転生した私がゾンビアポカリプスの世界でコロニーを作る 作:ソロモンは燃えている
突然だが、私には前世の記憶がある。
前世の私は、とある地方都市の市役所で働く公務員だった。
都市開発課で課長をしていたが少子高齢化と大都市への若者の流出で人口はどんどん減っていくばかり。
コンパクトシティーなどと言ってみても、実態は都市機能を集約させて少ない人数でも回せるようにするだけの仕事だった。
それも上手くいっていたとは、とても言えない。
高齢者の多くは、長く住んでいる土地から離れることを嫌がり、計画は遅々として進まなかった。
点在する集落へのライフラインを維持する人員の確保も覚束ないと言うのに…
おっと、愚痴になってしまったな。
50を過ぎた私は、子供達も成人したことで妻と定年後はのんびり過ごそうと話していた。
そんな私の最後の記憶は、通勤のために運転していた車の中から見た、トラックがこちらに突っ込んでくる光景だった。
私は、交通事故で死んだのだと思う。
妻を残して先立ってしまったが多少の蓄えはあったし、保険金や年金も出るから生活には困らないはずだ。
そんな私が転生したのは未来の日本だった。
しかし、この世界は前世とは別の歴史をたどった世界だった。
この世界では先進国でも少子化が起きなかった。
その結果、世界の人口爆発は止まることなく進み、当時の文献によれば2105年には900億人を超えるまでに膨れ上がった人口によって様々な問題に悩まされていた。
当然、各国は人口増加を抑制する政策を取っていたが人口爆発を止めることはできなかった。
増え過ぎた人口によって人類が自滅してしまう前に研究や技術開発によって問題の解決を図ろうと必死の努力が行われていたそうだ。
そんな中、奇病が発生し始め、瞬く間に感染が拡大していった。
当初は感染者の治療と感染拡大の阻止を試みていたが、どちらも成果を上げられないまま、いくつもの大都市がウイルスに汚染されて壊滅してしまった。
ついに方針転換して感染者との全面戦争に突入していく。
銃火器などの近代兵器を使えば、感染者の制圧など容易い。
そんな人類の楽観は、大地を埋め尽くすほどの数の暴力と次々に現れる変異感染者によって叩きのめされた。
必死の抵抗も虚しく、一つ、また一つと都市が陥落し、そのたびに数を増大させていく感染者の群れの前に人類の文明は滅びてしまった。
私が今、生きているのは秩父山地にある四方を険しい山に囲まれた盆地。
長野県に繋がる西のトンネルは崩落させて完全に塞がっている。
群馬県の高崎方面に繋がる東の道も大量の岩と土砂で遮断され、ここは感染者の脅威に晒されない安全地帯となっている。
ここが人類最後の生存圏なのかもしれない。
当時、ゾンビウイルスの拡大を阻止できないと判断した人々がこの地を封鎖し、人類のシェルターとした。
残念ながらその判断は正しかった。
2264年、最後まで抵抗していた北海道の最終防衛ラインとの連絡が途絶えてから100年以上の時が経った今でもこの地で人類は生き延びていた。
現在、その時の指導者の一族を王に据え、中核メンバーを貴族とした王国となっている。
まあ、王族や貴族と言っても、その暮らしは平民と変わらない。
唯一の特権は、遠征への参加を拒否できるくらいだ。
この地に引き籠ってから100年以上が経ち、人口はこの狭い土地では養いきれない程に増えてしまった。
食料を生産する農地に使える面積も有限。
森林から得られる木材などの資源も無計画に伐採していれば、すぐに枯渇してしまう。
この地で養える人数には限りがあるのだ。
必然として行われる棄民政策。
人類の反撃の時が来たなどと勇ましいことを言っても、実態は口減らしでしかない。
彼らに渡される武器は木製の弓矢や槍などだ。
技術書などの資料は持ち込まれていたが、限られた土地、限られた人員では生きていくだけで精一杯で文明の維持など不可能だった。
結果、およそ10年ごとに行われる遠征で、彼らは原始的な武器を持ち、新たな居住地を開拓するために外へと向かい…全て失敗に終わった。
もちろん、最初から棄民政策だったわけではない。
最初に行われた遠征には王族や貴族からも多数が参加していた。
他のコミュニティとの連絡が途絶してから100年以上の時が流れている。
感染者たちも死に絶え、数を激減させていると予測されていた。
人類の領土を奪還するという栄光が簡単に手に入ると思っていたのだ。
その予測は、最悪の形で覆されることになる。
遠征隊は感染者の群れに襲われ、壊滅した。
そう……感染者の数は減っていなかったのだ。
感染者に寿命はなく、時間経過で事態は好転しない。
少なくとも100年程度の時間ではどうにもならないことが明らかになった。
以降、一部の例外を除き遠征に王族や貴族が参加することはなくなった。
平民であり、長男でもない私は、遠征に参加させられる可能性が高かった。
せっかく生まれ変わったのだから死にたくないと思った。
