https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20219647
なんだか、旦那さんの様子がおかしい。
私たちは結婚して三年目になる。新婚当時と変わらず仲はよいし、いわゆるレスなんてものもない。
だがなんとなく、ここしばらく旦那さんの様子が妙に感じる。
私たちは共にインドアで、デートの日はもちろん、結婚してからも外出は基本的になく、自宅で好きな映画や漫画やアニメなどを観ていた。他人から見れば、それ楽しいの? ――と思われるかも知れない。けれど、私たちにとってはそれこそが至福のひとときだった。
ということで、仕事もないのに外に出て何かするような旦那さんではなかったのだが――半年ほど前から、休みの日に『ちょっと出掛けてくる』と言って日中を留守にするようになった。
何しに行くの? と尋ねてみると――ここでは仮にAさんと呼ばせてもらうが――Aさんとちょっと――と言葉を濁す。
Aさんというのは旦那さんの会社の同僚で、近所ということもあり奥さんとも家族ぐるみでお付き合いさせてもらっている。なお、お互い子供はいない。
Aさんとのつき合いから帰ってくると、旦那さんは妙に疲れている。シャワーを浴びて夕飯を済ませると、さっさと寝てしまうことが多い。毎週楽しみにしている深夜アニメさえも翌日に回して。
どこで何をしているのか、気にはなる。が、仕事仲間で男同士、会社でのストレスやなにやらを遊んで発散させているのだろう――そのように、私は深く考えずにいた。
しかし、そんなある日、私は夕方の買い物帰りに――
――うちの旦那さんとAさんの奥さんが一緒に車に乗ってどこかへと向かっていた――
他人の噂話で楽しそう盛り上がっていたご近所さんたちは、私の顔を見るなり言葉を止め、引きつった笑みで会釈を向ける。自分たちは何も知らない――貴女のことなど何も話してない――そのように無言で取り繕って。
ゆえに、私にはそれ以上深追いすることはできず――けれど、思い当たる節が強くあったため無視することもできず――これまでは深く考えずにいられたことも、もはやこのまま留めておくことはできそうにない。
――不倫――まさか、あの
我々とAさんは家族ぐるみのつきあいである。旦那がAさんと出掛けると言うのなら『私もついていっていい?』――そう切り出せれば早いが、断られたとき、私はどんな顔をするかわからない。きっと、疑念を抑えることはできないだろう。そして、それがもし誤解だったら――私たち夫婦どころかAさんたちとの関係まで壊しかねない。
特に、旦那さんとAさんは同僚である。職場で変な噂が広がっては誰も幸せになれない。この年度頭に、旦那さんは管理職コースに乗ったばかりである。せっかくのキャリアを損なってほしくはない。
そこで、とある興信所に――ネットで調べて、評判の良かったので――相談して、旦那さんの様子を探ってもらうことにした。
旦那さんは律儀なので、私に黙って遊びに行くことはない。今度の日曜、Aさんと――それに私は、いってらっしゃい、と軽く返事をすると――その夜すぐさま興信所に旦那さんの予定を横流しした。
旦那さんがAさんと出掛けるのは月に一度程度。依頼してから一回目はあくまで予備調査だったのだろう。二度目の外出の一週間後――私は興信所の事務所へと呼び出された。
応接室は小さいながらもしっかりと個室になっている。きっと、防音も万全なのだろう。私がここへ来るのは二度目。一度目は依頼したとき。ゆえに、今回は余計な挨拶もなく、すぐに報告は始まった。
「結論から言います」
担当者はスーツを着た三〇代の男性。開け始めたブリーフケースにはきっと証拠写真が収められているのだろう。最悪のパターンを覚悟しながら固唾を呑んで身構えていると――
「旦那さんは、相撲の稽古に出向いていました」
「……はぁ?」
ブリーフケースから鮮やかな肌色が覗いた瞬間、私の頭は真っ黒になりかけたものだが。
「旦那さんは、相撲……の、稽古に、出向いていました」
私の理解が追いついていないことを察して、担当者は同じ言葉を繰り返す。今度はもうちょっとしっかりした口調で。
そして、その一枚が机に置かれた。白い壁に磨りガラス――フローリングの床はどこかの公民館のようでもある。そんなどこぞの部屋で半裸の旦那さんが――といえば怪しげな響きに聞こえるが、白い廻しを締めている。廻し一丁である。これで相撲を取っていなかったらむしろ驚く。しかも、膝をしっかり開いて座るその姿勢は
担当者は私の反応を見て――これが私の知らない旦那さんの姿であると察したのだろう。
「旦那様が、学生時代に相撲をしていたというお話は?」
念のために確認はされたものの。
「い、いえ……まったく……。相撲どころか、甲子園やオリンピックですら興味のない人でしたので……」
そんなものを観戦する暇があれば、アニメを観ていたのが私たち夫婦だ。
身に覚えがないという確認が取れたところで、担当の方は話を進める。
「それと、こちらはAさんでよろしいでしょうか?」
次に出された写真に映っていたのは――Aさん。黒い廻しを締めている。着痩せするタイプというべきか、スーツの上からの印象と違って、結構筋肉質だ。受けだと思っていたけれど、意外と攻めだったり……っていやいや!
