部屋を出て辺りを探ると、建物内に生物の反応は無くなっていた。
代わりに屋外が騒がしい。
身内を教団に奪われた連中が抗議に来たのかと思ったが、それにしては怒号の緊迫具合が妙だ。
『仮面ライダー』という単語が混じっているのを確認して、俺は得心した。
最近、“仮面ライダー”を名乗る輩があちこちの支部を攻撃しているというのは、幹部連中の悩みの種だった。
改造人間も一人や二人では済まないレベルで倒されていて、頭を抱える他の幹部達を余所に、一人心中で快哉を叫んでいたものだ。
その仮面ライダーがここに目を付けたか。
ありがたいタイミングだ。
この混乱に乗じて、俺達は脱出するとしよう。
ーーーーそう、“俺”は今や“俺達”になっていた。
「私の名前は、鳩羽 百合(はとば ゆり)です」
語尾にハートマークでも付きそうな間延びした声で、百合と名乗る女は自己紹介をした。
全裸放置も何なので俺が着ていた信者服の上着(粗末で簡素な貫頭衣)を貸してやったのだが、濡れ鼠な身体に衣服が張り付いて余計に淫靡だ。
百合は何故か俺を仕えるべき『御主人様』と認識していた。
刷り込み効果という奴か?
あまりにも『御主人様』連呼がウザいので、俺は思わず自分の名を告げてしまっていた。
「じゃあ、『晶様』とお呼びしますね」
嬉々として宣言する百合を前に、俺はそれ以上の論争を諦めた。
まったく……『晶様』なんてぇ柄かよ。
俺と百合は施設の敷地を抜け、山林の中を跳んでいた。
そう、“走る”のではなく“跳ぶ”だ。
改造手術を受けた俺達の身体能力は飛躍的に向上し、漫画やアニメの忍者よろしく木々の枝を跳び渡る事を容易にしていた。
30分ほど山を登ると、木々が無くなった広いスペースに出た。
ちょっとした体育館くらいの、下生えのみの空地。
猛暑日の日差しの直撃を受けても苦に感じないのは、有難いが風情に欠けるな。
これだけ離れれば大丈夫だろう。
強化された身体は、苛烈な運動にも汗一つかかなかったが、俺は空地に到達すると歩を緩めた。
俺のすぐ後ろに百合が続く。
大量の駄肉を付けている癖に、俺のペースに難なく合わせてくるとは、衛士とやらも侮れないな。
ここまでの運動で全身を濡らしていた液体も乾いたのか、フワフワの長髪が、風を受けてたなびく。
月明かりに映える栗毛にユリ姉を思い出し、一時見惚れる。
「どうしました?」
純真な瞳に見つめられて、俺は言葉に詰まった。
“なんでもない”と言おうとして、異変に気付く。
静かだ。
静かすぎる。
鳥の声も蝉の鳴き声も、何もかも無くなっていた。
俺達がやって来た方角の森が人影を吐き出すのを見て、俺は自分が脱出に気を取られて“レーダー”を使うのを忘れていた事を思い出した。