反射的に起きるのをやめた。

 

 その時、何かがやわらかい音を上げてベッドから落下した。

 

 しばらく何もできずにいると、少女の鼻歌の声が近づいてきた。

 

「はいは〜いお体拭きますよ〜」

 

 視界の端から柊が読み取ったのは、黄色い髪、トラのような丸い耳、丸みのある可愛らしい顔だった。とりあえず声音からして悪人ではないことを知って安堵する。

 

 彼女はベッド脇のテーブルに桶を乗せておしぼりを絞る。

 

「まずお手手から行きますからね〜はいど〜ん」

 

(ど〜ん……?)

 

 なされるがまま服を脱がされ、腕を持ち上げられる。声の主は体を拭きはじめた。

 柊はやっと彼女が自分の覚醒に気づいていないことに気づく。体を拭かれていき、脇までおしぼりは到達した。

 

 視界の外で体を他人の思い通りにされるのはくすぐったくてたまらないので、柊は必死にもがいた。笑い声もあげられず、抵抗もできない。まさに耐え難い拷問であった。

 

「────ぁ────ぁ────ああ‼︎」

「うぇあぁっっっっ‼︎」

「はあ──はあ──もうとっくに──起きている……」

 

 トラの少女は飛び跳ね、尻尾も生きているかのように震え上がった。

 

「お師匠さま〜〜‼︎ お師匠さま〜〜‼︎

 

 そう言いながら彼女は猛スピードで姿を消した。

 

「死ぬかと思ったぞ……これがこの地区の拷問か……」

 

 まだ体は動かない。口を動かせただけ、自分の身体を褒めることに決める。でなければ死んでいたからだ。

 

「起きたか」

 

 奥から1人、部屋に入ってくる。儀玄だ。

 

「ああ」

「体はまだ動かないようだな。無理もない」

「お主らの献身には心から感謝している。が、なぜ我を匿う? あの会場で命を拾ってもらった上、ここでお主らを煩わせるマネはしたくない。

 本来なら我は今、病院かもしくは……」

「刑務所か?」

「……知っているか」

「あの場にいた流麗な男に聞いたぞ」

「ヒューゴか……。そうだ。我は罪人だ」

「同時に、柊司は生粋の善人であるともな」

「……!」

 

 柊は動けないながらに驚いた。唯一動く口をつぐむ。ヒューゴは裏切り者だが、ならばその言葉にはなんの意味があるのか……。

 

「司、よく聞け」

 

 儀玄は改まった様子で言葉を繋いだ。部屋を横切って、奥の立てられた写真を手に持った。そこには、儀玄とよく似た女性が写っている。

 それを置くと、柊がベッドから落とした物を拾い上げた。

 

「何かと思えば、それは我の刀だったか」

「そうだ。気絶した後も刀を放そうとしないから、こうして布で包んでおいた。その上で、特殊な術法もな」

「術法……?」

「そうだ。この刀はこれ以上ないほどに危険だからな。

 私が話したいのはこの刀と、お前さんの体についてだ。

 今、お前さんの体は植物状態にある。肺や心臓あたりの神経がことごとく壊され、右の肺は機能していない」

 

 儀玄は言わないでおいたが、彼女が今生きていて、喋ることができているという事実が全くの疑問だった。

 

「……そこまで我の身体(からだ)は……」

「そうだ。延命するには私が術法を使い、魂を留めるしかなかったのでな。だからお前さんをここに運んだ」

「魂を留めるとな……その力には恐れ入る」

「語弊があったな。お前さんを蝕む邪気──サクラファイス化を留めることが辛うじてできただけだ。今生きているのは、お前さんの力の顕れだ」

 

 儀玄はできるだけ優しく刀を机の上に置いた。このような危険極まる刀剣を見るのは今が初めてではないのだ。

 

「つまりこの刀は……そうか。キキの変わりようを見て知ってはいたが……エーテリアスの力を秘めているのだな」

 

 柊にとってこの事実は天変地異のようなものだった。今まで何よりも大切にしていたこの刀はエーテリアスの力の権化だったのだ。

 だが反対に、納得感もあった。

 

「ただのエーテリアスではない。類稀な力を秘めている。

 すまないな。起きがけにこのような話をして……」

「いや、感謝する。

 我の両親や祖父はこの刀をまるで神か、それ以上の怪物のように扱っていたが、その謎が解けた。この刀には化け物の力が秘められているのだな」

「……これ以上に辛い話をするぞ」

 

 視界の外の儀玄の声がより低くなって、柊は唾を呑む。

 

「頼む」

「お前さんはこれから術法を学ぶ以外、生きる道はない」

「……そうか。習得できない場合もあるのか?」

「嘘は言わないぞ……習得できない場合もある。その上、身体が動かせない状態で術を学ぶのはこれが初めてだ」

 

 柊はまた、口をつぐんだ。が、恐くはない。死に瀕することなど慣れている。少しも、恐くはない。

──だが、気がかりがあった。彼女の弟だ。幼き日の思い出のほとんど全てを占めている家族の記憶、そのまた強く遺っているのが弟だった。

 柊の両親はホロウ災害で亡くなったが、弟の死亡確認は取れていない。まだ生きている希望があった。

 

「時間はどのくらいある」

「お前さんの身体がエーテリアスに敗れるまで──明日と言ったところだ」

 

 目醒めていなかった場合のことを想って、柊は少し安堵したが……大事なのはこれからだと言うことはわかっていた。

 

「儀玄殿……ご教授願えるか?」

 

「言われずとも始めていたぞ。

 後ろは見るな。さすれば自ずと道は開けるはずだ──」

 

 

 

 

   死に際の闘争・了──




ヘプタと木や、レイヴンロックの悪人のことも忘れてないのでしばしお待ちを
今しばらくは司の話を書きたいと思ふ
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