「トオゥッ!」
裂帛の気合は、後から飛んで来た。
紅い拳はサソリ男の横っ面を強かに叩き、吹き飛ばす。
「レディをエスコートするには、お前さんにゃちと優雅さが足りんな。顔を洗って出直して来な」
何度も夢で見た顔が、倒れるサソリ男に辛辣な挑発を放った。
真紅の拳。
濃緑のライダースーツ。
白いベルト。
赤いマフラー。
そしてーーーーバッタの仮面。
間違いない。
絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、仮面ライダー2号だった。
「お嬢さん、走れるか?俺が今来た道を真っ直ぐ行け。そうすれば出れる筈だ」
そう言うと、2号ライダーは立ち上がるサソリ男に飛び掛かった。
「時代遅れの出来損ないが!我等に立ち向かう愚かさを知るがいい」
「ヘッ、その“時代遅れの出来損ない”にボコボコにされても、泣くんじゃねぇぞ!」
2号ライダーとサソリ男の戦いは、膠着した。
サソリ男の攻撃は悉く躱され、2号ライダーの攻撃は甲殻に阻まれる。
互いに有効打もなく……いや、これは……
2号ライダーの攻撃に意図を感じた、その時だった。
廊下の壁の一部がうねり、数本の触手に変化した。
サソリ男との戦いに夢中な2号ライダーは、その異変に気付かない。
触手は暫く周囲を探るかの様に蠢くと、先端を尖らせて2号ライダーを狙う……
声を掛ける前に、体が動いていた。
伸びる触手と2号ライダーとの間に、その身を滑り込ませる。
ドリル状になった触手の先端が私の体に到達する瞬間は、全てがスローモーションに見えた。
触手が体に触れる、その刹那ーーーー
ーーーー何もかもが、停まった。
キィィィィィィ……ン
耳鳴りに似た金属音。
その時私は、今まさに触手に貫かれようとしていた私を見下ろしていた。
そのまま、意識が急激に後方へと引っ張られる。
日本が、地球が、太陽系が、銀河系が、眼下に広がり、消えてゆく。
際限なく加速する意識は、やがて真っ白な空間で止まった。
上下も左右も無い、光のみの空間で、私は一人の男性と相対していた。
恐らくは、世界で最も有名な男性と。
「シスターアリス、貴女を迎えに来ました」
「迎えだなんて、そんな……」
「貴女の勇気、清廉さ、慈悲心、どれも此方に来るに相応しいものです。さぁ、手を……」
差し出された手を、しかし私は素直に取る訳にはいかなかった。
「彼は……仮面ライダーは、この後どうなるでしょうか」
「彼は……間も無く死に至るでしょう」
「!?」
「彼は修羅の世界に足を踏み入れ、そこから逃れる意思を捨てています。死した後、此方に来ることは難しいでしょう」
「彼を救う手立ては無いのですか?」
“彼”は私の眼を覗き込んだ。
私の意思を確かめるかの様に。
その顔に、悲しげな苦笑が浮かぶ。
「彼に関わる事で、貴女の魂もまた修羅に惹かれるかも知れません。そうなったら……」
「私は、彼に命を救われました。その恩も返さずに自分ばかりが良い目を見るのは、フェアじゃないでしょ?」
私は決然と答えた。
これが私の中の“神”であり、私の“正義”なのだ。
「分かりました。では、貴女には力を授けましょう。あの歪んだ獣達に立ち向かえるだけの力を」
そう言うと、“彼”は私が胸に提げたロザリオに手を触れた。