ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

34 / 39
前回:安日との戦いの最中にエーテリアスの力を解放しかけ、助けにきた儀玄に止められる


凝雲の術・修行

「──まったく、その力は遣うなと言ったはずだぞ」

 

 儀玄の声だ。

 彼女は上空から柔らかく着地した。

 続けて彼女は安日に言い放つ。

 

「どうする、日向(ひなた)。私と3番勝負といくか?」

「……やっぱりあなたとの対峙は避けられない……()()

 

 柊は倒れたまま、内心で驚く。

 儀玄が言った日向の名。そして安日は、彼女を師匠と呼んだ。

 

「師匠と戦えば敗北は免れない。ここは引く以外ない……か」

「懸命な判断だな」

 

 安日と名乗り、儀玄を師匠と呼んだ彼女は、壊れた笠と無残に切り殺された人々を残し、振り返る。

 そしてふと後ろを見やり、

 

「柊司、あなたは『その力』を手に入れる……そうさせてみせる……」

「……」

 

 と言って、刀を着ている衣で覆い隠して去った。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

「儀玄、あの安日──もとい、お主が日向と呼んだ何某(なにがし)かは雲嶽山の門下生だったということか」

 

 事後処理を終え、適当観に戻り儀玄に聞く。

 戻るまでの道のりで、儀玄は無言で、少しばかりの悲しみを優しく握った拳にたたえていた。ともすれば水平線を捻じ曲げるかの如く、世界に居座るラマニアンホロウを見たり、その視線を外したりしていた。

 適当観で儀玄はパンやフーフー、また兄弟子の葉釈淵(ようしゃくえん)に日向のことを話し、それを聞いた3人も急に風邪を引いたかのように力なく背を丸めた。

 彼女は柊の問いにはっとしたように物思いから意識を取り戻し、言った。

 

「お前さんに安日と言われて誰か分からなかったのは、私が聞いていた名前とは違っていたからだ。『日向』がその名前だ。

 日向はお前さんが察している通り、元々は雲嶽山の門下生だった」

 

 そこまで聞いて、柊は「やはり」と合点がいった。さっきの安日との戦いで、彼女は闇の中に飛ばされた──と思えば、次の瞬間には背後に居た。

 これは術法がなせる技だ。柊は儀玄から1度見せられたことがある。『玄墨陣法(げんぼくじんぽう)』といい、本人の幻影を作る。

 

 ──つまり、我の術法を喰らったのは、ただの幻影だったということか。

 

 それならばあの後の安日が平気で動いていたのも説明がつく。

 柊は思索の後に、儀玄の更なる情報に耳を傾けた。

 

「優秀な弟子でな……私の教えることはほとんど3日の内に覚えるような天才ぶりをみせていた。その上、性格も甚だ良かったからな。マスコットみたいになっていた」

 

 儀玄はここで軽く微笑んだ。

 

「が」

 

 ここで、彼女は視線を低くした。柊は唾を飲み込んで唇を強く結んだ。

 

「あやつがどんな過去を送ったかを、彼女自身で語ることはついぞなかったが、相当悲しい過去を送ったんだろうな……あやつはある日に暗い顔で刀を握り、消えてしまった。

 最後にあやつを見たのは、ラマニアンホロウで調査員を殺していく姿だった……エーテリアスの力を遣ってな」

「エーテリアスの……力を……?」

「ああ……おそらくサクリファイスとかいうやつだ。あやつは人間の形を保ったままあの力を使っていた」

 

 安日に関する話も終え、修行に出る。

 

「私が墨散影消(ぼくさんえいしょう)を教えるのもこれまでだ。あとは自分で『掴む』しかないぞ」

 

 柊は返事をして、修行を始める。

 

「まずは雲霄(うんしょう)の型をやってみろ」

 

 柊は適当観の石畳を踏みしめて、言われたとおりにする。

 

「物を壊したら気が悪い。加減するんだぞ」

 

 柊は腕に集中し、術法で生んだ墨汁を飛ばした。

 

「──!」

 

 儀玄はふと眉を上げ、1歩のうちに柊の正面に飛び出し、術を放った。

 柊の術と儀玄の術が相殺し合う。その瞬間、ヒュッと鋭く、大きい風切り音がして儀玄の髪を舞い上げる。

 ひと足遅れて、周囲の枯れ葉が波を作った。

 

「加減しろ……阿呆(あほう)

「あ……すまない」

 

 驚いたフーフーが、向こうの外壁から顔を出した。

 

「いっ今のなんですか!」

「術法だ。気にするな」

「気にしますよ!」

 

 フーフーは手に持った大きなホウキを前に突き出す。

 

「今集めた枯れ葉、全部流されたんですから!」

 

 儀玄は飯を奢る約束でフーフーをなだめた。

 彼女は胸を払いて、修行を続ける。

 

「それで……凝雲の術はお前さんが今やった術の上位技だ。

 まずは私がやってやろう」

 

 儀玄は人差し指と中指を立てて、「そうだな……」と辺りを見回した。

 やがて、「あそこでいいか」と言って適当観の中央を通る石畳へ狙いを定めた。

 次の瞬間、彼女が立てた指の先が、金色に光り輝く。

 石畳の上に、黒色に金を混ぜたようなエネルギーの球が現れた。

 おびただしい数の枯れ葉が突然、意思を持ったように球に向かってカサカサと動く。

 

「これは……!」

 

