「──まったく、その力は遣うなと言ったはずだぞ」
儀玄の声だ。
彼女は上空から柔らかく着地した。
続けて彼女は安日に言い放つ。
「どうする、
「……やっぱりあなたとの対峙は避けられない……
柊は倒れたまま、内心で驚く。
儀玄が言った日向の名。そして安日は、彼女を師匠と呼んだ。
「師匠と戦えば敗北は免れない。ここは引く以外ない……か」
「懸命な判断だな」
安日と名乗り、儀玄を師匠と呼んだ彼女は、壊れた笠と無残に切り殺された人々を残し、振り返る。
そしてふと後ろを見やり、
「柊司、あなたは『その力』を手に入れる……そうさせてみせる……」
「……」
と言って、刀を着ている衣で覆い隠して去った。
◇◇◇◇
「儀玄、あの安日──もとい、お主が日向と呼んだ
事後処理を終え、適当観に戻り儀玄に聞く。
戻るまでの道のりで、儀玄は無言で、少しばかりの悲しみを優しく握った拳にたたえていた。ともすれば水平線を捻じ曲げるかの如く、世界に居座るラマニアンホロウを見たり、その視線を外したりしていた。
適当観で儀玄はパンやフーフー、また兄弟子の
彼女は柊の問いにはっとしたように物思いから意識を取り戻し、言った。
「お前さんに安日と言われて誰か分からなかったのは、私が聞いていた名前とは違っていたからだ。『日向』がその名前だ。
日向はお前さんが察している通り、元々は雲嶽山の門下生だった」
そこまで聞いて、柊は「やはり」と合点がいった。さっきの安日との戦いで、彼女は闇の中に飛ばされた──と思えば、次の瞬間には背後に居た。
これは術法がなせる技だ。柊は儀玄から1度見せられたことがある。『
──つまり、我の術法を喰らったのは、ただの幻影だったということか。
それならばあの後の安日が平気で動いていたのも説明がつく。
柊は思索の後に、儀玄の更なる情報に耳を傾けた。
「優秀な弟子でな……私の教えることはほとんど3日の内に覚えるような天才ぶりをみせていた。その上、性格も甚だ良かったからな。マスコットみたいになっていた」
儀玄はここで軽く微笑んだ。
「が」
ここで、彼女は視線を低くした。柊は唾を飲み込んで唇を強く結んだ。
「あやつがどんな過去を送ったかを、彼女自身で語ることはついぞなかったが、相当悲しい過去を送ったんだろうな……あやつはある日に暗い顔で刀を握り、消えてしまった。
最後にあやつを見たのは、ラマニアンホロウで調査員を殺していく姿だった……エーテリアスの力を遣ってな」
「エーテリアスの……力を……?」
「ああ……おそらくサクリファイスとかいうやつだ。あやつは人間の形を保ったままあの力を使っていた」
安日に関する話も終え、修行に出る。
「私が
柊は返事をして、修行を始める。
「まずは
柊は適当観の石畳を踏みしめて、言われたとおりにする。
「物を壊したら気が悪い。加減するんだぞ」
柊は腕に集中し、術法で生んだ墨汁を飛ばした。
「──!」
儀玄はふと眉を上げ、1歩のうちに柊の正面に飛び出し、術を放った。
柊の術と儀玄の術が相殺し合う。その瞬間、ヒュッと鋭く、大きい風切り音がして儀玄の髪を舞い上げる。
ひと足遅れて、周囲の枯れ葉が波を作った。
「加減しろ……
「あ……すまない」
驚いたフーフーが、向こうの外壁から顔を出した。
「いっ今のなんですか!」
「術法だ。気にするな」
「気にしますよ!」
フーフーは手に持った大きなホウキを前に突き出す。
「今集めた枯れ葉、全部流されたんですから!」
儀玄は飯を奢る約束でフーフーをなだめた。
彼女は胸を払いて、修行を続ける。
「それで……凝雲の術はお前さんが今やった術の上位技だ。
まずは私がやってやろう」
儀玄は人差し指と中指を立てて、「そうだな……」と辺りを見回した。
やがて、「あそこでいいか」と言って適当観の中央を通る石畳へ狙いを定めた。
次の瞬間、彼女が立てた指の先が、金色に光り輝く。
石畳の上に、黒色に金を混ぜたようなエネルギーの球が現れた。
おびただしい数の枯れ葉が突然、意思を持ったように球に向かってカサカサと動く。
「これは……!」
柊は息をのんで見ているしかなかった。
儀玄は「なんてこともない」と言うかのように眉ひとつ動かさず、代わりに立てた指でぐるぐると宙に丸を描いている。
それに応えるように、球体の中で金色のエネルギーが回転していた。
枯れ葉は途中でふわりと浮き上がり、竜巻に巻き込まれるかのごとくその周りを動く。柊でさえ吸い込まれる感覚があった。