「……じゃ、じゃあ、うちの旦那さんとAさんは、休日ふたりで相撲をしているんですか?」
それならむしろ私にも観戦させてもらいたいくらいのものだが――この件はそんな穏やかなには終わらせてくれないらしい。
「いえ……
三枚目に出された写真、そこに映っていたのは――決定的な証拠だった。
「この方は……?」
と、担当者は尋ねるが、私の顔色からも明らかだろう。
「……はい、Aさんの奥さんで……間違いありません……ッ!」
まさか、奥さんまで廻しになっているとは――けれど、それは瑣末事である。何故なら、彼女まで廻し一丁――水着もブラも着けずに上半裸で――!
「それで、この後三人は――」
「はい、相撲を」
「具体的に」
ここまで見せられたのならより決定的な証拠を掴んでいるはずだ。いまは――まだ怒りの方が大きく冷静になれない。処断を下すのは帰ってから――そう固く決めて、いまは先ずすべての情報の開示を求める。
だが。
「具体的に……と言われましても……」
おそらく、部屋のあちこちに隠しカメラを仕込んでいたのだろう。様々な角度から三人の情事が――情事が……?
「相撲を取っていた、としか言いようがなく……」
この土俵はマットのようなものなのだろう。その中でがっぷり四つに組む旦那さんとAさん――押し出されて悔しそうな旦那さん――ひっくり返っているAさん――休憩中なのか、三人で談笑している絵もある。だが――
「……以上となります」
「そんなわけがないでしょう!?」
十枚以上の写真を並べておきながら、肝心の一枚が出てこないなんて!
「これで終わるなんてありえません! このあと三人で――」
何しろ、女は上半裸なのだ。そんな姿の男女が組んず解れつもつれ合って、何事もなく終わるはずなど――
「旦那様はこのあとひとりで買い物へ行き、Aさん夫妻はふたりでご帰宅されました」
「…………」
確かに、Aさんにもらったと言って菓子折りを持って帰ってきたのは覚えている。買い物とは、おそらくソレだろう。
だが。
「えー……」
これだけの情報ではイマイチ要領を得ない。だが、興信所の担当者はこれだけの情報で私に決断を委ねる。
「一先ず、上半裸の男女が組み合っている……というあたりで、不貞行為として持っていけるかどうか、というところですが……」
調べ方が雑だった、とは思えない。自信を持って――これしか出なかったのだ。だからこそ、担当者の雰囲気も煮えきらない。けれど、一応尋ねてみる。
「旦那さんは……一体何故、こんなことを……?」
相撲が好きだといえばそれまでだ。しかし、そもそも私は旦那さんがそんな趣味を持っていたなど初耳である。いきなり言われても納得できない。
それで、興信所のプロは――
「……これは、男としての勘……のようなものなのですが」
個人的な見解だと前置きした上で。
「性癖……ではないでしょうか」
「せ、性……?」
「言い換えればフェチ、とでも言いますか」
言い換えなくていい。
「奥さんは、女相撲フェチというものをご存知でしょうか」
「知りません。というか、即興で適当なことを言っていません?」
「とっ、とんでもない!」
興信所の人は慌てながら――今度は別の用紙を取り出す。それは写真ではなく、ホームページ――検索サイトの結果のようだ。
「世の中には女性による喧嘩や取っ組み合いに性的興奮を覚える……、……まあ、いわゆる紳士淑女の方がおりまして」
あ、おそらくいま、表現に迷ったな。
「喧嘩以外にも興行としてプロレスやボクシング、相撲もそのひとつといえるでしょう」
そう説明しながら続いて取り出したのは――
「……で、これは探偵さんの性癖ですか?」
「いえ、説明に要する補足資料です」
そのプリントはどうやら風俗店のものらしく――『格闘コース』って……。本気で殴り合うのではないにせよ、そういう雰囲気を好む男性は――どうやら、旦那さんだけではないらしい。
「このあたりの情勢も加味した上で……不貞行為として訴えることはできますが……」
それはさっき聞いたので聞き流して――私には思い当たるフシがある。
あれは……私たちがまだ結婚する前のこと――ふんどしパンツ――女性ものの――女子の間でこんなの流行ってるの? などと旦那さんが言い出したので――さあ? 私は興味ないけど――素っ気なく返してしまった。けれど内心、旦那さんは失望していたのだろう。妻には、自分の性癖は理解してもらえないのだ、と。
「これは……許せませんね」
「では、やはり民事で――」
「私は自分の性癖を曝け出してきたのに……ッ!」
えーえー、私はBL好きですとも。さっきの旦那さんとAさんの取り組みっぷりでちょっと興奮しちゃいましたとも! けれど……一緒に暮らして、性癖の塊であるアニメや漫画なんかを共有していたら、隠しきれるものではない。ならば、夫婦の間でその手の隠し事は不要、って約束してたのに……!
