第八話
一泊二日の出張を終えた俺は、午前中の授業をヘロヘロの身体で何とか終え、仕上げたレポートを持って職員室へとやって来ていた。
「こんにちは、あさり先生はいらっしゃいますか?」
「はい。いますよ、プロデューサーくん。こんにちは」
職員室から聞こえてくる澄んだ声。
あさり先生がパタパタとこちらへやって来てくれた。
「一泊二日の出張お疲れ様です、プロデューサーくん。成果はありましたか?」
「はい。この出張で篠澤さんのことが少し理解出来たと思います。まだまだ理解が足りませんが、足がかりは出来たと思ってます」
「なるほど。それは良かったですね」
「こちらがレポートになります。お時間がある時に目を通してください」
俺はそう言って、あさり先生にA4用紙のレポートを提出した。
「はい。受け取りました」
「篠澤さんは今はダンスレッスンですか?」
「そうですよ。先日プロデューサーくんから貰ったトレーニングメニューを本日から採用する予定になってます。見学していきますか?」
「はい。かなり不安です。倒れてないか心配なのでレッスン室へ向いに行きます」
俺はあさり先生に一礼をして、その場を後にした。
かなり配慮したトレーニングメニューにしてあるはずだ。出会った頃のようなことにはならないはずだが、何故だか嫌な予感がする……
少しだけ早歩きをしてダンスレッスン室へと急いだ。
そして、部屋の中を覗くと、全身汗だくで今にも死にそうな顔をしていた篠澤さんがいた。
ただ、何故だろうか?その表情はとても満足気だった。
俺はダンスレッスン室へ足を踏み入れて、篠澤さんに声をかけた。
「ご機嫌ですね」
「プロデューサー……来てたんだ」
「心配で迎えに来ました」
俺は担当アイドルの疲労困憊な様子に、ダンスレッスントレーナーに話を聞くことにした。
俺の提出したトレーニングメニューはどうなっていたんだろうか?
「トレーナー、無理はさせないようにとお願いしたはずですが」
「軽いストレッチをしかさせてなぃぞ」
…………。
………………は?
「……では、この……フルマラソンを完走したような有り様は?」
俺のその質問にトレーナーはやれやれと言った感じに首を振りながら、「軽いストレッチをした結果だ」と答えた。
「限界ギリギリまでがんばった」
胸を張って言う篠澤さん。
俺はもう何も言えなかった。
「…………お疲れ様でした」
俺のその様子に、トレーナーが少しだけ同情の雰囲気を持ちながら話をしてきた。
「なぁ。プロデューサー……こう言っちゃなんだが、彼女をアイドルにするのは無理じゃないか?」
……。
先日言われた言葉よりもなかなかに強烈な言葉だ。
しかも、あの時よりも更に『篠澤広の現実』を知った上での言葉だ。
「まったく見込みがないと思うぞ」
その言葉に、俺は異を唱えた。
「そんなことは最初からわかってたことです。全て承知の上で、引き受けた仕事です」
俺はそう言って篠澤さんに視線を向けた。
そこには、ヘロヘロで死にそうな状態になりながらも、目だけは絶対に諦めの色を出してない担当アイドルが居た。
担当アイドルが諦めてないんだ。
プロデューサーが先に諦める訳にはいかない。
「篠澤さん。今日のレッスンはいかがでしたか?」
「……今は、ただただ苦しい。生と死の狭間をたゆたってる」
…………。
心臓が軋む音がする。
「担当アイドルに言われたら怖いセリフ一位が日に日に更新されていきますね。本当に、死なないでくださいね?」
「ごめんね、プロデューサー」
篠澤さんはそう言ったあと、微笑みながら言葉を続ける。
「わたし……この学園に、はいってよかった」
今際の際みたいなセリフだった……
まぁでも篠澤さん的には満足しているならそれでいいだろう。
「なら、よかった。……死に際のセリフじゃないですよね?」
「ふふふ。まだ、大丈夫……」
篠澤さんはそう言ってグッと親指を立てていた。