──風が耳を撫でる音ともに、スルスルという音が聞こえてきた。
同時に、柊は視界の端から細長く伸びているものを見つけた。
柊は、自分の剣が吸い込まれていっていることに気づく。
今にも鞘から抜けて飛び出しそうだ。
軽い音がして、剣が抜ける。
「!」
柊は瞬時に、その刃を掴んだ。鋭い痛み。だが、表情は変わらない。
前方にいた儀玄も気づき、このまま術法を解くのは柊の手の傷が深くなるだけだと判断。
次に、風の音に負けないように言う。
「その剣を離せ! 慎重にだぞ!」
ここで離せば儀玄も危険だが、彼女はそこまで間抜けていない。
ぱっと離すと、剣が物凄い勢いで飛んでいく。
儀玄はそれを掴んで、ここでやっと術法を解いた。
「すまないな。私の思慮が及ばなかった」
「いや、我の不注意だ。それにこの程度の傷、すぐに治る」
「……『この程度の傷』か」
儀玄は柊のずたずたになった手を見る。血が溢れている。
儀玄は眉でその傷を示した。
「本当だ。我は傷の治りだけはよい」
「ああ、それは疑いようがない。私がそばでお前さんを看てたんだからな。だが、その傷の治り、少々人間離れしていないか」
「……そうか?」
「まあ、いい事なのには違いないな。
──フーフー! 包帯をどこに置いたか──」
「ちょっと──っ‼︎」
フーフーの声に、儀玄は耳をわざとらしくふさいだ。
「枯れ葉が──って言いましたよね! …………え、って、お弟子ちゃんどうしちゃったんですか?」
手に包帯を巻いて、すぐさま修行に戻る。儀玄も止めはしたものの、柊は続行するはずだという確信めいたものがあった。
「難しいからな」
そんな儀玄の言葉通り、凝雲の術の習得への道は厳しかった。と言っても、1日で覚えられるとは柊も思っていない。
儀玄と同じように指を立て、ぐるぐる円を描いてみる。
「……」
しんとして何も起こりはしない。
「だろうな。今できていたら右の親指で逆立ちしていた。パンがな」
「俺が⁉︎」
まずはコツを教える──と言って儀玄が教えたのは、指先に全てを込めるというものだった。
「お師匠さま、願いも込めちゃっていいですかー?」
「まあもうなんでも込めろ……。
とどのつまり、イメージが最重要だ」
柊は指先に意識を強く向け、回転をイメージした。
──回れ回れ…………回れ!
「上出来だな」
儀玄がそう言ったので、柊は前に意識を傾けた。
儀玄が見せた大きく、黒い球は見る影もない。代わりに石畳の上にできたごく小さな一陣の風が、真ん中に球を空けて枯れ葉を吹いていた。
「あとは足元に気をつけろ」
足元……? となった時にはもう遅い、膝ががん! と落ちて柊は地に伏せていた。
「長い修行がないと、この術は疲労を超越した疲労が押し寄せるぞ」
「言うのが……遅い……」
「言ったらためらっただろう?」
こんなところで──我には──やることがある!
柊はいつも諦めが悪い。そしてそれが彼女をここまで持ってきた。
思えば、その諦めの悪さは義父との修行をはじめてからだった。
柊は足に鉛でも流し込まれたかのように足が重かったが、修行を続けた。
手が重い。構わず手を前に上げる。
──夜になっていた。儀玄も「ほどほどにな」と言って床に就いた。
「ぐっ……ダメだ……」
足に流し込まれ鉛はいつのまにか鉛より重い何かになっていた。
そして、身体が熱い。
発熱しているな──と、柊も勘づいた。
「修行を少し、やりすぎたか……」
彼女はそう独りごちた。
突然、視界が暗んだ。
立ちくらみかとも思うが、どうやら違う。
「ぐ……あ……」
身体が痛む。身体の底の底から捻じりあげるような酷い痛み。
身体が熱い!
これは──エーテリアスの──!
まずい……と思って、儀玄の部屋へゆっくりとだが歩いていく。視界の上部はなんとか見えていた。
大声を出そうとするが、顎が金縛りのように言うことを聞かない。
歩けないと思ったら、石畳に膝をついていた。
そのまま儀玄の部屋の前に倒れる寸前に、1つの根源的な恐怖を呼び醒ます声が、脳の内から聞こえていた。
そのまま意識は闇に堕ちる。
──クレ……カラダヲ……クレ……
凝雲の術・修行・了──
玄墨陣法:術法値を使った儀玄の終結スキルの名前。エフェクトを見ると儀玄本人を墨で形作ったようなものができ、それが地中に潜るような具合で消えていることから連想しました