転生した私がゾンビアポカリプスの世界でコロニーを作る 作:ソロモンは燃えている
現地に入り最初に感じた違和感は、匂いだった。
焼けた肉と腐臭と、血と膿が混ざった――
汚染地帯特有の、あの鼻の奥に張り付く臭いがしない。
「……静かだな」
視界の先には、緑に覆われたなだらかな丘陵と点在している森。
古代文明が滅んでから数百年…——“何も起きていない場所”など、地図上には存在しないはずだった。
司令部とレンジャー4人。
それが先遣隊の軍事力の全てだった。
今回の作戦序盤に軍事力は必要ない。
それ故に最小限の兵力しか伴わずに進出した。
司令部に選ばれたのは、草原のど真ん中。
見晴らしがよく、周囲を一望できる。
「司令部設置、完了しました」
「偵察部隊との通信は最優先で確保しろ。
周辺の感染者に動きがあれば直ぐに報告を上げるように」
敵がいないからこそ、気が抜けない。
この静けさが罠だと誰もが確信していた。
労働者が司令部周辺にテントを建設していく中、レンジャーによる周辺偵察を開始する。
「深入りはするな。
異常があればすぐに戻ってこい」
「了解です」
彼らは司令部を出て、各地に散って行った。
足元の土は柔らかく、踏み荒らされた形跡のない草原。
鳥や獣の気配がする森。
「司令部から遠くない場所に石場を発見。
森も豊かで、食糧にも資源にも困ることはなさそうだ」
「…本当に開拓を避ける理由が見当たりませんね」
司令部でレンジャーからの報告を聞きながら、部下と周辺の地形情報を埋めていく。
今回、連れてきた部下のほとんどが内政官である。
今回の作戦の肝は、どれだけ早く大きな居住区を建設できるかだ。
そのために必要な人材をかき集めてきた。
「川がありました。
水も澄んでます」
「……本当に楽園みたいだな。
だが、いずれ奴らが地獄に変えようとやって来る」
「分かっています。
私たちは、ここを本当の楽園にするために来ました。
司令官の期待に応えて見せますよ」
ここまで人間に都合の良い場所がこんな世界に存在しているわけがない。
目に映る姿は偽りのそれで、必ず感染者の魔の手が迫ってくるだろう。
今までの作戦と形は違うが、これも戦争なのだ。
敵が集める戦力以上の力をこの地に築き上げてみせる。
そんな気概を持って、部下たちが内政を進めていく。
「住民受け入れ数、初期目標三十名」
「テントは10張り増設。進軍路の確保を忘れるな」
司令部周辺に、次々と簡易テントが立ち上がっていく。
感染者対策が必要ないため内政に全てのリソースを注ぎ込んでいる。
そのため、居住区の拡大速度は今までの作戦の比ではない。
それでも私は、手を抜かなかった。
「施設は効率よく配置しろ。
土地は広いが、無駄にして良い理由にはならない」
これまでの経験から、油断は死に直結すると学んでいた。
だからこそ、どれほど土地が余っているように見えても手は抜けない。
住居の次に必要なのは食糧の確保。
どれほど人を増やしたくとも、得られる食糧が上限となる。
レンジャーの報告を受け、即座に指示を出した。
狩猟小屋を森の縁に建設。
川沿いにも漁師小屋を建てていく。
木材を現地調達するための製材所は最優先だ。
「感染者がいないだけで、開拓はこんなに静かなものになるんだな」
「作戦っていうより、普通の村作りだ」
「……だからこそ、怖い」
こんな勢いで施設を建てまくっていれば、すでに感染者の集団に襲われているはずだ。
この世界において、この状況がどれほど不自然なものなのかを彼らは理解していた。
司令部で私は、レンジャーたちの報告をもとに作成した手描きの地図を見ながら作戦会議を行なっていた。
「北側は見通しがいいが、大群を遮るものがない」
「東の川は、天然の防壁になります」
「南は平原。
開拓向きですが、こちらも防御が大変そうですね」
「西は森林。
資源は豊富ですが視界は悪いみたいです」
腕を組み、しばらく黙って地図を見つめていた。
「――壁は作らない」
「司令官?」
