ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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前回:儀玄たちと柊司は、それぞれの使命を胸にラマニアンホロウに向かった


管制レベル2 「六課を呼べ!」

 適当観を足早に抜け、ロープウェイへと向かう。

 これはラマニアンホロウに繋がっていて、そこから資源を採掘するために使われていたが、今はもうその役目はない。資源を獲っていた企業が失脚したからだ。

 

「……ダメか」

 

 ロープウェイへ辿り着くと、柊は立ち止まった。ごつごつした装備を体のそこかしこに取り付けた兵士が二人ほど、見張りをしている。

 それもそうだ。H.A.N.D.の調査員が連絡を途絶えた今、ラマニアンホロウに行かせるようなことはしない。

 雲嶽山の名を借りて通してもらうかとも考えたが、新人の柊には少しが無理がある上に、そもそもH.A.N.D.にお呼ばれした儀玄たちは既にこのロープウェイを使っていた。

 柊は踵を返し、ラマニアンホロウを横目に海岸沿いへ向かう。

 切り立った崖の上にあるのが、衛非の街並みだ。

 崖の上下を繋ぐロープウェイがあった。それを使って海岸の街に出ると、錆び切ったような街並みが見える。

 砂浜に出る。そのまま海岸沿いを走る。ここまでで十分(じっぷん)は走り通しだったが、もちろん柊の息は上がっていない。

 

 携帯の通知が鳴る。儀玄からだ。

 

『パンの話を風呂の中で聞いてたんだろうな?

そうだ 私とフーフー、パンは少しラマニアンに出向く

修行をして待っていろ

 

絶対に、ついてくるんじゃないぞ

 

といっても、ロープウェイ以外に()()()ここには来れんがな』

 

 柊は走りながら、これはフリなのか十秒は考えたが、儀玄は誰よりも柊の体の容態を知っている。柊の精神性を理解した彼女の、誠心誠意の戒めだった。

 

 と言っても、もう遅いが。

 

 潮の匂いがざんぶという音と共に迫ってくる。それは人間の脈のように周期的に起こった。

 ラマニアンホロウは波の広がる先に存在している。

 柊は手を握ったり開いたりして、凝雲の術をどうしたら実現できるか考えていた。

 術法の球体を出現させ、大きな回転エネルギーが敵を滅殺する。球の中でこんこんと、黄金色のエネルギーがくすぶる。

 柊はふと立ち止まり、海を正面に向いた。

 思わず、前に手を出した。

 ラマニアンホロウは海岸まで下がると、それはもう全てを飲み込むほどに大きかった。

 その下に、手のひらを添える。手には収まらない。

 が、何かを得た感覚はあった。

 ホロウは禍々しい虹色で縁どられていて、巨大で精巧な球を描いている。

 

 手の上に乗ったエネルギーの塊……

 

 じっと目を閉じて、手に意識を集中させる。やがて、暗闇の中に一筋の光を見出した。

 だがすぐに、それは消えてなくなった。

 はっとして柊は走り出した。衛非はとうに見えてなくなっていた。代わりに、古びた桟橋に辿り着く。そこには一人の老人が居た。

 服装は整っていた。すぐ脇には釣り道具がある。そして大ぶりのナイフを懐に隠している。

 彼はにやりとして白い歯を見せた。

 

「おんしもラマニアンかの?」

「そうだ」

「ほっほ、よくよく悪い(やっこ)さんもいたものじゃ。H.A.N.D.の連中の不幸で、奴さんらは火事場泥棒の役にあずかれる喜びを隠そうともせんでここにくる。まあ、わしだって奴さんに稼がせてもろうとるんじゃが──無償で行かせるとは思わんでくれの」

「いくらだ」

 

 柊は財布のない懐をまさぐりながら聞いた。

 

「値切りは受けんぞ──百万ディニーでどうじゃ?」

「⋯⋯あった」

 

 柊はなけなしの硬貨一枚を取り出した。百ディニーだ。

 

「は⋯⋯百万ディニーじゃぞ? これの一万倍じゃて」

「⋯⋯⋯⋯そんなものがあるか!」

 

 二人して立ち尽くした。波風の音だけがその場に残る。

 

「おんし⋯⋯こないな裏稼業にまで顔出して、百ディニーて⋯⋯」

 

 そのとき、岩陰に隠れていた男が現れて、老人へ言った。

 

(だい)さん⋯⋯行かせてやりましょうよ⋯⋯」

 

 手が少しだけ震えている。

 

「なんじゃ、無料で客を通すってか。全く、そんなことだから客に脅されるんじゃぞ」

「ですけど⋯⋯この方⋯⋯その脅してきた一団の一人に雰囲気がそっくりで⋯⋯」

 

 五分後、柊は小さなボートの上で波に揺られていた

 怯えた男が全力でお願いしたので老人も根負けした。

 波は穏やかで、心地よい音を耳に残す。ホロウはますます大きく見え、今や首が痛くなるぐらいにまでしないと上を見渡せない。

 あいも変わらず柊の心の中はざわめき立っていた。

 船頭の怯えた顔がしきりに柊の方を見やるが、柊は気づかなかった。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 ラマニアンホロウの禍々しい植物がそこかしこに広がる、荒廃した都市。

