「お師匠さま、目を醒ましそうです!」
明るい声が聞こえる。砂嵐のような荒い音が絶えず鳴り響き、暗い視界に光が戻る。
「ん……」
「目醒めたようだな。どれ、パン! 食事を持ってきてくれ」
目を覚ますと、見たことのある天井があった。儀玄たちの適当観の一室だ。
ひとつ違うのは、身体が動くことだ。
目を開き、そのまま手を開いたり閉じたりして確かめる。
「動けるようになったな」
儀玄がベッドのすぐ隣へ来て言った。
「なに、無理して動かずともよい。なにせ1週間は寝てたんだからな」
「いっ……しゅうかん……」
「修行前も含めたら2週間も寝てたんですから、今は焦らないでくださいねっ!」
「……!」
柊はすぐに身体が動きにくい感覚を覚える。
1週間の昏睡で身体機能の10〜15パーセントが低下すると言われている。2週間ではそれ以上なのだから当然だ。
前も柊を介抱していたトラ耳の少女・
「その割に司の身体は元気がある。やはりお前さんは普通ではないようだな」
「半日で術法を使えるようになったんですからね! すごいですよ! あ、ただ私のことは姉弟子と呼んでくださいねっ。まだまだ負けないんですから」
「我は……術法を使えるようになったのか」
「ああもちろんだ。だがそれは術法を行使するための基礎的なソレをやっつけ仕事で完成させたにすぎん。だから応用的な術法はそれなりの鍛錬が必要になるな。
──身体の内部崩壊は修復されてあるから安心してよいぞ。今のところはな」
「そう……か」
柊は目を瞑って、少しの安堵に身を委ねた。
しかし、やることは山積みだ。奪われた柊家の家宝刀の奪還、レイヴンロック家の悪党についてのこと、ヒューゴが何をしようとしているかについて……などだ。
これだけでも三つの陣営に手を出している。
まずはヘプタと
(あやつらは、我など死んだものと思っておるだろうな)
「なにかこれからやることを内心でまとめているようだが、それは早計だぞ。今すぐ適当観を出て行って事の始末をつけたいのだろうが、それは少し先の話だ」
「……?」
「まずその身体を元の筋力まで戻す。幾ら司でもこのまま放ってはやれん。2週間少しも動かなかったんだからな」
「それは我が自分でやれる……これ以上儀玄殿に迷惑をかけたくはない。この恩返しも必ずする」
「まてまて。早計だと言ったぞ。大事なのはそれからだ。お前さんの身体は
◇◇◇◇
〜レイヴンロック家〜
2週間ほど前。
「どうだ」
「はい。こちらをご覧ください」
レイヴンロックの配下の男はある動画を映し出す。
「……なるほど」
「こちらの女は雲嶽山の儀玄です。そしてこちらにいる背の高い男が、『レイサ』です」
レイサ。ヒューゴがレイヴンロック家にスパイとして諜報活動をする際に使っている偽名だ。
「ふっ……『レイサ』は仕留め損ねた柊司と協力し、化け物と対峙した……そして気を失った柊司を殺すことなく、のうのうと逃げ帰った」
レイヴンロックは席を立つ。
「手配しろ。まずはヒューゴからやる」
◇◇◇◇
雲嶽山の麓、奥に巨大なホロウを見すえて修行をしていた。
「朝からずっと修行をしていたな。殊勝なことだ」
「ん……儀玄殿か」
「儀玄でよいと言ったはずだぞ──どうだ、体の具合は」
柊は木刀を持った手を確認するように握って、
「甚だよい。昏睡前に戻ったと言ってもよいだろうな」
と返す。
「……そうか。2日で体を元に戻すとはな」
儀玄は小さくうなずく。しばらくして……、
「街の方が騒がしいな」儀玄が衛非地区の異変に気がついた。「どれ、行ってみるか」
2人で街に上がり、衛非地区の中央の広場に足を進める。
見ると、民衆が大きく輪をつくっている。彼らの顔には恐怖が映っている。
それを察知した2人は輪の中に割り入ってその恐怖の対象を目に入れた。
「お前が雲嶽山の儀玄だな」
輪の中心には拳銃を持った男が1人立っていて、その側に女性が倒れている。気絶していた。
「なにを……」
「おい、動くなよ。動いたらこの女を殺すからな。
ここでイチバン名が通っているお前ならと思って聞く。『レイサ』といううすら悪い男を知らねぇか」
「……知らないな」
「聞き方が悪かったか。ヒューゴ・ヴラドという男を知らないか」
その名を聞かされ、柊は反応する。
「ヒューゴだと」
「どうした司。なにか知っているのか」
「ヒューゴは我がお主と初めて会った時に我の隣にいた男だ」
「そうか、あの背の高い」
「そうだ! その背の高いのであってるぞ。そいつを探してる」
「……そうか。話はわかった。話が込み入ったらなんだから、適当観でじっくり話をするとするか。
司、ここで1つ修行の実践編といくか」
「──わかった」
柊は片手を前に出した。
「動くなと言ったぞ! 俺がこの女を殺せないと思ったら──」
男は引き金を引こうとする。が、その手は動かない。
「──なぜッ!」
「もう遅い」
男は自分の手を見た。拳銃を構えた下の地面から、1本の黒いヒモが延びている。それは手へと絡みつき、動きを止めていた。
「ま、待てッ」
「何を待つものか」
柊は飛びかかり、流れのままに木刀を振る。瞬く間に、男は気を失った。
術法・了──
舞台は衛非地区になりましたがまだモッキンバード編です。これがいち段落つくと衛非地区編に移ります