「リスクは理解している。
壁で区画を作り、感染拡大を阻止できるようにするのが定石。
だが、今の状況を最大限に活用するために広がれる拠点として設計したい」
そう言って地図に線を引く。
「南側の土地は、農地とする。
東は、川を防壁として利用できるところまで前進して、居住区を拡大させる。
北と西の森は、その後に段階的に開発していくことにする」
無理に要塞化しない。
それは、今までの作戦では考えられない判断だった。
居住区(テント増設)
食糧生産(狩猟・漁業→農場)
資源の確保(製材所、採石所の建設)
監視と通信(偵察部隊との連絡を密にする)
レンジャーによる未調査区域を探索
「第一段階は、ここまでだ」
ここが安全だという前提で動く。
だが――感染者の動き始めれば、対処しなければならない。
内政に集中できるのは今だけなのだ。
司令部設置から30日、もはや野営地ではなかっていた。
風に揺れるテントの列は減り、代わりに木組みの家屋が並び始めている。
感染者に襲われても多少は保つが、防御というより、より多くの労働者を受け入れるための工夫だった。
「雨漏りしない家って、贅沢だな」
「ああ、ベッドがあるだけで世界が違う」
住民たちの表情も確実に変わっていた。
南側平原には農場が広がり、
作物が規則正しく植えられている。
狩猟と漁業に頼っていた食糧の供給量が増大した。
木材の伐採量は増え、
採石所では石材の切り出しが始まっている。
「ここは……本当の町になりつつあるな」
町が発展、成長していくための条件は揃っていたのだ。
感染者さえいなければ…
異変が報告された。
「北西に感染者の小集団を確認」
緊急で入った報告に司令部がざわつく。
「進行方向は?」
「こちらへ向かっていません。
南下中です」
私は地図に小さな印をつけた。
「手を出すな。
監視と警戒を続けてくれ」
だが、報告はそれで終わらなかった。
翌日も…その翌日も。
「東の湿地帯で3つの集団が合流」
「西で大規模な群れを確認」
「南平原の外縁で新たな集団を確認!」
それぞれが孤立した小群だったはずの感染者が、まるで見えない合図でも受け取ったかのように集まり始めていた。
「……偶然じゃない」
私は、内政に集中できるボーナスタイムが終わったことを悟った。
それから連日、感染者の動きは報告された。
点から線へ、線から塊へ。
強力な個体しか映らないはずのレーダーに反応が出るほどの密度と数を備えるようになってきていた。
感染者の動きも、これまでとは明らかに違っていた。
目的を持っているかのように迷いなく一直線に動いている。
しかも、襲撃時のようにこちらに向かってきているのではない。
「……包囲だな」
私の言葉に、沈黙が落ちた。
「ふっ、ならば弾き返せばよい。
予想されていたことだ。
いまさら恐れなどしない」
感染者に動きが出たことで軍事にもリソースを割き始めたことで駆けつけたサムライ隊長が皆を鼓舞する。
感染者が戦術を持つはずがない。
それは、過去の常識だった。
「規模は?」
「現時点で5000。
最終的に……1万に達する可能性があります」
司令部の空気が一段階冷えた。
かつて2万の群れを殲滅したことはある。
だが、それはウォーカーの群れだった。
今回は、最低でもランナー。
エリートやデブも確認されている。
ベノムやハーピーなどの上位感染者の姿がないのが唯一の救いだ。
偵察部隊のレンジャーが双眼鏡を下ろす。
「見えます」
「何がだ」
「“境界”です」
遠くの森の縁。
湿地の向こう。
平原の起伏の陰。
そこに、動かずに佇む影があった。
「まだ、来ない」
「来る気はある。
ただ……待っている」
まるで、司令官の号令を待っているかのように。
もはや襲撃…いや、総攻撃が目前に迫っているのは明らかだった。
楽園マップの前半『内政パート』でした。
マップに感染者がいないし、襲撃もラストの1回だけなので、ゲームではあまり難しいと感じなかったですが、明らかに罠くさいマップだなぁと思ってました。