婚約破棄!?……良いんですの?やったぁ!   作:丁字

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第8話 まだない場所の、まだ見ぬ誰かへ

「そろそろ冒険に出る頃合いだとは思いませんこと?」

 

 私は愛用のトランクを傍らに置き、真新しい剣帯に愛剣『マグダラ』をさげた格好で胸を張ります。

 

「霧の向こうはまだまだ謎が多いですが、私達なら危険も少なく歩いていけます。今は知る限り、荒地が広がるばかりですが……もっとずっと先に行けば街だってあるかもしれません!」

 

「おいおい、魔物と交易でもしろっていうのか?」

 

「……良いアイデアですわね」

 

「バカ言うな! 奴らの敵意と害意なら間近で見たろうに」

 

 もちろん冗談半分でしたが……半分は本気でもありました。今目にしている生き物……魔物たちの他に、霧の向こうの住民が居たっておかしくはないのです。

 

「……ところで、リリアナ殿。いま『私達』と言ったか?」

 

 言いましたけど? 微笑んだまま小首をかしげて見せますと、ミハル様はなぜかグッと言葉を詰まらせています。

 

「だって私もミハル団長も、自らが聖剣と通い合ってるじゃありませんか」

 

「あ、ああ。条件を満たすかどうかの話な。そうか。そうだよな」

 

 なんだかガッカリしているように見えます……なぜでしょう? と、とぼけて見せても良いのですが、意地悪はよくありませんよね。私にはミハル様のお気持ちがよ~くわかっていましてよ。

 

「うふふっ。さては羨ましいんですわね! 冒険の旅に出る私のことが!」

 

 ……あらっ?

 何故そんな顔で頭を抱えていらっしゃるの? 何か思い違いがあったのでしょうか。

 

「――まあ、君がそういう奴なのは知っていたさ」

 

「ええっ! 自己完結なさっていまして!?」

 

「あー、うん、そうだな。一応ここいらを治める者としては聞かなきゃならんことがある。まさかとは思うが、単身で魔の霧の奥地へ向かうつもりか?」

 

「そうです。……ですが! 辺境領のバックアップを受ける確約を取りつけております。今日こうして赴いたのはその辺りの折衝も兼ねておりまして」

 

 私は慌ててトランクから手紙を取り出し、ミハル様へ手渡しました。

 

 内容はお父様のしたためた親書です。封蝋を切って、彼は内容をあらため始めました。

 ……眉間のシワが深まっていきます。何か決裂する要素があったのでしょうか……。

 

 不安感を洗い流す様に、ティーカップを持ち上げて紅茶をひと口飲み、私は恐る恐る口を開きます。

 

「書面の通り、魔の霧の向こう側で私の身に何が起こりましても、そちらへ責任を問うようなことは一切しません。我らがコンヴァリンカは伯爵家ですし、その印章は何よりの保障かと思ったのですが……」

 

「承服できかねるな」

 

 まさか一言の元に切って捨てられるとは思いませんでしたから、私はおろおろしてしまいます。

 

「細かい部分の詰めは改めてなさる形になってるかと思いますが!」

 

「そうじゃない。何故、君がわざわざ好き好んで危険を冒さないといけないんだ」

 

「それは……」

 

 私の中では、知れたことでした。

 

「王城で暮らしていた時の私は、退屈で仕方なかったんだと思います。見た目こそ華やかな場所でしたが、私の心はいつも狭いところに押し込められていました。……そのことに気付いたのは、外に出てから。

 

 ……ミハル様が私を連れ出してくださったんです」

 

 だから、まだ自分にできることが残っているならば走り続けたい。

 それは広い意味では現在と未来の民の皆様のためとも言えましたが、第一には自分の心持ちのためでした。

 

「もちろん我儘勝手な振る舞いだと思いますし、責任を取れだなんていうつもりはありませんけど……」

 

「そこは是非、取らせて欲しいものだが」

 

 なにをでしょう? 私が首をかしげると、ミハル様はにやりと笑います。

 

「だから、責任を」

 

「――へ?」

 

 意外な言葉に、私は危うくティーカップとソーサ――を取り落としそうになりました。

 

 

「そこまでする必要はありません」

 

 釣り竿を携えて帰っていらしたヘルミーネ様は、息子であるミハル様へあっけらかんと言い放ちました。

 

 現在、母息子はミハル様の『爵位を返上しようと思う』という申し出を巡って言い争っている最中でした。

 

「……と言っても、ミハルさんがリリアナさんに帯同するのは賛成よ。反対しているのは、わざわざ地位を失ってまで筋を通すことの方です」

 

