ゼンレスゾーンゼロ 零落者のゆく先   作:柿本人麻呂

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前回:ある日、儀玄や適当観との触れ合いを通して決意を固めた安日は、適当観を去る。
儀玄が今いちど相対した安日は「あなたを殺す」と決意し、戦いへ向かった


哀歌 弐

 私の手から伸びる墨が、刀に巻きつく。「青溟鳥」の名を冠した黒いスズメが、頭上で飛び回っている。

 

「それだけ?」

「様子見だ」

 

 灰色の床面を背景に、二つの点が煌めいた。風切り音と共に迫っている。

 

 暗器か。

 

 見てから避けるので遅くはない。

 

「変なものを持ってるんだな」

 

 ヒュッと抜ける音を後ろに感じながら、私は日向に話しかける。

 あういう物を日向が使うなんて、お初にお目にかかったものだ。

 ──誰かの入れ知恵だろうな。日向を()()させた悪党どもの。

 そう思うと、私は自然と手を握りしめていた。

 私の墨が振り切れて、彼女の斬撃が迫っている。迷いのない軌道を描いて、一直線に──。

 

「迷いが消えたか」

 

 炎を纏う斬撃を、術を纏った手で掴みながら言った。

 彼女は歯噛みして刀を引っ張りぬこうと試みるので、私は放してやった。

 

 ──が、距離を離させるつもりはない。

 

 私は「凝雲の術」のエネルギーの球を、手のひらの上に小さく作った。

 のけぞる日向を見つめながら、どこに命中させるものか考える。そのとき彼女に「容赦している」ことに気づいた。

 

「──ふう」私は息を吸った。

 

「痛むぞ」容赦はしてられん。

 

 彼女の次なる剣撃だが、私は頭上を飛び回る青溟鳥を術で掴み、空高く舞い上がった。

 つま先のすぐ下を刀が通る。

 

「あっ」

 

 彼女が叫んだようだった。

 青溟鳥を放してやり、自由落下に入る。

 体を捻り、浮遊感に身を委ねながら、体を横倒しにする──1秒もかからんことだ。

 手の中でうなりあがる墨の球を意識した。空を斬っていく。まだ日向は反応できていない。

 

「どこへ⋯⋯行った!」

 

 彼女の整った白髮だけが見える。

 

「歯でも喰いしばるんだな」

 

 腕を伸ばす。その脳天に、「凝雲の術」を叩きこんだ。

 墨が手の隙間から溢れて、空へ幾重にも線を書いた。この術の力は凄まじいものだ。

 

「……頭は避けたか」

 

 咄嗟に避けて、腕が片方使い物にならなくなる程度で済ませたらしいな。

 日向は痛むであろう腕を押さえながら、何歩も後ろへ下がった。

 

「やっぱり、『凝雲の術』──!」

「……これ以上はやめるんだな」

「いいえ……刀を持つ手は残ってる……これで十分」

 

 ダッ、と日向が駆ける。

 

 まったく、やめておけと……。

 

 私は手のひらに「凝雲の術」を練った。

 

「またそれか」

「まずは、お前さんに寝てもらわないとな」

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 柊は仰向けに倒れたまま、静かに上空を見ていた。

 この地をまるまる囲んだホロウの幕が、てっぺんで一点に結ばれている。

 気を失ってしまったものの、何事もなかったのは幸いだった。

 体を起こすと、空高く積み上がった建物がある。あれがこの地で一番高い建物だ。

 

 鞘が付いた苗刀を支えに立ち上がる。立ち眩みが酷い。それが止んでも目眩が続けて見舞った。

 

 ──この調子だと、いつまた倒れるかわかったものではない。

 

 すぐに探索を開始する。儀玄たちの気配はない。

 

 ──だが、誰か居る。その気配には、目眩が止んでからやっと気付いた。

 柊は剣を握る。片足を中心に体を回し、辺りを確認する。

 二段積まれたコンテナの上に、ローブを着た誰かの姿があった。

 

 我はなんて迂闊なことを──と自分を戒めた。

 こやつは明らかに、このホロウ災害に一枚噛んでいる。そう確信したからだ。

 その理由は単純だった。コンテナの下の床面、扇のように広がった空き地に、人型エーテリアスの大群がいる。それらは皆、柊を見据えるばかりで男には些少の気すら向けていない。

 

「これらのエーテリアスは主の制御下か」

「そうだね。と言っても、これだけは間違ってほしくはない──これらは全部()()()()()()()だ」

「──! サクリファイスか。してその声⋯⋯あの時の」

「そう。あのライブ会場でキキを持ち帰ったあの男と僕は、同一人物だよ」

 

 男はフードと仮面で顔が見えなかったものの、その口調には軽薄といえるほどの明るさがあった。

 

「なぜ私が気を失っている時、殺さなかった」

「危害を加えに来たんじゃないからね。

 じゃ、君というキャラクターのお試しといこうよ」

 

 唐突だったが何が起こるかはすぐ分かった。柊は己のローブに覆われた中で、刀の鯉口を切った。

 

「来るか」

 

 仮面男が手をぴっと振った。サクリファイスたちが呼応して雄叫びを上げ、一斉に柊へと駆け出した。

 

 ──あの男が言った通り、制御はあちらにあるようだ。

 

「ならば──頭から()る!」

 