 柊は息をのんで見ているしかなかった。

 儀玄は「なんてこともない」と言うかのように眉ひとつ動かさず、代わりに立てた指でぐるぐると宙に丸を描いている。

 それに応えるように、球体の中で金色のエネルギーが回転していた。

 枯れ葉は途中でふわりと浮き上がり、竜巻に巻き込まれるかのごとくその周りを動く。柊でさえ吸い込まれる感覚があった。

 

 ──風が耳を撫でる音ともに、スルスルという音が聞こえてきた。

 同時に、柊は視界の端から細長く伸びているものを見つけた。

 柊は、自分の剣が吸い込まれていっていることに気づく。

 今にも鞘から抜けて飛び出しそうだ。

 軽い音がして、剣が抜ける。

 

「!」

 

 柊は瞬時に、その刃を掴んだ。鋭い痛み。だが、表情は変わらない。

 前方にいた儀玄も気づき、このまま術法を解くのは柊の手の傷が深くなるだけだと判断。

 次に、風の音に負けないように言う。

 

「その剣を離せ! 慎重にだぞ!」

 

 ここで離せば儀玄も危険だが、彼女はそこまで間抜けていない。

 ぱっと離すと、剣が物凄い勢いで飛んでいく。

 儀玄はそれを掴んで、ここでやっと術法を解いた。

 

「すまないな。私の思慮が及ばなかった」

「いや、我の不注意だ。それにこの程度の傷、すぐに治る」

「……『この程度の傷』か」

 

 儀玄は柊のずたずたになった手を見る。血が溢れている。

 儀玄は眉でその傷を示した。

 

「本当だ。我は傷の治りだけはよい」

「ああ、それは疑いようがない。私がそばでお前さんを看てたんだからな。だが、その傷の治り、少々人間離れしていないか」

「……そうか?」

「まあ、いい事なのには違いないな。

 ──フーフー! 包帯をどこに置いたか──」

「ちょっと──っ‼︎」

 

 フーフーの声に、儀玄は耳をわざとらしくふさいだ。

 

「枯れ葉が──って言いましたよね! …………え、って、お弟子ちゃんどうしちゃったんですか?」

 

 手に包帯を巻いて、すぐさま修行に戻る。儀玄も止めはしたものの、柊は続行するはずだという確信めいたものがあった。

 

「難しいからな」

 

 そんな儀玄の言葉通り、凝雲の術の習得への道は厳しかった。と言っても、1日で覚えられるとは柊も思っていない。

 儀玄と同じように指を立て、ぐるぐる円を描いてみる。

 

「……」

 

 しんとして何も起こりはしない。

 

「だろうな。今できていたら右の親指で逆立ちしていた。パンがな」

「俺が⁉︎」

 

 まずはコツを教える──と言って儀玄が教えたのは、指先に全てを込めるというものだった。

 

「お師匠さま、願いも込めちゃっていいですかー?」

「まあもうなんでも込めろ……。

 とどのつまり、イメージが最重要だ」

 

 柊は指先に意識を強く向け、回転をイメージした。

 

 ──回れ回れ…………回れ!

 

「上出来だな」

 

 儀玄がそう言ったので、柊は前に意識を傾けた。

 儀玄が見せた大きく、黒い球は見る影もない。代わりに石畳の上にできたごく小さな一陣の風が、真ん中に球を空けて枯れ葉を吹いていた。

 

「あとは足元に気をつけろ」

 

 足元……? となった時にはもう遅い、膝ががん! と落ちて柊は地に伏せていた。

 

「長い修行がないと、この術は疲労を超越した疲労が押し寄せるぞ」

「言うのが……遅い……」

「言ったらためらっただろう?」

 

 こんなところで──我には──やることがある!

 

 柊はいつも諦めが悪い。そしてそれが彼女をここまで持ってきた。

 思えば、その諦めの悪さは義父との修行をはじめてからだった。

 柊は足に鉛でも流し込まれたかのように足が重かったが、修行を続けた。

 手が重い。構わず手を前に上げる。

 

 ──夜になっていた。儀玄も「ほどほどにな」と言って床に就いた。

 

「ぐっ……ダメだ……」

 

 足に流し込まれ鉛はいつのまにか鉛より重い何かになっていた。

 そして、身体が熱い。

 発熱しているな──と、柊も勘づいた。

 

「修行を少し、やりすぎたか……」

 

 彼女はそう独りごちた。

 突然、視界が暗んだ。

 立ちくらみかとも思うが、どうやら違う。

 

「ぐ……あ……」

 

 身体が痛む。身体の底の底から捻じりあげるような酷い痛み。

 身体が熱い!

 

 これは──エーテリアスの──!

 

 まずい……と思って、儀玄の部屋へゆっくりとだが歩いていく。視界の上部はなんとか見えていた。

 大声を出そうとするが、顎が金縛りのように言うことを聞かない。

 歩けないと思ったら、石畳に膝をついていた。

 そのまま儀玄の部屋の前に倒れる寸前に、1つの根源的な恐怖を呼び醒ます声が、脳の内から聞こえていた。

 そのまま意識は闇に堕ちる。

 

 

 ──クレ……カラダヲ……クレ……

 

 

 

 

   凝雲の術・修行・了──




玄墨陣法:術法値を使った儀玄の終結スキルの名前。エフェクトを見ると儀玄本人を墨で形作ったようなものができ、それが地中に潜るような具合で消えていることから連想しました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。