「いやしかし、母上。現に俺には今後の責任が持てません」

 

 ミハル様が所領を得た時に、母上であるヘルミーネ様も東部へと居を移しておりました。

 潮風に吹かれる生活が肌に合ったのか、……それとも彼女を苛むよしなごとから離れられたからか、最近の彼女は日を追うごとに元気を取り戻しております。

 

「そのくらい私が引き受けるわよ。どの道、次の領主が物分かりが良いとは限らないのだから」

 

「ええ!?」

 

「あらやだ。これでも私、総領娘として育ったのよ! 血筋が古いばかりの家ではあったけど、領地の差配のことなら貴方より心得てます」

 

 釣果であるお魚を手際よく捌きながら、ヘルミーネ様は仰いました。

 ……元気を通り越して、その姿には生命のたくましさのようなものすら宿っております。

 もしかすると、ヘルミーネ様がまとっていた儚くも淑やかな雰囲気は病を得ていたからこそのものだったのかも。

 

 本来の彼女は、もう少し違った顔を見せる人物だったのかもしれません。

 

 どちらかと言えば、ミハル様の方が自身の御母上の変貌に気持ちがついて行けていないようでした。

 

「依然病み上がりではあるのですから、そうご無理をなさらずとも……!」

 

「もちろん、自分一人で全てをまかなうつもりじゃありませんよ。いくらかは人を雇う必要はあるでしょう。……でもね、ミハルさん。リリアナさんに付き添えるのは貴方しかできないお役目なのですよ。

 ――リリアナさん、貝のお味見する? そこの岩陰にいくつかへばりついてましたの」

 

 私は有難く牡蛎(かき)を受け取ると、酸っぱくなった白ぶどう酒を振りかけていただきます。母と息子の会話に首を突っ込むのも野暮ですから、私はただ成り行きを見守ろうと思います。

 

「私だって、気乗りしない仕事に息子を追い立てたりはしないわ。貴方だって行きたいんでしょう? だからあの子を放っておけないし、私の申し出も言下に断ったりできないのじゃなくて?」

 

 勝負ありました。ミハル様は何事かを言い返そうとしては声に出す前にやめて、それを何度か繰り返したのち、とうとう二の句が継げなくなったようです。

 

「どうなさいます? ミハル様」

 

 牡蠣殻をブリキのバケツに捨ててから、私は彼に問いかけます。

 

 ◇◇◇

 

 その後の私たちは、信じられないようなものを沢山見ることになります。

 

 天地逆さの渓谷で発光する岩喰い花の群れ、失われた都の城門に輝くくらやみの星。

 そんな思い出は、後世の記録に残ったり残らなかったりしたわけなのですが……このお話を閉ざすに相応しいのは、やはり出立直後のやり取りを記すことでしょうか。

 

 

「――ミハル様。私、ほんとうに一人でだって向かうつもりだったのです」

 

「わかっている」

 

 霧を抜けた荒野で、私は先行きに対するかすかな不安を、未来への強い期待で包んでミハル様へと話しかけます。

 彼はその空元気を見抜いたのでしょう、私に向けて勇気づけるような微笑みを返してくださいました。

 

 ……そういえば、珍しく泣き伏している私のところへいらしたのが、ミハル様との縁の始まりなのでした。

 だから私は、彼が困った時には何を置いても駆けつけたかったのです。

 

「ああ、それと……これは提案なんだが」

 

「なんでしょう?」

 

 私が顔を上げると、ミハル様は随分と真剣な顔でこちらを見つめておりました。

 なんだか落ち着かない気持ちになります。けれども、厭なわけではありませんでした。

 

「今の俺は立場も地位も打ち捨てたただの阿呆。ただのミハルだ。そう改まった呼び名をしないで欲しいのだが」

 

「わかりました。ミハル。――私のことも、どうかただのリリアナと」

 

「……リリアナ」

 

 ミハルに呼ばれると、なんだかとてもくすぐったい気持ちになるのはどうしてでしょう?

 私は、まだまだ知らない事ばかり。それを一つ一つ知っていく時、隣には彼が居てほしいのです。

 どういう訳だか、そういうことのようでした。

 

「一緒に来てくれて、ありがとう。ミハル……」

 

「リリアナ、君が望むなら、俺はどこまでだって共に征く。誓うよ」

 

 ミハルはひざまずき、私の手を取ります。――そして私の手の甲に唇を落としたのです。

 




これにておしまいです。お付き合いありがとうございました!
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