婚約破棄!?……良いんですの?やったぁ!   作:丁字

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第7話 もっと明るい場所へ

 俺は思い返す。11年前の、真冬の頃だった。

 当時の俺――15歳のミハル坊やは、窓の外から床に伏せる彼女を眺めることしかできずにいる。

 

 母、ヘルミーネは何か破滅的な物質をあおったらしい。気病みが悪化した結果、最悪の結果を招きつつある――彼女は、死に瀕しているのだ。

 

「英雄殿、そろそろ……」

 

 ミハルの肩を、がっしりとした掌が掴む。そこに込められた力は『沿える』といった生易しいものではなく、家畜が逃げぬように強く押さえつける様を彼に連想させる。

 

 だがしかし、それも今日までだ。

 今の母に、剣に心を割く余裕なんてありはしない。ミハルはほとんど直感的に彼女とオーロラの関わりが――それが一時的な物か、それとも死によって永遠になるかはともかくとして――断たれているのを悟っていた。

 

 領土を大きく切り取らんという王の望みを受け、国境線を越えて隣国の奥深くへ。眼前の砦をオーロラの権能でもって破壊しつくせと仰せつかった時、ミハルは……何の小細工もなしに剣を抜き放って念じた。いつもの通り『全てを塵となせ』、と。

 

 そのまま何も起こらないと思ったのだ。彼も、彼を掴んでその場に押し付けるように『激励』してくる騎士どももまとめて、間抜け面を晒したまま成すすべなく討たれるものだと。

 

 もっとも、そうはならなかったのだが。

 オーロラの刀身は浮かび上がる遊色を膨れ上がらせ、光の幕と化し……いつもの通り、それに撫でられた万物を消し飛ばした。

 

 最初は、その瞬間に母が息を吹き返したのだと思い込んだ。

 息せききって家に帰ったが、出迎えたのは沈痛な面持ちにささやかな安堵を浮かべた、執事とばあやばかり。母、ヘルミーネは変わらず生死の境を彷徨っていた。意識を取り戻したのはそれから幾日か後のことだ。

 

「――その一件で自覚したんだ。俺自身にも、聖剣の力を引き出し……そして、権能を振るう能力が備わっているのだと」

 

 それは丁度、数年前に見つかった当代の剣の乙女……『護剣マグダラ』と通じ合った娘があらわした能力とよく似ていた。

 

 

「そのことを誰かに明かそうとは……思いませんでしたの?」

 

 リリアナ殿のもっともな疑問に、俺は首を横に振った。

 

「言えなかった。周囲に頼れるものが誰もなかったということもあるが……事実が明らかになるのが怖かったんだ」

 

 猛き者は英()で、奇跡を起こすのは乙()である――と、一種類の呼びあらわし方しか用意されていないこの国で、事が露見した後の自分がどうなるかは想像したくもない。

 

 まさにその実例が現れていたということも大きい。リリアナ殿のことだ。彼女が王都でどのように扱われていたか、俺はずっと目の当たりにしていたのだから。

 

「済まなかった。何もできずに、ただ君を遠巻きにするばかりで……」

 

「いえ、そのぉ……気にしていませんよ。私としてはあずかり知らぬことでした」

 

 ああ、この表情は本当に何も気にしていないな。俺はそう悟る。それでも詫びることなくして、この先に進んではならないように思えた。

 彼女には悪いが、これは俺自身のけじめだ。

 

「それに……そのお話ってミハル様が15歳の頃の話なのでしたよね?」

 

「……そうだ」

 

「言えませんよ、そんなの。お母様の処遇だって気になりましたでしょう?」

 

 彼女の言う通りだった。我が父上……あの酷薄な男が、剣の乙女として用済みになった母をそのまま家に置いておくだろうか? 俺には即座に放り出すようにしか思えなかった。

 

「ですから私、その謝罪は受けとりません。15歳の男の子が家族を守るために頑張っていたことを、どうして責められましょう」

 

 そう言って真っすぐにこちらを射貫く双眸は紫水晶(アメジスト)によく似ていた。マグダラの柄飾りともそっくりで、彼女が手に入れるべくしてマグダラを得たのだと俺に理屈抜きに感じさせるものだった。

 

 あ~あ、勝てねえな。そう思う。

 

 あの時、彼女のために命を捨てようと思ったのは間違いではなかった。

 俺のひそかな再認識だったが、実際に言葉にすれば彼女にどやしつけられるかもしれない。

 

「……ミハル様。あんなことは、もう、決して! ……なさらないでくださいね」

 

 そっちの考えはお見通しだと言わんばかりに、リリアナ殿が半目になって釘を差してきた。

 

「しかしだなあ……霧向こうに座す魔人は、いつか誰かが対処せねばならなかったし」

 

「『オーロラ』は独りで戦うには不向きでしょうに。無謀すぎます」

 

 弁解する俺に、容赦なく詰め寄ってくる。この率直さは、いくさ人としては美点であろうから、まあ、いいのだが……。

 

