立花モータース。
良く言えば味がある、悪く言えばちょっと寂れたバイクショップ兼住居が、本郷さんの家だった。
なんでも、旧い馴染みから譲られたのだとか。
“旧い馴染み”?
二、三十代で旧い馴染みというと……
「幼馴染みですか」と聞いたら、苦笑で返されて有耶無耶にされてしまった。
とにかくそこから、僕の居候生活は始まった。
本郷さんは僕の荒唐無稽な話を聞いても、笑い飛ばしたりはしなかった。
むしろ真剣に聞き入り、「大変だったな」と慰めてくれさえした。
本郷さんは「いつまででも逗留してくれて構わんよ」と言ってくれたが、何もしないで世話になるのは厚かましかろうという事で、家事や店番をして恩を返す事にした。
立花モータースは、商売としては開店休業状態だった。
新車購入はおろか修理依頼も、冷やかしの客すら来ない。
本郷さんに話しても、「儲けたくて開けてる訳でもないからなぁ」とどこ吹く風だ。
そもそも本郷さんからして、あまり店には居ない。
フラッと出て行っては、何日も帰って来なかったりする。
そりゃ客も寄り付かなくなるわ。
ただ、客ではない人物は偶に来た。
一文字隼人さん。
フリーカメラマンにして本郷さんの大親友を自称する、本郷さんと同年代と思しき男性は、とても陽気で明るく、気さくな人だった。
男臭い中に憂いと陰を含む本郷さんを月とするなら、一文字さんは太陽と言ったところか。
一文字さんは僕の事情を聞くと本郷さん以上に親身になってくれ、終いには義兄弟の契りを交わそうとまで言い出して本郷さんに抑えられたりもした。
僕は本郷さんにお世話になってる間、学校から親戚縁者、友人知人と分かる限りの連絡先に電話をしてみた。
その結果、分かったのはーーーー
この世に『神楽衛児』という人間は最早存在していないという事。
あの場所に住んでいた『神楽家』というモノが綺麗さっぱり世界から消失しているという現実だった。
文字通り何もかも喪って抜け殻になった僕を、しかし本郷さんや一文字さんは見捨てたりはしなかった。
二人は、店に居る時には必ず僕に構ってくれた。
本郷さんはバイクの運転を、一文字さんは空手や柔道を教えてくれ、僕が失くした心を埋める努力をしてくれた。
そんな生活が二ヶ月ほど続いた、ある日ーーーー
その日は、鼻息さえも白く煙るほど、寒かった。
店と住居の大掃除でもしようと、掃除用具を買い揃えて帰る途中の事だった。
「神楽くん!」
呼び止められて、驚いた。
僕の存在を、まだ認識している人が居た!
愕然と振り返って、僕は凍りついた。