「ケヒャヒャヒャヒャ!何処にも逃げられやせんぞ、この裏切り者が」
不愉快な笑い声を放つのは、痩身長躯の男。
確か蛭田とかいったか。
神経質なサド野郎で、比較的古株だというだけで威張り散らしていたクズだ。
……まぁ、クズなのはお互い様、か。
「マスターデウス様の憶えめでたく人類を超越出来たというのに、我等を裏切るとは……しかし嬉しいぞ。これで気に食わなかった貴様を堂々と処分出来るのだからなぁ」
心底嬉しそうだな、この変態が。
マスターデウスとはゴア教団の指導者で、改造手術の際にツラを見せたあのジジイだ。
奴に憶えめでたくだと?
嫌悪感に虫酸が走る。
蛭田は異様に長い舌で唇を舐めると、急速に変化していった。
全身を体毛が覆い、犬歯が発達して牙となる。
肥大した耳は顔全体の半分近くにもなり、親指を除く手指が伸長したかと思うと各指間と脇腹を皮膜が繋いで羽根を形成する。
それはまるで、二足歩行の蝙蝠だった。
ダラリと垂れた舌が、蝙蝠よりも下劣さを感じさせる。
「手前ぇの内面が滲み出たような姿だなぁ、蛭田さんよぉ」
蛭田は化物になっても笑みを崩さない。
「この姿の俺様はヒルコウモリと呼ぶのだ。冥土の土産に覚えておけ」
蛭田は俺が入信する前から改造人間だったと聞く。
挑発に乗らないのも、経験からくる強者の余裕というやつか。
ヒルコウモリだかヨルコウモリだか知らんが、追いつかれた以上は生かしちゃおけない。
一歩踏み出す俺を、しかし百合が前に出て止めた。
「強化されているとはいえ、生身で怪人態に対抗するのは無謀です。晶様も変身を」
そうだな。
そこで俺は疑問を口にした。
「その変身ってのは、どうやるんだ?」
ーーーー沈黙
「えっと、あの……晶様?今はそういう冗談を言っている場合では……」
「冗談でこんな事を聞くか。変身はどうすれば出来るんだ?」
「調整から目覚める時に、こう……脳裏にインプットされてるというか……」
「そんなモノは知らんぞ」
「えぇ〜……」
困惑する百合。
俺の方はそれどころじゃないんだがな。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!こいつは傑作だ!変身の仕方も分からん失敗作かよ!虫ケラだって飛び方を習ったりはしないんだぜ」
ヒルコウモリの言い分から察するに、本能的に分かるものなのか?
なら分からない俺は本当に失敗作なのか?
あんな思いまでして、失敗だと?
思考が迷走する俺を背後に庇い、ヒルコウモリに対峙したのは百合だった。
その表情は先刻までの春風駘蕩たる緩み顔ではなく、決然として凛々しかった。