「……それに、切った張ったの仕事は私の『マグダラ』がうってつけのはず。……どうして、行けと命じませんでしたの?」

 

 痛いところを突かれた。彼女の言う通り……俺だって、『マグダラの乙女・リリアナ』の有用性は理解した上で騎士団へと引き入れたのだから。

 

「そうだな……俺の負い目を隠すための、隠れ蓑にしようと思っていたさ」

 

 それが彼女に対する酷い侮辱だと気付けたのは、まさに彼女が騎士団に入ることを望んだその瞬間だったが。

 

「……」

 

 リリアナ殿は腕組みをしたまま、何事かを深く考え込んでいるようだった。無理もない、面と向かって利用するために手元に引き入れたと言われたも同然なのだから。

 

 けれども、再び顔を上げた彼女の表情はどこかすっきりとしたものだった。

 

「ただ降ってわいた名誉を押し付けるだけのおつもりなら……あんな風に大真面目に鍛える必要はなかったはず。私は、私をいっぱしの剣士にしてくださった団長の行いを信じます」

 

 そんな風に許されてしまったら、俺は何も言えなくなってしまう。

 

「でも、同じくらい私を……そして騎士団の方々を信じてほしかったとも、思っていますが」

 

「……生かすべきはどちらかと考えたら……君の方だと思ったんだ。母を癒し、自分で道を切り拓く……俺にできない何もかもを実現した、君こそが」

 

「あら、御自分のことを石くれか何かのようにおっしゃるのね」

 

 話はそこでおしまいだった。彼女は俺の感傷も弱音にも付き合わなかったが……頭ごなしに否定することもしなかった。

 何よりその表情は『こちらはそんな風に思っていませんけれど? 』と雄弁に物語っていたが。

 

「でも……そうですねえ。そうしたら、私は余計なことをしてしまったのでしょうか」

 

 リリアナ殿は頬に手を当てて思案する。

 

「いやまあ……まあ、いい方に転がったと言えるからな。ある程度は……」

 

 思えば彼女の無鉄砲をこうして受け入れたのは二度目のことか。女の泣き声がする、というだけで禁を破って花園へ押し入るような人物なのは、既に俺も知るところだ。可憐な外見に騙されてはいけない。

 

 だから、彼女があっけらかんと『悪鬼を倒したのは騎士団長その人で、オーロラの権能も問題なく扱えた』と受勲の場で言い放ったことも、さほどの驚きはなかった。

 どうもあの娘は、王に対しても物怖じしない。つい先ごろまでは将来の舅だったからだろうか?

 

 何にしても、貴族達が居並び、平民も見物に押しかけている場で俺の――というよりは、聖剣にまつわる隠された事実がなし崩しに明かされた訳だ。

 

 その結果何が起こったか? 王族の権威が根底から揺らいでいる。

 

 王族の語る聖剣の逸話がまやかしだったと知れ渡った際の、民衆の怒りは相当なものだった。

 

 ……実のところ、聖剣の使い手と乙女とが、性別に関わらず素質を持つという事実は、国内の誰もが――無論、王族たちも含まれる――あずかり知らぬことだったのだが。

 

 けれども民はそれを信じなかった。……剣の乙女に対する拉致同然の養子縁組や輿入れが横行していたことで、元々燻っていた不満に火が着いたのだ。

 

 今や、市井では王制の打倒などという穏やかならぬ話までもが公然と囁き交わされている始末だ。

 

 そんななか、王が信頼回復のために打った一手は……ヴィリバルト王太子殿下の騎士団入りであった。

 笑ってはいけない。どうやら彼らは大まじめだ。

 今の彼は平民や下級貴族の次男三男たちと共に立派な騎士となるべく揉まれているところであった。

 

 日々、愚痴と弱音にまみれてはいるが……これまでの歌舞音曲に傾倒する御令息暮らしからの落差を思えば、よくやっていると言えるのではないだろうか?

 

 そんなヴィリバルト殿下の、剣の手ほどき役を買って出たのはリリアナ殿だった。

 彼もまた曲りなりにも聖剣の使い手であるので、彼女が指導につくこととなったのだ。

 一度は手酷く捨てた女に教えを乞う立場に『堕ちて』しまうとは……と、彼は思っていることだろう。

 

「あら、もうくたびれてしまわれました? 少ぅし、メニューを軽くいたしましょうね」

 

 リリアナ殿が優しい口調で言い放ったことに、ヴィリバルト殿下は非常に、それは非常にショックを受けておられたが。

 

 あのプライドばかり肥大した青年にとって、最も手痛い一撃とはああいうものの事だろう。

 

 俺がそんな感慨をもてあそんでいると、向かいのリリアナ殿はなにやらそわそわした様子でこちらを見ていた。

 

「何か?」

 

 俺が水を向けると、彼女はとんでもないことを言い出したのだ。

 

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