 術法を繰った。

 手を出して、一筋の墨を飛ばした。コンテナに力強く命中する。

 その墨を掴み取ると、体が浮いてコンテナの方へ張力が働く。体がすっ飛んだ。そのまま猛スピードで大群へ潜り込む。

 彼女の懐中から光が瞬き、鞘だけがその場に残された。景色が後ろへ消えていくのとともにサクリファイスを屠っていく。

 コンテナの壁面へ横ばいに着地。勢いのまま壁面を駆け抜け剣が迸る。

 仮面男は体を退く。

 

「すごいね」

 

 柊が自分と同じ土俵へ着地するのを見ながら、彼は言った。

 彼女は何も言わず剣を振り出した。

 彼は避ける。

 ──が、目の前には黒い幕が張られている。

 

「なに──」

 

 その影から、光芒が走った。

 

「く──」

 

 黒い幕が降りていくのとともに、柊は鞘へ収めた。

 

「瞬時にローブを脱ぎ捨てて目眩まし──なんて、よく考えた」

 

 彼はしゃがみこんでいた。

 彼の仮面が、切られたことにやっと気づいたかのようにぱっくり割れた。仮面男はそれより先にフードを目深に被り直し、顔を隠すような素振りを見せた。

 

「だけど、剣は届かなかったみたい」

「まずは顔が見たかった」

「殺せはしたって? やるねぇ」

「⋯⋯」

 

 彼の余裕が、柊には分からない。今しがた鼻先を駆け抜けた斬撃があるというのに、彼はまるで平気だ。

 

「やはり念願の瞬間というのは楽しいね。言った通りゲームのお試しみたいなワクワクがある。ガチャすり抜けは勘弁だけど」

 

 そこで、彼の懐中に西洋剣があるのに気付いた。

 あのライブ会場での一件から予想はできていたが、外見だけでは全く気づけなかっただろう。彼の得体の知れなさは、こういうところからきているのかもしれない。

 

「この剣が気になる? 大丈夫だよ、君には振らない」

「余裕を見せるのも大概にしろ」

 

 柊はきつく言い放った。

 

「このホロウ災害で、罪なきひとが死んでいる。黙って──」

 

 柊は収めた剣を静かに握り込む。居合術だ。

 

「罪を精算するのだな」

「罪? そんなのがあるんだったら、僕はもう精算しきれないほど犯してきた。君と同じく」

 

 彼は剣を握るどころか棒立ちだった。

 

「⋯⋯」

 

 黙って剣を振る。

 

「──!」

 

 しかし、それはまたも容易く掴み取られてしまう。

 

「それは……術法か」

「ん、教えてもらったんだ。安日に」

 

 彼の刃を掴む手にはどす黒い液体が滲んでいる。

 剣に力を込める。が、彼は放そうとしない。

 

 柊はすかさず術を練る。しかし遅かった。

 彼が手を振った。途端、彼女の左手が爆発したのではと見紛うほどの痛みが襲った。

 

「ぐ……」

 

 剣を手放し距離を取る。すると彼は、

 

「ほい」

 

 と言って彼女の前の床へそれを投げ返した。

 

「体内に術を流したか」

 

 柊の左手はズタズタに黒ずんで、もはや使い物にならない。

 仮面男は西洋剣を抜いた。

 

「結局、斬り合いか」

「いや、違うよ」

 

 その時、風切り音がした。それと全く同時に、柊のはらわたが裂かれていた。

 

「剣を振るつもりはなかったけど、君は追い詰められてこそ真価が発揮されるものだしね──ほら、見せてごらん」

 

 血が逆流して、焼けるような喉の痛みと共に吐血する。

 

「ぐっ、これは」

 

 柊は片膝をついた。この吐血は、斬られた腹がなしたものではない。

 

「エーテリアスの力の残滓か……! く……かような場面で」

()()? ふーん、そんな言い方を」

「もういい──これ以上術を使ったら、残滓に取り込まれるかもしれない。だが」

 

 やると決めた。

『凝雲の術』──今まで成し得なかったこの術を使う。

 

 道中、掴んだ感触があったのだ。ホロウというそびえ立つ球は、計り知れないエネルギーをその腹の中に止まらせている。

 

 あの感覚だ。確かに、雲嶽山が擁する「術法」はエーテルに分類される力だ。元は同じなのかもしれない。

 

 手に力を込める。

 回転の意識だ。

 

「あっやめ」男がこぼした。

 

 前方に、小さな台風のように風が集まる。

 

「やめろ」男が血相を変えている。

 

 彼は走り出した。

 西洋剣を投げ出した。それは正確に彼女を捉えている。

 だが、それは空中でぴたりと動きを止め、来た道を気流の真ん中へ向けて遡りはじめた。

 

 ──だめだ。柊には突如、そのような感覚が舞い降りた。

 

「感覚が、掴めない……!」

 

 恐ろしい頭痛と胸痛が残る。

 

 ──頼む。

 

 発生した気流が渦巻いている。

 男の動きが遅くなって見えた。

 

 ──頼む。

 

 ぱっと、誰かが自分の腕を掴んだ。

 

「くっ」

 

 柊は顔を歪めた。仮面男が、自分の腕を掴んでいたからだ。

 

「ふう……やめてよ、それやると君が死ぬんだからさ」

 

 

 

 

   つづく

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