「……写真の場所、教えてもらえます?」
「それは、はい、まあ……時間制で貸し出している雑居ビルの一階で……けど、奥さん……一体……?」
「言う必要はありません」
散々調べてもらってそれはないだろう、と自分でも思う。
だが。
「……ここから先は、夫婦の問題ですので」
もしくは、男女の問題、といってもいい。
***
さて、その翌月の日曜日――例によってAさんと出掛ける、と言っていた旦那さんをナニ喰わぬ顔で送り出し――現行犯逮捕である。ただし、私も全裸に廻しで。もちろん、その場で着替えたわけではなく、家から中に着込んで行ったけど。廻しを。その上からワンピースだけ羽織って。腰回りのシルエットが異様に不自然だったけど、タクシーを呼んだので、見られたのはその運転手さんだけだから一先ずセーフということにしておく。
私は三人でお楽しみ中だった部屋に――というか土俵に乗り込み、お説教というか、相撲の取り組みというか、とにかく色々と身体でぶつけた。怒りのうっちゃりである。Aさんの前で胸を出してしまうのは我ながらどうかとも思ったが、Aさんの奥さんだってうちの旦那さんの前でトップレスなのだから、ここはお互い様ということで。というか、ここで引いたらそれこそ負けだ。
ともあれ、この件の最大の問題はAさんの奥さんまでおっぱい丸出しで相撲を取っていたところにある。それで判明したのだけれど――どうやらAさんの奥さんはうちの旦那さんの元カノ――学生時代につき合っていたらしい。が、旦那さんから廻しを締めてほしいと言われて破局――それが、いまになって彼女の方から『おすもうに目覚めた』とか――男ふたりは真に受けているけれど、そんな都合のいい話があるわけないでしょ。
要するに、アレだ。別れた男が出世コースに乗ったのを知って、慌ててヨリを戻そうとして――元カレの性癖は知っていたので――先ずは自分の夫であるAさんと。ベッドでは何かと乗り気じゃなかった奥さんが廻しを締めるとヤる気になってくれるものだから、Aさんは大喜び。
どうやら、男同士の間では性癖を密に共有していたようで、相撲には一家言のあるうちの旦那さんに相談しているうちに、旦那さんも相撲に参戦し始めたとのこと。なお、最初はAさんの奥さんとて水着を着ていたらしい。
ただ、Aさん夫婦の誤算は――うちの旦那さんが相撲に対してガチだったこと。痴女好きのAさんはおすもうプレイにかこつけてもっと激しいことをしたかったし、奥さんは奥さんでうちの旦那さんを誘惑したかったのに――
「すまない……彼女の相撲の素質を無駄にしたくなかったんだ……」
相撲のことを本気で考えていたのはうちの旦那さんだけ。本気で考えながらも、水着を忘れたといって上半裸で相撲を取るAさんの奥さんを止めなかったのだから――男とは、頭と下半身が完全に分離している生き物らしい。
で、結局。
あれから何度か四人で相撲を取っていたけれど――
私はいま、Aさんとふたりきりでホテルに来ている。
「はぁ……はぁ……やっぱ、相撲はこうでなくちゃ……!」
露骨に漲っているAさん。うちの旦那さんがいたらこんなことできないものね。廻しの代わりにSMプレイで使うロープを締めて――当然覆う生地はないからお互いの局部とか陰部とか、そういうの丸見え。Aさんのイキり立ったところも押さえるものもなく……♡ けど、今度はまた四人で取り組みましょうね。だって、Aさんと旦那さんが廻し一丁で取り組んでいる姿は……うふふ……うふふふ♡
相撲という形で肌を重ね合わせているうちに、私はAさんとの方が相性抜群であることが徐々にわかってきて――とはいえ、旦那さんだってAさんの奥さんにつきっきりなのでお互い様だ。先日はとうとう県大会まで優勝して、次は全国を目指す、と張り切っている――のは旦那さんばかり。Aさんの奥さんの方は……どうにかうちの旦那さんの気を惹くために相撲を続けているという始末。やれやれ、お疲れ様だわ。けど、相撲の才を見極める目は本物だったらしい。
今日もふたりで稽古に励んでいるんでしょ。だから、私たちも私たちで――
「それじゃあ、奥さん……」
「嫌よ、ちゃんと四股名で呼んで♡」
せっかく貴方が私の下の名前をもじってつけてくれたのだから――
私たちの関係は相撲によって拗れていたけれど――相撲のおかげで、あるべき姿に収まりそうだ。