胴体を斜めに2分割されたレイヴンロックは、整えられた顔面を強く歪め、怒りと痛みの内に息を引き取った。
彼を斬った相手は、笠を深く被って文化的なローブを羽織っている。
「……」
「主は……
安日は刀を抜く。
「……やめろっ!」
柊は言うが、「この人たちはもう用済み」と言ってレイヴンロックの死体の周りで気を失っている人々を殺していく。
「私が任されてるのは、あなた、柊司を
「誰にそんなことを命じられた……?」
「そんなの、答えると思う?」
彼女の影が消える。その時、ぱっと赤い炎が目に映る。
──なるほど。
柊は半ば戦闘本能で理解し、繰り返す。
──なるほど。
あの炎が見えた時こそが、相手の攻撃の合図だ。
炎は弧を描いて上に切り上げてくる。
しゃがんだ。
ジュッ──と聞くだけで火傷を疑うような音。
ローブの下端が切れたか。
「よく避けた」
「主の斬撃を見るのは2度目だ」
次はこちらから──そう言うまでもなく、柊は足を踏む。
ダッ、と安日が退がる鋭い音。だが歩幅が足りない。
「ひとつ貰ったぞ」
一閃。太刀筋が柔らかく降りていき、笠を裂いてそのまま、薄く袈裟に斬り下ろす。
「ふ──っ、1度見れば十分と……聞きしに勝る天才……」
(『聞きしに』……だと?)
安日は腹に薄く開いた傷口を押さえる。指の間から血がだらりと垂れ下がった。
笠は後方へ、風に乗って投げ出された。ここでやっと、相手の顔が露わになる。
その顔を見て、柊は驚かずにいられなかった。
相手は女だった。そして、今まで見たことのない絶世の美女だった。
ほどけた真っ白な髪が柔らかく後ろに放られる。彼女は刀を地に突き立てて姿勢を保った。
胸を上げ、下げる。そのひと呼吸の間に血がますます出ている。
痛みに歪めた顔は一定の可愛らしさを持っていて、髪が風に揺れて儚さすら感じられた。
──彼女は、戦いのコマとして駆り出されるべき人間ではない。柊は思った。
なぜ、主のような人間が──そう口を開く寸前で、柊は思い当たる。
「その顔……アンビーか」
邪兎屋の用心棒、アンビー。彼女の雪のような髪色と、琥珀色の瞳が、目の前にいる女をアンビーだと決定づけている。
アンビー……のような彼女は、ふと目を横に逸らし、唇を一瞬震わせた。その仕草にさえ絶世の美女たる一片が垣間見えたが、今はどうでもよい。
「なぜアンビーが我を狙う」
「言ったはず、答えるわけがない……ただ言えるのは、私は多分、
1番勝負って言ったけど、まだ戦いは必要みたい。次は手加減しない」
真っ暗い路地に光が灯る。彼女が操る炎だ。
そのまま安日は向かってくる。
彼女に対する疑問の波も収まらないままに、柊も剣を構え、切り結ぶ。
──重い‼︎
剣と刀が触れた瞬間、その攻撃の重みに歯を食いしばる。
膝がその重みに逆って震えた。
火の粉が顔に触れ、ちりちりと痛む。
堪え──切れないっ!
彼女との鍔迫り合いはやめだ。柊は力を抜き、相手の懐に潜り込む。
今こそ修行の成果を見せる時だ。
手を開き、掌底が熱くなるほど意識を集中する。
これだ──そう思った時には、掌底を安日にぶち当てている。
「ぐっ」
「集中を解く……こうだったな」
黄金色に輝く光の粒子が、柊の手に集まっている。
──次の瞬間、安日は路地裏の闇の中に吹き飛んだ。
吹き飛ばされた彼女だが、闇の中からは少しの物音もしなかった。
奥の壁に体を打ちつけていてもおかしくないが……。
いつもの、あの脳内に湧く警鐘。それが柊の中に起こった。
後ろだ──そう思った時には──
「遅い!」
安日の声。
柊が
──速すぎる!
安日が足に刺さった刀を握り直している。
炎が柊の顔に陰影を作る。
「もらった」
柊の視界の端に、血が映った。
「いっ……!」
その時、焼けつく痛みが柊の顔を歪ませる。
踏ん張って後退しようと試みるが、足の痛みも加わって叶わなかった。
柊は安日の前に無防備な形で倒れ込んだ。
「あなたを成長させろとは命じられたものの、成長の余地がないとなれば殺すしかない……」
彼女が刀を振り上げる。
殺される。柊はその直感のうちに、地面のコンクリートを意味もなく引っ掻いた。
殺される覚悟を持って生きてきた者でも、いざ殺されるとなれば様々な思いが後ろ髪を引く。
幼少期の親友、アメサキを殺した人間は分かっていない。大悪人メームや、彼を取り巻く悪党。最期にでも義父、
生きているのなら、弟に会って話がしたい──
「そう……」
安日が刀を上げたまま、目を細めて言った。
「…………」
「あなたがここで終わるわけがないと思っていた。なによりそれは、私の
──そう、危機的状況にこそ真の力は湧き立つもの……」
柊は気づく。自分の剣が黒いオーラを纏っていることに。
この感覚──!
この感覚を得て、使役することは柊の直接的な死を意味する。
だが、どうせ死ぬのなら、やるべきことをやって死にたい!
「ゆくぞ……」
柊がそう言ったところで、別な気配を感じとる。
安日の頭上を見やる。彼女の刀の先端に、1匹のスズメが乗っている。ただの鳥ではない。目やクチバシが金色に光っている。
「これは儀玄の……」
柊が死の直前に声を漏らす。
「……!」
気づいた安日は後退し、刀を振る。が、そのスズメは全て見極め、巧みにかわしてみせた。
「──まったく、その力は遣うなと言ったはずだぞ」
邪兎屋の安日……?・了──