「どうする」
拘束した男を適当観に運んで、柊は儀玄に問いかけた。
「通報する以外ない。ここで我らの一存であれやこれやしてしまうことはできないからな」
拷問にかけるという柊の内心の選択肢は切り捨てられる。
(まあ、そのようなやり方は普通ではないからな)
「へへっ……」
縛った男が目覚め、勝ち誇ったような声を発する。
「そんなことをしてみろ……人質が逝くぜ」
「人質だと……主、何を」
その時、くぐもった着信音が鳴る。
「この電話に出てみろよ……へへっ」
言われた通り携帯をポケットから抜き取って、電話に出る。
『どうも。お前は柊司か、それとも儀玄か……答えなくてもいい』
「レイヴンロック……!」
『覚えてたか。まあ、ただ話を聞いてくれ。人質が居る……ここだけでもイチ、ニ、サン……とりあえずそれなりに居る。こいつらの命が惜しかったら衛非の〇〇ビルと〇〇ビルの狭間に来てくれ。柊1人で、明日の朝3時にな。
治安官に通報したらこいつらを殺す。仲間を連れてきても殺す。小細工しても殺す。──人質の声を聞きたいか?』
ここで、電話の中で騒ぐような音が出る。やがて子どもの泣く声が。次に、何かを殴打するような声がして、泣き声は止む。
「おい──!」
柊はたまらず携帯に向けて声を発した。
『あ──すまんな。空気が白んでしまって、人質たちは話せる空気ではない』
ここで電話は切られる。柊と儀玄は目を見合わせた。
「我が行ってくる」
「頼んだぞ。心配はしないからな」
「ああ……そんなものは無用だ」
◇◇◇◇
明日の早朝に向けて、柊は衛非地区のある鍛冶職人の元に来ていた。銃や量産型のバトルソードが(少なくとも裏社会や防衛軍で)出回っているこの世の中、鍛冶職人に需要はない。だがこの鍛冶職人は鍛冶を続けている。
無論、鍛冶屋として生計を立てているのではないが、柊にはこの職人に縁がある。柊家の家宝刀を打ったのがこの職人の先祖だ。
職人は来客を見るなり赤ら顔をさらに明るくして歓待した。彼にとって、人のために剣を打てることはこの上ない幸せなのだ。
門をくぐると広い庭があって、古風な木造の、常時開放された建物が彼の工房となっている。
彼は細長い木箱を取って、紫の敷き布の上に置かれた刀を持った。
「差し出がましい話ですが、なぜ今一度私なぞに剣を……? 私の先祖が打ったものは、これよりずっと優れているはずでありますが。記録によると、あの刀の鍛造には手を血で塗れさせ、その地肌が見えなくなるほどの努力があったようです」
「ああ……だが、話が変わった」
柊の顔が少し険しくなったのを見て、亭主は気を遣う。
「……ここでの話はどこにも言いませんから」
「助かる。近頃、あの刀に強大なエーテリアスが封じてあることが分かった。よって、迂闊に使うわけにはいかなくなった」
これだけ聞いて、亭主は驚きに顔を染め上げる。
「それはつまり……星見家の妖刀のような?」
「ああ。だが、あれとは少し挙動が違う──というのも、あの刀、『戒呪の刀』の力が解放されたときの振る舞いは暴走とは違うように思われる」
亭主は何も答えなかったが、最後に心配の色を含ませて言う。
「その刀は今どうなっているのですか……?」
「雲嶽山の儀玄が術法で抑えつけている。が、いずれは我があの刀の行使者に足る力を得たいと考えている」
「ははあ」
亭主は安堵した様子で、大きな作業机に置かれた苗刀を柊に渡す。苗刀、それは一般的な刀の派生形の1つだ。
「あちらで試し切りができますよ」
柊は奥に用意された
ふっと息を吸い、斜めにひと振りして見せる。
「素晴らしい剣だ」
柊は刀を収めた。剣は確かに切ったはずなのに、巻藁は何事もなかったかのようにその場に留まっている。
「柊様こそ、素晴らしいお手前で」
亭主は近づき巻藁の上端を指で押すと、ここでやっと切られたことを思い出したように2つに分かれる。
その帰り。そこは全く人目のない海岸線だった。
既に日は沈んで、奥の衛非の主要な街並みがあるだけだ。
波の音が耳に響き、やがてその中に静かな足音を見つける。
「あなたが柊司」
「そうだ」
柊は答える。相手は笠を頭に被り、大振りな衣が後ろにたなびいている。
「3番勝負、願える?」
相手は言った。
「……刺客か」
「そう。そしてこれが──1番目」
さっと砂が飛び、1撃目が襲う。
柊は構え、居合の姿勢をとる。
暗がりに火花が散る。
あまりの衝撃に、柊は2歩下がる。
「良い。剣筋に迷いはないみたい──2番目」
さらに速い踏み切り。既に抜いた剣を振り、柊は太刀筋を防ぐ。
2番目は一筋縄ではいかない。
鋭く突くような剣戟、その切先に炎が載る。
「────くっ」
突然の炎に反応は鈍る。
柊は3歩下がって腹を押さえる。夜の中に黒くしか映らないが、それは他でもない、血だ。
「力を出せ……手に入れたはずでしょ」
「術法のことか……。我を
「違う」
剣客は否定する。それを聞いて柊は眉を微動させた。
「1つ、あなたの力を引き出すために教えてあげる。あなたの弟、柊彦斎は
「……な、何を解らぬことを」
「あなたの剣が震えた。いくら今のあなたでも、この衝撃はあなたを動揺させたみたい」
「そ、それは……本当なのか……彦斎が生きている、というのは」
「彼に生きて会いたいなら、この剣を防ぐこと。
──さあ、魅せてもらう。あなたは猛る炎のような大きな力を持っているはず。応えてみせて──3番目」
次の攻撃は格が違っている。
砂が少しも舞うことなく、相手が動く。
炎は周囲を明るくさせるまでに
死ぬ、そう直感するのに柊は少しの思考も必要なかった。
「見せろ‼︎」
彼女は啖呵を切る。
辛うじて刀を振るう。が、間に合わないのは分かり切っていた。
彦斎が生きている。嘘に決まっている。が、本当なら私は、彼に会いたい。
『死にたくない‼︎』
柊は思考の内にそうとだけ考えるようになっていた。
ひと塊の生存本能は、柊にある感覚を与える。キキとの戦いで戒呪ノ刀のエーテリアスの力を得た時と似ている感覚。だが、似ているだけで、少し違う。
剣を────
「ふふ」
突然、相手の剣が止まる。そこは柊の首筋を掻っ捌く寸前のところだった。
柊は咄嗟に刀を逸らし、後ろに振り抜く。
「なぜ剣を止める」
「私の負けだから」
「いや……我を殺せたはずだ。この距離なら……」
「ならこれを見て」
相手の示すままに柊は後ろを見やる。
「これは……」
柊が振り抜いた剣先を延長してずっと先、幾重にも斬りつけたような痕が砂浜から海を切り裂いている。
少し経って、切られた海が戻ろうと力を及ぼし合い、大きな波が生じた。
「私の負け」
彼女は刀を収め、踵を返した。
「手加減をしていたな」
柊がそう言ったが、その回答はなかった。
代わりに、
「私の名前は
と言って、消えていった。
海岸線の戦い・了──
安日はオリキャラですが、今までのキャラでも最もゼンゼロキャラに関わりがある、というよりそのものといった感じです
乞うご期待です!