 ここに来れば、手軽に世界の終わりを感じられる。

 やけに建物の保存状態が良いのが、かえって退廃的だ。

 儀玄は白いタイルを踏みしめながら、二人に言った。

 

「警戒を怠るなよ」

 

 言われるまでもなく、二人は神経を研ぎ澄ませていた。

 三人は密集して奥へ進む。

 耳を澄ますと、やがて、

 

「うぅ⋯⋯」

 

 といううめき声が聞こえてきた。

 

「聞こえたか?」

 

 パンが二人に囁いた。

 

「人の声でしたよっ⋯⋯」

 

 いつも明るいフーフーも、声が低い。

 

「ヤバいな」

 

 出しぬけに儀玄が言ったので、二人は肩をしゃくりあげた。

 次の瞬間、人の背丈の二倍ほどはある人形エーテリアスが、三人の前に飛び出した。

 

「お前さんたち、声のした方向へ助けに行け。ここは私がやる」

 

 二人はすかさず「はい!」と返して、儀玄から離れた。二人は彼女を振り返らなかった。儀玄への信頼の証だ。

 儀玄は二人が横道へ逸れていくのを流し見て、前を向いた。

 術法を解いて、ひとつ呟いた。

 

「まったく、邪気という邪気がそこらに蔓延しているぞ。今頃H.A.N.D.の連中はあたふたしてるだろうな」

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

「只今管制レベル2を突破! 長官、今一度ご命令を!」

 

 壁中に精巧なコンピュータが張り巡らされた部屋の中、執行官の一人が叫んだ。

 

「何が起きて⋯⋯」

 

 別の執行官も声を震わせた。

 

「それ、今考えることじゃないと思うけど〜?」

「で、ですが浅羽執行官、このようなことは前代未聞ですよ!」

「いーや」

 

 浅羽悠真はイスをくるりと回転させ、液晶の映し出す赤い光に目を移した。

 

「前代未聞じゃない。どちらにせよ、僕たち執行官が判断を狂わす理由にはならない」

 

 いつになく真剣な浅羽執行官を見て、相手はイメージと少し違うなとも思ったが、今はそれどころではなかった。

 室内は薄暗かった。コンピュータのランプがチカチカと明滅している。

 緊急事態にそぐわない静けさがその中の全員の胸を打った。

 

「まあ」

 

 浅羽が付け加える。

 

「四十分で管制レベル2だなんてスピード、課長が虚狩りになったあの災害以来だけどね」

 

 その言葉に、長官が目を細めた。しばらく黙っていた長官は、やっと口を開いた。

 

「六課を配備しろ」

 

 浅羽は内心で、「それ以外ないよね」と呟いた。

 執行官は六課の名を聞いて「これで安心だ」と思いながら、マイクを押さえた。

 

「こちら管制塔。対ホロウ特別行動部第六課へ送る、同課課長星見雅へ迅速に取り次げ。六課の配備を行う」

 

「おかしいですよ⋯⋯」

 

 執行官の声を聞いて、浅羽はそっちのモニターへ目を移した。

 そこにはマップが映っており、海と思われる地形を目線で辿ると、ぽっかりと円形に地図が抜け落ちている。

 ──これがラマニアンホロウだ。

 

「管制レベルが2に到達しているのに、ホロウ自体の暴走は確認できません」

 

 ホロウの暴走、それはホロウが拡大することだ。

 浅羽は言った。

 

「これは不幸中の幸いと言っていいのかな⋯⋯」

 

 そんな彼の顔には、強い懸念が浮かんでいる。

 

「幸いとは思わんが、ちょうどいい。ホロウを止める猶予が与えられているわけだからな」

 

 長官は言った。

 

「待ってください」

 

 マイク近くの執行官が声を少し高くした。

 

「六課へ繋がりません、いや、中継に要請が通っていません!」

 

 長官が激しく立ち上がった。イスが転がって後ろの壁にぶつかった。

 浅羽も目を細めて長官の言葉を待った。

 

「さすがにいろいろ起こり過ぎじゃない?」

 

 彼の中に、深い疑心が湧く。示し合わせたかのような連続的な凶報。ラマニアンホロウが管制レベル2になった途端に、指揮系統が動かなくなった。

 

 いったいどうなってる⋯⋯

 

「お困りですか、長官」

 

 その時ちょうど、部屋の扉が開いて一人の女声が中に入る。すらりと背が高く、ピンクの髪を後ろで結わえている。

 彼女が足を前に出すと、金属の床がコンと鳴った。

 

 浅羽は「えっ」と声を漏らす。「月城さん、なんでここに」

 

「柳か、助かったぞ。六課を呼べ──!」

「その必要はない」

 

 出し抜けに、ひとつの声が響く。

 

「そーそ! だってここにいるんだもん!」

 

 

 

 

   つづく




六課の浅羽執行官はこの緊急事態に管制塔へ呼び出されて、ラマニアンを監視しています

公式PV『虚狩りが生まれた日』によると、課長が活躍したあるホロウ災害では30分で管制レベル2に到達しました(課長はその時の功績を称えられて虚狩りに)
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