「トオゥ!」
シザースの刃が僕の首を落とす寸前、裂帛の気合いが響き渡った。
目の前で、シザースの顔がひしゃげる。
その顔面には、白銀色のブーツが乗っていた。
ブーツの先には、濃緑のライダースーツ。
シザースは闖入者の飛び蹴りを受けて、派手に吹き飛んだ。
僕とシザース達の間に降り立った人物は、バッタを模した仮面を被っていた。
シザースの取り巻き達が色めき立つ。
「貴様……仮面ライダー!」
取り巻きの一人が放った単語には聞き覚えがあった。
数十年前に語られた都市伝説。
『この平和な世界の裏で、世界を征服しようと企む秘密結社が暗躍している』
『結社の尖兵だった男達が組織に反旗を翻し、戦っている』
『バッタの仮面で正体を隠し、人々の危機にバイクで駆けつける、その名は“仮面ライダー”』
半年ほど前から再び語られる様になった都市伝説では、新たに青だの赤だの白だのといったカラフルな戦士が増えていた。
ライダーは僕を小脇に抱えると、身構える取り巻き達に背を向けて駆け出した。
一戦交えるつもりが出鼻を挫かれ、呆気に取られる取り巻き達をよそに跳躍。
平屋の住宅一軒を軽々と飛び越え、停めていたバイクに跨って発進する。
なんだか、都市伝説のイメージとは違うなぁ。
てっきりシザース達と戦うのだろうと思っていた僕は、仮面ライダーの見事なまでの逃走劇にちょっとガッカリしていた。
仮面ライダーの駆るバイクは、立花モータースで停まった。
なんでライダーが僕の帰る場所を知ってるんだ?
疑問の答えはすぐに出た。
バイクを降りたライダーは、数歩を踏むと崩れ落ちる様に倒れた。
見ると、シザースを蹴り飛ばしていた足に穴が開き、異様に膨らんでいる。
あの怪物は、牙に毒も持っているのか。
倒れ伏したライダーが呻くと、その姿がボヤけて別の姿が現れる。
立花モータースに戻ってくるワケだ。
仮面ライダーは、本郷さんに姿を変えていた。
僕は本郷さんを彼の部屋に運ぶとベッドに寝かせ、足に開いた穴から毒を吸い出した。
汚いとか、そういう発想は無かった。
脳裏に、両親や妹の姿が過る。
これ以上、僕の周りの人に死なれたくない。
無我夢中だった。
今にして思うと、何故救急車を呼ばなかったのか我ながら疑問だ。
だが、呼んでいたとして救急隊員にどう説明するのか?
「ジャガーの顔した人間に噛まれました」
……間違いなく入院するのは本郷さんではなく僕、だろうな。
後に本郷さんにも一文字さんにも褒められたので、終わり良ければすべて良しとしておく。
苦しんでいた本郷さんが幾分か穏やかな寝息を立てるのを見届けると、僕は店の外に出た。
確証は無い。
単なる予感だ。
だが、悪い予感や嫌な予感ほどよく当たるのは、経験で知っていた。
予想通りだった。
「逃がしゃしねぇぜ、神楽衛児くんよぉぉぉぉ!」
店外には、シザースと取り巻き達が待ち構えていた。
ライダーの足の傷から垂れる血を追って来たんだろう。
本郷さんは戦える状態じゃない。
決意なのか、諦めなのか、僕自身にも判断はつかない。
とにかく必要なのは迅速な行動だ。
「目当ては僕、なんだよな。分かった、付いて行くよ」
僕は彼等に降伏した。