幸いにも前世で50過ぎまで生きた記憶があったことで上手く立ち回れた私は、優秀な労働者として遠征の参加者に選ばれることはなかった。
この地では15歳で成人と見做されるが、成人してすぐ遠征に出されることはない。
各家を継ぐ長男と労働者として優秀な者を選別して、そこから漏れた者達が遠征に出されるのだ。
遠征の参加者に選ばれた者は絶望し、王国に残ることができた者は安堵の息をつく。
私も安堵している者の一人だった。
だが、それも長くは続かなかった。
今回の遠征参加者は、およそ600人。
彼らは物資を背負い、森の中へと旅立っていった。
1週間後、早くも悲報がもたらされた。
支援物資を受け取りに戻ってきた一団からの報告によると、過去に居住区を作るのに最適だと判断された地に建設されたベースキャンプ跡地にたどり着くまでに100人近い犠牲者が出たらしい。
それからも悲報は続いていく。
時が経つごとに物資を受け取りに来る一団の数は減っていった。
たび重なる感染者の襲撃によって、遠征隊は疲弊し、数を減らし続けているため物資の補給に割く人員の確保すら覚束ない状況だと言う。
そして、誰も戻って来なくなった。
今回の遠征隊は、わずか3ヶ月で全滅してしまったのだ。
遠征に参加させられるのは20〜30歳の若者達だ。
彼ら全員が死ぬか、感染者となってしまった事実が私の心を苛んでいる。
今世の私は23歳、前世も含めれば70の半ばまで生きていることになる。
そんな私が若い命を蹴落としてまで安全な場所に引きこもっていていいのだろうか?
これからの人生、ずっとこの罪悪感を感じながら生きていかねばならない。
私が28歳になった時、ついに耐えきれなくなって次の遠征への参加を志願した。
異例の事態ではあったが、私の申し出は無事に受理され、次の遠征の指揮を取ることとなった。
次の遠征は、私が33歳になった時に行われる。
それまでにできる限りの準備を整えなければならない。
まずは計画を立てることから始めた。
遠征の目的は新たな居住地を開拓すること。
感染者との戦闘は、その目標を達成するための手段でしかない。
最初に小規模の拠点を作ろう。
そこから、周辺の感染者を排除して少しずつ居住地を拡大していくしかない。
周辺の感染者を刺激して、群がられないようにしなければいけないし、感染者の群れが接近してきた時のために防衛施設も必要だ。
できないことではないはず。
限られたスペースに必要な機能を集約させる。
前世の仕事でしていたコンパクトシティーの知識を応用すればいい。
次に着手したのは、感染者を排除する兵士の確保。
これまでの遠征が失敗に終わっているのは、十分な訓練を施されていなかったのも原因の一つだった。
もちろん、遠征に出る人員の全てに訓練を施す余裕がないのは理解している。
だから、労働者の地位を得るための競争に負けそうな者達に声をかけて集めた50人を徹底的に鍛えることにした。
今回の遠征では、少数精鋭の部隊に先行して拠点を設置する場所の安全を確保してもらう。
人数が多い方が安心するのだろうが、それは愚策だ。
総勢数百人からなる遠征組が全員で移動すれば、それだけ感染者に捕捉されやすくなる。
一度でも襲われれば、その戦闘音やパニックになった者の叫び声などで周辺の感染者が集まり、さらに激しい戦闘になる。
そして、その音でさらに広範囲から感染者が集まる悪循環に突入してしまう。
十分な防衛体制が整うまでは、感染者を静かに殺すのが鉄則。
そのために今回集めた50人には、弓の訓練を徹底的にしてもらう。
離れた場所から音を立てずに攻撃できる弓は、感染者相手には最適な武器になる。
欠点は訓練しなければ当てることすら難しいこと。
だからこそ訓練させるのだ。
接近されてしまった時の備えをしないわけではないが、まずは弓の扱いに熟達してもらわなければならない。
並行して森の中での隠密行動や現地での食料調達に役立つ野草の知識なども習得させる。
こうして、50人のレンジャー部隊を編成した。
この部隊の活躍が遠征の成否を分けるだろう。
問題は、私がこの部隊を上手く使いこなすことができるかどうか。
前世で過去の英雄を題材とした戦記物の小説などを嗜んでいたため、感染者との戦いに有効そうな作戦やアイディアはある。
それを現実で実行し、成功させられるか?
普通のおっさんでしかなかった私が、多数の命を背負う立場に就いてしまった。
その責任の重さに足の震えが止まらない。
それでも、やるしかないのだ。
失敗すれば、また多くの命が失われてしまう。
覚悟を決めろ!
私は、もう平凡な公務員ではない。
部下の命に責任を持つ司令官なのだから。
覚悟を決めた私は、その後も準備を進めていく。
拠点に居住地建設用の資材を運ぶための輸送計画の立案。
より多くの物資を用意してもらえるよう関係各所との交渉。
そして、時は流れ…
2274年、ついに遠征の時が来た。