両親と弟を失ったあたしは、里親に引き取られて生活していた。
義父は剣術家、義母はホロウ研究者だった。
ホロウ災害による犠牲者をこれ以上増やさないためにも、あたしは剣術を教わり、ホロウを教わった。
手には常に血豆ができていたし、教本はボロボロに分離したことさえあった。
──普通の人とは程遠い生活をしていたあたし。
髪は先のホロウ災害で真っ白に染まっていた。それを見られるといつも『エーテリアスだ』と同級生になじられたものだ。
そんなあたしにも、友人がいた。アメサキという名の、人懐っこい女の子だ。
休み時間に図書館で落ち合っては、二人で静かに本を読み、学校が終わったらアイスを食べて帰る。決して長い時間一緒にいたわけじゃないけど、あたしはその毎日が好きだった。
同時に、失いたくないとも思った。
幼少の頃の記憶が、いつもあたしを虐めた。同級生からのなじりなんか、ありがたいと思えるほど辛い記憶。
『お姉ちゃん!』
見えなくなっていく弟の姿。肉塊となった両親。
執行官は、弟を助けるかあたしを助けるかの2択を迫られた。
そして、あたしが選ばれた。
──それが、あたしが今生きている理由。
朝起きると、布団が汗でぐっしょり濡れている。
『またこの夢……』肉親を失った夢。
アメサキもそうなるのではないか、そう妄想する自分を本気で嫌悪した。
いや、今思えばそうはならないと願って、信じていただけかもしれないが。
見た夢をかき消すために、癒されるために学校に行く。里親と、アメサキの存在があたしの心の拠り所。
唯一あたしが記憶の牢獄から出られる時間だった。
だけど、あたしは呪われているみたいだ。
アイスを食べていたのを覚えている。
「この味、サイコーだね」
アメサキの声。
「今日は近道しよ」
その日は、裏路地を通った。
奥に、男が3人居た。
こっちに向かってきた。
気づいたら、縛り付けられていた。
ここは、ホロウ。すぐにわかった。
左には、目を瞑ったままのアメサキ。前には、数人の男たち。
『実験』と言っていたのを覚えている。
「数分もすれば、エーテリアスになる」
これは夢だ、そう信じたかった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
数分すると、アメサキが反応を示した。
体が少し膨らんで、すぐ戻る。脈打つように体が動いていた。
「ア、ア、ア、ア」気を失ったまま、体がエーテルとなって蠢く。
腕は刃物のように鋭く、歪に変化していた。
ぐんと、その腕が弧を描くように動いた。その軌道上で、あたしを縛っている縄が絶たれた。これは、アメサキがわざとやってくれたことに違いなかった。
「おい、逃げちまうぞ!」
解放されたあたしは、真っ先に彼女に駆け寄った。もう、失いたくなかったから。
だけど彼女は、その黒々と変化した大きな腕で、後ろにあたしを吹き飛ばした。
「もうガキどもは殺しちまえ」ホロウレイダーの怒号。
同時に銃声がした。後ろを見る。
彼らの銃口の向く先からあたしを遮るように体を広げたアメサキの体に、穴が幾つも開いていく。
「逃げて。私のために」
彼女の声が聞こえた。その声は恐れや悲しみには染まっていなかった。
「速く!」
彼女を見捨てるつもりはなかった。だが、彼女の言葉には従う以外ない強みや、願いがあった。
あたしは逃げた。全力で走った。
だけど、子供一人と大人複数人では、限界がある。
「捕まえたぞ。煩わせやがって」
腕を掴まれて、持ち上げられた。そのまま重い拳が顔に飛んできて、地面に叩きつけられる。
立ち上がろうと考える暇もなく、腹を蹴られた。
嘔吐しそうになったが、口のところまでのぼってきて止まった。
「──おい! 治安官がいるぞ、さっさとそのガキを殺せ!」
刃物が視界に入る。
ごめん。アメサキ。彦斎。
最期に思い浮かべたのは、親友と弟だった。
ナイフが、大きく振りかぶられる。
そして──。
目を開くと、血溜まりと、その上に横たわる暴漢がいた。
ナイフが地面を滑っていく。
見上げると、一人の男が背を向けて立っている。右手に抜き身の刀が握られていた。
「よく耐えたな」義父の声。
「お父さん……」
「後は我がやる」
幾重にも斬撃が重なって見えた。数秒の内に、立ちどころに切り伏せられた彼らは力無く倒れた。
それ以来だ。ホロウ災害に対する気持ちもあるままに、とりわけ大きく不法なホロウレイダーに対する怒りがはち切れんばかりになったのは。
あたしは──。
我は──。
──我は絶対に彼らを許さない。
「ふーん。辛い過去があったんだな。それで、ローズグループに加担するメームをってことか。
なるほど、一応信頼に足るみたいだ」
「嘘もついておらんな」
「そうだ」
「あ、口調、変えろよ」
「主らしかいない場ではよいだろう」
「だめだ。日々の心がけが人を変えるんだ」
殺し屋のくせにそれらしいことを言う彼に、ふっと笑う。
「何かおかしいか?」
「人らしく振る舞うな」
「俺は人だぞ」
「違うな。メタセコイアだ」
「確かにな」はっはっはっ、とヘプタが頷く。
ひとまず、メームに近づく機会は作れたらしい。